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転性 ー第三の性ー  作者: 金帽子


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8/9

第七話 日本という国

???『これで最後だな、飛山』


誰かの声が聞こえた。


「……っ」


さっきの薬のせいだろうか。

手足が痺れてうまく動かない上に、身体も縛られている。

ゆっくりと目を開ける。



『やあ』

「馬籠……総理大臣……!」

『君が冴羽の言っていた、佐伯咲人君だね?』

「やっぱり、あなたが……!」

『何を掴んだのかね? だが、証拠もないのに決めつけるのは良くない。せっかくだ。時間はたっぷりある。転性の命運を決める対談をしようじゃないか』


馬籠はそう言って、向かい側の椅子を指差した。

私は縛られたまま、椅子へ座らされる。


『では、始めよう』

「……どうして私たちをここへ?」

『君は知りたいのだろう? 飛山がなぜあんな事件を起こしたのか』

「……はい」

『ならば、話そう』


馬籠は落ち着いた様子で口を開いた。


『まず、私は転性者を憎んでいる』

「それは分かっています。だから転性者撲滅法を作った」

『そうだ』


馬籠は否定しなかった。


『だが、君は一つ勘違いをしている』

「勘違い?」

『私は、飛山と同じ理由で転性を憎んでいるわけではない』

「……飛山も転性を憎んでいた」

『写真を見たそうだな』


馬籠の表情が、ほんの少し変わった。


「冴羽さんから聞きました。飛山は昔、転性者を憎んでいた。自分を傷つけた人間も、育ててくれた家族も転性者だった」

『なるほど。ならば、君はもう一歩先まで考えてみるといい』

「……何を?」

『なぜ、そんな飛山が転性者のために政治活動を始めた?』


私は言葉を失った。

そこが、ずっと引っかかっていた。

飛山は転性者を憎んでいた。

それなのに、転性という性を社会に認めさせた。


「……自分と同じような人間を増やしたくなかった?」

『それも一つの答えだ』

「でも、それだけじゃない」


私は頭の中で、これまで見てきたものを並べた。


飛山の過去。

手帳に残された言葉。

転性を認めさせた政治活動。

そして、六本木の事件。


「飛山は……転性そのものを憎んでいたんじゃない」


馬籠は何も言わない。


「転性者を生み出してしまう社会を、憎んでいたんじゃないですか?」

『……続けたまえ』

「自分を襲った人間も、両親も、育ててくれた家族も。全部、自分の人生を壊した原因に転性がいつも絡んでいた。でも、それは転性そのものが悪いんじゃない。そう考えるようになった」


私は息を整えた。


「だから飛山は、転性者が普通に生きられる社会を作ろうとした。自分と同じ苦しみを受ける人間を、もう生み出さないために」

『半分正解だ』


馬籠は静かに答えた。


『飛山は、過去を憎んでいた。だが、その憎しみを社会を変える力に変えようとした』

「じゃあ、どうして……」


そこまで言って、私は言葉を止めた。


「どうして最後に、あんな事件を起こしたんですか?」


馬籠は少し黙った。


『そこからが、君が知らない話だ』

「……聞かせてください」

『飛山は、転性を社会に認めさせれば、それで終わりだと思っていたわけではない』

「……?」

『転性が認められたあとも、日本は変わらなかったのだ』


馬籠は、少し悲しい目をしながら言う。


『結局の所、差別や偏見は消えなかった。なのに、法律が変わったことで人々は「もう問題は解決した」と思い始めた』

「……」

『飛山は、それに気づいていた』

「だから……事件を?」


馬籠が初めて、少しだけ笑った。


『君は本当に面白いな。話を聞きながら、自分で答えを作ろうとしている』

「あなたが全部話す必要はありません。私が知りたいのは、あなたが何を考えているのかです」


私は馬籠を見つめた。


「あなたは飛山のことを知りすぎている」

『……』

「それに、冴羽さんの部屋にあった写真。飛山とあなたが一緒に写っていた」


馬籠の目が細くなる。


「あなたと飛山は、昔から繋がっていた」

『よくそこまで辿り着いたな』

「やっぱり……」

『ああ。私は飛山と同じ政治家になる前から、長い間あの男を見てきた』

「じゃあ、飛山の計画も知っていた?」

『一部はな』

「一部?」

『飛山は、ある時から私に言い始めた。「この国は、一度壊さなければ変わらない」と』


私は息を呑んだ。


「……壊す?」

『そうだ』


馬籠は淡々と続ける。


『飛山は転性者を救いたかった。だが、同時に転性者を生み出した社会そのものを憎んでいた』

「だから、国を壊す?」

『違う』

「え?」

『君はまだ、飛山の言葉を一つの意味でしか捉えていない』


馬籠は椅子へ腰を下ろした。


『飛山が壊したかったのは、国ではない。国民の「当たり前」だ』


私は黙り込む。


『男は男。女は女。転性は異常。そう決めつける社会を、飛山は壊したかった』

「……それなら、転性を認めさせた時点で目的は達成できたんじゃないですか?」

『君はそう思うか?』

「……」

『法律で認められただけで、人間の根本の考え方まで変わると思うか?』


答えられなかった。

馬籠の言葉が、少しずつ繋がっていく。

飛山が望んだもの。

転性者が普通に生きられる社会。

それを阻んでいたもの。


そして――


「……六本木の事件」

『そう』

「飛山は、あの事件をきっかけに社会を変えようとした?」


馬籠は笑った。


『だが、それだけではない』

「……まだ何かあるんですね」

『ああ』


馬籠は、机の上に一枚の紙を置いた。


そこには、六本木の事件後に行われた世論調査の結果が並んでいた。

私は数字を見つめる。


「……転性者撲滅法に賛成が……」

『圧倒的だった』

「これを……最初から狙っていた?」

『ようやく気づいたな』


背筋に寒気が走った。

飛山の事件。

その後に生まれた恐怖。

そして、転性者への憎悪。

すべてが一本の線で繋がり始める。


『飛山は、自分が憎まれることを選んだ』

「……自分が?」

『あの男は、自分が歴史上最悪の政治テロリストになれば、人々は転性という存在そのものを考えるようになると思っていた』

「……でも、その結果は?」

『君が今、見ている通りだ』


私は言葉を失った。

飛山が望んだ社会とは、何だったのだろう。

転性者を救うために、転性者を憎ませる。

そんな矛盾した方法を、本当に飛山は選んだのか。


「……待ってください」


私はふと、別の疑問に気づいた。


「飛山は……どうして、あれほどまでに自分が転性者だということにこだわったんですか?」


馬籠は答えなかった。


「過去の報道も、事件の記録も、全部『転性者である飛山』を中心に語られている」


私は頭の中で、これまで見てきた資料を思い返した。


「でも……考えてみれば、おかしい」

『何がだ?』

「飛山が転性者だったという証拠を、私は一度も見ていない」


馬籠の表情が変わった。


「もちろん、周囲の人間はそう認識していた。でも、それは本人がそう名乗っていたからじゃないですか?」

『……』

「戸籍も、出生時の記録も、過去の医療記録も……転性だと証明するものはなかった」


馬籠は黙ったままだ。

私は立ち上がれない身体を椅子に預けながら、必死に頭を働かせた。


「飛山は……本当に転性じゃなかった?」

『……』

「そうなんですね」


馬籠は否定しなかった。


「じゃあ、なぜ?」

『君なら、もう分かるだろう』


私は目を閉じた。

これまでの話を一つずつ繋げる。

飛山は社会を壊したかった。

国そのものではなく、人々の「当たり前」を。

そのために必要だったのは、ただ政治家を殺すことではなく、社会全体を巻き込むこと。

そして、六本木の事件には一つの強烈な物語があった。


転性が政治家を大量に殺した。


「……そういうことか」

『何が分かった?』

「飛山は、転性を利用したんだ。自分が転性なら、事件はただの政治テロでは終わらない」


私は一つずつ言葉にする。


「『転性・飛山晶による政治テロ』になる」


馬籠は黙っている。


「そうなれば、社会は転性について考えざるを得なくなる。飛山は自分自身を、転性という問題の象徴にした」

『……』

「でも、それだけじゃない」


私は紙に書かれた世論調査を見る。


「転性が事件を起こしたと思わせれば、人々は恐怖を抱く」

「その恐怖が、転性への憎悪に変わる」

「そして、その憎悪を利用すれば……社会そのものを動かせる」


馬籠はゆっくりと頷いた。


『ようやく辿り着いたな』

「……あなたも、それを知っていたんですね」

『ああ』

「だから飛山と繋がっていた」

『そうだ』

「でも……一つおかしい」


私は馬籠を見つめた。


「飛山の目的は、転性を救うことだったはずです」

『そうだ』

「なのに、転性者を装って大量殺人をすれば、転性者への憎悪が広がることくらい分かっていたはずです」

『……』


「それでもやった」


私はそこで気づいた。


「飛山は社会が壊れることを優先してしまったんですね。転性が傷つくことになっても」

『そうだ』


その答えに、胸が重くなる。


『飛山は、最後には自分自身すら憎しみの対象にした』

「……」

『転性者を救いたかった男が、転性者を憎ませる事件を起こした』


馬籠は静かに言った。


『それほどまでに、いつまで経っても変わらない社会を彼は憎んでいた』


私は黙り込んだ。

けれど、そこでまた一つの疑問が浮かんだ。


「……だったら、あなたは?」

『私?』

「あなたは、その事件を利用したんじゃないですか?」


馬籠の目が細くなる。


「飛山が事件を起こす。国民が転性者を恐れる。そして、あなたが転性者撲滅法を作り、政府公式アプリでアンケートを取って、国民に選ばせる形にする」


馬籠は答えない。


「違う」


しばらくして、馬籠が口を開いた。


『国民に選ばせたんじゃない』


「……え?」


『国民に、選ばせたと思わせたんだ』


その言葉に、背筋が凍った。


「……民意」

『そうだ』

「民意を利用したんですね」

『君は賢い』

「でも、それだけじゃない」


私は馬籠を見る。


「あなたは、飛山が事件を起こすことを知っていたんじゃないですか?」


馬籠の表情が初めて崩れた。


『……』

「だから、あの写真があった。飛山とあなたは昔から繋がっていた」

『……そこまで分かったか』

「飛山の事件は、あなたにとって都合が良すぎる」

『……』

「転性を社会から消すための、最高の理由になった」


馬籠はしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと笑った。


『ようやく、ここまで来たな』

「……何を?」

『君が今まで追いかけてきた「敵」が、誰なのかだよ』


私は息を呑んだ。


馬籠は立ち上がる。


『飛山は確かに転性を憎んでいた。だが、あの男は最後まで転性を救おうとしていた』

「……」

『そして私は、飛山の憎しみを利用した』

「……利用?」

『ああ』


馬籠はカメラの方を向いた。


『飛山が何を考えていたのか。なぜ事件を起こしたのか。君がここまで辿り着いたこと自体が証明している』

「何を……?」

『人間は、事実ではなく、見たものを信じる』


私は息を止めた。


『飛山が転性を救うために活動したことも、過去に転性を憎んでいたことも、事件を起こしたことも、全て事実だ』

『だが、人々が見るのは、その一部分だけだ。客観的に見なければ、本当のことは分からない』


馬籠は笑った。


『君は、ようやくこの物語を客観的に見始めた』


誰かが正しくて、誰かが間違っている。

そんな単純な話だと思っていた。


だが――


「……違う」

『何がだ?』

「あなたが悪い。飛山が悪い。転性者が悪い。そうやって誰か一人を悪者にすれば、考える必要がなくなる」


私は馬籠を睨んだ。


「でも、本当は違う。飛山にも憎しみがあった。あなたにも目的がある。国民にも恐怖がある。私たちにも、自分を守りたいという気持ちがある」

『……』

「だからこそ、誰か一人だけを敵にして終わらせちゃいけない」


馬籠は黙っていた。

「どうして私だったんですか?」

『君が選ばれしものだとでも?自惚れは良くない。たまたま君が飛山を少し知っていた、そして私は冴羽を通じてそれを知った。それ以上でもそれ以下でもない』


やるせない気持ちでいっぱいになる。

『君には最後まで見届けてもらおう』

「何を?」


馬籠はカメラの電源を切った。


『民意の恐ろしさ、そして私と飛山を持ってしてもこの国は変わらないという現実を』


画面が暗くなる。

その瞬間、遠くから何かが破裂するような音が響いた。


『――始まったな』

「……何が?」

『見てればわかる。それに君のような人を失うのは惜しい。けどね、君だけ特別という訳には行かないんだよ』


馬籠はただ、窓の外を見つめていた。

私にはまだ分からない。

飛山が何を望み、馬籠が何を望み、そしてこの国がどこへ向かおうとしているのか。


けれど私はもう、誰かの言葉だけを信じるつもりはなかった。

自分で見て、自分で考えて、自分で答えを出す。


それが生きるということなのだ。


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