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転性 ー第三の性ー  作者: 金帽子


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第五話 謎

冴羽がタバコを灰皿に擦り付ける。

薫はじっと新聞だろうか何かを見つめている。


『どうだ。世間で報道されている飛山とは、だいぶ違って見えるだろ』

「はい……。むしろ私は、あの環境で育った飛山が転性の味方になる未来の方が想像できません」

『そうだ。だから俺は、飛山が転性を嫌っていたんじゃないかと考えていた』

「そして、飛山の手帳にあった写真を見て、それが確信に変わった……ということですね」

『あぁ』


冴羽は答えた。


『それに、飛山には大学生の頃から付き合っていた女性がいた。議員になる前の話だがな。それも調べてある』

「……女性の恋人」

『そうだ。だから、飛山自身が転性者だったという説は、どうにも辻褄が合わねえ』


確かにそうだ。

報道されている飛山の人物像と、冴羽が調べた過去の飛山。

二つを並べてみると、同じ人物とは思えないほどの違いがある。


けれど一つだけ、どうしても引っかかる。


「冴羽さん」

『なんだ?』

「あなたの考えは分かりました。でも、それだけでは事件を起こした理由にはならないと思いませんか?」


冴羽はソファに深く身体を預けた。

しばらく黙ったあと、ゆっくりと口を開く。


『……そこから先は、俺にも分からねえ』

「分からない?」

『俺が調べられたのはここまでだ』


冴羽はそう言って、こちらを見る。


『飛山が転性を嫌っていた可能性は高い。だが、だったらなぜ転性に関わる事件を起こしたのか。それは俺にも分からん』


その言葉に、私は考え込む。

飛山が転性を嫌っていた。

それなのに、転性者に関わる事件を起こした。

そこには、まだ何かある。


「……飛山一人で、そんなことができたんでしょうか」

『どういう意味だ?』

「事件そのものじゃありません。これだけ大きなことを、一人で進められたのかなって」


冴羽の表情が僅かに変わった。


『……』

「飛山には、他に協力者がいたんじゃないですか?」

しばらくの沈黙。

やがて冴羽は、灰皿に残った灰を見ながら言った。


『お前がそう思うなら、そうなのかもしれんな』

「……知っているんですか?」

『俺が知っていることは、もう話した』


冴羽は立ち上がった。


『ここまでだ。俺からお前らに話せるのはな』

「なぜですか」


『今、世の中がどうなってるか忘れたのか? 転生者撲滅法なんて馬鹿げた法律までできてる。その中で、俺がお前らと会っている意味を考えろ』

「それは……理解しています」

『なら、ここから先は自分たちで調べろ』


冴羽はそう言うと、部屋の奥へ向かう。


『俺の連絡先も消せ。お前らが捕まって、俺のことまでゲロったら面倒だからな』


相変わらず、頭の切れる人だ。

自分の身を守るためなら、どこまでも慎重になる。


冴羽は何かを知っている…が、それ以上を話すつもりはないらしい。


『もし何か分かったことがあれば、今日の番号に公衆電話から連絡しろ。足がつかないようにな』


冴羽はそう言うと、トイレへ向かった。


『支度が終わったら、挨拶はいらん。勝手に出ていってくれ』


「はい、ありがとうございました。薫、帰る支度をしましょう」

『了解っす』


私たちは荷物をまとめ始めた。

しばらくして、支度を終える。


「私はトイレに寄ってから行くわ」

『じゃあ、下で待ってるっすね』


私は冴羽のいる部屋を出た。


――その後


冴羽は部屋に戻っていた。

『……』


テーブルの上を見て、眉をひそめる。

何かがおかしい。


冴羽は写真を手に取る。


『……』


ほんの僅かな違和感。


さっきまで置いていた位置と、少しだけ違っている。


『……まさかあいつら』



一方、車の中では――


薫はスマートフォンを差し出した。

『先輩、これ見てください』

「写真?」

『冴羽の部屋にあったやつです』

「いつ撮ったの?」

『二人がトイレの方に行った瞬間っす。さっきから冴羽が新聞の下を妙に気にしていたんで……何かあると思って』


私はスマートフォンを受け取った。

画面には、一枚の写真が映っている。

そこに写っていたのは――飛山だった。


「……これは、飛山ね」


その隣には、もう一人の男性が立っている。


「それと……この人は誰?」


『分からないっす。ただ、どこかで見たことがあるような……』


写真を拡大する。


男性の胸元に、小さなバッジが見えた。

スマホでバッジの意味を急いで調べる。


「……これ議員バッジかしら?」

さらに写真を拡大する。

男性の横には、手書きで何かが書かれていた。


「……M・A?」

『イニシャルっすかね』

「M・A……」


頭の中で、いくつかの人物の顔が浮かぶ。

しかし、それだけではまだ分からない。

「待って。これ、いつ撮られた写真なの?」

『そこまでは分からないっす』


飛山と議員、M・A。

わざわざ、冴羽が隠すほどの写真。


「冴羽は、私たちに飛山の協力者について聞かれたとき、何も答えなかった」

『はい』

「なのに、どうしてこんな写真を持っていたの?」


薫も黙り込む。


「それに、この人物……」


私はスマホでニュース記事を開いた。

過去の政治家の写真、現在の議員。

そして、転性者撲滅法が成立した当時の報道。

一つずつ確認していく。


『先輩、何か分かったっすか?』

「まだ……」

写真の男性。

胸元のバッジ、M・Aという文字。

そして、過去の報道。


私は画面を行き来しながら、ようやく一人の名前に目を止めた。


「……馬籠、新」

『え?』

「この人……馬籠新じゃない?」

『……総理?』

「たぶん」


私は写真とニュースの画像を見比べる。

顔立ち、髪型、そして議員バッジ。


完全に一致しているとは言い切れないが。

「もし、この写真の人物が馬籠総理なら……」

『飛山と馬籠総理に接点があったってことっすね』

「そうなる」


薫が息を呑む。


私は、さっきの会話を思い出していた。


『協力者』

「……まさか」

『先輩?』

「飛山には協力者がいた。そして、その人物が馬籠だったとしたら……」

『……』

「でも、まだ決めつけちゃ駄目。同じ議員同士なんだから、接点くらいあるのは当然よね」


写真一枚だけでは証拠として弱い。

馬籠と飛山が一緒に写っている。

政治家として会っていただけかもしれない。


「もっと調べる必要がある」


そのときだった。

スマートフォンが鳴った。

画面に表示された連絡先を見て、私は一瞬固まる。

冴羽からだ。


『……先輩』

「分かってる」


私は恐る恐る電話に出た。

「もしもし」

『……写真、撮ったか?』


心臓が跳ねた。


「……」

『黙ってるってことは、撮ったんだな』

「……」

『写真の位置が変わってた』


冴羽の声は、不思議なほど冷静だった。


『お前らが何を考えてるかまでは知らん。だが、あの写真を持っているのは危険だ』


「冴羽さん、あの写真は――」


『もういい』


短い沈黙の後、

『…俺も巻き込まれたくないんでな』

「どういう意味ですか?」

『悪く思うな』

電話が切れた。

私はしばらくスマートフォンを握ったまま動けなかった。


「車、出して」

『え?』

「今すぐ」


薫がエンジンをかける。

その直後だった。

遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。


「やられた……通報されたわ」


薫の顔が青ざめる。


「冴羽は私たちの味方ではないようね」


私は写真を握りしめた。

まだ何も分かっていない。


「……ここにいたら捕まる」

『じゃあ、どこに行くんですか?』


私は答えられなかった。

けれど、今は考えている時間すらない。


「どこでもいい。とにかく、ここから離れましょう!」


薫がアクセルを踏み込む。

車が走り出した。

私たちは、まだ何も知らない。

ただ一つだけ分かっていることがある。


飛山の事件には、まだ誰かがいる。

私たちはもう、ただの被害者ではいられないところまで来てしまったのかもしれない。


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