第四話 過去
朝方、寝ぼけた頭の中には昨日起きたことばかりが浮かんでくる。
飛山晶。
転性者を救うために人生を捧げた政治家。
その男が、転性者を憎んでいた。
そして、あの事件を起こした。
『……わかんねぇ』
隣から薫の声が聞こえた。
どうやら、まだ起きていたらしい。
「何が?」
『いや……ササさんのことっす』
「私?」
『もし、俺が普通の男だからって理由で捕まらなくて、ササさんだけが追われるんだったら……』
薫はそこで言葉を止めた。
『……なんか、嫌じゃないっすか』
私は少しだけ黙った。
「……うん」
確かに嫌だった。
私は転性だから追われる。
薫は男性だから追われない。
それが当たり前のように成立している今の社会が、どうしても気持ち悪かった。
「でも……」
私は窓の外を見た。
「私が転性じゃなかったら……今の私は、私じゃなくなる気がする」
『……』
「それって、結局どういうことなんだろうね」
薫は何も答えなかった。
しばらくして、また車内に静かな寝息が聞こえ始めた。
私も目を閉じた。
テレビから流れるニュースで、私は目を覚ました。
『昨日、神奈川県内の飲食店で、警察官2名が負傷、内1名が死亡する事件が発生しました』
「……え?」
眠気が一気に消えた。
『警察によりますと、転性の店主が、逮捕される際に警察官へ抵抗したものと――』
「嘘……」
あの店のマスターだった。
私たちを匿ってくれた人。昨日まで笑って話していた人。
「……マスター」
薫もテレビを見つめていた。
『警察、もうあそこまで来たんすね』
「……」
私は何も言えなかった。
薫がエンジンをかける。
『いきなりすみません。連絡くる前に行きたいところがあるんすけど、いいすか?』
「ええ、もちろん」
『あざっす!』
薫は車を走らせた。
しばらくして――
薫の家についた。
『連絡くるまでここで身を潜めましょう』
「平気なの?」
『きっと大丈夫っす。バーとかに行ってる間に、警察はもう僕の家来たっぽいっすから』
そう言って、ドアに差し込んだシャーペンの芯を見せてきた。
『漫画で読んだことあるんすよ。ドアにシャー芯差し込んで、芯が折れてるかどうかで誰かが来たかどうか調べるやつ』
「な、なるほど」
薫はたまにこういうこと思いつくから、本当にすごい。私には到底思いつきもしないだろう。
『折れてるんで、出てる間に既に来たっぽいすね。今は大丈夫っす。さあ、入りましょう』
中は薄暗いが、確かに人が出入りしたような散らかり方をしていた。
「転性を匿う奴にも容赦ないというのは本当のようね。散らかり方をみてもかなり荒っぽく調べてる」
巻き込んでしまっていることに対して、咲人の胸がチクっと痛んだ。
『先輩、今夜はここで冴羽からの連絡を待ちましょう』
「そうね」
私たちは、荒らされた部屋を片付けながら冴羽からの連絡を待つことにした。
少し経って――
『ササさん、風呂入ります?昨日から入ってないと思うんで』
「そうするわ。悪いわね」
そう言って、薫は風呂を沸かしに行った。
その時、電話が鳴った。番号を見ると冴羽だ。
『もしもし、俺だ。明日の住所を伝える。メモかなんか用意しろ』
「はい」
冴羽が住所を読んだので、私はメモをした。
『それとよぉ、聞きたいことがいくつかある。まず人数は何人だ』
「2人で行きます」
『2人とも転性か?』
「私はそうですが、彼は違います」
『了解、嘘ついたら知らねえからな。それと、お前は飛山を追って何をしてえんだ?』
「私は真実を知りたいだけです。たとえ捕まるとしても、ただでは捕まらない。せめて飛山がなぜあんな事をしたのか知らなきゃ、納得もできないから」
冴羽がクスッと笑う。
『なるほどな。だが、その話ぶりじゃ捕まるのは覚悟してるみたいな話し方だな。』
「あなたには関係ないです。連日、転性が捕まり続けてるのをニュースで見続けてるんです。正直……このまま私たちが逃げ切れるとは今の所考えれないだけです(たとえ私が捕まっても、薫だけは……)」
『いいね。じゃあ指定した場所で待ってるぜ』
プツンッと電話が切れた。
「薫、場所がわかったわ。風呂に入ったら、冴羽からの指定場所に向かいましょう」
そう言ってとりあえず、私は風呂に入った。
そして、約束の時間の11時になった。
私たちは、冴羽の指定場所についた。
「冴羽、着いたわ」
『わかった、エントランスはすぐ開ける。そのまま606号室に来い』
私たちは、606号室へと向かった。
ガチャッ、鍵が開いているのでそのまま入った。
『こっちに来い』
冴羽の声が聞こえた。
『『お邪魔します』』
薫と2人で奥へ進む。
廊下はゴミ袋の山で、お世辞にもいい匂いとは言えなかった。
ソファに冴羽がいる。
見た目は、黒髪で無精髭が生えている。
身長は座っているのでざっとだが、180cm近くはある。年齢は40歳くらいだろうか。
『座れ』
「失礼します」
『冴羽 泰久だ。よろしく』
「佐伯 咲人です」
『望月 薫っす、よろしくです』
ソファに腰をかける。
『早速本題だが、電話をしてた転性は佐伯、お前だな?』
「はい、私たちが持っている情報というのはこれです」
スッとスマホの写真を見せた。
『飛山の写真か』
「はい、ズームすると手帳の文字が見えるんです。転生は根絶やしだ、あいつらを許さない、この国から消すと」
『クククッ』
冴羽が笑う。
『お前らの写真で俺は確信した。期待はしてなかったが感謝するぜ』
「こんな情報で、恐縮ですが冴羽さんがどこまで飛山について掴んでいるか教えていただけませんか」
『掴んでる?甘いね。飛山という人間が見えてきたんだよ』
そうして、冴羽はタバコに火をつけた。
『スゥー…フゥー……』
――そうして、冴羽は重い口を開いた。
『飛山はな……間違いなく転性じゃねえ」
「……ッ!?嘘よ!」
『気持ちはわかるが事実だ』
冴羽は続けた。
『2006年の記事だ。古くて文字は滲んでるが、なんとなく読めんだろ』
冴羽は机の上から、一枚の古い新聞記事を取り出した。
『これを見ろ』
私は受け取る。
紙は黄ばんでいた。
かなり古い。
「……何の記事ですか?」
『50年以上前の事件だ』
記事の見出しを見る。
『少年が行方不明 数日後、保護』
その下には、当時の事件について簡単な説明が書かれていた。
私は記事を読み進める。
「……男児?」
『ああ』
「名前……」
私はそこで目を止めた。
『影森 晶』
「……影森?」
隣から薫が覗き込む。
『飛山と違う名前っすね』
「これ……別人ですか?」
『どう思う?』
私は新聞記事と、昨日見た飛山の写真を交互に見た。
「……同じ人?」
『そう考えるのが自然ってやつだな。その前提で話を進めるぞ。そして、被害者のガキは暴行を受けた時に男の人に襲われたと警察に証言したらしい』
「どうやって調べたの?」
『そこを調べられるのがジャーナリストだ。ジャーナリスト舐めんじゃねぇ』
冴羽は続ける。
『そして、その事件をきっかけに両親は不仲に、そのまま離婚。そのあとはネグレクトに合って里親に拾われたらしい。それが飛山家だった』
冴羽がまたタバコを吸う。
『さらにだ、俺の聞き込みでわかったのは、里親ってのも転性だ。おそらく自分達じゃ子供を産めねえからつって、離婚したてで宙ぶらりんな飛山を拾ったんだろう』
「その里親はどうしてるの?」
『事件の後、調べて直接尋ねてみたんだ。それで飛山のこと聞いたら、なんでも拾った時からずっと心が無いみたいだって言ってたよ」
『待ってくれっす。少し、冴羽さんの話を整理させてください』
横から薫が言った。
『てことは、自分をレイプしたのも転性。それをきっかけに両親は離婚。そんで新しい里親も転性だったって事ですか?』
冴羽がタバコをトントンとした。
『そういうことだ。ガキの頃からそんな経験もすれば、心も死ぬわな』
いきなりの事実に言葉が出ない。
「そんな過去があったなんて…」
『流石にグロテスクすぎるっすね…』
私は気になることがあった。
「冴羽さん、ところで飛山をレイプした集団てのは捕まったの?」
『それがよ、どうやら捕まっていないらしい。当時の警官もとっくに死んでるから、飛山の昔の近所だったっつう人たちに尋ねてみたんだ。わざわざ、愛媛の田舎まで足を運んだよ』
「それで、なんと…?」
『もちろん、当時に転性なんて言葉もなければトランスジェンダーなんて理解されるわけがない。要は男が男を襲うなんてガキの証言を警察が取り扱うわけはなかったんだとよ』
「そんなことって…」
しばらくの間、時計の秒針の音だけが部屋の中で鳴り響いた。




