第二話 逃走
何故っ?!
私は、まだ何もしていないのに。
『あのーですね、佐伯 咲人さん。ちょっとお話を伺えないかと思いまして』
壁に寄っかかりながら、警察が言う。
「戸籍を見て来たのね。にしても、この対応の早さ、国は本気で転性を根絶やしにする気なのね」
いないフリを突き通すしかない。
私は、家の中で息すら止めた。
『やっぱり、速攻逃げたんじゃねえか?転性は逮捕されるって聞いてよ。俺だったら速攻逃げるね』
『いや、いると思ったんだけどなぁ。生活してる空気っつうか、感じない?』
『はははっ、警察が勘で動くなよな』
インターホン越しに、談笑が聞こえる。
私にはこの日本で談笑をすることは、許されないというのに。
すると電話が鳴る。
薫だ。
声を潜めながら、
「助けて、家の前に警察がもう来ちゃったの」
『ササさん、窓側の道路見てください。僕、せっかちなんで車で迎え来ちゃったっす」
「はっや」
『ササさん、確か野球部出身ですよね?ならこのくらいのボロアパートの2階くらいなら余裕で飛べると思います。警察がこっち来たらアボンなので急いでください』
「わかったわ。よし!」
重たい足を動かして、身を乗り出した。
「ゔわっ…」
バタン――
コンクリートに転がった。
「意外とまだ動けるものね」
『ササさん、さすがっす。とりあえず、早く乗ってください』
「せっかち…」
薫は警察に気づかれないようにと、ゆっくりアクセルを踏み、車を走らせた。
「薫、どこに向かうの?」
『ササさんが教えてくれて一緒に行った、バーっす!あそこならいいんじゃないかと思って!』
「何言ってるの!そんなところ真っ先に潰されるに決まってるじゃない!」
『逆っすよ、逆。警察の人員には限りがある。そういう箱を叩けばいいのに、わざわざササさんの家に来たってことは…、恐らくっすけどまずは戸籍で確認できる範囲で個人を叩きに来たんじゃないかなって』
「な、なるほど、一理はあるわね。でも、もし…」
『ダメだったらダメだった時に考えましょ!世間がこんな状態なんですよ、正常な考えじゃ生き残れねえっす!』
「…ありがとう」
『へへっ』
薫は少し照れくさそうに鼻を啜った。
そして私たちは1時間ほど車を走らせた。
――神奈川県 相模原市 郊外
私たちは例のバーに到着した。
カランッとドアを開ける。
「マスター、いますか?」
暗くてほとんど中が見えない。
すると、背後から何者かが私の横にナイフを突き立てる。
???『警察の方ですか?もしそうなら、お引き取り願いましょうか』
この声は
「マスター!ササです!」
ナイフが離れる。
『あら、ササ!よくここまで来れたわね』
(マスターも私と同じ体は男、自認は女の転性だ。
年齢は不詳だが、大体50歳くらいだろう。身長は160cmほどで、割と筋肉質だ。
私たちのような転性が少しでも羽を伸ばせるように、と10年以上も前にこのバーを開いた。
転性が世に認められる前からの付き合いである。)
ひょこっと後ろから
『薫もいまーす』
『薫?!お前なんでここにいるのよ!』
『いやぁ、ニュース見たらササさんのこと真っ先に思い浮かんで…へへっ。ここなら一旦身を隠せるじゃないかって思ったっす!』
『お前…、変わってるとは思ったがここまでとは…』
『友達思いって言ってくださいよ!』
「あの、トイレ借りてもいいですか…」
間に入って私は、言ってしまった。
『ごめんなさい!ゆっくりしていって頂戴』
そういって、私は奥のトイレを借りた。
勿論、トイレの文字は転性と記されている。
――手を洗って、私たちはカウンター席に座った。
『ササ、薫、君たちのような若い命を大人の争いに巻き込んでしまいすまないわね』
「マスターが悪い訳じゃありません!悪いのは飛山…と国ですよ」
少し自分の中に、引っかかるものはあるがそう答えた。
『ササらしいわね。ところでこれからどうするつもりなの?正直、ここもずっと安全というわけにはいかないわ』
「はい、正直まだ何も受け入れられなくって」
『無理もないわ、私なんか身内がいないから警察にチクるような奴もいないけど…。ご両親は?』
「…っ、最後の別れをしてきました…っ」
マスターが私をぎゅっと抱きしめる。
『ササ、辛かったわね。きっと全て何かの間違いよ。飛山さんが犯人だってのもきっと何かのね』
『僕も、んん……それ、うま……そうじゃなくて、間違いだと思うっす!』
勝手にバーのお菓子を食べながら薫が言った。
「ふふふっ…。ちょっと元気出たわ、ちょっとだけね」
『あー、私たちじゃなくて警察はこいつを窃盗罪で捕まえなさい』
店内が少し賑やかになった。
私は薫がいてくれて本当に良かったと、心の底から噛み締めた。
『ところでね、飛山さんは昔からこのバーをよく使っていたのよ』
「えっ、あの飛山がですか?」
『えぇ、それに私ね、なんなら飛山さんが事件を起こす数日前にこのバーに来た時に酔っ払いすぎて、寝ていたから写真撮っちゃたのよ。本当は絶対ダメなんだけどね?!これ見て』
そういい、マスターはスマホの写真を開いた。
「本当だ、飛山だ」
『テレビで見るより老けてるっすね』
『テレビはお化粧とかするからね、どうしても実物は見劣るものよ』
私は写真の中の開きっぱなしの手帳に注目した。
「ねえ、手帳に何か書いてない?」
『ちょっと待ってね、アップにするわ』
写真をズームした。
「転性が世に認められた、あと少し?」
『他にも書いてない?』
目を凝らして見る。
「えっ、なにこれ…。どういうこと?」
メモにはこう書いてある。
転性は根絶やしだ。
あいつらを許さない。
この国から消す。
と。




