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十五、批判旧世界  十五、旧世界を批判する

マルクス主義が目指す革命とは、ただ単に権力を掌握するすることで完成するのだろうか?


いいやそうではない、旧世界の汚泥から生まれた我々は、新しい社会を開拓しなければいけない。


古い社会、それを生産関係の下部構造から、思想や慣習に至るまで改造すること。


それがわれわれマルクス主義者の使命である。

               最 高 指 示

马克思主义的道理千条万绪,归根结底,就是一句话:“造反有理”。・・・根据这个道理,于是就反抗,就斗争,就干社会主义。

毛主席:《在延安各界庆祝斯大林六十寿辰大会上的讲话》(一九三九年十二月)


マルクス主義の道理は数々あるが、つまるところ、「造反有理」の一句につきる。・・・この道理にもとづけばこそ、反抗し、闘争し、社会主義をたたかいとるのである。


           ――★マルクス=エンゲルス語録★――


哲学家们只是用不同的方式解释世界,而问题在于改变世界。

马克思:《关于费尔巴哈的提纲》(一八四五年),《马克思恩格斯全集》第三卷第六页

哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきたにすぎない。重要なことは世界を変えることである。


新思潮的优点就恰恰在于我们不想教条式地预料未来,而只是希望在批判旧世界中发现新世界。

马克思:《致R(卢格——编者注)》(一八四三年九月),《马克思恩格斯全集》第一卷第四一六页


新思潮の長所は、私たちが教条的に未来を予想するのではなく、古い世界を批判する中で新しい世界を発見したいと思っていることにある。



辩证法却引起了资产阶级和他们的夸夸其谈的代言人的烦恼和恐怖,因为它在现存事物的肯定的理解中,同时包含有它的否定的理解,它的必然灭亡的理解;它对每一个已经生成的形态,都是在运动的流中,从它的暂时经过的方面去理解;它不会屈服在任何事物面前,就它的本质说,它就是批判的,革命的。

马克思:《<资本论>第二版的跋》(一八七三年一月),一九六三年版第一卷第XXIII页


その合理的な姿では、弁証法は、ブルジョアジーやその空論的代弁者たちにとって腹だたしいものであり、恐ろしいものである。というのは、このような弁証法は、現存するものの肯定的理解のうちに同時にまたその否定、その必然的没落の理解をもふくみ、すべての生成した形態を運動の流れのなかでとらえ、したがってまたその過ぎ去る側面からとらえ、なにものによっても畏伏させられることなく、その本質上批判的であり革命的であるからである。


一切发展,不管其内容如何,都可以看做一系列不同的发展阶段,它们以一个否定另一个的方式彼此联系着。比方说,人民在自己的发展中从君主专制过渡到君主立宪,就是否定自己从前的政治存在。任何领域的发展不可能不否定自己从前的存在形式。

马克思:《道德化的批评和批评化的道德》(一八四七年十月),《马克思恩格斯全集》第四卷第三二九页


あらゆる発展は、その内容に関わらず、互いに相反する複数の異なる発展段階の連続として捉えることができる。例えば、人民の発展における絶対君主制から立憲君主制への移行は、かつての政治的存在を否定する。いかなる分野における発展も、かつての存在形態を否定せざるを得ない。


在旧社会内部已经形成了新社会的因素,旧思想的瓦解是同旧生活条件的瓦解步调一致的。

马克思恩格斯:《共产党宣言》(一八四七年十二月~一八四八年一月),一九六四年版第四十六页


古い社会の内部で新しい社会の諸要素が形成されており,古い生産諸関係の解体とともに,古い理念の解体が同じ歩調をとっているという事実が言い表されているにすぎない


陈旧的东西总是企图在新生的形式中得到恢复和巩固。

马克思:《致弗·波尔特》(一八七一年十一月),《马克思恩格斯书信选集》一九六二年版第二九五页


古いものは常に、新しい形式の中で自らを回復し、強固になろうと企てる。


随着经济基础的变更,全部庞大的上层建筑也或慢或快地发生变革。

马克思:《政治经济学批判——序言》(一八五九年一月),《马克思恩格斯全集》第十三卷第九页


経済基礎が変化すると、ゆっくりと、あるいは急速に、巨大な上部構造全体も変化する。


无论英国资产者的宗教愚钝,或者大陆资产者的事后皈依宗教,恐怕都不能阻止日益高涨的无产阶级的潮流。传统是一种巨大的阻力,是历史的惰性力,但是由于它只是消极的,所以一定要被摧毁;因此,宗教也不能长期成为资本主义社会的保护物。如果说,我们的法律的、哲学的和宗教的观念,都是在一定社会内占统治地位的经济关系的或近或远的枝叶,那末,这些观念终究抵抗不住因这种经济关系完全改变而产生的影响。除非我们相信超自然的奇迹,否则,我们就必须承认,任何宗教教义都不足以支持一个摇摇欲坠的社会。

恩格斯:《“社会主义从空想到科学的发展”英文版导言》(一八九二年四月),《马克思恩格斯全集》第二十二卷第三六〇页


けれども、思うに、イギリスのブルジョアの宗教的頑迷も大陸のブルジョアのおくればせの〔post festum〕改宗も、プロレタリアの上げ潮をせきとめられないのではないだろうか。伝統は一つの大きな阻止力であり、歴史の惰性の力〔vis inertiae〕である。しかしそれはただ受動的でしかないので、いつかは打ち砕かれるにきまっている。こうして宗教もまた資本主義社会の永久的な防壁ではないだろう。われわれの法的・哲学的・宗教的観念が、あるあたえられた社会で支配的な経済的諸関係の直接または間接の派生物であるならば、そのような諸観念は、結局は、経済的諸関係の完全な変化の影響に抵抗することはできない。だから、われわれは、超自然的な啓示を信じないかぎり、どんな宗教的教理もぐらつきだした社会を支えることはできないということを認めざるをえないのである。


共产主义革命就是同传统的所有制关系实行最彻底的决裂;毫不奇怪,它在自己的发展进程中要同传统的观念实行最彻底的决裂。

马克思恩格斯:《共产党宣言》(一八四七年十二月~一八四八年一月),一九六四年版第四十七页


共産主義革命は伝統的な所有関係との最も根本的な決別であり、当然のことながら、その発展の過程では伝統的な考え方との最も根本的な決別も伴う。


什么也阻碍不了我们把我们的批判和政治的批判结合起来,和这些人的明确的政治立场结合起来,因而也就是把我们的批判和实际斗争结合起来,并把批判和实际斗争看做同一件事情。

马克思:《致R(卢格——编者注)》(一八四三年九月),《马克思恩格斯全集》第一卷第四一七~四一八页


我々の批判を、政治への批判や、彼らの明確な政治的立場と結びつけることを妨げるものは何もない。つまり、批判を実際の闘争と結びつけ、批判と闘争を同一のものとして捉えることを、何ものも阻むことはできないのである。


我们的任务是要揭露旧世界,并为建立一个新世界而积极工作。

马克思:《致R(卢格——编者注)》(一八四三年五月),《马克思恩格斯全集》第一卷第四一四页


我々の使命は、古い世界を暴露し、新しい世界を積極的に構築することである。


旧社会的死亡对于在那个社会里没有什么东西可以丧失的人们来说并不是一种损失,而一切现代国家里的极大多数的人所处的状况正是这样。而且,他们必须通过旧社会的灭亡才能获得一切;旧社会的灭亡将使一个不再以阶级对立为基础的新社会建立起来。

马克思恩格斯;《论波兰》(一八四七年十一月),《马克思恩格斯全集》第四卷第四一〇页


旧社会の崩壊は、その社会において失うものが何もない人々にとって損失ではない。これは、あらゆる近代国家の大多数の人々にとって当てはまる。さらに、彼らは旧社会の崩壊を通してのみすべてを得ることができる。旧社会の崩壊は、もはや階級対立に基づかない新しい社会を確立するだろう。


无论为了使这种共产主义意识普遍地产生还是为了达到目的本身,都必须使人们普遍地发生变化,这种变化只有在实际运动中,在革命中才有可能实现;因此革命之所以必需,不仅是因为没有任何其他的办法能推翻统治阶级,而且还因为推翻统治阶级的那个阶级,只有在革命中才能抛掉自己身上的一切陈旧的肮脏东西,才能建立社会的新基础。

马克思恩格斯:《德意志意识形态》(一八四五~一八四六年),《马克思恩格斯全集》第三卷第七十八页


この共産主義的意識の大量的な産出のためにも、また事業そのものの貫徹のためにも、人間の大量的な変化が必要であり、そしてこれはただ実践的な運動すなわち革命においてのみおこりうるのである。だから革命が必要であるのは、たんに支配階級が他のどんな方法によってもうちたおされえないからだけではない。さらにうちたおす階級が、ただ革命においてのみ、いっさいのふるい汚物をはらいのけて社会のあたらしい樹立の力をあたえられるようになりうるからでもある。


让死人去埋葬和痛哭自己的尸体吧。最先朝气蓬勃地投入新生活的人,他们的命运是令人羡慕的。

马克思:《致R(卢格——编者注)》(一八四三年五月),《马克思恩格斯全集》第一卷第四〇八页


死人には、自分たちの遺骸を埋葬し、嘆き悲しませておけばいい。誰よりも早く、活気にあふれて新しい生活へと飛び込んでいく人々の運命こそ、羨望に値するものだ。


            ――★レーニン語録★――


马克思认为他的理论的全部价值在于这个理论“在本质上是批判的和革命的”。后一品质真正是马克思主义完全地和无条件地所固有的,因为这个理论公开认为自己的任务就是揭露现代社会的一切对抗和剥削形式,考察它们的演变,证明它们的暂时性和转变为另一种形式的必然性;因而也就帮助无产阶级尽可能迅速地、尽可能容易地消灭任何剥削。

列宁:《什么是“人民之友”以及他们如何攻击社会民主主义者?》(一八九四年),《列宁全集》第一卷第三〇五页


マルクスは、自らの理論の全価値はその「批判的かつ革命的な性質」にあると信じていた。この後者の性質は、マルクス主義に完全に、そして無条件に内在するものだ。なぜなら、マルクス理論は、近代社会におけるあらゆる形態の敵対行為と搾取を暴き、その進化を検証し、それらの一時性と別の形態への必然的な変容を証明することを自らの使命と公然と認識しているからだ。こうして、プロレタリアートがあらゆる搾取を可能な限り迅速かつ容易に排除するのを助けるのだ。


真正伟大的革命是从旧东西以及改进旧东西的意图和追求新东西(新得连一丝一毫旧东西也没有)的抽象愿望之间的矛盾中产生的。

列宁:《宁肯少些,但要好些》(一九二三年三月),《列宁全集》第三十三卷第四五一页


真に偉大な革命は、古いものとそれを改良しようとする意図、そして何か新しいもの(古いものの痕跡をまったく残さないほど新しいもの)を追求しようとする抽象的な欲求との間の矛盾から生じる。



凡是人类社会所创造的一切,他(马克思——编者注)都用批判的态度加以审查,任何一点也没有忽略过去。凡是人类思想所建树的一切,他都重新探讨过,批判过,根据工人运动的实践一一检验过,于是就得出了那些被资产阶级狭隘性所限制或被资产阶级偏见束缚住的人所不能得出的结论。

列宁:《青年团的任务》(一九二〇年十月),《列宁全集》第三十一卷第二五三~二五四页


彼(マルクス-編集者注)は、人間社会が作り出したあらゆるものを批判的に考察し、何ものも見落とさなかった。彼は、人間の思考によって確立されたあらゆるものを、労働運動の実践に即して再検討し、批判し、検証した。こうして、ブルジョア的偏狭さや偏見に縛られた者たちが到達することのできない結論に到達したのだった。


应当明确地认识到,只有确切地了解人类全部发展过程所创造的文化,只有对这种文化加以改造,才能建设无产阶级的文化,没有这样的认识,我们就不能完成这项任务。

列宁:《青年团的任务》(一九二〇年十月),《列宁全集》第三十一卷第二五四页


人類の発展過程全体を通して創造された文化を正確に理解し、それを変革することによってのみ、プロレタリア文化を築くことができるということを、明確に認識すべきである。こうした理解なしには、この課題を達成することはできない。


剥削者愈是千方百计地拚命维护旧事物,无产阶级也就愈要更快地学会把自己的阶级敌人从最后的角落里赶走,挖掉他们统治的老根,铲除能够产生(,必定产生)雇佣奴隶制、群众贫困和富人蛮不讲理的肥壤沃土。

列宁:《被旧事物的破产吓坏了的和为新事物而斗争的》(一九一七年十二月),《列宁全集》第二十六卷第三七七页


搾取者たちが旧秩序の維持に全力を尽くせば尽くすほど、プロレタリア階級は階級の敵を隅から追い出し、彼らの支配の根を掘り起こし、賃金奴隷制、大量貧困、金持ちの不合理な行動を生み出す(そして必然的に生み出す)肥沃な土壌を根絶することをより早く学ばなければならない。


在工人阶级和资产阶级旧社会之间并没有一道万里长城。革命爆发的时候,情形并不象一个人死的时候那样,只要把死尸抬出去就完事了。旧社会灭亡的时候,它的死尸是不能装进棺材、埋入坟墓的。它在我们中间腐烂发臭并且毒害我们。

列宁:《全俄中央执行委员会,莫斯科代表苏维埃,工会联席会议:关于同饥荒作斗争的报告》(一九一八年六月),《列宁全集》第二十七卷第四〇七页


労働者階級と、ブルジョア的な旧社会との間には、高い壁があるわけではない。革命の勃発は、人が亡くなった時のように遺体を運び出せば終わるというものではない。旧社会が滅びても、その死体は棺に収められて墓に埋められるわけではないのだ。それは我々のただなかで腐敗し、悪臭を放ち、我々を毒し続けているのである。


资产阶级社会的死尸,正如我有一次指出的,是不能装进棺材、埋到地下的。被打死的资本主义会在我们中间腐烂发臭,败坏空气,毒化我们的生活,从各个方面用陈腐的死亡的东西包围新鲜的、年轻的、生气勃勃的东西。

列宁:《给美国工人的信》(一九一八年八月),《列宁全集》第二十八卷第五十三页


ブルジョア社会の屍は、私が以前にも指摘したように、棺桶に入れて埋葬することはできない。殺された資本主義は、私たちの間で腐敗し悪臭を放ち、空気を汚染し、私たちの生活を毒し、新鮮で若々しく活気に満ちたものを、あらゆる点で古びて死んだもので覆い尽くすだろう。


有这样的历史时机,当时为了取得革命的胜利,最重要的是多积累一些被破坏的东西,就是多破坏些旧机关;也有另一种时机,即在破坏已经足够的时候,那就需要做些“平凡的”工作(在小资产阶级革命家看来,是“枯燥无味”的工作),清除地面上被破坏的旧东西;此外还有一种时机,这时最重要的任务是在旧的残余还没有清除干净的地面上,小心地照顾从被破坏的旧东西底下生长出来的新东西的幼芽。

列宁:《苏维埃政权的当前任务》(一九一八年三~四月),《列宁全集》第二十七卷第二五二页


革命の勝利を得るためには、破壊されたものを多く蓄積することが重要であり、古い機関を多く破壊することが重要だった。破壊に十分な時には、地上で破壊された古いものを取り除く「平凡な」仕事(小ブルジョア革命家から見れば、「無味乾燥な」仕事)をする必要がある、また、古い残存物がまだきれいに取り除かれていない地面で、破壊された古いものの下から生えてきた新しいものの芽を丁寧に世話することが最も重要な任務である。


大飞跃时代的真正应当注意的地方,就在于被破坏的旧的东西极多,并且有时旧东西的破坏比新东西的萌芽(不是常常可以一眼看到的)来得更快,因此我们就要善于从发展路线或链条中抽出最重要的环节。

列宁:《苏维埃政权的当前任务》(一九一八年三~四月),《列宁选集》一九六五年版第三卷第五四三~五四四页


大飛躍時代の本当に注意すべき点は、破壊された古いものが非常に多く、新しいものの芽生え(常に一目で見ることができるわけではない)よりも古いものの破壊が速いことがある。したがって、私たちは発展の道筋、あるいは発展の連鎖から最も重要な要素を的確に抽出する必要がある。



应该使生活和知识摆脱对资本的从属,摆脱资产阶级的束缚。

列宁:《在全俄国际主义教师代表大会上的演说》(一九一八年六月),《列宁全集》第二十七卷第四一八页


生命と知識は資本への従属とブルジョワ階級の束縛から解放されなければならない。


我们应当坚决地同一切资产阶级思想作斗争,不管它披着怎样时髦而华丽的外衣。

列宁:《政治鼓动和“阶级观点”》(一九〇二年二月),《列宁全集》第五卷第三〇九页


ブルジョア思想がどれほど流行り、いかに奇抜に偽装されていたとしても、我々は断固としてそれに対抗しなければならない。


对于社会主义思想体系的任何轻视和任何脱离,都意味着资产阶级思想体系的加强。

列宁:《怎么办?》(一九〇一年秋~一九〇二年二月),《列宁全集》第五卷第三五二页


社会主義思想体系に対するいかなる軽視といかなる離脱も、ブルジョア思想体系の強化を意味する。


我们不是空想主义者,我们知道资产阶级“论据”的真实价值,也知道旧东西的残余在革命后的一定时期内还必然胜过新的幼芽。当新事物刚刚诞生时,旧事物在相当时期内总是比新事物强些,这在自然界或社会生活中都是常见的现象。讥笑新的幼芽软弱,抱着知识分子的轻浮的怀疑态度等等,——这一切实际上是资产阶级反对无产阶级的阶级斗争手段,是保护资本主义而反对社会主义。我们应当缜密地研究新的幼芽,极仔细地对待它们,尽力帮助它们成长,并“照护”这些柔弱的幼芽。

列宁:《伟大的创举》(一九一九年六月),《列宁选集》一九六五年版第四卷第十五页


私たちは空想主義者ではない。ブルジョア階級の「論拠」の真の価値を知っているし、古いものの残存は革命後の一定の時期には必ず新しい芽に勝ることも知っている。新しいものが生まれたばかりの頃、古いものはかなりの時期、新しいものよりも優れていた。これは自然界や社会生活でよく見られる現象である。新しい若芽が弱いと嘲笑したり、知識人の軽薄な懐疑的な態度を抱いたりするなど、――これらのすべては実際にはブルジョア階級のプロレタリア階級に反対する階級闘争手段であり、資本主義を保護して社会主義に反対することである。私たちは新しい若芽を綿密に研究し、非常に注意深く対処し、成長を助け、これらの弱い若芽を「世話」しなければならない。


从旧到新的过渡如果进行得象1917年2月起在俄国所进行的那样剧烈,那当然首先就会大大地破坏社会生活中的陈旧的和腐朽的东西。很明显,在寻找新事物的时候,不可能立即得到象过去几世纪来所形成的并且保持下来的那种确定不移的、几乎是固定不变的形式。

列宁;《“苏维埃政权的当前任务”一文的初稿》(一九一八年三月),《列宁全集》第二十七卷第一九二页


1917年2月以降のロシアにおけるように、古いものから新しいものへの移行が劇的に進行すれば、それはまず第一に、社会生活の古く衰退しつつある側面を大きく混乱させることは間違いない。明らかに、新しいものを求める中で、過去数世紀にわたって形成され維持されてきたような明確でほぼ不変の形態をすぐに獲得することは不可能である。


批判应该是这样的:不是把一定的事实和观念比较对照,而是把它和另一种事实比较对照;对这种批判唯一重要的是尽量确切地把两种事实研究清楚,使它们在相互关系上表现为不同的发展阶段,而特别需要的是同样确切地把一系列的状态、它们的连贯性以及各个发展阶段间的联系研究清楚。

列宁:《什么是“人民之友”以及他们如何攻击社会民主主义者?》(一八九四年四月),《列宁全集》第一卷第一四六页


批判は、一定の事実と観念を比較するのではなく、別の事実と比較すること、このような批判に対して唯一重要なのは、できるだけ確実に2つの事実を研究し、相互関係の上で異なる発展段階として表現させることであり、特に必要なのは同じように一連の状態、それらの一貫性、各発展段階間のつながりを明確にすることである。


当那些主张改良和改善的人还不懂得,任何一个旧制度,不管它怎样荒谬和腐败,都是由某些统治阶级的势力所支持的时候,他们总是会受拥护旧制度的人们愚弄的。要打破这些阶级的反抗,只有一个办法,就是必须在我们所处的社会中找出一种力量,教育它和组织它去进行斗争,这种力量能够(而且按它的社会地位应当)成为扫除旧制度和创立新制度的力量。

列宁:《马克思主义的三个来源和三个组成部分》(一九一三年三月),《列宁全集》第十九卷第八页


改革と改善を主張する者は、どんなに不条理で腐敗した旧体制であっても、特定の支配階級の力によって支えられていることを理解できず、旧体制を支持する者たちに常に騙されることになる。この階級抵抗を打ち砕く方法はただ一つ。社会の中に勢力を見つけ出し、それを教育し、闘うように組織化すること。その勢力は、旧体制を一掃し、新体制を確立する力となり得る(そして、その社会的地位に応じて、そうなるべきである)力である。


            ――★スターリン語録★――


工人在夺得政权以后不仅能打败资本主义,能破坏旧东西,而且能建设新社会,建设社会主义。

斯大林:《联共(布)第十四次代表大会》(一九二五年十二月)《斯大林全集》第七卷第二九〇页


労働者は権力を掌握すれば、資本主義を打ち負かし、旧秩序を破壊するだけでなく、新しい社会と社会主義を築くこともできる。


在辩证方法看来,最重要的不是现时似乎坚固,但已经开始衰亡的东西,而是正在产生、正在发展的东西,哪怕它现时似乎还不坚固,因为在辩证方法看来,只有正在产生、正在发展的东西,才是不可战胜的。

斯大林:《论辩证唯物主义和历史唯物主义》(一九三八年九月),《列宁主义问题》人民出版社一九六四年版第六七五页


弁証法的な観点から見れば、最も重要なのは、現時点では堅固に見えても朽ち始めているものではなく、現時点では堅固に見えなくても、出現し発展しているものである。なぜなら、弁証法的な観点から見ると、出現し発展しているものだけが無敵だからである。


生活中新产生的、一天天成长的东西是不可克服的,要阻止它的前进是不可能的。这就是说,例如无产阶级,既然它作为一个阶级已在生活中产生并且一天天成长起来,那末不管它今天怎样弱,怎样小,归根到底是会胜利的。为什么呢?因为它在成长、壮大、前进。反之,生活中衰老的、走向坟墓的东西是必遭失败的,哪怕它今天还显得是一个强壮的力量。这就是说,例如资产阶级,既然它在逐渐失去立足的基地,日益向后倒退,那末不管它今天还怎样强,怎样大,归根到底是必遭失败的。为什么呢?因为它作为一个阶级已在腐朽、削弱、衰老而成为生活中的累赘。

斯大林:《无政府主义还是社会主义?》(一九〇六年十二月~一九〇七年一月),《斯大林全集》第一卷第二七五页


生活の中で新しく生まれ、日に日に成長していくものは、克服できないものであり、その前進を阻止することは不可能である。つまり、たとえばプロレタリアートは、一つの階級として生活の中に生まれ、日に日に成長しつつある以上、たとえ今日はいかに弱く、いかに小さくとも、結局のところは勝利する。なぜなら、それは成長し、強大になり、前進しているからである。これに反して、生活の中で老朽化し、墓場に向かっているものは、たとえ今日はいかに強大な力に見えようとも、必ず敗北する。つまり、たとえばブルジョアジーは、次第に足場を失い、日に日に後退している以上、たとえ今日はいかに強く、いかに大きくとも、結局のところは必ず敗北する。なぜなら、それは一つの階級として朽ち果て、弱まり、老朽化して、生活の重荷となっているからである。


在我们生活中总是有某种东西在衰亡。但衰亡着的东西不愿意轻易地死去,他们要为自己的生存而挣扎,坚持自己腐朽的事业。在我们生活中也总是有新的东西在生长。但生长着的东西也不是轻易地生长起来的,他们叫着,喊着,坚持自己生存的权利。旧的东西和新的东西之间的斗争,衰亡着的东西和生长着的东西之间的斗争,——这就是我们的发展的基础。

斯大林:《联共(布)第十五次代表大会》(一九二七年十二月),《斯大林全集》第十卷第二八三~二八四页


われわれの生活のなかでは、つねに何かが死滅しつつある。だが、死滅しつつあるものは、簡単には死のうとはしない。それは自分の生存のためにあらがい、自分の朽ち果てた事業を固執しようとする。われわれの生活のなかでは、またつねに新しいものが成長しつつある。だが、成長しつつあるものは、けっして簡単に成長するのではない。それは叫び、声をあげ、自分の生存の権利を主張する。古いものと新しいものとの闘争、死滅しつつあるものと成長しつつあるものとの闘争――これこそが、われわれの発展の基礎である。


科学所以叫作科学,正是因为它不承认偶像,不怕推翻过时的旧事物,很仔细地倾听实践和经验的呼声。否则,我们就根本不会有科学。

斯大林:《在全苏斯达汉诺夫工作者第一次会议上的讲话》(一九三五年十一月),《列宁主义问题》人民出版社一九六四年版第六三六页


科学が科学といわれるのは、それが偶像を認めず、古くなったものを打ち破ることを恐れず、実践と経験の声に注意深く耳を傾けるからである。そうでなければ、われわれにはおよそ科学というものはありえないであろう。


旧社会遗留下来的旧的习气、习惯、传统和偏见是社会主义最危险的敌人。这些传统和习气控制着千百万劳动群众,它们有时笼罩着无产阶级各阶层,有时给无产阶级专政的存在造成极大的危险。因此,同这些传统和习气作斗争,在我们各方面的工作中必须克服这些传统和习气,并且以无产阶级的社会主义精神教育新的一代,——这就是我们党的当前任务,不执行这些任务,就不能取得社会主义的胜利。

斯大林:《关于俄共(布)第十三次代表大会的总结》(一九二四年六月),《斯大林全集》第六卷第二一七页


旧社会から遺された古い習慣、風習、伝統、そして偏見は、社会主義にとって最も危険な敵である。これらの伝統や習慣は、何千万という勤労大衆を支配しており、時にはプロレタリアートの各層を包み込み、プロレタリア独裁の存立に極めて大きな危険をもたらすこともある。したがって、これらの伝統や習慣と闘争し、われわれのあらゆる仕事においてこれらを克服し、新しい世代をプロレタリア的な社会主義の精神で教育すること――これこそがわが党の当面の任務であり、これらの任務を遂行せずして、社会主義の勝利を勝ち取ることはできない。


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