ひろし、先陣を切る
戻ってきた茂雄におばあさんは笑顔で尋ねた。
「あら茂雄さん。バス停に行くんでしたね」
「ええと……、バス停? なんだっけ? ……ああ! 1時15分のバスで桜を見に行くんだよ」
「あら、そうなのね」
「いま何時ですか?」
「ええと、1時ちょうどくらいね」
「1時?」
茂雄は地面に座ると、不思議そうにおばあさんを見上げた。
社長はそれを見ておばあさんに言った。
「記憶が途切れてしまいますね……」
するとその時、ログインしてきたマユが時計台のほうからやってきた。
「洋子ちゃん!」
「あら、マユさん!」
「なんか、こっちのほうから洋子ちゃん声が聞こえたから」
「うふふ。わたし、そんなに声が大きかったかしら」
洋子が笑うと、茂雄はマユを見て満面の笑顔で大声をあげた。
「ヨシ子!」
「「ええっ!」」
茂雄はマユに駆け寄って手を握るとマユに言った。
「ヨシ子、探したよ。ははは」
「え? ええ?」
すると、社長はマユにジェスチェーで続けるように指示をした。
「ヨシ子、今日は一緒に桜を見に行くんだったね」
「え、あ、うん」
シュゥゥウウウ……
するとまた、茂雄は消えてしまった。
「あれ?」
マユが驚くと、社長がマユに言った。
「マユさん、ご協力ありがとうございます」
「え、あ、はい……。ええと……」
マユが少し戸惑っていると、おじいさんがマユとおばあさんに社長を紹介した。
「あ、こちらの方は、このゲームの会社の社長さんです」
「え、うそ! よ、宜しくおねがいします、マユです!」
「あら、社長さんって、このゲームの!? 洋子です、よろしくお願いします」
マユとおばあさんが慌てて頭を下げると社長は2人に深々と頭を下げた。
「いつもプレイして頂き、ありがとうございましす。宜しくお願いいたします」
社長は頭を上げるとマユに話を続けた。
「マユさん。あの方は茂雄さんと言って、いま昏睡状態で意識が跡切れ跡切れなのです」
「そうなんですね……。でも、あのおじいさん桜を見に行くって……」
「はい。ご家族様の話では、茂雄さんは亡くなられた奥様と桜を見に行った事が一番記憶に残ってるようでして……。こちらの世界でも、それが反映しているようなのです」
「桜を……」
「ヨシ子、1時15分のバスだろう?」
すると、突然茂雄が現れた。
マユは茂雄を見ながら笑顔になると優しく声をかけた。
「うん。そうだよ」
「ああ、ははは。ヨシ子と桜を見に行くのを楽しみにしてたんだよ」
それを聞いたマユは、ふとピンデチの外れにある桜の群生地の事を思い出した。
マユは最近、隣の店の「ゆぅ」と一緒に桜の群生地に出現するアンデッドを相手に練習していたのだった。
「桜のところへ行くバスがもうすぐ来ると思うから、バス停に行こう」
マユはそう言いながら社長を見ると、社長は即座に桜の群生地の事を察してオーケーとジェスチャーし、転移していった。
「ああ。バスなんて何年ぶりだろうか」
「ははは、そうだね」
茂雄は嬉しそうにすると、マユは茂雄を連れてピンデチの外へ向かってゆっくりと歩きだした。
ー ピンデチ バス停 ー
マユと茂雄、おじいさんとおばあさんはピンデチのバス亭に到着した。
バス停にはコーシャタ行きのバスが乗客を待っていたが、前から社長の運転するマイクロバスのモービルがやってきた。
「あ、来た」
「ヨシ子、あのバスかい?」
「うん、そうだよ」
マイクロバスはマユのところへやってくると扉が開いた。
プシュゥゥ
マユと茂雄、そしておじいさんたちがバスに乗り込むと社長が出発の掛け声をかけた。
「では出発します」
ブゥゥゥウウウ……
バスはサクラの群生地へ向かって走り出した。
◆
茂雄はバスに揺られながら、マユに尋ねた。
「ああ、山がきれいだね。桜のところまではどのくらいだったろうか?」
「え? ええと、そんなに時間は……」
シュゥゥゥウウ……
すると茂雄は姿を消した。
「あっ」
社長はマイクロバスを止めてサイドブレーキを引くとみんなに言った。
「茂雄様が戻るまで待機しますね。ところでみなさん、これからピンデチ地区の南の端にある桜の群生地へ向かうのですが……」
社長は少し表情を曇らせてみんなに尋ねた。
「桜の群生地へ行くには、倒さなればならない敵が現れるのです。手伝っていただけないでしょうか」
「はい、もちろんです」
「何でも言ってください」
「はい!」
「ありがとうございます」
社長はみんなにお礼を言うと、運転席から立ち上がって、この先の説明を始めた。
「桜の群生地へ行くには、車を降りて一本道を通るのですが、途中で『サムライの亡霊』という強いアンデッド・モンスターが大量に現れるのです」
「なるほど、それを倒すのですね」
「茂雄さんのためね。がんばります」
「がんばります!」
みんなが社長にそう言うと、社長は頭を下げて続けた。
「ありがとうございます。作戦としては、私とひろしさん、洋子さんで先陣を切り、マユさんには茂雄さんを守りながら桜の群生地へとご案内して頂きたいと思いっています」
すると、マユが社長に言った。
「大丈夫です。もし何かあっても、私が茂雄さんを守ります」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
「社長さん、茂雄さんは防具とか武器は装備してるんですか」
「はい。茂雄さんは武闘家をお選びになられて、スウェットの下に鋼鉄のナックルとレガース、そして稽古着を装備していらっしゃいます」
「それは、少し安心ですね……」
「そうですね。稽古着は防御力が低いのでサムライの亡霊の刀を喰らえば致命傷になるかもしれません……」
社長はそう言うと、マユとおばあさんにフレンド申請を送信して言った。
「敵は数が多いので、交戦中に我々から抜け出して茂雄さんに襲いかかるかもしれません。ボイスチャットで連絡を取り合いましょう」
「「はい」」
するとマユの隣に茂雄が現れた。
「あ、ああ。寝てしまったのか」
それを聞いたマユは茂雄に優しく言った。
「寝てても大丈夫だよ」
「ああ、大丈夫。なんだか、とても眠くて。ははは」
マイクロバスは再び出発してピンデチの南の端の山を登っていくと、桜が少し見えてきた。
「みなさん、桜が見えてきましたよ」
「あぁ、綺麗ですね」
「まぁ、あんな所があるなんて」
「やっぱりあの群生地だ」
すると茂雄も笑顔で言った。
「あぁ、なんてきれいなんだ」
◆
社長はマイクロバスを桜の群生地の入り口で止めると、みんなを連れてマイクロバスから降りた。
そして社長は両腕の盾を前にすると、全員とボイスチャットを繋いだ。
「ひろしさん、洋子さん、行きましょう。私が先頭で戦いますので後方から攻撃をお願いします」
「「はい」」
「マユさんは少し離れて茂雄さんとゆっくり付いてきてください。万が一の時はお願いします」
「はい」
マユが返事をすると、社長とおじいさんとおばあさんは一本道を走っていった。
すると茂雄が笑顔でマユに話しかけた。
「ヨシ子、着いたのかい? いつもと違うところみたいだけど」
「うん、着いたよ。じゃあ、ゆっくり行こう」
「ああ、そうか。ははは」
マユは茂雄と一緒に、ゆっくりと桜の群生地へと続く一本道を歩いていった。




