ひろし、見学する
イリューシュはパトリシアが名前を変更したのを見ると、笑みを浮かべながらパトリシアに言った。
「おばあちゃん、可愛いわね。ふふふ」
「ええ。わたし、小鳥が好きだからピッタリだわ」
するとその時、大熊笹が2階から食堂に降りてきて、おじいさんに話しかけた。
「おはようございます! ひろしさん、金賞ですな! おめでとうございます」
「あぁ、大熊笹さん。ありがとうございます。お早いですね」
「ええ。今日は新しいボスを作るのに協力してほしいとかで、2階で社長さんとお話していたんです」
おじいさんと大熊笹が話をしていると、トリちゃんが驚いて声をあげた。
「オ、オオクマザサさん!!」
「はい、大熊笹です。はじめまして」
大熊笹が姿勢を正してトリちゃんに礼をすると、トリちゃんも慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして。わたしはPatri……、あ、トリちゃんです」
「トリちゃん、宜しくお願いします」
するとトリちゃんは驚きながら、慌てた様子でイリューシュに尋ねた。
「イリューシュちゃん……、この方は柔道の大熊笹さんよね」
「ええ、そうよ」
「Wow!」
トリちゃんは大熊笹の手を取ると、満面の笑顔で握手をしながら言った。
「わたしも若い頃に柔道をやっていたのです。あなたは素晴らしい選手でした!」
「あ、ああ。ははは。ありがとうございます」
大熊笹が照れ笑いをすると、大熊笹は思いついたようにトリちゃんに提案した。
「これからお弟子さんたちと朝練をするのですが、良かったら見ていきませんか?」
「まぁ! ぜひ行きたいわ!」
こうしてトリちゃんはみんなと一緒にG区画の家へと向かった。
ー G区画の家 ー
大熊笹たちはG区画の家に到着すると2階に上がった。
大熊笹は先に待っていたアカネと黒ちゃんに挨拶をすると更衣室で柔道着に着替えた。
そして道場に戻って来ると、正座をしているアカネと黒ちゃんに向かい合うように正座をした。
おじいさんたちも道場に一礼して入ると、端のほうに座って見学を始めた。
黒ちゃんは息を沈めると、道場に響き渡る声で言った。
「礼!」
「「お願いします!」」
アカネと黒ちゃんが大熊笹と一緒に美しい姿勢で礼をすると、トリちゃんはその美しさに感動した。
「まぁ……」
そして大熊笹は頭を上げると、目を閉じて静かに言った。
「黙想」
(黙想:目を閉じて心を落ち着かせること)
アカネと黒ちゃんも目を閉じると、おじいさんたちも静かに目を閉じた。
バタバタバタバタ!
「きききっ、ききっ!」
「クルルルル!」
するとその時、タッちゃんとララ助が嬉しそうに2階に上がってきて、おじいさんと道場にいるアカネに飛びついた。
おじいさんはタッちゃんに気づくと片目を静かに開けて、小声でタッちゃんに言った。
「タッちゃん、こっちへおいで」
「ききっ!」
タッちゃんは嬉しそうにおじいさんに抱きつくと、ジャージのファスナーを開けて懐に入った。
パタパタパタ
アカネも尻尾を振りながら飛びついてきたララ助を静かに撫でると、ララ助は周りの状況を把握してアカネの横に静かに伏せた。
「クルルル……」
そして、そのまま暫く静かな時間が流れた。
「黙想やめ」
大熊笹がそう言うと、お互いに礼をして立ち上がり、アカネはララ助を抱えて急いでおじいさんのところに行った。
「じいちゃん、ララ助ちょっと見てて」
「はい。まかせてください」
するとその様子を見ていたトリちゃんがアカネに話しかけた。
「この動物の子は賢いわね。ちゃんと静かにしていて」
「うん、いい子なんだ。よーしよしよし、ララ助おはよー」
「クルルルルル」
アカネはララ助をワシャワシャしながらおじいさんに手渡すと、ジャージから顔を出していたタッちゃんの頭も撫でた。
「タッちゃんも、おはよー。ははは」
「うきっ」
アカネはタッちゃんを撫でると駆け足で道場に戻ってウォーミングアップを始めた。
その頃、海とライラはルルの指示でベイリゲンを抜けてエストンレルト地区へ向かっていた。
そして、強さが増したモンスターたちを倒しながらステータスポイントと素材を集め、エストンレルトの街に辿り着いた。
エストンレルトの街は大きな街だが、現代的なコーシャタとは違って中世ヨーロッパの町並みのようだった。
海はその美しさに驚いてライラに言った。
「ライラさん、この街カッコイイですね!」
「そうだな。よくプレイヤーたちがあの城や大聖堂で記念写真を撮っているぞ」
「いいなぁ……。僕もいつか、つむぎちゃんと来たいなぁ」
「それなら強くならないとな。ここに来るまでのモンスターをお前が1人で倒せなければ、連れてこれないぞ」
「そ、そうですね。ベイリゲンくらいからモンスターが強いですね……」
「そうだ。この辺りのモンスターは属性攻撃をしてくる上に物理攻撃も強いからな」
するとライラは辺りを見回して海に言った。
「丁度いい。武器と防具の店に行こう。確か、この街には属性攻撃に強い防具を売っていたはずだ。買ってやる」
「ほ、ほんとですか!? ありがとうございます!」
「すぐ行くぞ、ついてこい!」
「はいっ!!」
こうして海は新しい防具を手に入れ、ライラと一緒にアーボンたちの情報を集め始めた。
その頃、G区画の家では朝稽古が終盤に差し掛かり、激しさを増していた。
「オナシャース!」
アカネは一礼して大熊笹に近づくと、素早く腰を入れて大熊笹の腕を引き込んだ。
「やぁああ!」
「はい、よいしょ」
「うわわわ!」
しかし大熊笹は素早く横へかわしてアカネを引き離した。
「もう一本!! やぁぁああ!」
「ほい」
大熊笹は組み付いたアカネの足を払おうとした。
しかし、それに気づいたアカネは足を上にあげると、その瞬間、
「よいしょ」
ズバン!
大熊笹が電光石火の背負投げを決めた。
「ありがとうございました!!」
アカネは一礼して素早く下がると、黒ちゃんと交代した。
「おねがいします!!」
黒ちゃんは慎重に大熊笹に近づくと、大熊笹のほうから組み付いて背負投げにいった。
「くっ!」
黒ちゃんは投げられないように後ろに重心をかけて踏ん張ると、その瞬間、
「ほい」
大熊笹は素早く体を戻して黒ちゃんを押し込んだ。
「うっ!」
黒ちゃんは足を後ろに出して踏ん張ろうとしたが、大熊笹がそれを払おうと狙っているのが分かった。
「……」
バン!
黒ちゃんはそのまま後ろへ倒れて受け身をとった。
「ありがとうございました!!」
黒ちゃんは一礼すると、大熊笹が道着を直しながら言った。
「今日は、ここまでにしましょう」
「「はい!! ありがとうございました!!」」
アカネと黒ちゃんは大熊笹に向かい合うように正座すると、お互いに美しい姿勢で礼をした。
パチパチパチパチ!!
「素晴らしいわ!! なんて素晴らしいの!!」
トリちゃんが立ち上がって手を叩くと、アカネたちは少し恥ずかしそうにした。
大熊笹は立ち上がるとトリちゃん一礼して言った。
「ありがとうございます。私たちは黙想して掃除をしますので、下でくつろいでいてください」
「いえいえ、わたしもお掃除手伝わせてください。素晴らしい経験をさせていただきました」
「いえいえ。そんな、とんでもない」
大熊笹がそういうと、イリューシュとトリちゃんの視界にメッセージが入った。
するとイリューシュがトリちゃんに慌てて言った。
「おばあちゃん、エストンレルトの……。これは急がないと」
「そうね……」
それを聞いたアカネがトリちゃんに尋ねた。
「何かあったの?」
「え、ええと……。ふふふ。わたしったら、現実世界でお鍋に火をかけたまま来ていたのを忘れていたわ」
「ええっ!!」
「ごめんなさいね、また来るわ!」
「いいから、早く戻らないと!」
「うむ」
「そうですな!」
「これは大変です!」
「トリシャ、急いで!」
「また来ますね、さようなら!」
トリちゃんは手を振ると、急いでG区画の家から出ていった。




