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「編入生の話聞いた?」
「アザン公国の……」
「そう、リディ様! あ、ほら!」
リディがクレマンを伴って歩くと、各所で悲鳴が起きた。昨日と違い、二人とも魔法学園の制服に身を包んでいる。リディはもともと目立つ見た目で、人に見られることになれてはいる。が、彼女が知る以上に学園の生徒達は関心を集めている。
リディが男性用の制服を着ているので、珍しがられているのだ。デスティー王国において異性用の装いをするのは非常識とされる。それも自然と受け入れられているのは、リディの性格と麗しい見目のおかげだ。
「リオネルさまぁ~、今度のお休みは私の家に来ませんか?」
「ありがたいお誘いだけれど、週末は兄達と過ごすことになってるんだ」
「お菓子を作ったんです。リオネル様もいかがですか?」
「ありがとう。医者から甘い物を止められていてね。そうでなければ、君の手作りはぜひいただきたかったよ」
リディに歓声を上げる生徒とは別に、リオネルを囲む者達がいる。生徒のほとんどが婚約していると知っているので、不義な行為であることは予想がつく。
「節操ないわね」
リディの呆れに、クレマンも同調する。「まったくです」と軽蔑の目を彼女らに向ける。
「それに比べて……」
クレマンはそばにいる女性を見る。途端に表情が柔らかくなる。
「殿下は本日も麗しくいらっしゃいます」
「男なしに生きられぬ生き物と比べられるのは不快よ」
「私も男です」
「言うようになったわね。あなたなしに生きられないと言わせたいなら、それだけの働きをしなさい」
「仰せのままに」
「戯れはほどほどに……」と呟きながら、リディは再びリオネルに視線を向けた。助け船を出してあげるとする。
「リオネル様」
名を呼ぶと、リオネルが顔を上げ、安心しきった顔を見せた。取り巻きの女子生徒達に「ごめんね、リディに学園案内する約束なんだ」と断って離れる。相手がアザン公国のお姫様なので、誰も対抗できない。実に円滑に囲みから抜け出すことができた。
「ねえ、知ってる? リオネル様とリディ様が婚約するって話」
「絶対お似合いだよ」
リオネルとリディが並んで歩くと、それはそれは大きな噂を生む。早速、下世話な話が耳に入る。
はた迷惑な話だ。リディは常に扇を広げて口元を隠している。その下はいつも感情を読ませない、完璧な笑顔がある。しかし、──
「「隠しきれてない」ですよ」
リオネルとクレマンの声が重なる。リディの片眉がぴくぴく動いている。
◇◆◇◆◇
十六歳の王子に婚約者がいなかったのは、リディがいたからではないか。リオネルがリディを迎え入れる準備が整い、満を持して国を渡ったのだ。
リディ登校初日の学園はそんな話で持ち切りだった。噂話をする友達がいないニコルにも届いた。
火のない所に煙は立たぬとはよく言ったもので、リオネルとリディが一緒にいるところが散見された。食堂に行くと、リオネル、リディ、クレマンの三人が一つのテーブルを囲んで昼食をとっていた。
「あ、お兄様」
ロールが小動物のように可愛らしく三人に駆け寄った。
「リディ様とご一緒なんですね。ご無沙汰しております」
「ロール様もご健勝のようで何よりです」
ロールが人懐っこい仕草で挨拶をする。リディは自信に満ちあふれた態度で応対する。男装しているが、実におしとやかな方だと、ニコルは思った。
ロールは三人に混ざって食事をすることにしたらしい。席に着いてからニコルを見た。
「ニコルさん?」
ニコルも同席するのが当然と思っているらしい。ロールは、身動きしないで佇んでいるニコルを不思議そうに見ている。
「ニコル、席は空いてるよ」
「ニコル様、遠慮なさらないで」
リオネルとリディも誘う。クレマンはニコルが話に入りやすいように、席をずれて自分とリディの間をあけてくれる。
リオネルにリディ、ロールは何かと注目を集める存在。彼らはニコルを優しく受け入れてくれるだろうが、周囲の反応はどうだろう。
「いえ、お邪魔してはいけないので」
お膳立てをしてもらっても、合流する勇気は出なかった。できるだけ遠くのテーブルを選んで、一人で食事をとった。
ロールは叔父達と昼休みを過ごすだろう。焦らなくても次の授業で会うことができる。畑で変わらぬ日常を過ごすのが良い。
食堂を出て廊下を歩いていると、前を見慣れた銀の尾が通り過ぎた。時々校内で銀狼を見かけるが、ニコルに気付かず、アピールしてこないのは初めてだ。どこか目的があって移動しているようだ。
ニコルはふと、銀狼の後をつけることを思いつく。ニコルのいないところでどのような過ごし方をしているのか興味がある。
銀狼は生徒達の死角を縫って進み、解呪の教室に体を滑り込ませた。ニコルは廊下からこっそり覗く。
中には四人の人間がいる。背格好は様々だが、共通して銀の髪を持っている。その輪に銀狼が加わる。
「パスカル、遅刻だな」
声を聞いてドキリとした。顔までは確認できないが、あの中には間違いなくリオネルがいる。
パスカルと呼ばれた狼は一瞬光に包まれたかと思うと、影が人型に変化した。他の者と同じ銀髪の青年が現れる。
「無断欠席した人に言われたくな~い」
第二王子パスカルが言い返す。目線は弟ではなく、手鏡にある。ストレートに矯正した、おかっぱの髪を手で撫でつけて整えている。
「あの時は、バケツ持って良からぬ企てをしてる者がいたから……」
「喧嘩してる場合じゃないでしょう? ね、お父様」
リオネルに続く、聞き馴染んだ声の持ち主はロールだ。ロールの父、(元)第二王子のジュール・ランベールが頷く。
「そうだぞ、お前たち。時間は有限だ。レディを振り向かせるには無駄なことをしている場合ではない」
リオネルとパスカルを叱るのは、第一王子のユベールだ。笑いながら話すものだから、注意している感じがしない。それでも威厳を感じられるのは、次期国王として期待される身分にあるからだろうか。
ユベールに対し、リオネルは真面目に「わかってる」と返し、パスカルは「わかってま~す」と間延びした返事をした。
「パスカル、報告を頼む」
「フルリ嬢の嫌がらせが過激になってるね。今日のところは落ち着いてたけど、早く解決しないとレディが危ないよ」
ユベールに促されてパスカルが報告する。それを聞いて血相を変えたのはリオネルだ。
「レディが怪我したのか!?」
「してないって。そうなってもおかしくないなって話」
「なんでその時僕を呼ばなかった?」
「そんな余裕なかったの! 守っただけ感謝してくれてもいいよね」
再びリオネルとパスカルによって険悪なムードが漂う。
「レディに何かあったら、僕は……」
突然、落ち込むリオネル。三人の兄達もしおらしくなって、弟の肩を交互に優しく叩いた。喧嘩腰だったパスカルですら、慰めるようにリオネルに寄り添った。皆「その気持ちはわかる」と言っているようである。
「だから! 作戦を立てるんでしょう? レディに振り向いてもらうために」
ロールが無邪気に言って、空気を変える。
(リオネル様の恋の相談をされているのね。お相手はやはりリディ様か)
胸がちくりと痛む。ニコルは痛みの理由がちっとも思いつかなかった。
続きを見たいような、見たくないような、いやいや、見ては駄目だろう──という葛藤を経て、離れる判断をする。立ち上がって一歩退いたところ、背中に柔らかい物が当たった。直後、目を手で覆われる。
「あらあら、悪い方。覗き見なんて」
耳元で囁かれる。ニコルは耳に当たる空気にどきりとする。何も言えずにいると、少しの間をおいて解放された。
「海の瞳の君ではありませんか」
返された視界で確認すると、ニコルを脅したのはリディであることがわかった。リディが「おやおや、まあまあ」と驚きを繰り返す。
「お話をされるのであれば、場所を移した方がよろしいかと」




