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「いいえ、殿下。愛ゆえでしょう」
「ああ! これが噂に聞く痴情のもつれ、ね」
絹のように輝くは金の髪。オニキスのように惹きこむは黒の瞳。白のキャンバスに月を描くは赤の唇。
紫のスーツの付き人につっこまれ、ドレスの女性は妖艶な笑みを浮かべた。そして、すぐに口元を隠すように扇子を顔に寄せた。サイドに流した前髪が扇の風でわずかに揺れる。
目を引く容姿だけで、彼女が何者であるか、ニコルとロイックにはわかった。彼女には黒髪、黒目の男がかしずいているので間違いない。
それがわからぬマルグリットだけが、不遜にも睨む。
「誰よ、あんた」
「マルグリット、駄目だ」と、ロイックが窘めるがマルグリットには伝わらない。怪訝そうにロイックを見るだけ。
それまで女性の陰から出ようとしなかった従者が前に出た。全てを吸い込んでしまいそうな黒い瞳を敵意に染めて、マルグリットを見据える。
「黙れ、下民。殿下の許しなく口を開くな」
「クレマン?」
女性が『クレマン』を諌める。目は笑みをたたえたままだが、クレマンを制御するのに十分な怒りを感じられた。
「殿下」「クレマン」と呼び合う二人を見て、マルグリットは理解してきたようだ。女性が何者であるかを。
「公女様が学園に何の用です?」
相変わらず何故か高圧的な態度で、マルグリットは尋ねる。クレマンが何か言いたげに一歩踏み込んだが、口を挟むのは踏みとどまった。落ち着きを取り戻して、主人の後ろに下がる。
公女様──アザン公国第二公女リディは、不敬を働くマルグリットに対しても優しい笑みを向けた。
アザン公国はデスティー王国に隣接した小国だ。アザン公国はかつて、小さな領土ながら強大な武力を持つ自治領だった。領主がデスティー王に爵位を賜り、領地は公国として認められた。以来、両国は親交を深めて来た。名目上、アザン公国がデスティー王国に仕える形にはなっているが、実際は立場は対等といえる。それほどまでに、アザン公国の武力は偉大なのだ。
リディはその国のお姫様で、クレマンは従者である。クレマンの生家は、ラ・ベルトラン。デスティー王国の正九家の一つであるが、長い歴史の中でアザン公に忠誠を誓った。アザン公爵家とラ・ベルトラン家は血縁を結ぶ、深い繋がりがある。
「裏口入学です」
「誤解を招く言い方はおやめください」
「あら、間違ったことは言ってなくてよ」
幼い頃から主従関係にあった二人は、近くで育ってきた。リディの冗談に、クレマンがため息交じりの訂正をする。
裏門から学園の敷地に入ったリディは、偶然騒動に出くわした。干渉すべきでないというクレマンの制止を無視して乱入したのは、ニコルの命が脅かされた危険な状況だったからに他ならない。
「喧嘩はほどほどになさってくださいね。ロイック様、ニコル様、それと……」
リディは名を呼びながら、それぞれの顔を順に見る。三人目はマルグリットではなく、ニコルの足元にいる銀狼だ。リディは意味ありげに微笑んだ後、スカートをつまみ上げて礼をした。
「ごきげんよう」
挨拶を済ませたリディは校舎に向かって歩き始めた。クレマンも後に続く。
「え、私は!?」
名前を呼ばれないどころか、顔も見てもらえなかったマルグリットは、リディの背中に大きな声で投げかける。顔だけで振り向いたリディは言った。
「あなたの名前、存じ上げませんもの」




