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「次は解呪の授業でしたよね? 行きましょう!」
ロールは軽い足取りで講義室に向かう。ニコルもいつもよりずっと明るい気分で教室に入ることができた。解呪の授業はペア活動が多く、いつもは組む相手を得られず肩身狭い思いをしていた。でも、今日は違う。ロールがいてくれる。教授と作業をするという目立つ立場にならずにすむのだ。
(そう思っていたのに、どうしてこうなるの?)
ニコルは斜め前に座る白銀の頭に視線を送る。見られていることに気付いたのか、ロールが後ろを向く。そして、いたずらっぽく白い歯を見せる。
この授業では、ペアを組んだ上で二人用の席に着く。横に座っている人物が授業におけるペアになるわけだが、ニコルの隣にはリオネルが座っている。
目立ちたくなかったのに、教室中の視線がニコルに集まっている。普段通り気丈に振舞っているが、内心焦りでいっぱいである。顔は黒板に向いても、一切内容は入って来ない。
授業の鐘がなる直前、ロールはニコルを席の奥に座らせ、その後に続くふりをした。何を思ったか、目の前で椅子に座ろうとするリオネルの二の腕を引っ張り、自分と場所を入れ替えた。リオネルは驚いた顔でニコルの横に座り、鐘が鳴った。
ニコルの前に座る女子生徒の視線が本当に痛い。本来、リオネルとペアを組むはずだった生徒だ。教授に背を向けて、ニコルをガン見している。
(ロールさん、なんてことをするの……)
心の中で文句を言ったって仕方がない。もう授業は始まってしまった。席は変えられない。
「それではまず鑑定から。術を解くには、何がかけられているかの判別ができなくてはね」
教授がかさかさの手を二度叩いて、ペア活動の開始を知らせる。
「おい、どういうつもりだ」
「いいじゃない、お兄様。こうでもしないと……」
周囲が騒がしくなると同時に、リオネルはロールを小突いた。彼らは叔父と姪の関係にあるが、歳が近いので、ロールはリオネルを兄と呼んで親しんでいる。
二人がこそこそと言い合っているが、ニコルにはその全てを聞き取ることができなかった。
「こら、君達。お友達が困っておるぞ。さあ、左を向いて」
しわがれた声に注意され、叔父と姪はそれぞれのペアの方を向いた。あの美しいターコイズブルーの瞳がニコルだけを見ている。
ニコルは覚悟を決めて、右手を差し出した。動揺が顔に出ないように気をつけながら、「お手を」と短く言う。
リオネルは恐る恐るといった感じで右手を出した。手のひらを重ねようとして、自分の手が白いことに気付いたのだろう。「あ」と言葉にならない声がリオネルの喉から発せられる。
リオネルはいつも白い手袋をつけている。潔癖症というわけではないようで、握手や魔法のために人に触れる時、必ず外している。だが、今は決してそれを外そうとしない。外したい意思は感じられたことから、何か理由があるのであろうことは察せられた。
ニコルはリオネルの手を迎えに行き、手袋をしたままの手を掴んだ。リオネルがそわそわする。人にかけられた魔法を調べる『鑑定』は人肌に触れて行うものだという一般認識がある。困惑するのも当然だ。ただし、それはやりやすいというだけで、必ずしも手を触れ合わせなければならないというわけではない。必要なのは魔力を感じ取れるくらい近づくこと。
リオネルの魔力の流れを読み、気になる箇所があるとそれを記録した。正しい流れを邪魔する障害があれば、それが呪いに当たることが多い。それが体のどのあたりに表れているか、どのような規模か、阻害の仕方等を分析することで、呪いの種類を見極める。教材とメモを読み比べて、リオネルに付与されている魔法を調べる。
「防御、回復、幸運……」
名家に生まれた子供がよくかけられるお守りとも言うべき魔法を羅列する。両親の愛と見栄が出るところだ。リオネルは王子らしく多くの加護がかけられている。
「それと呪いが……何か言葉を制限されていますか?」
魔法のあふれた世界では、生活の中で小さな呪いを受けることも少なくない。怪我をした時に魔力が乱れて呪いになることもある。リオネルにも呪いの痕跡が見られる。その一つは喉に。
「ほう、優秀だの。布越しにそこまで見えるとは」
机の間を歩き回っている教授が様子を見に来て、ニコルを称賛する。リオネルにかけられた呪いは強力ながら根が深く張っており、素人には見つけるのが難しいものだった。
「では、これをどう解呪するかね?」
「身代わりを使います。鏡や水面に映った姿に該当の言葉を喋らせ、呪いを受けさせて取り除きます」
「それも一手じゃな。発動条件の言葉が明確に指定されている場合、かつ、その言葉がわかっている場合に有効だ。他には?」
魔法薬を使った解呪方法を、薬の作り方まで完璧に説明し終えると、教授は何度も頷いた。「さすがは希代の魔女」と大げさに誉める。生徒からパンドラと揶揄される一方で、大人からは優秀な魔法使いとして一目置かれている。
ニコルの課題を終え、鑑定する側とされる側を交代する。リオネルもニコルの手から魔力の流れを読み取る。順調に付与魔法の分析、解呪方法の提示まで進めてレポートにまとめる。
大幅に時間を余らせて課題が終わった。友人同士なら雑談でもして過ごすのだろうが、相手はろくに話したこともない王子だ。
「ごめんね、ロールが無理に」
教科書でも読んで時間をつぶそうと思っていたので、リオネルに話しかけられて驚いた。ニコルは顔をそらしながら「いえ」と答えるのが精一杯だ。
「……」
「……」
互いに提供できる話題はなく、すぐに沈黙が訪れた。
「さっき」
リオネルが再び口を開いた。ニコルは彼の方を見る。瞬きして続きを待ったが、リオネルはしばらく口をもごもごさせて何も言わなかった。
話しかけられたと思ったが、そうではなかったのだろうか。ニコルは目を左に動かして、机のレポート用紙を視界に入れる。視線を外すことで気まずさを誤魔化そうとする。
「……さっき」
「……はい」
リオネルが仕切り直そうと、言葉を繰り返した。声があまりに小さかったが、ニコルは耳に神経を集中させていたので聞き取ることができた。返事をして、しっかり目を合わせる。
「さっきの君はとてもき……き……、これも駄目なのか。君の魔法はとても綺麗だった」
「さっき」というのは中庭でのことだろう。まさかこのようにリオネルから褒められるとは思っていなかったので、ニコルは返答に困った。
悪い気はしないのでお礼を言っても良いかもしれない。「ありがとうございます」を言うつもりで息を吸ったタイミングで教授の「そこまで」という声が教室に鳴り響いた。二人は黒板を見る。
(結局何も言えなかった。いいえ、それでいいのよ。男の人と話す必要ない)
リオネルは人気者。きっと、こうして女の子を虜にしているのだ。ニコルだけはそれに引っかかってはならない。
ニコルは身を引き締めた。




