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「どういうこと? なんでパンドラとランベールさんが一緒にいるのよ」
「よりによってパンドラなんかと……」
「きっとロール様は脅されているんだ」
「絶対そうだわ!」
「可哀想な姫様」
「ああ、なんて残忍な……」
「「「「「「災いを振りまく女!!!!!!」」」」」」
◇◆◇◆◇
ロールと知り合って状況は一変した。
誰も聞こえるところで噂してこない。わざわざ振り返って、意味深に笑う人もいない。人にぶつかって荷物を落とすこともなかった。
隣にロールがいてくれるからに違いない。この可愛い後輩は出来得る限り共に授業を受け、授業が分かれる時は休み時間の度に会いに来てくれる。ニコルは話し相手を得ただけでなく、快適な学園生活をも手に入れた。
ニコルの、否、ロールの見えぬところで、生徒達の鬱憤が溜まっていることなど知る由もなかった。
「私のために、大変ではありませんか?」
平和な時間を噛み締め、昼休み、ニコルは眉尻を下げながら尋ねた。ロールはニコルのために時間を使い過ぎている。ニコルのためだとわかるから、無理はしないでほしいと思う。
ロールは「私がニコルさんに会いたくてしてることですから」と軽く言いながら、昼食のデザートを頬張った。「ん~」と落ちそうになる頬を手で押さえながら感嘆の声をもらす。
ニコルは自分の分のデザートをロールに譲ってやりながら、念を押す。全ての時間をニコルに捧げる必要はない、と。
あまり断り続けても角が立つと考えたのだろう。ロールはデザートも、別行動の提案も受け取った。
「では、お言葉に甘えて。大した用事ではありませんので、すぐに戻ります」
デザートフォークをくわえたまま、びしっと敬礼をする。そのさまがあまりに子供っぽくて、ニコルは人前では見せぬようにしていた笑顔も無防備にさらしてしまった。自由に振舞うことで他者にも気を遣わせない、ロールの魅力を垣間見た。
食事を終え、ロールと別れたニコルは中庭に出た。美しく整えられた草木が一身に日の光を浴びている。
実に良い気分だ。雨の中で踊りたくなるほどに。日照雨ならば咎められないだろうか。天に手を掲げて舞う自分を想像する。気が触れたと思われてしまうだろうから、実際にそんなことはできないのだが。
雨を降らすにはどれほど魔力がいるだろうか。上空の水分量は……なんてことを考えて空を見上げたその時、雨が降った。
ドバっと水の塊がニコルに迫る。バケツの水だ。それが魔法で何倍にも膨れ上がる。もはや滝の勢いだ。ニコルは驚いて目を閉じた。しゃがんで頭を抱え込む。
髪に触れる寸前で水が制止する。霧に限りなく近い極小の一滴までも、正確にその場で留まっている。反射的に放った魔力が水に当たり、ニコルに降りかかった水は全て彼女の支配下になった。水の彫刻は太陽の光を受け止めて、芝生にうようよと動く模様を浮かび上がらせている。
それはニコルを中心に、弧を描いている。まるで目に見えぬドームがニコルを守るように。
(結界?)
水を体の近くに集めて立ち上がる頃には、魔法の防御壁は消えていた。周りを見てみたが、ニコルのために魔法を使ってくれた者を探し出すことはできなかった。
大量の水はニコルの周りをらせん状に囲み、生き物のようにうごめている。竜や蛇を思わせ、美しくも、おぞましい様である。
「ばっか、おまえ! ラ・ディランに水を使うやつがあるか!」
頭上から声が降ってくる。中庭に向かって開け放たれた窓から、二つの顔が覗いている。一人は水をかけた犯人で、もう一人は居合わせた友人だろう。
彼の言う通り、ニコルに水を使ったいやがらせは有効的でない。なぜならニコルの生まれた、ラ・ディラン家は水魔法を得意とする一族だからだ。さらにニコルは一族でも特に魔法の才能が高く、国王にも魔法の技術力を買われた実力者である。
ニコルは上を見上げたまま、右手をまっすぐ空に向かって伸ばした。勢い良く挙げられた手に続いて、水がゴオッと登っていった。窓から覗き込む男子生徒二人の目の前を水の竜がかすめる。
「わあっ!」
二人は窓から離れて尻もちをついた。少し脅かすことができて、ニコルは満足だ。
天高くまで登った大量の水は、球体に凝縮した後、霧散した。中庭に雨となって降り注いだが、庭にいる誰も濡らしはしなかった。雨粒よりもずっと小さい粒だったので、人に届くまでに蒸発しきってしまうのだ。人を濡らさない雨はまるで光のシャワーのようで、通りがかりの生徒や教授まで足を止めて見入った。
両手を広げ、目を閉じる。ニコルは雨を抱きしめるような仕草で、空気中にある水を体全体で感じる。雨を降らしきると、目を開けた。顔の位置を戻した時、思わぬ人と目が合った。
丸い頭の輪郭に合わせて切られた白銀の髪。よく整えられているが、毛先に癖があるためか、柔らかく自然な立体感がある。前髪は目にかかりそうな長さだが、軽くて瞳の動きが良く見える。
デスティー王国第四王子のリオネルだ。ニコルと同い年で、同世代の女性ならば誰もが羨む人物だ。やや女性的な顔立ちと人当たりの良さだけが人気の理由ではない。彼は未だ婚約者を持たぬ王族だ。他の三人の王子は既婚者か、婚約済みだ。唯一残された王族との繋がりを求める女性は数多にいる。
それゆえ、リオネルは常に女子生徒を侍らせている。いつ見ても、最低四人の女の子がリオネルの隣を取り合うように付き従っている。リオネルは、そのうちの誰かを特別に扱うことはないけれど、邪険にすることもない。
リオネルは王子として十分な人格者であるが、ニコルにとってはあまり良い印象がない。婚約者を持たぬ同世代の男性ほど、近づくべきでない人間はいない。ニコルは悪い噂が立たぬよう、彼のことは冷たくあしらう他ない。
この学園に入学して一年が経つ間に、話しかけられたことが一、二度ある。何を言われたか全く思い出せないが。不敬にならない程度に無視したような気がする。なびかないニコルを面白くないと思ったのか、以来、接点はない。
リオネルに話しかけられれば疎まれ、相手にしなければ無情だと言われる。関わりたくない人物ナンバーワンである。
そのリオネルが、ニコルを見てほくそ笑んでいる。ターコイズブルーの瞳が騒動の全てを捉えていた。
「リオネルさまぁ、綺麗でしたね」
空を見上げていた女子生徒がリオネルに話しかける。彼女も婚約者はいるはずだが、愛よりも王子との可能性の方が大切なのだろうか。甘えた声で、リオネルの気を引こうとする。リオネルは微笑んで、「ああ、そうだね」と答える。
「図書室に行くご予定でしたでしょう? お時間がなくなってしまうわ」
別の生徒がリオネルの腕を引く。そうして彼らは中庭を離れた。噴水よりこちら側に近づくことはなかった。ニコルも彼らの動向に興味はないので、すぐに背を向けた。
「ニコルさーーーんっ!」
ロールが叫びながら駆け寄って来た。傍に寄るなりニコルの手を取って無事を確かめる。その場にはいなかったが、ニコルの身に危険が迫っていたことは知っているらしい。
「私は何ともありませんよ。それより、ロールさんの用事は済んだのですか?」
「いいえ、残念ながら。一番重要な人がこなくってお開きになっちゃいました」
ロールがしょんぼり肩を落とす。「ま、次がありますから」と切り替えが早いのも、彼女の良いところだ。




