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お願いレディ、愛してると言って 呪われ王子の隠された婚約者  作者: life
妄想癖でも恋がしたい!

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「はい、あ~ん」

「あ~んっ。んっ! ほぃひ~」


 マルグリットが指で摘まんだクッキーを、ロイックが口で受け取る。口を閉じたまま美味しいと言い、咀嚼して飲み込んだ後、もう一度美味しいと伝える。


「こんなに美味しいクッキー作れるなんて、マルグリットは天才なんじゃない?」

「そうかな~? えへへ」


 朝から仲良しカップルがいちゃついている。浮ついているのはマルグリット、ロイックの一組だけではなく、今日はクラス中のカップルがいつもと違う盛り上がりを見せている。


「雪祭りにクッキーの交換、面白い伝統ですわね」


 女性から男性にクッキーを渡す光景を見ながら、リディが微笑む。


 冬の伝統、雪祭りでは雪に見立てた真っ白のクッキーを交換する。特に女性から男性へ渡す場合は、愛情がこめられていると認識される。普段、直接愛を伝えることに抵抗のある者も、お菓子を通じて気持ちを伝える良い機会となっている。


「初めて知ったふうを装っていますが、昨晩殿下もクッキーを焼いておられました。雪というより石だった気がしますが」


 そばに控えるクレマンが何気なく暴露する。リディは閉じた扇子で彼の腕を軽く叩いた。


「何を言っているの、クレマン。わたくしがお菓子作りをするわけないでしょう?」


 リディの圧をクレマンはものともしない。ハーフアップにした黒髪が上下に揺れる。


「ええ、そうですね。殿下は不器用が服を着て歩いているようなお方。お菓子作りという高難易度な作業をするとは誰も思いません」

「分不相応なことをしたと言いたいのね?」

「いえいえ。焦げたクッキーを処理する者のことをお考えになられてはいかがかと申したまでです」

「クッキーを捨てる程度、なぜ労力を考慮しなければならないのかしら」

「殿下が丹精込めて作った物をどうして捨てられましょう」

「……努力は認めるわ」


 リディはやれやれと言うように肩をすくめた。クレマンが勝ち誇った笑みを浮かべる。瞬間、リディは広げていた両手を素早く動かし、クレマンのネクタイを手繰り寄せた。クレマンの驚いた顔が、キスしそうな程近くに引き寄せられた。


「処理と言ったことも聞き捨ててあげる」


 リディは笑顔で言いたいことを言い終えると、クレマンを解放した。


「このお話の流れでお渡しするのはおかしいかもしれませんが」


 ニコルはそう言って、カバンから三つの包みを取り出した。ロールが興味深そうにニコルの手をのぞき込む。


「もしかして、クッキーかしら」

「はい」


 リディに言い当てられ、ニコルは照れ笑いをする。ロール、リディ、クレマンの三人にクッキーの包みを手渡す。


「ニコル様がお作りになったの?」

「はい、お口に合うかわかりませんが……」

「うちの料理人に作らせたみたいですわ」


 リディに褒められ、ニコルは「毎年作っているので」と謙遜する。渡す相手はいないが、ニコルは毎年欠かさず白いクッキーを作っている。


(いつか……)


 雪祭りの日、ニコルは昨晩焼いたクッキーを可愛いラッピングをして持ってくるのだ。あげる相手は決まっている。けれど、タイミングがつかめず、クッキーはかばんの中。


 早く渡さなければ、彼が帰ってしまう。でも、どう切り出せば良いかわからない。もう諦めて自分で食べてしまおうか。


 そんなことを考えた時、彼がニコルの腕を掴んで不安げに言うのだ。


「僕の分はないの?」


 ニコルは息を止めた。妄想の中にいたはずなのに、鼓膜は確かに刺激された。偶然にも現実とリンクしてしまい、ニコルは混乱した。


「えっと、ニコル?」


 固まっているニコルに、リオネルが呼びかける。


(え、リオネル様……⁉)


 ニコルは椅子をガタガタと鳴らした。驚きに後ずさろうとしたが、座っていたために上手くできなかったのだ。


「時々、心ここにあらずですよね」


 妄想の世界から帰ってきたニコルに、ロールがからかうように笑いかけた。妄想癖がばれている。ニコルは恥ずかしさに顔を真っ赤にする。


 そんな二人の後ろでリオネルが微笑んでいる。机に突っ伏して寝る時のような低い態勢で両肘をつき、ニコルの顔を惚けた顔で見つめる。


「あ、そうだ。クッキーでしたよね?」


 ニコルはこれ以上ロールにいじられる前に、話を変える作戦に出る。再びカバンに手を入れ、新たに一袋クッキーを登場させる。


「ほんとにくれるの⁉」


 リオネルから驚きと歓喜の言葉が飛び出す。子供のように喜ぶのを見て、ロールがニヤニヤする。


「はい。リオネル様にはお世話になっておりますので、ご迷惑でなければ受け取っていただけると嬉しいです」


 リオネルは「迷惑なわけない!」と強く答えながら、包みを受け取った。「用意してくれてたんだ~」と呟いて、宝石を扱うように両手で包み、天に掲げる。


 ニコルもまた内心安堵していた。リオネルに渡すつもりで、余分にクッキーを用意していたのだ。ただ、渡し方に悩んでいた。婚約者がいる身として、男性にあげるのは難しい。リディのついでに渡すクレマンとはわけが違う。だから、リオネルの方から強請られたのは願ってもない展開だった。自然な流れで渡すことができて良かった。


 先日のお礼以上の意味はないつもりだったが、これほど喜んでもらえると、ニコルも嬉しくなる。ニコルが笑っていると、リディが扇を口の前で広げた状態で言った。


「甘い物はお医者様に止められているのではなくて?」


 すかさず、リオネルの腕が下りた。胸の前でクッキーを取られまいと守る。


「食べられないのですか?」

「ちがっ……食べれる!」


 ニコルが落胆して聞き返す。リオネルは慌てて否定した。取り巻きの女子生徒の手作りを断る時に使った嘘が身を亡ぼさんとする。自業自得な展開に、リディは心底面白そうに笑った。


「失礼、もう許可は下りたのでしたね」


 リディは場を収める責任を放棄しない。ニコルが「それなら良かったです」と胸をなでおろすのを見届けて、扇子を閉じた。


「意地が悪いですね」


 クレマンが囁く。リディは「何のことかしら」と白を切る。そこで、ロールが振り返って、後ろの席にいるリディに言う。


「足りないくらいですよ。お兄様ったら、全然進展させようとしないんですから」

「ロール様がそうおっしゃるなら、良かったのでしょうね」


 リディが「ほらご覧なさい」と誇らしげに言うので、クレマンは隠す素振りも見せずに溜息をついた。




 雪祭りの日は午後の授業が休みになる。実家で行うパーティや近くの祭り会場に向かう生徒達の中、ニコルは逆走していた。


 ニコルも実家で親戚と集まって豪勢なディナーをいただくことが決まっている。だが、その前に、図書室に寄っておきたい。これから一週間の休暇が始まる。その間に読んでおきたい本があるのだ。


 図書室の閉まる時間も通常より早い。本を探す時間を考慮すると、駆け足になってしまうのも無理はない。


 学園で最も蔵書の多い図書室に入り、目的の本を探す。雪祭りの楽しい気分の時に図書室に足を運ぶ生徒は希少で、ニコルの他にほとんど人はいなかった。


 ニコルは三冊の本を抱え、最後の一冊を探して棚の間をさまよう。司書カウンターの方で、コンコンとノック音が二回聞こえた。司書が営業終了を知らせるために、木の床をブーツで鳴らしたのだ。


 諦めきれずに、もう少しとわがままを通して本を探した。もうすぐそこにあることはわかっているのだ。背表紙を流し目で確認し、その後、数秒で見つけることができた。このくらいは司書も許してくれるだろう。


 厄介なことに、本はニコルの手よりほんの少しだけ上にある。背伸びをしても届かない。足台を持ってくる時間はない。ニコルは横着をして、魔法で本を引き寄せた。指先で引っ張るように魔力を操作する。本を傷つけず、一冊だけピンポイントで狙うのは集中力を要する。


「もうちょっと……」


 コンコン。


「あっ」


 手に本が触れそうというタイミングで、司書が再び踵を鳴らした。ニコルの集中力が一瞬途切れた。その一度の油断が雪崩を引き起こした。バサバサと複数の本が降ってくる。


 ニコルはバランスを崩して、後ろに倒れる。尻もちをつきながらも、周囲に風を起こして、本が落ちる前に受け止めた。宙に浮く本を見て、ニコルは安堵した。何とか本は守ることができたようだ。


 棚に手を付きながら立ち上がった時、ニコルは足首に痛みを覚えた。足をひねってしまったようだ。本を守るのに必死で、自分の身の安全を優先することができなかった。


「閉室しますよ」


 司書の苛立ちの混じった、重い声が聞こえる。ニコルは慌てて本を元の場所に戻し、ひょこひょこと右足を庇うへんてこな歩き方でカウンターに向かった。四冊の貸出手続きを終えると同時に、ニコルは司書によって強引に廊下に追い出された。強く閉められた扉の音が廊下に響く。


 本を大事に抱えて、大きく息を吐いた。足がズキズキと痛むので、移動するのが億劫だ。目的を果たしたので、すぐにでも帰りたいところだが。


「あれ、ニコル。何をしているの?」


 ニコルは顔を上げて、軽く会釈をした。


「本を借りておりました。リオネル様こそ、どうかなさったのですか? ご友人とお祭りに行かれたのだとばかり……」

「ああ、うん、まあね」


 リディが来てから大人しかった取り巻きの女子生徒達が、珍しくリオネルを囲んでいた。皆で学園近くの公園で行われる雪祭りを見に行こうと話していた。ニコルはてっきり、彼女らと出かけたのだと思っていた。


 リオネルは目をそらして、誤魔化した。


「それより、雪祭りはどう過ごすの? 家族と?」

「はい」

「いいね。僕も毎年、兄弟と……。ああ、ごめん。急ぐよね?」

「いえ……」


 リオネルは早々に話を切り上げて、ニコルを解放した。行ってもいいよ、と目で示されるが、ニコルは足が痛くて動けない。


「どうかした?」

「何でもありません」


 リオネルが怪訝そうに見ている。いつまでも立ち止まっていては不自然だ。ニコルは意を決して、一歩目を踏み出した。


 右足に体重を乗せた瞬間、足首がびりりと痺れたような痛みに襲われ、ニコルは顔をしかめた。何とか声は出さないように我慢し、すぐに二歩目を出して左足に体重を乗せ換えた。


 だが、リオネルは異変を見逃さなかった。「失礼」と短く断ると、ニコルを持ち上げた。背中と脚を下から支えるような形で──いわゆるお姫様抱っこで抱えられる。ニコルが状況を理解する前に、リオネルは歩き始めた。


 体が揺れる。顔が近い。密着する右側だけが熱い。


「下ろしてください……!」


 脳内処理が終わると、ニコルは精一杯の抵抗としてリオネルの胸を軽く押した。その様子を見て、リオネルは余裕そうに笑った。


「この前は大人しく抱っこされていたのに」

「え?」


 ニコルはリオネルの顔を見上げて、すぐに後悔した。ターコイズブルーの瞳がニコルを捕らえる。優しく微笑む彼の顔がゼロ距離にある。ニコルは即座に目を逸らして、口ごもる。


「ま、前とはいつのことでしょう、か?」

「ハーブティーを飲ませてもらった時だね」


 リオネルからの返答は速い。ニコルは記憶をたどって、若返りの薬事件の話だと理解する。確かに小さな体に不便するニコルのために、度々抱っこしてもらったことは記憶している。とはいえ、それを引き合いに出すのは違うのではないか。


「前とは状況が違います」

「違わないよ」


 ニコルが言い終える前に、リオネルは否定した。リオネルの腕に力が入り、ニコルはリオネルの体の方に傾けられる。密着度が増したので、ニコルの体はがちがちに強張った。


 雪祭りのために、学園を出ている生徒がほとんどだ。廊下ですれ違う生徒はまばらだ。でも、視線が気にならないわけではない。


 ニコルは胸に抱いていた本を顔の前に持ってきて、顔を隠した。王子に抱っこされて運ばれていたなんて、この学園ではすぐに噂になる。噂が良い結果を生まないのは、身に染みて理解している。だから、顔バレしないように苦肉の策を講じているわけだ。


 リオネルは負傷したニコルを救護室に運んだ。


「軽い捻挫ね。自然治癒でも問題ないけど、心配する方がいるものね」


 ナースが意味深に微笑んで、治癒薬を処方した。怪我が小さいだけに、ものの数分で効果が出るような強い薬は出せないようだが、それでも必要以上の処置である。


 回復を促進する治癒薬を飲み、包帯で足を固定してもらうと、二人は救護室を後にした。再び抱き上げようとするリオネルの厚意は丁重に断った。妥協案として提示された、馬車までの付き添いは断りきれなかった。


「さあ、どうぞ。お嬢さん」


 ニコルの迎えの馬車まで来ると、リオネルがキザに言う。ニコルは笑いながら、手を借りて馬車に乗り込んだ。


「本当は家まで送って行きたい所だけど」


 リオネルが名残惜しそうに言う。繋いだ手も放さない。ニコルは手袋の感触と、布越しのリオネルの熱を手のひらに感じる。と、同時に、心臓がうるさく鳴るのを、耳の奥で感じる。


 載せているだけだった左手に力を入れようとした瞬間、リオネルの手が離れた。ニコルから「あ……」と行き場のない声が漏れる。


「それじゃあ、休み明けに」

「はい、また」


 リオネルが馬車の外で手を振る。ニコルもそれに応える。


 ニコルを乗せた馬車はゆっくりと動き出した。






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