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「だから! 作戦を立てるんでしょう? レディに振り向いてもらうために」
「ああ!」
ロールの問いかけに、リオネルは意気揚々と答えた。その後、「そういえば、どうしてレディなんですか?」という疑問に腰を折られ、リオネルは「おっと」とよろける。
新入りの問いに答えたのは長男のユベールだ。「私が教えたんだ」と語り始め、ロールの興味を引く。
「遠い国の言葉に、お嬢さんという意味で『レディ』というものがある。綴りはL、A、D、Y。呼び名を変えるべきだと提案したのはジュールだ」
「お父様が」
「そう。前はラ・ディラン家のお嬢さんと呼んでいたのだが、作戦を誰かに聞かれてしまう可能性を考えて秘密の呼び名を決めておくべきだってね」
「お父様、名案」
ロールが座っているジュールの首に抱き着く。この堅物は反応を示さないように見えて喜んでいる、とリオネルは考える。ジュールは目を閉じていて、娘とのスキンシップを噛み締めているように見えなくもない。
家名であるLa Dylanの頭四文字を取ると、他国の言葉『レディ』になる。それを兄弟間の呼び名としたわけだ。
ユベールの説明が終わり、ロールは「なるほど、なるほど」と頷いた。
「つまり、男の人がニコ……じゃなかった、レディの名前を呼ぶのに嫉妬したのではないってことですね」
「違う!」
ロールの勘違いを、リオネルがすかさず訂正する。嫉妬をする相手は男だけではない。友としてとはいえ、彼女と名で呼び合っているロールも嫉妬の対象だ。
「必死過ぎて怖いです」
ロールはちっとも怖がったそぶりを見せずに、声を出して笑う。この娘は完全に面白がっている。リオネルの恋路を面白がっているのは何も姪だけではない。
「女の子を振り向かせるのは簡単だね。顔を使えばいいんだ」
手鏡片手にパスカルが言う。毛先のはねを念入りに整えている。四人兄弟の中で唯一のストレートヘアだ。これは生まれつきのものではなく、魔法で矯正して手に入れたものだ。彼に言わせれば癖毛は「可愛くな~い」のだそうだ。癖毛は遺伝だが、最も強く引き継いだのがパスカルだった。
パスカルはリオネルにとって、一番年が近い兄(といっても九つ離れている)。それゆえ、そりが合わない部分が多い。
「ありがたいことに、ご先祖様が難題を突破してくれたおかげで、俺達には美しい顔がある」
パスカルのプレゼンに、ジュールが誰にも聞こえないくらいの小声で「品性の欠片もないな」というツッコミを入れる。パスカルも内容までは聞き取れなかったが、茶々を入れられたことは察しがついた。攻撃の牙をジュールに向ける。
「兄さんが子供連れて帰って来た時は驚いたなあ」
「お父様の話!?」
「ジュールにいの話か?」
パスカルが垂らした糸に、ロールとリオネルがくいつく。娘に過去の話を、他者によってされて良い顔を出来る父親はいない。ジュールは白目の多い目を大きく開けて、パスカルを見た。パスカルは「ふんっ」と子供のように拗ねて顔をそむけた。ようは「どうせあんたも顔を使ったんだろ?」と言いたいのだ。
パスカルが昔話をするつもりがないとわかると、学生の二人は目に見えて落胆した。ジュールは寡黙な人で、自分のことも語らない。人伝とはいえ、父を、兄を知る機会を得られると期待したのだが。
「リディ様のことはどうするの? いつまで待ってくださるのかわからないんでしょ?」
「一応協力するとは言ってくれている」
「リディ様も呪いの件はご存じなのね」
ロールが話を戻し、リオネルが合わせる。リディの名が出ると、ユベールが何度か目を瞬いた後、首を傾けた。
「ところで、そのリディ嬢がレディを連れてどこかに行ったようだが、良かったのか?」
ユベールが言い終える前にリオネルが駆けだした。「良くない!」と叫びながら。
リディはアザン公国の使者。早くニコルを国に連れ帰るよう指示されている人だ。二人きりにして何を吹き込まれるかわかったものではない。王族の呪いを知ったうえで協力を申し出てくれた人物ではあるが、信用しきれない。
悲恋の魔女の呪い。遠い昔、デスティー王国の王子に恋をした魔女が、失恋を嘆いてかけた呪い。王家に生まれた男児は皆、呪いを宿す。愛する者に愛を伝えられないという呪いを。言葉、及び、肌で愛情を表すことが禁じられる。呪いを突破する方法は、相手から愛を告げられること。両想いになれば、晴れて苦しみともおさらばというわけだ。
魔法技術が進歩した現代、解呪もできなくはない。それを実際に行わない理由は二つ。一つは、呪いが高度なものであること。呪いが発現するのは愛する者を前にした時のみ。呪いの専門家でも、通常時は呪いの存在自体気づけない。王子の愛した者が解呪に長けている必要があるのだ。二つ目は、呪いによって得られる恩恵を無視できないこと。これも呪いが高度であることに関係しているのだが、強い呪いは他の呪いをはねのける。呪いを持つ王子はいかなる魅了の魔法も、惚れ薬も効かないのだ。恋慕の情が政治的利用されないというのは、王家の人間として大きな強みとなる。
「伝えられない苦しみは想像を絶するだろうな」
リオネルを見送るユベールがしみじみと言った。ジュールも頷く。
彼らも呪いを宿した王子である。が、呪いに苦しまずに突破している。呪いは盤石ではなかった。王子が愛する者が既に王子を愛していたなら、呪いは効力を示さない。ユベールは王子を慕う令嬢を集め、その中の一人を選んだ。ジュールは留学先で熱烈にアピールしてくれた王女と結ばれた。リオネルだけが今も片思いをしている。
「可哀想な奴」
パスカルは肩をすくめた。
呪いが発現した時、父である国王とした約束がある。タイムリミットを十八歳とするというものだ。十八になってもニコルの心を手に入れられなかった時は、彼女に呪いの存在を伝え、解呪に協力してもらうことになっている。王子として別の結ばれるべき相手を選ぶため、ニコルを解放するための大切な決め事だった。その約束の前に、アザン公国からの迎えが来てしまって、あまり悠長なことをしている場合ではなくなった。
リオネルは走った。許される範疇の中で、学園の廊下を駆け回り、ニコルとリディの姿を探す。道中、気になる物が目に入った。異様なまでに人が押し寄せている談話室だ。中の騒ぎを野次馬しようとしている者達で廊下にまで人が溢れている。
リディの凛とした話し声が聞こえてきたので間違いない。人を押しのけて談話室に入る。
「聞き捨てならないな」
リオネルの声に反応して、皆が彼を見る。ニコルの愛らしい目が丸くなっているのがわかる。
「あら、もう追いつかれてしまったの」
リディの目が三日月型に変形する。実に楽しそうである。
「彼女の才能は王国の宝だ。簡単に引き抜けるなどと考えないでいただきたい」
リオネルは笑顔で苛立ちを隠しながら近づく。ずかずかと王族らしくない早歩きで寄ると、リディとニコルの間に入った。ニコルの左手を守るように取って、手を繋いだままリディを見据える。
彼女は僕のものだ。手を出すな。
リオネルの言いたいことが伝わったのだろう。リディは呆れを溜息にして立ち上がった。扇子をパタパタと仰ぐことで無言の切り返しをする。「お熱いこと」と言っているのだ。
公女とて、公衆の面前で言われっ放しにはできない。王子の登場に注目している者達を見渡して言った。
「咎めるべきはわたくしではありませんわ。そう捉えられても仕方のない発言をした方々に責はありましょう」
リオネルを見る時、笑顔で細めていた目を開いた。心意の読みづらい黒い瞳がリオネルを捕らえる。リオネルは芯の強い眼差しでリディを迎え撃つ。
「民の失言は僕の責任だ。後程、しかるべき対応をすると約束します」
「今はただその言葉を信じましょう」
リディに本当に責める気はない。その場を収め、ニコルを立ち去れる状況を作るための方便だ。「さっさとニコル様を連れて行きなさいな」という無言の圧をかけると、リオネルはようやくニコルの手を引いて談話室を後にした。
ニコルは意味もわからず、リオネルに導かれて歩いた。談話室を出る時、ニコルは名残惜しそうに振り返った。
廊下の突き当りまで進むと、ニコルが歩みを止めた。優しく掴んだ彼女の手が手袋の中を滑って逃げる。リオネルはニコルを見て、その顔がどこか恍惚としていることに気づいてしまった。
「一人で歩けます。リオネル様はリディ様の所へ戻られては?」
ニコルのほんのり赤くなった頬が揺れる。でも、言っていることが理解できない。リオネルはニコルを安全な場所に連れて来たかったのに、なぜリディのために戻れと言われるのだろう。
「どうして?」
「どうして……?」
お互い理解できず、顔を見合わせて呆然とした。
「えっと……」
ニコルが躊躇いがちに話し始める。緊張しているのか、胸の前で両手の指の腹を付けたり離したりしながら言葉を探している。
「リディ様は確かに強い方で、自信に溢れています。私もあの方のようになれたら、と思います。それでも、リディ様は女性で、リオネル様が傍にいた方が良いと思うのです。お二人ならきっと誰もが羨む、理想的なパートナーに……」
「待って。何を勘違いしているかわからないけど、僕はリディとの婚約を考えたことはないよ」
ニコルの勘違いを正しながら、兄がニコルとリディの行動を把握していたことを思い出す。リオネルは気付かなかったが、ニコルが兄達との作戦会議を聞いてしまったのだろう。ニコルの中でどういうわけか、リオネルの想い人がリディということになってしまった。
「そう、なのですね……」
ニコルは間違ったことを言ってしまった恥ずかしさからか、完全に顔を俯かせてしまった。
「国の繋がりでリディとは昔からの馴染みではあるよ。でも、お互いにそんな相手として見たことはないし、これからもないだろうな。あのリディのことだ。結婚すらしない気もする」
長々と言い訳しているみたいで格好つかないが、ニコルには知っていてほしかった。ニコルだけを見ているのだから、他の女性に気が向くことなどあり得ない、と。
「そう、ですね」
ニコルが顔を上げた。リオネルは息をのんだ。久々に見た笑顔。
(笑顔を好きになったのに、僕が君の笑顔を消してしまった)
婚約者の存在を知らされてからのニコルは、婚約者に落胆されまいと努力を始めた。他の者となれ合うのもやめた。表情豊かだったニコルの魅力を失わせたのはリオネルだ。
ニコルの取り繕わない表情を見れた嬉しさと、取り繕わせていた罪悪感で頭の中をぐちゃぐちゃにしながら、不意に懸念点に気付いた。
(いや、これは、どっちだ?)
リオネルがリディを想っているというのが勘違いとわかった喜びなら良いのだが。リディについて語るニコルの高揚を思い出し、一抹の不安を覚えた。




