~41 連休(十日目〔後編〕)
「……志っ……」
篝火に照らされた鳥居の前に立つ浴衣の女に、志緒さんがゆっくりと近づいて行く。
手を伸ばし声を掛けようとした私は、離れて行く熊の着グルミが怖くて、指先も動かせず、声を詰まらせた。
(……どうして動けないの……)
普段の志緒さんからは感じた事すらない。連休前にSSSの死角を捕まえたあの時ですら感じられなかった。近づく全ての者を拒絶する意志。息をするだけで斬り殺されそうな殺気を志緒さんは放っていた──
震え出した指先を握り締めて周りを見れば、月ちゃんや、この手の荒事に慣れているはずのエリスさんと加藤課長ですら身体を強張らせ、怯えた表情を見せている。
そして表情は少し厳しいけれど、太一さんや友一さん、茜さん、夏樹さんはこうなる事が分かっていたと納得している様子で志緒さんをじっと見詰めている。
寧ろ、笑顔で手を振っている聖さんやニヤリとする双一朗さん。頑張れと声を掛ける晴美さんや美和さん達がこの状況で普段通りに振る舞っている方が異質に感じられた。
でも、いくら怖くても志緒さんは志緒さんだ。あんな志緒さんは初めてみるけど、私だって捕縛課の一員だ。志緒さんの仲間だ。少しでも志緒さんの役に立ちたい。
震える指を握り締め、膝に力を入れて、志緒さんの処へ進もうと足を踏み出す私の肩に、聖さんが手を添えて首を横に振る。
「……あっ、あのっ。しっ、志緒さんを……」
「ごめんね〜鶴ちゃん。志緒達との約束だから少し待ってくれないかな〜」
「やっ、約束?」
「うん。志緒と翼のね。もし首切と戦う事になったら〜十五分ずつ、三十分だけ二人に任せる約束なんだ〜」
「ああ。そして俺達はその三十分の間。例え捕縛課だろうが何だろうが誰にも邪魔させないと約束した……」
そう言って、双一朗さんは首切に向かって歩いて行く志緒さんを見詰めている。
「……志緒の大切な人の仇だからな」
太一さんが太刀を肩に担ぎながら加藤課長の手を優しく握る。それを見た夏樹さんが太一さんに笑顔を向ける。
「ニッヒヒッ。アタシも志緒に、もし太一が殺られたら同じお願いしてるから安心してね」
「わっ、私だって、友一が殺られた時の為に志緒と約束してるんだからねっ!」
「……あーちゃん。俺と太一は殺られんの前提なのか?」
「……友一。気ぃ付けようぜ」
夏樹さんと茜さんの言葉に友一さんと太一さんが微妙な顔付きになっている。
「課の方に連絡するのは構わん。その方が良いのは分かっている」
「でもね。志緒の邪魔はさせられないんだ〜」
双一朗さんと聖さんは、そう言って友一さんと太一さんに目配せをすると、武装を構えて私達を守る様に本殿の前に立つ。
それは、私に邪魔をさせない為と言うより、志緒さんが此方を気にせず戦える様にと二人なりの考えなのだろう。
それなら、私は私の出来る事をするだけだ。私は携帯をポケットから取り出し、課の緊急召集のメールを打ち始めた。
◆
◆
聖達の話に出て来た首切と言う言葉を聞き、浴衣の女をよく見ると、前の学園の賞金首リストに顔写真が載っていた要人殺害を生業とするSS指定の賞金首がいた事を思い出す。
「……エリス様。私は彼方で“瞬門”の準備に取り掛かります」
私に耳打ちをしたカレンは、視界の端で軽く頭を下げると本殿の階段を下り、母屋の方へ歩いて行く。私の視線は前を向いたまま首切と呼ばれた浴衣の女と青色の熊を見詰めていた。
──私は、怖かった──
初めて感じた異質の──今までに賞金首達から感じたものとは明らかに違う。身体中に刃を押し当てられた様な“逃げる事は諦めろ”と肌に伝わる寒気に──
上辺だけは楽しげに笑みを浮かべながらも、首切が志緒に向ける殺気。粘つく様な息苦しさは、強者との戦いを楽しむ殺戮衝動の強い賞金首独特のものだ。私が今までに見た、どの賞金首よりも確実にランクが上。トップクラスの相手だ。
でも、その首切に向けられる冷たく、重く、悲しい──けれども探し物を見つけ出した子供の様な嬉しさが伝わる志緒の殺気が、その想いが、私は怖かった。
こんな殺気を放つ程の理由が志緒にはあるのだ。
太一が言った『大切な人』とは誰なのだろう──
志緒にとって、どんな人だったのだろう───
茜達は知っている様子だが、遠ざかる志緒の背中を見ていると、今、誰かに聞く事は出来なかった──
私達が見詰める先で、志緒と首切が対峙する。
何か話している様子だが、此処からでは内容まではよく聞こえない。
ただ、徐々に凝縮し始める二人の気配が、戦いがもう直ぐ始まる事を告げていた。
──ガキリッ──
突然響く金属音に目を凝らすと、風呂敷包みを振り上げた首切が石灯籠を藍色の空に弾き飛ばしていた。
砕けた石灯籠の大きな破片が空中に止まり、再び首切に向かって飛んでゆく。風呂敷包みで弾き、身を翻し、向かって来る石片を躱す首切に、新たな石灯籠が左右から襲い掛かる。
首切は風呂敷包みを破り、中から現れた大きな台形の茶色の板を右の石灯籠に投げつけた。板の端には鎖が付いていて、その鎖が石灯籠に巻き付くと鎖を引き、左から向かって来る石灯籠に激突させる。
ガコーンと砕ける石灯籠の音が響くと、私の右側から聖の悲鳴と巫女達の笑い声が聞こえて来る。
「うわあぁ───っ!! 志緒ヤメてぇ──っ! その灯籠高いんだよぉ──!!」
「アハハハハ! いいぞ! 志緒! ぶっ壊せっ!」
「ウフフフ……あの白いのは高いわよ」
「聖、灯籠なんか気にしてんじゃないわよ!」
「志緒っち! ファイト──ォ!」
どうやら志緒は“銀糸”で灯籠を操り、首切に攻撃をしているみたいだ。涙目の聖を余所に、石灯籠を使い切った志緒は更に銀糸を操り、今度は参道の石畳を引き起こし、四方から首切に飛ばしている。
笑い声を上げながら石畳を両断する首切の武装を改めてよく見ると、台形の板は幅が一m程の厚い鉄板で、持ち主の呼び名の通り、罪人の首を切断する鎖で吊された断頭台の刃の様だ。端の部分にはコの字型グリップが付いていて巨大な鉈の様に使い石畳を破壊している。色が茶色に見えたのは血がこびり付いたのか赤錆が浮き、毒々しいその姿は見る者に嫌悪感を感じさせた。
でも、それより──
「……なんか、アイツおかしくないか?」
太一の声に友一達が頷いている。
「ああ、志緒は基本、糸は補助的に使って接近戦なんだけどな?」
「そんなのどうでもいいよ友一〜……それより神社の被害が洒落になんないよ〜!」
半泣きの聖の隣で双一朗が小さく笑い出す。
「ククッ……何を今更? どう見ても剣が抜けない所為だろう? 銀糸しか使えんのだから。だから俺は『(その格好で戦いに)いけるか?』と聞いたのだ。志緒にも策の一つや二つあるだろう?」
改めて此方にいる全員が志緒を見る。
そうだった──幾ら殺気を振り撒いていても、今の志緒の姿は全身を覆う青い熊の着グルミの姿だった──
◆
◆
(……流石にアレじゃ、倒れないか……)
着グルミの中でモニターに映る首切を睨み、今度は参道の石畳を使い四方から攻撃を加える。銀糸を操り、首切の動きを予測。最も躱し辛い位置へ攻撃を仕掛けるが、首切はそう易々と此方の攻撃を喰らってくれない。
バイトをしながらモニターからの距離感や銀糸の細かな操作に慣れていたから何とか戦えるが、やはり着グルミ姿のままでは背中の長剣が使えないし、モニターの映像では剣や打撃での接近戦は厳しい──
腰のチャックから短剣は何とか抜き取れるのは確認済みなので、僅かにチャックを開け、首切の懐に入った瞬間に一撃で倒すしかないだろう。
そんな考えを巡らせていると周囲の灯籠や石畳は粗方使い切り、首切の周りには打ち壊された灯籠や石畳の残骸が山のように転がっていた。
「クフッ……アハハハ! やっぱり楽しいや! ……でもその着グルミ邪魔だよね……? もう用も済んだし、脱がしてあげるよ! ちゃんと君の顔が見たいし……ちょっと待ってね」
首切はその大きな鉈の刃の様な武装を肩に担ぐと、懐からリモコンの様な物を取り出し操作を始める。
すると、俺の目の前のモニターの片隅にロック解除の文字が流れ、首の後ろからカチンとロックが外れた音が響く。
モニターの映像が切れ、微かに残るモニターの残光を頼りに、俺は着グルミの頭部を外し、初めて首切を肉眼で捉える。
「……どう言う事だ?」
首切に視線を向けたまま、銀糸を操り背中のファスナーを下ろすと、着グルミを脱ぎ去り首切の前に放り投げる。
「クフフフッ……簡単な事だよ。僕が準備したんだ。コレを着た奴を人質にして志緒を誘き出そうとしたのさ! 勿論、志緒が来たら人質は逃がしてあげたけどね。でもさぁ〜傑作だよ。まさか志緒に着て貰うなんて思ってもみなかったよ! 発信機付けてたから簡単に逢えたし! アハハハハハハ」
首切は肩を揺らし、腹を抱えて可笑しそうに笑う。
「……ふぅ。あ〜可笑しかった……それじゃあ改めて。久しぶり。格好良くなったね。志緒」
首切は親しい友人に挨拶する様に、笑みを浮かべる。俺は背中の長剣に手を掛け、腰を落とす。
「……ああ、久しぶりだな……首切。逢いたかったぞ……」
「嬉しいな……僕もだよ……」
首切は歪めた笑みを浮かべたまま肩に乗せた武装を勢い良く投げつけてきた。背中の長剣を引き抜くと、迫り来る大刃から身を捻り、面積の広い刃の側面を下段から切り上げる。跳ね上げられた大刃は棟の部分から繋がる鎖によって引き戻され、再び俺に投げつけられる。サイズ的には夏樹の大盾程の大きさの刃が迫り来る視界は恐怖心を掻き立てるが、その大きさ故、刃以外の部分に攻撃すれば方向を逸らす事は容易い。
──問題はもう一つの攻撃だ。
大刃の直撃コースから身体を逸らし、刃の側面を長剣で弾く。そのまま切り込もうと踏み込んだ左脚に首切が放った鎖が絡み付く。
「アハハハ! ダメだよ志緒! また前と同じ手に引っ掛かっちゃ……」
──ジャキリッ──
首切の言葉を金属音が遮る。一年前の首切との戦いで経験した大刃に繋がる鎖を使った攻撃。予測していた左脚に絡み付く鎖を左手で引き抜いた短剣で切断する。そのまま首切に走り寄りながら、引き戻し中の大刃に繋がる鎖を長剣に絡ませ地面に縫い付ける。
武装を封じられ無防備になった首切の肩に、俺は短剣を袈裟切りに振り抜いた──
──刃に僅かにかかる抵抗と肉を斬る感触が伝わり、地面に倒れ込んだのは首切ではなく俺の方だった。
「ハァ──ッ! 危なかった〜……やるねぇ、志緒。でも、切り札はさぁ〜最後に取っておかなきゃねぇ〜」
片膝を着く俺にニヤリと歪む笑みを浮かべた首切がその翳した手に握っていたのは、俺の左手にある短剣と同じ型の短剣。
あの日──首切が彼女から奪っていった武装──“双剣”白鋏だった──
刃渡り二十センチ、二振りの片刃の剣を二センチ程の間を持たせ背中合わせにした、音叉の様な形の短剣。
前捕縛課課長。坂本恵──メグさんの武装“白鋏”。その特殊な形状から刺突や武器破壊に特化した双剣の武装。
約一年前、Sの首切がSSに指定された事件の被害者であり、俺の捕縛課の師匠であり、パートナーだった彼女の武装。
──そして、あの一日だけ俺の妻だった人──
彼女の短剣を持った首切が俺を見下ろしていた。
「前はその攻撃で僕の顔、傷物にされちゃったけど、今度は僕が志緒を傷物にしてあげたよ。フフフッ……お腹だけどね」
嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべ、右の頬に残る刀傷を撫でながら首切が短剣を振り上げる。
『蟹っ! 横に飛べっ!』
左耳の通信機から響く四剣の声と同時に鎖に絡めた長剣を引き抜きながら横に転がると、燃え盛る炎の壁が俺と首切の間を遮る様に現れる。俺と首切を分けるその壁の向こう側、首切の前には大剣を背負った翼と赤い帽子を被った出刃の姿が見えた。
『交代だよ、志緒君。私の約束の十五分だけ休んでて』
『蟹さん、僕は大剣さんのフォローですけど、手は出さないから安心して下さいね!』
通信機から聞こえる二人の声に地面から起き上がり、炎の壁の向こう側を見詰める俺に花月と千秋さんが駆け寄ってくる。どうやらこの炎は花月が“小演”の蛇を使って作り出したのだろう。
「志緒さん、大丈夫ですか?!」
「すぐに治療を始めますわ。花月さん。志緒さんを朝花さんの方へ運びますから後ろお願いしますわ」
脇腹の傷を見た二人は連携しながら俺を炎の壁から遠ざける。
「いや、俺は大丈夫だから……」
「ダメですわ。志緒さんにどんな理由があろうとも、私は救護課課長。怪我人を放置する事は出来ませんの」
俺の話を聞かず、千秋さんは首切に斬られた脇腹にタオルを当て、境内の端へ連れて行く。其処には四剣と魔法使いの様なローブ姿の朝花さんが此方を見詰めていた。
二人の処まで歩いて行くと、千秋さんは其処に置いてある大きめのバッグの側面からシートを抜き取って地面に敷き、俺を座らせると手際良く薬品のケースを並べ始める。
「……傷はそんなに深くはないですわね。丁度首輪の鎖がガードしたみたいです。コレなら“青鳥”で治せば直ぐに動けます」
そう言われ首輪に繋がる鎖を見ると、傷口付近に垂れ下がる鎖の一部が半分ほど傷付いていた。千秋さんは傷を診ながら消毒を終え、ブラウスの左腕のボタンを外し袖を捲り上げると色白の腕に羽根の模様が描かれたコバルトブルーの腕輪が見える。
「“青鳥”出なさい!」
千秋さんの声に腕輪が青く輝くとその形を変え、鳩より小さな一羽の青い鳥が姿を現す。
これが話に聞いていた千秋さんの武装なのだろう。花月の小演と同様に自我があるらしいが小演とは少し雰囲気が違う。
青鳥は胡座をかいた俺の股に乗ると脇腹の傷を覗き込む様に頭を近づけ、嘴で傷口を突っつき始める。まるで啄木鳥が木の幹に巣穴を掘る様に俺の脇腹をガンガン突っつくのだが、不思議な事に痛みを感じない。そして青鳥の嘴が触れた傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「……志緒君、君に謝らないといけない事があるの……」
青鳥の治療を見ていた俺に、辛そうな顔の朝花さんが話し掛けてくる。
「……今日、君が首切と出逢う事は連休前から私の占いに出てたんだ……君と首切が出会う過程の未来の一部……私が見た“妹達が人質になる”あの未来を私はどうしても変えたかった……その為に杏子や恋ちゃんにお願いして首輪や着グルミを君が着るように仕向けたの……二人にはこうなる事は教えていない。私の独断。……だから、二人を責めないであげて。一応。杏子が泣かないように君も死なない最善の未来を選んだんだよ。……だから最初に謝っておくね。私は卑怯な人間だから、こんな身内が無傷の未来しか選べなかった……君が怪我をする事も知っていた。でも、多くの未来に無理に干渉すれば未来は大きく枝分かれする。これが私の選べる最善策なの……だから、ごめんなさい。君の望む未来を選べなくて………」
脇腹の傷を見ながら悔しそうに俯く朝花さんに、俺はある占術師の愚痴を真似る。
「占い師は未来しか見ない。それは、未来だけしか必要とされないから……」
「無数の未来を束ねた過去は一つだけ、過去を見て喜ぶのは考古学者で十分……フフッ。その台詞、久しぶりに聞いたよ」
「俺は捕縛課です。怪我をしない未来は少ないから気にしなくていいですよ」
「怪我の事だけじゃないけど……そう言って貰えると助かるよ。ありがとう」
朝花さんは微笑みを浮かべ、背を向けると四剣に手を振って家族のいる本殿に走って行き、入れ替わる様に四剣と花月が俺の側に来る。
「……蟹、手は貸さなくていいんだな?」
もう直ぐ終わる傷の治療を見ながら四剣は俺に問い掛ける。
「ああ、俺の我が儘だ。一回だけ見逃してくれ」
「……わかった。着グルミの件もあるし、今回は任せる」
少し表情を曇らせながら四剣は何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込み、溜め息と一緒に頷いた。
「さあ、治りましたわ。今度は無傷で捕まえないと罰としてデート一回ですわ」
四剣との話を済ませた処で、治療を終えて俺の傷口から飛び立った青鳥を肩に乗せながら千秋さんが薬品ケースを片付け始めた。
俺は苦笑いを浮かべ、シートから立ち上がる。
「治療、ありがとうございました。……頑張ります」
「期待してますわ」
「もーっ! 志緒さん、そんな約束しなくていいです!」
「さっさと首切捕まえて来いよ」
千秋さんと花月、四剣に見送られ、俺は首切と大剣の処へ駆けて行く。
視線の先には鳥居の側で首切と激しい攻防を繰り返す大剣の姿がある。それを少し離れてただ見ている出刃に近寄り、心配されながらも四剣達の処まで離れてもらった。
首切と大剣が武装を大きく打ち合い、互いに弾かれ間合いが空いた時を見計らい、大剣の前へ割って入る。
「交代だ。まだ俺の時間が五分は残ってるだろ?」
「……分かった。私の分も使っていいよ。お昼ご飯一回分で後は任せるから。早く終わらせてね」
「……飯一回ってちょっと待っ……」
「ほら、来たよ。志緒君」
言葉を遮る大剣の指差す方を見ると、首切の放った大刃が俺達に迫っていた。
大剣は後ろに大きく跳び、俺は上体を後ろに逸らし大刃を躱すと、大刃に連なる鎖を右手で掴み取り首切と睨み合う。
「駄目だよ、志緒。折角の戦いなのに他の女を割り込ませるなんて、気分台無し〜! お仕置き決定だよ」
「そうか……悪いな、俺はお仕置きされるよりする方が好きなんだ」
「いいねぇ〜その目。ゾクゾクしちゃう!」
右手の短剣を逆手に構え、間合いを詰めてくる首切に、俺は右手に鎖を掴んだまま左手で腰の短剣を引き抜き応戦する。
俺と首切は両手の短剣と鎖を交互に繰り出し、その剣戟は速度を上げていく。
短剣が鎖を弾き、鎖が短剣を弾く。短剣と鎖がぶつかり合う度に火花が舞い散り、徐々に間合いが詰まる。互いの短剣から鎬を削る音だけが境内に響き合う。
「クヒッ……ヒヒッ……楽しっ! 楽しいよ志緒! 最高だよっ!」
目を輝かせ卑しく笑う首切を睨み、俺達は剣戟を繰り返す。
互いに狭くなった間合いから放たれる短剣と鎖を躱し、次の一手、更に一手と腕を振るう。
数え切れない程の斬撃の応酬に俺の額から汗が流れ落ち、首切も浴衣の襟元がはだけ、着崩れた浴衣から鎖骨や肩が露わになる。
首切の逆袈裟切りを俺の下段からの斬り上げが弾いた瞬間、首切は乱れた浴衣の裾を下駄で踏みつけ体勢を崩す。『あっ』と短く息を洩らす首切に半歩迫り、俺は斬り上げた短剣を一気に振り下ろす。
「……騙された?」
崩れた体勢のままニヤリと笑う首切は振り下ろされる短剣の側面を下駄で蹴り剣尖を逸らすと、そのまま身体を空中で回転させながら俺の顔を狙い回し蹴りを放つ。
ミシッと軋む肉と骨。右腕を咄嗟に上げて頭部をガードしたが、短剣を逸らされた前傾体勢では踏ん張りが効かずに後ろに蹴り飛ばされ、俺はその拍子に右手に掴んでいた鎖を手から離してしまう。
「チッ……浴衣のくせに足技かよ……」
「浴衣から見える脚は色気あるでしょ?」
数m後ろの鳥居の下まで蹴り飛ばされながらも何とか踏みとどまり、右手を振って痛みを飛ばす。着崩れた浴衣の裾から覗く白い脚をペチペチ叩きながら俺に見せつける首切は、逆手に持った短剣をクルリと順手に持ち替え短剣を突き出しながら突進してくる。俺も身体を捻りながら短剣を突き出し首切の突進に対抗する。
ガキリと絡み合う二股の剣尖。俺と首切は互いに腕を突き出したまま膠着状態になる。ギリギリと悲鳴を上げる短剣。力負けはしていないが、突進された分、俺の方が僅かに押し込まれ体勢が崩れる。短剣を持つ腕がジワジワと曲がり、首切の短剣が徐々に俺に迫ってくる。
「残念だったね。志緒。どうやら此処で終わりみたいだね?」
「それはどうかな? 俺は諦めが悪いからなっ!」
俺は踏み込む脚にと背中に力を込め、肩を前へと押し込む。しかし、体勢が優位な首切が押し負ける事は無く、更に圧力を掛けてくる。
「知ってるよ……でも、コレなら諦めてくれるよね?」
首切の短剣を突き出した右腕の向こう側に見える左腕が鎖を引くと、数m離れた鎖の先にある大刃が此方に向かって飛んでくる。
最後はやはりアレで俺に止めを刺す気らしい……
腕を伸ばし、大刃の柄を掴もうとする首切を阻止しようと短剣を突き出す左腕に力を込める。
「さよなら、志緒。これで終わり……」
夜空に打ち上がり始めた花火に照らされ、悲しげな笑みを向ける首切に俺は短剣を押し込みながらニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、お前を捕まえて終わりだ!」
俺の背後にある鳥居が亀腹の少し上からズズッと音を立て滑り落ち、ゆっくりと倒れていく。そして鳥居上部の島木と貫が数片に別れて俺と首切に降り注ぐ。
「さっき手を振った時に切ったのかい? まだそんな物で僕を倒そうなんてガッカリだよ!」
自分に降り注ぐ鳥居の破片を灯籠の時と同様に大刃で弾き飛ばそうとする首切の手が大刃を掴む寸前に空を切る。
「……えっ?」
突然向きを変え、ザスリと音を立て地面に突き刺さる大刃と首切の小さな声が響き、鳥居の破片が俺達の周囲を囲む様に落ちていく。首切は地面に突き刺さる大刃へゆっくりと視線を向ける。
その視線の先には、赤く血に染まり大刃の鎖に絡む銀の糸と短剣を握る首切の白い腕が転がっていた。
「があぁぁ───っ! 痛あぁぁ──アゲフッ!」
血が吹き出す右腕を抑え、叫び声を上げる首切の顔面に短剣を握る俺の拳がめり込み、首切の叫びを中断させる。後ろに吹き飛んだ首切は周囲を囲む鳥居の残骸に背中を打ち付け、ガハリと息を吐き出す。柱に背中を預けてよろめく首切の肩を押さえつけ、俺は更に拳を振り下ろした。
一発、二発、三発と力の限り振り下ろされ、首切を殴りつける俺の拳──
「………クソッ……」
四発目の拳を鳩尾に叩き込んだ時、俺の口から一年前から溜め込んだ悔しさが零れ出す──
「……クソッ! ……クソッ! クソッ!」
首切に拳を叩きつけながらあの時の事を思い出す──
「……クソッ! クソッ! クソッ!」
(……あの時、俺に今の力があったなら……メグさんを……)
「……クソッ! クソッ! クソッ!」
(……彼女を……守れたのに……)
「ゲフッ……ひゃれへゃれ……女のひょにクソだひゃんて……しつれひだひょ……」
柱に寄り掛かりながら崩れ落ち、へたり込む首切は、俺に打ちのめされてボロボロになった浴衣姿で血の滲む口元に笑みを浮かべ喋り出す。
「……ひぃ血してくれにゃい? しょれひょも僕をこのまま殺しゅかい?」
その言葉に俺の指がピクリと震える。顔を腫らし此方を見る首切は俺の答えを知っていて試す様な視線を向ける。
「……捕縛課は殺す事が仕事じゃない。捕まえるのが仕事だ」
短剣を鞘に収めながら銀糸を操り、首切の右腕を縛り上げると、そのまま全身に糸を巡らせ拘束する。
小さな苦痛を漏らした首切は呆れた顔で俺を見る。
「……あにょ女も同じこひょ言っひぇたね……」
「……当たり前だ。メグさんは捕縛課の課長だったからな……」
「ヒヒッ。志緒はあにょ女とひゃ違うけどね……楽しかったひょ……志緒。また殺ろうね」
「……嫌だね。収容施設で大人しく引き籠もってろ」
「つれなひぃなぁ……」
俺は首切の浴衣の襟を掴むとズルズルと引き摺り本殿に向かって歩き出す。
途中に転がる首切の腕を拾い上げ、手から短剣を外し腰のベルトに差し込むと、首切の浴衣の上に腕を乗せる。
「腕は返すが短剣は返して貰うぞ」
そうしてまた俺は襟を掴み首切を引き摺り歩き出す。
「ヒヒッ……ひぃいよ。片腕じゃ、二つ一緒に使えなひぃかひゃね。志緒にあげるよ」
引き摺られる首切が発する背後から聞こえた優しげな声に、俺はあの時のメグさんをちょっと思い出す。
「……お前のじゃないだろ」
「そうひゃったね……」
そんなやり取りをしていた俺達に本殿や林の方から聖や出刃達が駆け寄って来る。
本殿の夜空に打ち上がる色取り取りの花火を見上げ、ベルトに差した短剣の柄に手を添える。
──……ねえ、蟹? お願いがあるの……聞いてくれるかな? 二つあるんだけど……私の左腕、無くなったからこの短剣一つ貰って くれるかな? ……それと 、志緒。 こっ、婚姻届もね。退院したら一緒に業務課に出しに行こう! ムフッ、志緒の誕生日来月でしょ。十五歳になるまでまってたんだよ! いいよね! あとね、SSS捕まえられるぐらい強くなったら、二人で首切捕まえよう。そりゃ、私も退院したら特訓やって新技マスターして首切を捕まえられる様に頑張るけどね。……えっ? お願いが三つになってる? いいじゃない。短剣は婚約の指輪代わりよ! 代わりに志緒の蟹鋏を片方頂戴。志緒に白鋏の片方あげるんだから、私も志緒の武装貰うの! 武装の交換! 結婚式の指輪の交換みたいでいいじゃない! 無くしたら許さないから、必ず見つけるのよ! ……武装変更の申請が面倒臭い? そんな事言わないの! 旦那は妻のお願いを叶えるものよ──
あの日の前日、彼女と最後に交わした約束を思い出す。もう叶える事ができない約束もあるけれど、あの時の約束を今日、やっと叶えてあげられた……
「……遅くなってごめん」
短剣の柄を軽く撫でると駆け寄って来た仲間たちに軽く手を上げる。
『……頑張ったね。志緒』
不意に聞こえた懐かしい声に慌てて振り向いたが、其処には篝火に照らされた鳥居の残骸があるだけで、誰の姿も見えなかった──
◆
◆
小演の鞘を握り締め、私は大鐘課長や四剣さん達と志緒さんの戦いを林の側から見守っていた。繰り広げられる攻防の末、崩れ落ちた鳥居の残骸から志緒さんが首切を引き摺りながら現れると、出刃さんと大鐘課長が我先にと志緒さんの下へ駆け出していく。
「……やったな……志緒君……」
「ああ、首切を……捕まえた……」
私の隣では大剣さんと四剣さんが少し涙ぐみながら志緒さんを見詰めていた。
捕縛課と首切の因縁については緊急召集メールが私達に届いた後、火鷲神社へ走りながら四剣さんと出刃さんを背負う大剣さんが教えてくれた。
─── 一年前、業務課から要人警護の依頼を受け、警護をしていた警備課の課長を含む十名と捕縛課の三名は、首切の襲撃を受けた。
要人を守り抜き、首切を退けたが、首切との戦闘で警備課から数名の犠牲者と捕縛課の課長が片腕を切断する重傷を負った。その時、捕縛課から警護の任務に就いていたのが、課長の坂本さん、副課長の三右さん、志緒さんだった。
そして、翌日の夕方、病院に現れた首切に因って課長の坂本さんは殺害された。
捕縛課のメンバーは必死になって首切を探したが、首切を見つける事は出来なかった───
夏休み前に起きたその事件は私が覚えている限り、学園の生徒数名が賞金首の事件に巻き込まれ亡くなったと報道され、学園内でも集会が開かれたりクラスの話題にも上ったが、それは交通事故の様な偶発的なものとして一般の生徒には詳しい事情は伏せられていたのだろう。
その後、三右さんが捕縛課の課長に就任して今の捕縛課になったと四剣さんは話し、大剣さんは『坂本課長……恵さんは私の道場の門下生で志緒君とも一緒に稽古していたんだ……私や志緒君を捕縛課に誘ってくれた人なんだよ……』と神社の階段を登っている時に教えてくれた。
連休前、志緒さんの家で私は志緒さんに質問した。悪い事をした人や殺人をした人をどうして助けるのかと、その時、志緒さんは私が自分に似ていると話していた。
──私の祖父は、私が小学生の時に殺された。
私の家は護衛や傭兵を商売にしている危険な職業の家だ。仕事の内容に因っては命懸けで依頼者を守る事もあるだろう。父や母もそれを理解している。だけど、小学生だった私にとって祖父はとても優しく、強く、格好良かった。正義の味方の様な祖父が殺された事が私は許せなかった。大切な人を奪う存在が許せなかった……
志緒さんはそれを私から感じ取って似ていると言ったのだろう。
きっと、志緒さんにとって坂本さんは大切な人だったのだろう……
坂本さんが亡くなった時は悲しかった筈だ。
悔しかった筈だ。
首切を憎んだ筈だ。
その苦しみを今まで抱えて来た志緒さんは首切を倒そうとはしたけど殺そうとはしなかった。
幾つもの選択があると、悩みながら少しずつ前に進むと答えた志緒さんは沢山の選択から自分の信じる答えを探したのだろう。
──正解の無い答えをこれからも探し続ける──
今の私に出来るか分からない……でも、私も探さなくてはならない。志緒さんが、氷馬神社の人達が、捕縛課の皆が“私を助ける”と決めた選択が間違っていなかったと証明しなければならない。
そして、私を守ってくれた人達を、この街の人達を、今度は私が助けたい。
目標になる人が目の前にいる。
今すぐは無理だろうけど、あの人に少しでも近づける様に私も進んで行きたい。
「大剣、花月。私達も行くか。そろそろ捕縛課の連中や警備課も来るからな」
「そうですね。警備に連絡が遅れた口裏合わせ位はしておきましょう」
四剣さんに促され大剣さんと歩き始めた私の視線の先では、真っ先に志緒さんへ駆け寄った半泣きの聖さんが、神社の被害が大きいと志緒さんに猛抗議中だ。
何とかしてくれと頼む聖さんと苦笑いの志緒さんを笑いながら見ている巫女達や太一さん達の処へ私達が合流すると、神社の参道から三右さんと課長会議で見た警備課の課長さんが二十人程の警備課のメンバーを引き連れて現れる。
それを見た大鐘課長や加藤課長が志緒さんの右側にスッと並ぶと、四剣さんと大剣さんは左側に並び、その後ろにエリスさんや鶴ちゃんが付く。エリスさんに手招きされて私もその後ろに並ぶと、志緒さんの前に三右さんと警備課の課長さんが並んで立ち止まる。
志緒さんが首切を引き摺り数歩前へ進むと、三右さんが首切に一瞬視線を向けてから志緒さんを見る。
「……蟹、ようやったね。御苦労様」
「待たせたな。三右さん。本城課長。警察への首切の引き渡し、お願いしていいですか?」
「了解した。首切は警備課で捕まえたかったが、巡り合わせはどうにもできん。……だが、これでアイツらに報告が出来る。詳細は明日の課長会議で聞こう。橘、相田。首切に拘束具を付けろ。神社の下にいる警察と首切を施設へ連行する」
本城課長の指示で警備課の人達が動き始め、志緒さんが銀糸を解除すると首切に拘束具を付け担架に乗せる。
本城課長は三右さんと何か話すと拘束具に包まれた首切と課のメンバーを連れて境内を後にした。
警備課が参道を下り姿が見えなくなると、三右さんは大きく息を吐き出して志緒さんに頭を下げる様に俯き肩を震わせる。
「……蟹。ありが……とぉな……」
三右さんの頬を伝わる涙が、鼻先からポタポタと石畳に零れていく。
「……いいんだよ。礼なんか……」
「……せっ、せや……けど……」
俯いたまま声を出す三右さんに志緒さんは優しく声を掛ける。
「……課の皆で約束しただろ? 首切を絶対捕まえるって……それに、メグさんに頼まれたんだよ。白鋏を取り返してくれって……遅くなったけどな」
そう言って志緒さんがべルトに挟んだ短剣に視線を落とすと、三右さんも涙で濡れる顔を僅かに上げて少し懐かしそうにその短剣に目を向ける。
そんな二人に晴美さんが近づくと志緒さんの肩をバシッと叩き夜空の花火を見上げる。
「志緒も捕縛課の課長も何しんみりしてんだい? 賞金首捕まえたんだから喜びな。さあ、花火が終わらない内にさっさと宴会始めるよ」
晴美さんが二人を励ます様に大きな声で皆にそう言うと、本殿の方へ巫女達を連れて歩き出した。その後ろ姿を見ていた友一さんも聖さんやエリスさん達を誘って本殿へ歩き出すと、顔だけ志緒さんの方へ振り向き、本殿をチョンチョンと指差し“早く来い”と合図を送る。志緒さんは軽く溜め息を吐くと三右さんの手を引いてゆっくりと歩き出した。私もその後に続き本殿へ向かって歩き出す。
首切を捕まえた激しい戦いの余韻が残るなか、前を歩く人達の背中を見ながら少し物思いにふける。
十日間の休日も今日で終わる。私にとって、本当に色々な事があった連休だった。色々あり過ぎて一日が短く感じたり長くも感じた。指定対象になって志緒さんの家で過ごしたり、連休中に色々な体験をした。最後にSSの賞金首、首切と志緒さんが戦っていたりと私にとって波乱に富んだ連休だったが、とても楽しく、大切な十日間だった……
今、私の前を歩く人達は、相談を聞いてくれたり指定対象になった私を助ける為に精一杯力を尽くしてくれた。此処にいない捕縛課の人達や武研課の人達。そんな人達と一緒に居れてとても幸せな日々だった。
そんな楽しかった毎日をこれからも続けていきたい。
私の生き方を変えてくれた人達。私のずっと先を歩いているその人達に少しでも追い付ける様に、一緒に並んで進める様に私も頑張りたいと、神社の夜空に上がる色取り取りの流れ星にそっと願いを込めた。
私の目の前に映る人達が幸せでありますようにと。
次回 仲間




