~40 連休(十日目〔中編〕)
「シズさ〜ん。右膝の女の子、入りま〜す」
「おっけ〜っ! ドンドン持って来いやぁ─っ! あとねぇ〜、ココア、二つ。アイスでちょーだい」
「は〜い」
今日はGW最終日。楽しい連休も今日でお終い。そんな最終日に私。伊藤静は、業務課テントの臨時救護センターに運ばれて来る怪我人の治療をしていた。
GW最終日のイベント。仮装レースは、のんびり街中を仮装して散歩するようなイベントだ。スピードフラッグの様な早さを競うレースでは無いのだけれど、何処のイベントでもアツくなる人間はいるし、参加者が一番多いイベントだから、当然、怪我人も出てしまう。
課のメンバーに付き添われて私の前に座る女の子も、走っていた処を後ろから押されたらしく、右膝から流れる血をハンカチで縛っている。
「は〜い。こんにちは─! 泣かなかったね。エライよ〜! はい。泣かなかった御褒美にココアをご馳走してあげよう! はい、お姉さんとカンパ〜イ! 飲んでる内に終わるから大丈夫だよ〜」
小さな子の治療は恐怖心を取り除くのが大切だ。笑顔で優しく話し掛け、女の子の意識が膝の怪我から私やココアに移った処で膝の治療を始める。
ハンカチを外し消毒をすると、傷はそんなに大きくないが深さがある為、派手に出血したのだろう……素早く治療をしながら笑顔で女の子に話し掛ける。
「今日は友達と来たのかな〜?」
「違うよ。クマさんとお空を飛んで来たの! あのクマさんスゴいんだよ〜! お空飛べるの! 大通りをピューって飛んで、みんな追いこしたんだよ〜」
楽しそうに女の子はテントの外にいる青い熊の着グルミを指差している。
熊はテントの前で順番待ちをしている子供達の一人から猫のヌイグルミを渡されると、ヌイグルミの頭を撫でて空に放る。投げられた猫のヌイグルミがクルクルと体操選手みたいに回って子供の前に両手を上げて着地。そして、リズミカルな踊りを披露すると、ピコピコと歩き出し、ヌイグルミの持ち主に近寄り握手をする。
それを見ていた子供達から歓声と拍手が湧き起こり、治療の順番待ちをしていた子供達が笑顔を見せて笑っていた。
……あの熊、中々やるな……普通、怪我をした子供は痛さや不安で笑ったりしない。治療中だって泣き叫ぶ。治療前は尚更だ。他に興味を持たせ、痛みを意図的に忘れさせるのは中々難しいのだ。
熊は受付をしていた伊勢さんと何か話すと、子供達に手を振って大通りに消えて行った。
「……お姉さん。ココア飲み終わったよ?」
熊の後ろ姿を見送っていた私に女の子が声を掛ける。
おっと、私の手の方が止まっていたらしい。和やかに笑顔を返すと手早く治療を済ませ、女の子を送り出す。
「おーし。蘭ちゃん、次いいよー! 連れて来て〜」
「は〜い。次は右手小指脱臼の女の子ですよ」
治療の片付けと次の治療の準備をしながら、私はテーブルに置いてたココアを一気に飲み干した。
「……ゲフッ。今日四杯目のココアはオモイわ……明日の体重計怖いから、次は烏龍茶にしよ……」
私はテントの外に並んでいる子供達を眺めながら、一人当たりの消費カロリーの計算をしていた。
◆
◆
月良様の御案内で氷馬神社の母屋の一室に私とエリス様が通されると、巫女装束の晴美様と茜様が数種類の浴衣と帯を並べて待っていた。
「おっ、来たね。カレンさんにエリスちゃん。さあ、こっちにおいで」
「晴美様、この度は御忙しい処、御無理を言って申し訳ありません。先日、御電話で御伝えした通り、私は和装の着付けの知識がありません。何とかやってみたのですが、洋装とは勝手が違い、主と困り果てておりました。晴美様、茜様。本日は御教授宜しく御願い致します」
「御願いします」
私とエリス様が頭を下げると晴美様は笑顔を見せ頷いている。
「確かに今の和装は昔ながらの着付けだからね。二十年前位は簡単に着れる様にゴムの帯とかボタンで着れた着物もあったけど、日本の良い文化はしっかり伝えるべきだって、十年前に首相が文科省と決めたもんだから、簡易式の着物は無くなったからね。まあ、元々浴衣は簡単に着るもんだけどね」
晴美様がそう言うと、茜様がエリス様の肩を押しながら並べられた浴衣の前へ連れて行く。
「ほら、カレンさんも浴衣選ぼうよ。二人とも色白だから浴衣似合うだろうけど、好みもあるし、髪の色が違うから合わせてみないと、いい組み合わせ見つけるの大変なんだから」
「そうだね。二人には午後の着付け講習会のモデルも頼んでる事だし、さっさとやっちまうか」
晴美様に促され、私も浴衣選びに加わった。
毎年、氷馬神社では近所の呉服屋と協力して夕方の花火大会に向けて、本殿の隣の広間で浴衣のレンタルや着付けを無料で行っているらしく、午後には予約していた観光客や御近所の大人や子供達がやって来るそうだ。他にも数ヶ所この様な会場があると晴美様が言っていた。
中央学園に在学していた数ヶ月。留学と言う慣れない環境の中、エリス様は学業の他は課の業務で賞金首を捕まえるだけで、この様なイベントに積極的に参加する事は無かった。
この奥水学園へ来てからのエリス様は本当に楽しそうだ。志緒様や茜様達との出逢いがエリス様にとって、とても良い出逢いだったのだろう。
……エリス様……
「……カレン、どうしたの?」
茜様と浴衣を選ぶエリス様が小首を傾げ、私を覗き込む。
「いえ、何でもありません。さあ、エリス様。折角の機会ですからしっかり覚えて頂きますよ。」
「……うっ、分かってる」
中央学園では私と二人きりになった時以外、見せる事の無かった少し拗ねた表情は、エリス様が茜様達に心を許している証拠だ。
……エリス様……この学園に来て、本当に良かったですね……
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豪華な調度品が飾られた室内をゆっくりと窓際へ歩き、ブラインドの隙間から夕陽に染まる街を覗くと、眼下にはウィンナー程に見える大勢の人間が通りを流れていた。
これから呑気に花火大会でも見にいくのだろう。平和ボケした頭で何も考えず大口開けて夜空を眺め、休みの最後を満喫する。どうしようもない馬鹿共だ。
まあ、そう言う自分もしっかり浴衣を着込んでいるので、そいつ等と大して変わらない。
そんな自分が可笑しくて、軽く笑い声を上げると、部屋の隅から息を殺した様な悲鳴が小さく聞こえる。
其方へ視線を向けると、さっき両足の脛から下を切り落とした男が、床に赤い線を描きながらジリジリと扉の方へ腰を振りながら這って行く。
「おいおい、あんまり手間掛けさせるなよ? 逃げてないでコッチの質問に答えればいいんだよ? レインの支店長さん」
「……なっ、何故?!」
此方を振り返り、目を見開く初老の男の脅えとも驚きともとれる表情を無視して言葉を続ける。
「質問してるのはコッチ。最近、此処の学園の生徒にちょっかい出してるみたいだけど、依頼者は誰? 困るんだよねぇ〜……コッチの獲物に唾付けられるとさ? 手ぇ出さないでくれる? 楽しみ減るからさ……」
「……くっ、誰か! 誰かいないのか?!」
「うわっ?! そんな雑魚台詞言っちゃうんだ! アハハハ……格好悪〜ッ! そんな雑魚なら分かるでしょ? こんな時は部下が皆ヤラれちゃってるって………ねっ? 早く質問答えてくれないかなぁ〜? 花火大会始まっちゃうからさ」
「……クソッ!」
苦虫を噛み潰した様な顔で此方を振り向く男の腕にはスーツの内ポケットから取り出した小型の拳銃が握られていた。
この期に及んでそんな真似をするなんて、雑魚の手本みたいな男だ……それならこの後の展開も分かっているだろう……
乾いた金属音を響かせ、拳銃から発射された物が此方の武装に弾かれ、壁に飾られた絵画に三つの穴を空ける。
消音機能かバネ仕掛けの拳銃か分からないが、カチカチと引き金を引き、弾切れの拳銃を此方に向ける脅えた姿は雑魚として完璧だ。
だから此方も、それなりの対応をするのが礼儀だろう。どうせ、質問に答える気が無いみたいだし。
「悪いね、雑魚に用は無いの……死ね」
武装を男目掛けて投げつけると、男の腕ごと首が跳ね飛び、血飛沫が床を濡らす。
血に染まった武装を軽く振り、血を飛ばすと、袖から風呂敷を取り出し武装を包む。ふと袖口を見ると、武装を包む時に触れてしまったのか萌葱色の浴衣に赤い染みが付いている。
「うわっ! 浴衣に血が付いちゃった……やっぱり雑魚はダメだなぁ〜これから感動的な再会なのに、嫌われちゃうよ……」
床に転がる顔を下駄で蹴り飛ばすと、風呂敷包みを背負い、扉に向かう。
さあ、久しぶりの再会だ。今度は楽しませてくれよ。志緒……
◆
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駅前広場では仮装レースの表彰式が終わり、参加者や観客が笑い合いながら移動を始めていた。残るイベントも花火大会だけとなると長かった連休もようやく終わりに近づき、日曜日の夕方に似た楽しいが少し寂しい雰囲気が業務課テントの前を歩く人達から微かに伝わって来る。
「バイトの皆さん、今日は御苦労様でした。皆さんのお陰で本日の業務を無事に終える事が出来ました。ありがとうございます。後は着グルミを返却してバイトは終了です。バイト代は来週には各口座に振り込まれますので楽しみにしててね。あっ、返却はテント左手の白い回収車にいる係員に着グルミを渡して下さい。それじゃあ、解散です。御苦労様でした」
テントの後ろにゾロゾロと集まった俺達。着グルミのバイトメンバーは、福祉の担当者とバイト終了のミーティングを行い、解散となった。
四剣になかば騙される形で引き受けた風船配りのバイトだったが、実際は街中の警備や迷子探し等が仕事内容だった。
怪我をした子供を搬送したり、喧嘩の仲裁もあったりと、捕縛課の巡回と大して変わらなかったが、着グルミで対応した分、威圧感が無かったので歩く度に子供達にイタズラされて大変だった。
俺も初等部の頃に太一と着グルミの犬にパンチやキック、色々なイタズラをやった経験がある。今思えば中の人に悪い事をしたと、今更ながら実感する。
テントの隣の回収車へ行き、着グルミを脱がせてもらおうと係員に声を掛けると、係員はリストを確認しながら不思議そうに仮想モニターに指を滑らせる。
「……えーっと、参加登録記録を確認しましたが、その着グルミは持ち込みになってますね。此方では回収出来ませんよ?」
「えっ?」
「ですから、持ち込みです。此方で御渡した物ではありませんね。それを渡した方に聞いた方が宜しいかと思います」
「……はあ、そうですか」
戸惑いながら対応してくれた係員に返事を返し、他のバイトメンバーの邪魔にならない様に回収車から少し離れる。
何か話しが違うぞ……? 四剣の話では、確かバイトが終われば着グルミのロックが解除されて着替えられる筈だったのに……四剣に聞くしかないか……
そう思い携帯を取り出そうとしたが、シャツの胸ポケットにある携帯は着グルミを着ていて取れる筈も無かった。捕縛課用の通信機は付けているが、個人的な用事だし、距離的に通信範囲から外れている。
「クソッ! バイト代上乗せして貰うぞ。四剣」
俺は悪態を吐いて仕方無く学園に向けて走り始める。
人混みを避けながら大通りを暫く走っていると、通りの先を見覚えのある盾と大きな箱型の武装が巫女装束を纏う数人と歩いていた。
通りを歩く人達から頭一つ分は余裕で見える鉄巫女の隣には巫女装束の月良ちゃんの姿が見える。
これから氷馬家恒例の花火見物に火鷲神社へ行くのだろう。鶴ちゃんなら四剣に連絡が取れる筈だ。
俺は急いで鶴ちゃんの名前を呼びながら前を歩く集団に声を掛けると、立ち止まった集団には氷馬家の他に太一と加藤課長に夏樹。それに初めて見る浴衣姿のエリスとカレンさんまでいて、キョトンとした顔でコッチを見ていた。
「……志緒さん……? 何してるんですか?」
首を傾げながら不思議そうにコッチを見る鶴ちゃんに事情を話すと直ぐに四剣に電話を掛けてくれた。
「……可愛いわね。志緒」
「志緒っち。なかなか似合ってるよ」
「家に居ないと思ったら、また変な事に巻き込まれてるな?」
「まあ、友一。志緒が巻き込まれるのは何時もの事だろ?」
エリスと月良ちゃんが着グルミを触りながら尻尾や鎖を引っ張っている側では友一と太一が呆れた様に俺を見ていた。
「志緒さん。四剣さん、『後で神社の方に花月さんと行くから暫くそうしてくれ』……だそうですよ?」
四剣との電話を終えた鶴ちゃんが携帯を仕舞いながら此方へやって来る。
「暫くって……」
「お知り合いの方に解除コードを聞いてから来るそうです」
溜め息で下がる肩に友一と太一が無言で手を添え、月良ちゃんが首輪の鎖をクイクイっと引っ張る。
「それじゃあ、志緒っち。火鷲までお散歩だよ」
「……月良。私が持つわ」
「月良。お姉ちゃんに鎖渡して! 何か楽しそう!」
月良ちゃんとエリスの鎖の奪い合いに美和姉も加わり、鎖がグイグイ引っ張られる。
「諦めろ志緒。ほら、行くぞ」
「まあ、良いじゃねーか? 聖の処で花火見ながら待ってようぜ」
友一と太一に背中を押され、励まされながら俺も集団に加わり、火鷲神社へ向かって歩き出そうとすると、カレンさんが此方を見ながら小さく咳払いをする。
前を見れば鶴ちゃんやエリス、夏樹、加藤課長の浴衣姿の女性陣が軽くポーズを決めている。巫女装束の美和姉と茜まで立ち姿を決めていれば、俺の言うべき言葉も決まっている……
「……皆、よく似合ってるよ」
カレンさんの軽い溜め息と『まだまだですね』と言った言葉が雑踏の中で俺の耳に届いてくる。
カレンさんに苦笑いを向けるが、着グルミを着たままでは俺の表情は伝わらなかっただろう。
皆と今日あった出来事を話ながら暫く通りを歩き、西通りの火鷲神社の参道を上り、連休前に花月の武装と戦った広場を進むと、辺りはだいぶ薄暗くなってきた。鳥居をくぐり、本殿まで続く篝火に照らされた参道を歩き本殿に到着すると、Tシャツにハーフパンツ姿の聖と作務衣姿の双一朗が俺達を迎えてくれた。
「いらっしゃい〜待ってたよ〜」
「遅かったな? もう直ぐ花火も打ち上がるぞ。……何だ? その熊は?」
「志緒だよ。また何時ものヤツだ」
太一が笑いながら双一朗に事情を話すと、双一朗は目つきを鋭くして広場の方を見る。
「全く、本当に厄介な事に巻き込まれるヤツだ……アレもその一つなんだろうな……」
そう言って険しい顔付きの双一朗が本殿の棚に立て掛けていた棍に手を伸ばす。
その仕草に双一朗の見ている広場の方を皆で振り返ると、篝火に照らされた鳥居の下に浴衣姿の女性が一人立っていた。
「あらら? 見つかっちゃった? 気配消してたんだけどね〜」
篝火が後ろから照らしているので顔は見えないが、その声を聞いた瞬間。俺の脳裏に一人の賞金首の顔が浮かび上がり、噛み締めた奥歯がギリリと軋む。
「ルークさん。瞬門で皆と直ぐに逃げれる様に準備して下さい」
隣に来た双一朗がカレンさんに武装の準備を頼むと、俺に話掛ける。
「いけるか?」
「……ああ。双……皆を頼むぞ」
俺は独り、篝火に照らされた参道に進む。
「フフッ……久しぶりだね〜元気だった?」
奴の声が聞こえる度。握った拳からギリッと軋む音が響く。
「一年振りかな?」
数歩前に進むと、奴の顔がはっきりと見えた。
「どれだけ君が強くなったか楽しみだよ!」
ニヤリと笑みを浮かべ、その頬に残る一筋の刀傷が歪む。
「さあ、始めよう! 志緒!」
二つの学園に賞金首と指定された女。
SS『首切』笹葉一葉。
俺の大切な人を奪った人間が今。俺の前に立っていた。
次回 連休(十日目〔後編〕)




