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銀拳  作者: 月草 イナエ
45/45

〜42 仲間

 

 長期療養が必要な病気もしなければ、行方不明にもなってないですが、一年以上も更新せずにすみません。

 これで、タイトルの下にある『一年以上更新されていません』がやっと消えます。



 

 

 まぶたを開けると視界は闇に包まれていた。余りの暗さにまだ瞼を閉じているのかと錯覚さっかくする。

 頬に掛かる布団のはしを僅かに下げて暗い室内をぼんやりと目で探ると、うっすらと濃淡が波打つ薄桃色のカーテンが目に止まり、その隙間から見える空も暗く、朝日が昇るのはまだ先のようだ。

 寝返りを打ちながら視線を天井へ移し、青白く浮かび上がる照明を暫く眺める。

 額に掛かる銀髪を指で払い。手探りで頭上をあさると指先にコツリと目覚まし時計が触れる。それを掴み、白い文字盤と黒い針に目を凝らすと時刻は午前四時半。まだ起きるにはかなり早い時間だった。

 それでも私は布団からゆっくりと起き上がり、目覚まし時計を机に戻すとカーテンを開けて外の景色を眺める。僅かに明るくなった東の空から差し込む光が、うっすらと家々の輪郭を浮かび上がらせ、黒と藍色の世界が徐々に色彩を増やしていく。まだぼんやりとしている頭でその景色を眺めながら、私は昨日の事を少しずつ思い出していた──


 ひじりの神社で首切くびきりと戦った志緒しおは激しい戦いの末に首切を捕まえた。

 その後、友一ゆういち達と花火見物(宴会)の準備を始める志緒に今回の戦いの事。私が奥水学園に転校する前、春休み以前の捕縛課の事。私の知らない色々な事を志緒に聞こうと思っていた。

 しかし、宴会が始まる直前に青槍あおやり達と一緒に現れた灰色の制服に身を包む黒沢くろさわと言う業務課の男が、首切を捕まえた経緯を聞きたいと志緒や三右みうを連れて行ってしまい、話をする事が出来なかった。

 志緒と話をしたいと思って帰って来るのを待っていたのに宴会の途中から目覚めるまでの記憶が無い。

 何時、家に帰って来て、布団で寝たのか覚えていない。

 そして、僅かに頭が痛い……

 この痛みは……前より酷くないが、ジワジワくるこの痛みは二日酔いだ……

 志緒を待ってる間に美和みわにちょっと勧められてお酒を飲んだまでは覚えているが、その後が思い出せなかった。

 

 指先で額をグリグリと押す動きに合わせて白いそでが視界で揺れる。よく見れば、昨日、浴衣を着る前に着た白い着物。じゅ……何とかを私は着ていた。部屋の照明を付け、眩しさに目を細めながら部屋を見渡せば、クローゼットの隣の壁に昨日着ていた浴衣が掛けてあった。


「……ダメだ。全然思い出せない……」


 私はモヤモヤとする頭をスッキリさせようと白い着物を脱ぎ捨てるとシャワーを浴びに部屋を出てバスルームへ歩き出した。




「エリス様。随分とお早い御登園ですね?」


 鳶色とびいろ制服コートに身を包み、登園の準備を済ませて玄関でブーツを履いていると、背後からカレンの声が響く。普段より少し硬質な声にビクリと肩が震え、ブーツに片足を入れた姿勢で振り向くと、パジャマ姿のカレンが腕を組んで此方を見下ろしていた。


「朝食はお召し上がりにならなくて宜しいのですね?」


 何だかちょっと威圧感を感じるのは何故だろう……?


「……おはよう。カレン。行って──」

「どちらへ?」


 私が何を言うか分かっていて、それを確認する様にカレンが聞いてくる。


「……ちょっと志緒の処へ行ってくるわ」


「昨夜の事は覚えていますか?」


 全く覚えていない私は目を泳がせ、覚えていると返事を返すが、カレンは額に手を当てながら盛大に溜め息をこぼし、自分の部屋へ戻ると紙袋を抱えて玄関へやって来る。


「それでしたらコレを志緒様や捕縛課の方々にお渡し下さい」


 そう言ってカレンから受け取った紙袋を開いて見れば、絆創膏にガーゼと湿布、それを止めるテープが入っている。首を傾げ、私が不思議そうに紙袋を覗いていると、カレンは『志緒様に聞けば分かります。エリス様。行ってらっしゃいませ』と言って肩を落として部屋へ戻ってしまった。


(カレン……志緒に何かしたのかな?)


 私はブーツを履いて鞄と紙袋を持つと、引き戸を開けて明るくなった外へ歩き出す。


 十日間の連休も終わり、今日からまた学園が始まるのだ。

 

 

     ◆

     ◆


 

 俺は学園へ向かう坂道を歩きながら後ろを見て軽く溜め息を吐く。

 休日と言える休みとは無縁だった連休も終わり、学園へ続くこの坂道も生徒を乗せた路面電車や徒歩の生徒で賑わいをみせている。俺の後ろを歩く二人の生徒を除いては……

 俺から少し遅れて歩くエリスと花月は周囲の笑顔とは対照的に、どんよりした表情で坂道をとぼとぼと歩いていた。


「ねえ、志緒君。店に来た時から二人ともあんな感じだけど、どうしたの?」


 俺の隣を歩く杏子あんずさんは、店のエプロンを着けた何時もの売り子姿にトートバックを持ち、後ろを歩く二人を心配そうに見ながら小声で俺に訪ねてくる。普段は店が忙しい通勤通学の稼ぎ時が落ち着いてから学園へ来る杏子さんだが、店の都合で出席率の悪い講義が午前にあるらしく、単位を落とさない為、今日は俺達と一緒に店を出て徒歩で登園している。


「花月は午後に課長会議があるから緊張しているんだと思います。エリスは……昨日の宴会で酔っ払って暴れたのを聞いて落ち込んでるだけです」


「いや、それは女の子として落ち込むんじゃないかなぁ……エリスちゃん酒乱だったんだ……」


 そう言って杏子さんはチラリと俺の左頬に貼られた湿布を見ている。


 ──昨日、黒沢さんとの話しを終えた俺と三右さんが神社の本殿へ戻ってみると、友一達と後からやって来た捕縛課のメンバーを加えた大人数で宴会が始まっていた。

 俺達も宴会に加わり、適当に料理を摘まんでいると、来るのが遅いと酒を飲んですっかり出来上がった美和姉やエリスに絡まれる処までは楽しい雰囲気で良かったのだが、暫くして俺の隣にいた足枷あしかせ青槍あおやりが去年の課の事を話し始めたあたりからエリスが急に不機嫌になって怒り出し、それを見て何時もの調子でなだめに入った鉄槌てっついがエリスの拳(武装装備状態)でリングに沈んだ。

 そこから止めに入った足枷やおのが次々と同じ末路を辿たどるとエリスの異変に皆が気付き、司法、救護の課長達の手前、これはマズいと感じた三右さんの指示で残りの捕縛課メンバー数人によるエリス捕獲作戦が開始された。

 酔った勢いで手加減無しのエリスと、手加減してエリスを捕まえるメンバーとの攻防は晴美さん達の酒の肴となり、俺の頬のあざは、鶴ちゃんの鉄巫女で動きを封じる為、エリスを押さえつけた時に殴られたものだ。

 その後、カレンさんは醜態を晒したエリスに代わり、皆に頭を下げて謝り続け、鎖で縛られたまま寝てしまったエリスを起動準備されていた武装“瞬門しゅんもん”へ放り込み強制的に帰宅させた。


 今朝、俺の家に来たエリスに昨日の事を聞かれ、その事を話したらガックリと落ち込んでしまい御覧の有り様だ。


「……まあ、司法課と救護課の課長もいたけど、SSダブル捕獲演習……宴会の余興と言う事で目をつぶって貰いました」


「……大変だったね。ほら、これでも食べて元気出しなよ」


 杏子さんはバッグの紙袋からホットドッグを取り出して俺達に配る。それを食べながら俺達は坂道を歩き、ゲートを通過して学園へ入ると昇降口のある職員棟を通り、学園中央に位置する講義棟のセンターホールで別れ、それぞれのクラスがある棟へ歩いて行く。

 エリスのクラスの前で別れ際に『元気出せよ』と言ってはみたが、エリスからは『……うん』と力の無い返事が返ってくるだけ。あの様子では暫く落ち込みそうだ。

 まあ、あかねと昼休みにはコッチのクラスに来るだろうから夏樹なつきにエリスの事は任せるとして、俺の方は昼休みに捕縛課で三右さんと打ち合わせを済ませた後、課長会議へ出席しなくてはならない。花月の監視は俺の担当だったし、昨夜の戦闘報告について警備課の本城課長から会議への出席を求められている。

 他の課長達にも何を質問されるかと思うと、花月程ではないが気が重い。面倒な会議になりそうだ。

 とりあえず、午前中は授業を聞きながらゆっくりと過ごすとしよう。


  

 生徒達の連休明け特有の喧騒けんそうがある程度収まった昼休みの終盤。学園に九つある棟の一つ、業務棟五階の第二会議室では、コの字型に並べられたテーブルに各課の課長と副課長が座り、課長会議の始まりを待っていた。

 俺は三右みうさんと三左みささんの後ろに置かれた椅子に座り、花月かげつは会議室の隅にポツリと置かれた椅子に緊張した面持ちで座っている。

 時計の針が十三時を示めし定時となると、進行役なのだろう、業務課の三日町さんから会議の始まりが告げられ、業務課課長の手短な挨拶が終わると各課より連休中の報告が始まった。


 テーブルの端に座る教育学部から順に情報管理課、武装研究課と報告が進む中、今回の課長会議の主題メインとも言える花月の監視状況報告が司法課の加藤課長から告げられる。

 捕縛課からは連休中の巡回と昨夜のSSダブル指定“首切くびきり笹葉ささば一葉かずはの件についての報告があり、実際に監視や戦闘に関わっていた身としては今回の会議の内容にいささか偏りを感じてしまうのだが、これは個人の事情であり、他の課も何かしらの話題トラブルが連休中にはあった筈なので仕方の無い事だろう。


「──となっている。捕縛課の監視担当者の連休中の監視状況、及び司法課の視察は以上だ。これをAクラス指定、及川花月の連休中における監視視察報告とする。そして前回の会議で捕縛課と合意した及川花月の期間限定Aクラス指定。その指定解除にあたり、各課の意見を聞きたい。及川花月さん。此方へ」


 加藤課長がコの字型のテーブルの間に置かれた席へ花月を呼び、一礼して座るのを確認するとテーブルに座る課長達を見渡し席に着く。


「そうですわね。意見と言うより……先ずは、及川さん。一つ覚えておいて欲しいのは、貴女の武装……自我を持つ武装は持ち主の心を写します。如何なる場合であろうと武装のあるじとして常に心を強く構え、しっかりと精進に励みなさい。アドバイスが欲しいなら何時でも聞きに来ても構いませんわ」


 花月と同様に自我を持つ武装、“青鳥あおどり”を持つ救護課の千秋ちあき課長が励ましとも思える言葉を掛けると、武研課の木嶋きじま課長からは週二回は必ずデータ採取に来て欲しいと頼まれていた。

 他の課からも肯定的な意見が続く中、捕縛課の順番になると三右さんは普段は見せない冷たい視線を花月へ向ける。


「及川さん。今回は不慮の事故──武装の暴走やったから助けた。そやけど、意図的にやるんなら捕縛課ウチらは容赦せぇへん。全力で潰す。それが親しい奴でもや。捕縛課ウチらはそれが仕事なんや。次も助けるとは限らん。それだけは心に留めといて」


 そう冷たく言い放つと花月から視線を外し、三右さんは前を見据える。花月は三右さんの横顔をじっと見詰め、静かに頭を下げた。

 普段の明るさとは違う硬質な態度を見せる三右さんだが、俺の位置からはテーブルの下で落ち着きなくモジモジと指を動かす姿が見えているので、三右さんは課長の建前として、どうしても言わなければならなかったのだろう。三右さんが伝えた言葉は、捕縛課のメンバーにとって事実でもあるのだから。


「それでは及川花月のAクラス指定を会議終了と共に解除するが、再び指定対象にならない事を切に願う。それと、昨夜の大物といい最近は指定対象の動きがこの街での活発化している。警備課、捕縛課共に十分注意してほしい。司法課からは以上だ。及川さん、元の席へお戻り下さい」


 僅かに優しくなった声で加藤課長が花月を席へ戻すと、三右さんの肩が少し和らぐ。

 そして、各課の報告が続けられ、捕縛課からは連休中の巡回報告を三左さんが、昨夜の首切の件については三右さんの報告に俺が戦闘の経緯を補足説明する形をとった。

 課のトップでもない俺が、本来は出席出来ない課長会議なのだが、朝に三右さんからの電話で警備課の本城課長が会議で詳しく聞きたいと会議への参加を要請されていたからだ。

 そして捕縛課の報告が終わると、本城課長が手を軽く上げ俺を見る。


「捕縛課の報告と君の説明については大筋で理解した。昨夜の現場には君以外にも捕縛課のメンバーや救護と司法の課長もその場に居合わせていた事から特に報告について問題も無いだろう。だが、司法課から報告があったように近頃の賞金首の動向は気になっている。祭の期間中だったと言う事で、まだ公表されてはいないが、商業地域のビルで会社役員の殺人事件もあった。これは神社へ行く数時間前の首切の犯行と思われる。賞金首を街に入れた此方の警備の失態を棚に上げるつもりは無いが、この街へ入り込む賞金首が増えているのは事実だ。詳しいルートは特定出来てはいないがね……」


 そう言って本城課長は俺を見てニヤリと笑う。


「参考までに君ならどうやってこの街に入り込む? 捕縛課のSSSトリプル捕縛者ホルダー。スピードフラッグでも顔の売れている君が誰にも気付かれず街にいるにはどうする?」



   ◆

   ◆

   ◆

 


「エリス、課に行く前に売店寄ってく?」


「……うん」


 午後の武装修練が終わり、更衣室で着替えている私にシャワー室から出てきた翼が話し掛けてくる。

 昨日、私が酔って暴れた件を翼と茜にも授業前に一分いちぶの望みをいだいて確認してみたが、どうやら本当みたいだ。少しへこむ……

 いつもより柔らかくて良い動きだったと翼に言われたが、酔って暴れたなんて嘘であって欲しかった。


「そう言えば、花月さん課長会議で指定解除されたら防災課に戻るのかな?」


「……たぶん。でも本人の希望もあるから三右と防災の課長の三人で決めると思う」


 翼が長い黒髪に櫛を入れながら花月の事を聞いてくるが、それは私にも分からない。花月が自分で決める事だと思う。


「そろそろ課の歓迎会だから花月さんが入れば楽しくなるんだけどね。今年度に新しく入ったのが、エリスに鉄巫女つるちゃんとレントさんの三人だし、拳系二人に捕獲系が一人。中間が欲しいよね」


 翼はフォーメンションの話しをしているが、歓迎会にフォーメンションが必要なのだろうか?


「さあ、着替え完了。早く売店行こっ!」


 私が首を傾げていると、いつの間にか着替えの終わった翼が目を輝かせて私を待っていた。急かす翼を少し待たせ、鳶色とびいろのコートを羽織ると、茜や他のクラスメートに手を振って更衣室を後にした。


 私と翼が捕縛課に着くと、四剣や斧達、出席率の良い何時ものメンバーがテーブルに集まり談笑している。早速、カレンに持たされた紙袋を斧達に渡し、昨日の事を謝った。まだ傷や腫れの残る青槍の顔や鉄槌の腕に絆創膏や湿布を張っていると、課長会議に出席していた三左が課に帰って来るなり私達を見て溜め息をき、『始めますよ』とそのままミーティングを始めてしまった。


「それでは皆さん。連休中は御苦労様でした。三右と蟹、及川さんが来ていませんが、ミーティングを進めます」


 三左がきりちゃんから書類を受け取り、目を通しながら話し始める。


「本日の課長会議では、約束通り及川さんはAクラス指定を解除されました。そして、三右と防災課長との話し合いで及川さんは本日より防災課から移籍と言う形で捕縛課に在籍する事になりました──」


 三左の言葉に罠や斧が喜びの声を上げ、鉄巫女が少し嫌そうな顔をする。


「──三右と及川さんは、その移籍の手続き、蟹は武装の登録変更で業務課へ行っています。三右と蟹はそのまま及川さんを家へ送り届け、御家族に今回の結果を説明する事になっています。……それと、本日より、中央学園から特別交流大使として転校して来たディーナ・レントさんが新しく仲間に加わります。連休中に色々と顔を会わせた人もいるでしょうが、みなさん、仲良・・・くして下さい。レントさん、此方へ」


 仲良くの部分を強調した三左は課の入口に背中を預けて腕を組んでいる赤毛の女生徒を中へ招き入れる。

 連休中に大使として学園に転校して来たディーナ・レント。最初に見たのはライダースーツで連休のイベントで暴れた映像だった。あの時はカツラや化粧で変装していたのだが、今は赤毛を後ろで二つに結び、半袖シャツに鳶色のベスト。緑のチェックが入った中等部指定のスカート。少し ゴツッとして硬そうなくるぶしまでのブーツを履いていた。そして、両手には拳を覆う黒いグローブタイプの武装。


「中央学園、中等部三年。救護課から来たディーナ・レントだ。特別大使として二年程厄介になる。よろしく」


 軽く頭を下げるディーナに連休中の出動でドリアン爆弾を浴びせられた四剣達が複雑な表情を見せる中、投石機はニヤリと好戦的な笑みを漏らす。


「それでは今日の巡回予定ですが、駅のを中心に東側と西側、二班に分けて行います。東側を青槍、四剣、大剣、投石機、案山子、斧、鉄槌、足枷。残りは西側を巡回。班長は青槍と錐ちゃん。西側のメンバーはレントさんに学園付近の商店街や住宅街の地理を教えて下さい。何かあれば私に連絡を。それではお願いします」


 微妙な空気が流れる中、何事もないように三左が今日のミーティングを終えると、メンバーがそれぞれ返事をしながらぞろぞろと課を出て行く。


 ゲート前で班に分かれ、東側は路面電車に乗り込み、西側は徒歩で街に向かう。西側班が坂を下っていると、電車の窓から斧や鉄槌が身を乗り出して『頑張れよ〜』と手を振りながら離れていった。

 班の後ろを歩きながらメンバーを見渡せば、此方の班は初等部中等部メインで、高等部は私一人。先頭は初等部の錐ちゃんと鉄巫女。その少し後に円盾。中等部の罠と爪がディーナに巡回等の説明を話しながら歩いている。

 前の学園でも捕縛課だったとは言え、この学園では錐ちゃんや罠達の方が先輩になる。志緒に色々教えて貰ったけれど、まだこの街に不慣れな部分はある。少しでも早く慣れる様に、私は前を歩く罠達の話に耳を傾けながらゆっくりと坂を下っていった。


    ◆ 

    ◆ 

    ◆


 

「それでは、夏目様。志緒様。今後とも花月を宜しくお願いいたします」


「三右さん、志緒さん。有り難う御座いました」


 及川家を訪れ、花月の指定対象解除の報告を終えた俺と三右さんは、花月と母親の花江はなえさんに門の前まで見送られ及川家を後にする。


 花月の両親に連休中の様子と会議での結果を告げ、今後は捕縛課へ移籍する事。数少ない特別な武装の為にトレーニングが必要な事。その能力の為、事件に巻き込まれる可能性がある事。可能な限り課でフォローしていく事を両親と話し合った。

 元々、及川家は剛兵会ごうへいかいと言うボティーガードや傭兵業を生業としている事もあり、その手の荒事の対処には慣れていると母親は笑っていたが、父親の方は俺の方を見ずに終始機嫌そうにしていた。連休中、俺の家に監視を配置する程の心配性だから何か対策を考えているのだろう。学園の通学にボティーガードでも勝手に派遣しそうだが、そこは花月と母親が何とかするだろう。


志緒・・、ちょっと付きうてや」


 学園への帰り道を歩きながら及川家での事を思い出していると、隣を歩く三右さんが俺を蟹と呼ばず名前を呼んで軽く笑い掛けてくる。


「何処に行くんですか?」


「ええトコや」


 そう言いながら僅かに足を早め、俺の前を歩き出す。そして、通信機を取り出すと課に及川家の訪問を終えた報告をし、今日は学園へ戻らず、そのまま帰ると連絡をしていた。

 

 石畳と塀が続く古い屋敷町を歩き、線路沿いの道に出ると、武家屋敷の瓦屋根の向こうに駅前の大型量販店の看板やビルが見えてくる。

 このまま駅前へ向かうのかと三右さんの後ろをついて行くと、次の路地を右へ曲がり古くからの町並みを残しあきないをしている長屋通りへと入って行く。三右さんは通りを眺めながら三軒目の店先に足を止めると、桶や樽に活けられた花に目を向ける。


「お姉さん、その花とこっちのヤツ貰える? そん隣も頼むわ」


 霞草に白と黄色の菊。三右さんが和服姿の店員に頼んだ花を見て何となく行き先の予想がついた。


「三右さん、俺はあっちの店で線香買ってきます」


「うん。ありがとうな。頼むわ、志緒」


 俺の言葉に悪戯が成功したような笑顔を見せる三右さんから離れ、向かいの雑貨屋のような店に入り線香を購入する。

 霞草はメグさんが好きだった花だ。それにこの近くには彼女の眠る霊園がある。

 三右さんは学園を出る前から花月を送り届けたあとに、俺と一緒に恵さんへ会いに行くと決めていたのだろう。


 紙袋に包まれた線香を持って店を出ると、綺麗にラッピングされた花束を抱えた三右さんが俺を待っていた。

 

「……ごめんな。志緒は一人でお参りしたかったかも知れへんけど、ウチは一人じゃ嫌やったん。課長なのになんもしてへん。副課長やったあん時とおんなじで誰かに頼ってばっかりや……」

 

 三右さんが抱き締めるように持った花束を包む包装紙にシワが寄り、消え入りそうな声で『情け無いわ』と呟いた。


「……そんな事ないですよ。三右さんが課長をやってくれたから、俺達は頑張って来れたんですよ」


「なんや、嬉しい事言ってくれるやん。……じゅ、準備も出来たし、行こか」


 クルリと背を向けた三右さんは少し早歩きで通りを進み、何度か路地を曲がると、時の流れを感じさせる古びた門が姿を現す。

 くぐり抜けた門の先には荒く削り出された石畳が伸びる参道と、奥には小さな御堂が見える。そして、石畳の両側には多くの石柱が規則正しく並ぶ。


 石柱の間に通る小道を慣れた様子で足を運ぶ三右さんの後に続き、俺も無言で目的の場所へ進む。

 三右さんは一つの石柱の前に脚を止め、石柱に彫られた名前を見詰めると、懐かしそうに微笑んだ。

 

ケイさん。待たせてゴメンな……やっと捕まえたで。ウチはなんも出来んかったけど、その分、志緒達が頑張ってくれたんや。……めっちゃ嬉しかったわ」


 目尻に涙を浮かべ、石柱に手を合わせる三右さんの隣で、俺も彫られた名前を見詰めて、そっと手を合わせる。

 色々と伝えたい事はあったハズなのだが、心の中で『少し落ち着いたら今度は一人で来るよ』と伝え、三右さんが顔を上げるのをゆっくりと待った。


 暫くして鳩の鳴き声と羽ばたきが聞こえ、背後から複数の声が聞こえてくる。


「おっ、早かったな? 俺達の方が先だと思ったんだがな」


 三右さんの横顔から目を離し、声のする方を振り向くと、水桶や花束を持った青槍と四剣を先頭に捕縛課のメンバーが数人、此方に向かって歩いて来る。


「おっ、青槍達も来たんか?」


「ああ、三左が巡回メンバーに気を利かせてくれたらしくてな。二人は多分、此処に寄るだろうから一緒にってな」


 この場に揃った課のメンバーは三右さんが捕縛課課長になる前、恵さんが課長の時から捕縛課にいたメンバー。あの事件の後、この場所で首切を必ず捕まえると誓い合ったメンバーだ。

 四剣と大剣が石柱に花を供え、斧達が投石機から線香を受け取り、石柱へ手を合わせる。

 

「……ケイさん。ホッとしたかな……?」


 手を合わせた案山子が涙を目に溜めて石柱に刻まれた名前を見詰める。


「……バーカ。あの人なら、遅いって文句言いながら笑ってるに決まってる」

「斧の言う通りだ。それで何か奢らせる」

「だよなぁ、足枷。俺達、毎回購買部に走らされたよな……」


 案山子の頭を乱暴に撫でる斧の後ろで足枷と鉄槌が空を見上げて笑っている。

 それを見る四剣や投石機も、目尻に涙を浮かべて笑ってた。


「……ううっ、ダメ。泣かないって決めてたけど、もうダメ……うわぁああぁ──ん!」


 顔を真っ赤にして涙をこらえていた大剣が、腕で顔を隠すようにして大声で泣き始める。


大剣つばさの奴、やっぱり、泣いたか……」

 

「まあ、今回は良い報告やし、泣いてもええんちゃうか」

 

 微笑む三右さんはそう言うと、号泣する大剣を優しく抱きしめた。


 悔しさと悲しみで誓った一年前の約束。あの時と同じ顔ぶれは、同じ場所であの時とは違う涙で笑顔の報告した。

 


   ◆

   ◆

   ◆




 ──俺はその日夢を見た。


 若葉の繁る桜の大樹の下で、俺はあの人と一緒にベンチに座っていた。


「……強くなったね。志緒」


 そう言って俺の顔を覗き込み微笑むあの人に、俺は俯いたまま軽く首を横に振る。

 あの人はベンチから立ち上がり俺の前に来ると照れくさそうに手を掴む。


「これからは私じゃなく皆を守ってあげて。……それから白鋏しらばさみを取り戻してくれてありがとう。私だと思って大事にしてよね。それから……ごめんね……志緒。ありがとう。志緒……」


 笑顔になったり、涙を浮かべたり、また笑ったり。表情をコロコロと変えるあの人は、俺の手を離すと背伸びをしてベンチに座る俺を見ながら後ろ向きに歩き出す。

 両手を振りながら、俺に向かって何か喋っているが、その声は俺には聞こえない。

 そして、立ち止まり腕を下ろすと、小さく胸の辺りで手を振った。


「ありがとう。志緒。バイバイ……」


 ゆっくりと消えてゆくあの人を、俺はベンチに座ったまま見送った。

 


 そんな夢だった──






 

 

 次回 武装憧憬 其の一

 

 

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