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銀拳  作者: 月草 イナエ
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~38 連休(九日目〔後編〕)

 パレード開始の花火が打ち上がると、ミスコン各部門上位陣を乗せた先頭の路面電車が学園ゲート前からゆっくりと動き始めた。下り坂に差し掛かると、下り坂の沿道には大勢の見物客が此方を見ながら手を振ってくれている。


「……エリス様、何時まで不機嫌な顔でいるのですか?」


 私の隣で見物客へにこやかに手を振りながら、カレンが声を掛けてくる。


「志緒様に誉めて貰えなかったから落ち込むのは分かりますが、せめてパレードの最中は声援を送る皆様に笑顔で対応して下さい」


「ちっ、違うよ……そんな……」


 慌てて反論しようとするが、図星だったので声が少し裏返ってしまう。


 折角、出発前にパレードの衣装を見せに行ったのに、志緒は課の伝達を済ませると、サッサと後ろの路面電車に太一達と行ってしまった。もっとも、このミスコンの衣装と耳飾りに付いているタグはS&Cなので、志緒にとっては自分の店で作った製品を見ている感覚だったのだろう。


 ……何か一言、言ってくれてもいいのにな……


 そんな事を考えていたので、カレンの言葉に過剰に反応してしまった……


「ちゃんとエリス様の事を見てましたよ。志緒様は」


 カレンはそう言いながら、私に顔を近づけて耳の通信機に向かって声を掛ける。


「志緒様、美人の女の子が衣装の御感想をお聞きしたいそうですよ」


「カレン! なっ、何言ってるの!」


 慌てて通信機のマイク部分を手で握り締め。カレンをにらむが、カレンは素知らぬ顔で見物客に笑顔で手を振っている。

 心臓からの血液が一気に集まり、顔が火照っているのが自分でも分かる……多分私の顔は真っ赤になっているだろう。


『あー……よく似合ってるぞ。銀拳』


 通信機から聞き慣れた志緒の、少し困った様な声が響き、ドキッとすると、続け様に通信機から課の仲間達の声が聞こえて来る。


『銀拳、カワイイぞ!』

『そうだ! 自信もて!』 

『蟹さん!鶴にも言って下さい!』

『鉄巫女、カワイイぞ!』

『そうだ!萌えるぞ!』

『も──っ! 青槍さんと足枷さんには聞いてません!』

『銀拳、感想は?』

『お前ら静かにしろよ!』


 通信機から聞こえる声に後ろを向くと、手摺てすりにつかまり、後ろの路面電車に叫ぶ鉄巫女と、その路面電車から此方に腕を振る青槍や足枷の姿が見える。 通信機はフルオープンなのにカレンがあんな事を言うものだから、課の皆に丸聞まるぎこえだ………

 志緒と投石機の路面電車は最後尾の方なので此処からは見えないが、例え見えてもこんな顔は見せられない!


「……カレン、恥ずかしい……」


「あら、エリス様? あるじの期待にこたえてこそのメイドでございますわ。志緒様にちゃんと御感想を言って頂いたのでしょう?」


 カレンに自信満々の顔で言われると、確かに感想は言って貰えたので反論し難いが、もう少し別の方法を使って欲しかった。コレでは後で顔を合わせづらい……

 

「さあ、問題解決です。パレードに集中して下さい」


 そんな事言われてもこんな顔じゃ、恥ずかしくて沿道に顔を向けれないよ……


「しっかり手を振らないと、また志緒様に御願いしますよ?」


「……うっ」


 通信機に顔を近づけ様とするカレンから後退り、何とか頑張って手を振るが、私は休憩地点の駅前まで、軽くうつむいたままの顔を上げられなかった。



     ◆

     ◆

 



「なあなあ、法子? 毎回課長が視察ってどうなん? 司法課って人おらんのか? それとも暇なんか?」


 武装研究課のメンバーがせわしなく動き回り、及川花月の武装。〔小演〕のデータ収集の様子を横目で見ていた私に、夏目(姉)が呆れた様に声を掛ける。


「何言ってんの? 今回のケースは特殊なケースよ。夏目の提案でGW中の限定的な措置になったけど、本来なら複数のメンバーで多角的に判断するのを多少融通が効く様に私だけが視察する様にしたのよ? 及川の人間性は会議や視察なんかで十分合格点。私だって指定対象を何が何でも更生しない奴だなんて決めつけてる訳じゃない」


「はぁ〜、彼氏が出来ると心も丸くなるんやな〜羨ましいでぇ〜ホンマ」


「なっ!?」


 折角、良い事を言った気がしたのだが、夏目に茶化されて気分ががれる。昨日の茶会でも太一君との事を散々聞かれて大変だった。自分ではそんなに変わった感じがしないのだが、警備の本城や情管の北川に言わせると取っ付き易くなったと言っていた。夏目に比べたら五ミリ程らしいが……

 普段から明るい雰囲気を纏う夏目と比べられても仕方ないのは分かっているが、今日の夏目には僅かに明るさに棘がある。司法課の法廷で色々な人を見てきた私に分かる。僅かな不自然さ……


「夏目は聞いて欲しい事があるみたい。『何が不安なの?』って言って欲しいみたいだな?」


 かすかに夏目の瞳が動き、微笑みを見せた夏目は周囲をチラッと見て、同じ課の男と武研のメンバーが居ないのを確認すると、その顔から笑みが消え、変わりに威圧感がじわりとにじんで来る……


「法子には話し通した方がええと思うとってな。今度、捕縛課に入る特別大使。賞金首に目ぇ付けられとる。恐らく中央の連中はそれを分かってて奥水こっちに丸投げしたんや。まだ相手には学園に来たん気付かれとらんけど、最悪、街で派手にドンパチやらかさなぁならん」


「……相手は?」


「……SSダブル首切くびきり


 その賞金首の名は私の記憶にも新しい。中央学園でシングルの指定を受け。去年、此処の学園でもSの指定を受けた賞金首だ。その原因は要人暗殺……捕縛課が、未然に防いだが、その代わり、警備課数名と捕縛課の課長が殺害された。賞金首は逃走。そして、その時の私と同じ副課長だった夏目が後を引き継ぎ、課長になったのだ。


「本城や北川は知ってるの?」


「多分、分かっとる。昨日の茶会もさぐりの一つや。警備課でも首切に怨み持っとる奴もおる。ウチや、あん時の課のメンバーかてそうや。皆、言わんけど、課長あのひと敵討かたきうちしたい。首切の奴をボコボコにしたいと思うとる」


 夏目の声には殺気が溢れそうな程の圧力が込められ、何時もの明るさ、優しさは微塵も無い。普段の夏目を知る人間が今の夏目を見れば、別人だと思うだろう。


「やり過ぎないようにしてよ……度を超えれば司法課こっちが動かなきゃならないから」


「分かっとる。捕縛課ウチらは出来る限り捕まえるのが仕事。手当たり次第に殺す事やない。……ただ、誰かに話さんとスッキリせぇへんのや。ウチより辛い思い抱えとる奴もおるし……」


 そう言って夏目は椅子に身体を預け、大きく深呼吸をする。

 中央学園に厄介事を押し付けられた形だが、夏目ならば、間違いは起こさないだろう。課長になって課を纏めてきた頑張りは、誰もが認める事実だし、彼女の笑顔は課のメンバーの心を癒やし、励ましてきた筈だから。

 見上げた天井から視線を戻した夏目の顔は何時もの柔らかな雰囲気が感じられる。


「やっぱり夏目は、そっちの脳天気な顔の方が落ち着くわ」


「脳天気ってなんやねん! 傷つくわ!」


 不機嫌そうにそっぽを向く夏目に笑い声を上げ、及川花月の実験に視線を戻す。

 この課の連中は次々と問題ばかり起こすが、それより多くの問題を解決していく。今度の厄介事もきっと解決してくれるだろう。面倒臭い話は此処までと決めた私は、武研のメンバーが繰り返す実験を眺めながら、パレードの終わった太一君と何処に行くか考える事にした。


「……フフッ……キャッ」


「……法子、何考えとるん? 気持ち悪いでぇ」




     ◆

     ◆



 

 パレードも終盤に差し掛かり、住宅街の西通りを中程まで進み始めていると、沿道の端に、ポツリポツリと、息を切らして座り込んでいる青い法被はっぴを着た学園の生徒の姿が目に留まり始めた。皆一様に悔しそうな表情を見せ、中には悔し涙なのか路面に拳を打ちつけ、肩を震わせる者もいる。


「なあ、志緒。アレ何だ?」


 俺の隣りで、沿道に手を振っていた太一が不思議そうに声を掛けてくる。太一の疑問の原因に心当たりのある俺は、沿道で座り込む法被姿の背中にSKCと書かれたロゴマークを確認して溜め息をく。


「……エリスのファンクラブの連中だ。甘子も多分、先頭の路面電車追っ掛けてんじゃないか?」


「あーっ、シルバーナックルだっけ? 俺も知り合いに誘われたな〜 断ったけど」


 誘われたのか……中等部だけじゃなく高等部のヤツまでアレに入ってるのか? 大学院生もいたよな……一体何人いるんだよ……

 少し不安に思い、通信機に手を当てると先頭の路面電車にいるエリス達に声を掛ける。


「蟹から先頭の路面電車へ。電車に併走してる法被姿の馬鹿はいるか?」


『こっ、此方こちら、銀拳。車両の右側面に自転車を先頭に二十人位いるわ』


 少し緊張した声でエリスが状況を説明してくれる。法被姿のヤツが二十人も走っているのか……


「……甘子は?」


『甘子さんは自転車の後ろに乗ってますねぇ〜こっちに手を振ってますよ。蟹さん』


 鉄巫女が俺の質問に答えてくれる。

 あのバカは、何、恥ずかしい事やってんだよ……サッサと退場してもらうか……


「銀拳。貸し一つで依頼だ。甘子を止めてくれ」


『……どうするの?』


「連中はお前の言うことなら何でも言う事聞く筈だ。危ないから止めろって言えば大丈夫だろ?」


『……分かった。やってみる』


 沿道の邪魔にならない様に、路面電車のスピードが落ちて言葉を伝え易い、大通りに曲がる交差点で声を掛ける事にしようとエリスと打ち合わせ、そのタイミングを待っていると、通信機から大きく息を吸い込む音に続き、エリスの声が響いてくる。


『ファ、ファンクラブの皆さ──ん! 危ないから、止めてくだ……キャッ! …………ガシャ──ン!』


「どうした?! エリス!」


 悲鳴を上げたエリスと、何かがぶつかる音が通信機から響いて慌てて声を掛けると、通信機から鶴ちゃんの声が聞こえてくる。


『蟹さん。依頼完了しましたので、貸し一つの御約束。よろしくお願いしますね?』


「……鉄巫女。何したの?」


『銀拳さんが呼び掛けて、視線が集中した時に、スカートめくりました』


「……甘子達は?」


『自転車は交差点の信号機に激突。走っていた人達は

鼻血吹いて倒れましたよ。……ククク』


「……銀拳は?」


『真っ赤になってます。……キャッ! エリスさん! 怒らないでください! スピード解決ですよ! ちょ……』


「…………」


 通信機から響くエリスと鶴ちゃんの言い争いを聞き流し、暫くすると、鼻血を流し、幸せそうに沿道に倒れている法被姿の奴らと、交差点の信号機に突っ込んだ自転車のそばには、他の奴ら同様に幸せそうに鼻血を流して倒れている甘子と自転車の運転手の姿が目に入ってきた。


 ……安らかに眠れ。甘子バカ……




 路面電車は大通りに出て暫く進み、学園の坂道をゆっくりと登り始める。


「やっと終わりだな、志緒」


 軽く肩を回して振り続けた腕の筋肉をほぐしながら太一が話し掛けてくる。


「ああ、愛想笑いは疲れたよ……んっ?」


「どうした?」


 一瞬何かに見られている様な視線を感じ、沿道や街の方を見回すが今は視線も何も感じなかった。

 パレードなんて慣れない事をしたからその所為だろう。太一に曖昧な返事をして路面電車から見える街の景色を眺め、投石機やディトとパレードの感想や明日の仮装レースや花火大会の話をしながら路面電車の揺れに身を任せた。

 

 明日の仮装レースや花火大会を終えれば、忙しかった連休も終わり、普段の学園生活に戻るだろう。


「はぁ〜……今年の連休は去年より疲れる」


「志緒。お前、それ去年も言ってたぜ?」


 呆れ顔の太一の言葉に投石機とディトが笑い、俺も釣られて笑い声を上げていた。



    ◆

    ◆

    ◆

  


 大通りの交差点から、学園の坂道へ上って行く路面電車でパレードの参加者と笑い合う一人の男を見詰める。

 鳶色とびいろのコートを着た男が此方を一瞬見た気がした。

 相変わらず勘のいい男………久し振りの再開が楽しみだ。幾らか強くなったかな?


「はい。ホットドッグ二つ、お待たせしました〜」


 パレードから露店に視線を戻し、笑顔で紙袋を渡す売り子から袋を受け取ると、駅に向かって歩き出す。


 さて、その前に依頼を片付けるとするか………

 


 


 

 次回 連休(十日目〔前編〕)


 

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