~36 連休(九日目〔前編〕)
コンコンと、ドアを叩く音で目が覚め、ドアの向こうから声が掛けられる。
「志緒さん、朝食の準備が出来ましたよ」
現在時刻、五時三十分……花月が家に泊まる様になってから、早くも九日目の朝を迎えた。早起きの甘子に合わせているのか、花月が元々早起きなのかは分からないが、連休中の朝食を花月が作る様になってからの、早い時間帯のモーニングコールも段々と慣れてきた。
ドアに向けて、返事を返すと、眠い目を擦り、身支度を整える。
昨日は遅くまで店の作業場で依頼品を製作して、やっと終わらせたのが、午前三時。その甲斐あって、依頼の数量を何とか製作する事が出来た。後は業務課テントに依頼品を納品すれば、依頼は全て完了。GWの最終日をのんびり過ごせる。
しかし、その為には、今日の午後に開催されるイベント上位入賞者強制参加イベント。仮装パレードに出場しなければならないのだ………
「志緒さん……私の監視。今日はどうなるんですか?」
朝食を食べながら、パレードの納品を甘子と話しをしていた俺に、花月が味噌汁を渡しながら尋ねてくる。温かな味噌汁を受け取り、課のメンバーから、監視の人員を思い浮かべる。
……午前は俺で大丈夫だけど、午後はパレードに出なきゃならないよな〜 そうなると、エリスや鶴ちゃんもパレードだな……翼は大丈夫だな。後は四剣か……
「多分、翼と四剣かな? 俺はスピードフラッグで入賞したから、パレード出なきゃならないからね」
「そう言えば、捕縛課でもエリスさんや投石機さん。青槍さん達も入賞してましたね」
捕縛課のメンバーは、それなりに腕の立つメンバーを集めている為、様々《さまざま》なイベント等では、やはり数名のメンバーが上位に入る。
本音を言えば御披露目パレードなど、面倒なので出たくないのだが、この街に住む住人がイベントに入賞した場合は、必ず参加する事になっている。参加しないと、イベント欠席ペナルティーとして、イベントで獲得した副賞の取り消しや返却を求められる為、余程の理由が無いと欠席は認めて貰えない。街の住人は地域行事に貢献しろ。と言う、業務課のイベント参加者を増やす努力なのだろう。それに今年は、太一の事があって入賞してしまったので、参加する以外に道は無かった……
「アタシは、エリスさんの路面電車追っ掛けるから、兄貴の雄志は見れないけど、頑張ってね! しっかり食べて体力付けなきゃ! 花月ちゃん。お代わり!」
誰も聞いていないのに、満面の笑みを浮かべる甘子は、午後のパレード中、エリスを追い掛けて、街中をマラソンするらしい。
路面電車の運行ルート、学園から住宅街の西通りを通り、駅前から大通りを通過して学園へ戻る。全長十五キロを路面電車と併走する気か………アホだな!
俺達は朝食を済ませると、店の作業場へ行き、納品する製品を詰めた箱を台車に乗せると、大通りの業務課テント目指して台車を押しながら歩き出す。商店街では八百屋や肉屋のオバサン達が兎や虎の着グルミを着て、商売をしている。商店街を歩く通行人もネコミミやシッポを着け、何かしらの動物の仮装をしているから、普通の制服姿の俺達の方が周囲から浮いている。
「志緒さん、皆仮装してますね」
「商店街はお祭り好きの人が多いからね。お店があるから出掛けられない人もいるし、イベントを少しでも楽しもうとしてるんだよ」
花月が道行く人達を見ながら楽しそうに歩いて行く。商店街を抜けて大通りに出ると、まだ早い時間帯にも関わらず、大勢の人達が通りに溢れていた。甘子と花月に前を歩いて貰い、その後ろを通行人の邪魔にならない様に台車を押して行く。暫く歩き、業務課テントに着くと、テントに待機していた業務課の担当者に依頼品を納品すると、受け渡しの書類に目を通しサインを貰う。笑顔で受け取る担当者を見て、やっと肩の荷が降り、朝方まで頑張った苦労が報われる。俺達は依頼品の箱を運ぶ業務課のメンバーに挨拶をしてテントを出ると、大通りを学園に向かって歩き始めた。
「はぁ〜っ。やっとこれでゆっくり出来るね。兄貴」
「ああ、去年は九日目の夜まで作業してたからな……さっさと課に行って少し寝るか……」
「志緒さん、ダメですよ。武装研究課で課長さんに、データ取りに来てって言われてるんですから」
「花月には仕事手伝って貰って、武研課に行けなかったからな……花月がどれ位制御出来る様になったか手合わせしてみるか?」
「はい! 頑張ります!」
「う〜ん。アタシも見たいけど、これから同好会の集会なんだよね〜」
甘子が腕を組みながら少し残念そうに首を傾げる。
……アイツの同好会ってエリスのファンクラブだったよな……もしかして、同好会の奴も路面電車と走るのか……
余り詳しく聞きたくなかったので、甘子には通行人の邪魔にならない様にしろと、軽く注意をしておく。あの同好会が一体何人いるか気になるが、警備課が何とかするだろう。
甘子は何処かで同好会メンバーと待ち合わせるらしく、杏子さんの店の近くで別れ、俺と花月は杏子さんの店で昼食のパンを買ってから、学園に向かい、上り坂を歩き始めた。
俺達が捕縛課に着くと、三右さんと三左さんの他に青槍達や投石機、パレードの参加者の他に、情報管理課の小雪さんが集まっていた。
「おはようございます。三左さん、小雪さん。昨日はどうでした?」
花月が、興味津々と言った様子でソファーに座る二人の処へ歩いて行く。俺は課長席に座る三右さんの処へ行き、パレードの花月の監視の事を聞く事にした。
「三右さん、おはようございます。今日のパレードですけど、花月の監視どうします? 俺も参加しないといけないので……」
俺が話し掛けると、三右さんは少しホッとした顔を見せながら、腕を組み、人差し指で顎を押しながら考えている。
「蟹、おはようさん。……そやな〜どないしょ? 今日はパレードにメンバー、がぁ──っ持ってかれてんよ。パレードの警備に二人出して欲しいって、警備課の方から言われとるしな〜それに四剣、今日休みなんよ。銀拳もパレードやし、大剣と三左を警備で出したいんや。そやから、ウチと出刃で、やろか思ってたんよ……」
「……出刃ですか? 花月より心配なんですけど……大丈夫ですか?」
俺と三右さんは、四月以降、殆ど顔を見せない捕縛課の幽霊メンバーを思い出す。体力と言うか持久力が最低値の奴だが、瞬発力だけなら捕縛課でもトップクラスの実力の持ち主で、四剣やエリス同様、単独でのS捕縛経験者だ。最近見たのは、四月の最初の一週間と、死角を捕まえた後の花見で、チラッと見た記憶がある。
三右さんは仮想モニターを操作しながら、出刃にメールを送っている。一分もしない内に返信が返って来て、メールの内容を見た三右さんが笑顔を見せる。
「オッケーや。丁度、課に向かってる言うとるから、何とかなるわ」
俺としては、あの面倒くさがりが、素直に来る事の方に違和感を感じるが、監視を引き受けてくれるので、助かる事は助かるのだ。
三右さんに軽く頭を下げ、花月の方に歩いて行く。此方では、三左さんと小雪さんが、花月と和やかに話ている。
「……そうですか〜良かったですね。三左さん」
「ええ、今回はちょっと手応えありよ」
「私も楽しかったよ。孝君達に兄さん捕まえて貰った御陰よ。ありがとね」
小雪さんが、足枷達に笑顔を見せ、それを見た花月が、不思議そうに首を傾げている。
「……小雪さん、たかしさんって、足枷さんですか?」
「……うん。そうだけど? クラス同じだし……花月ちゃん、知らなかったの?」
「ええ、課の呼び方しか知らなかったので……」
それを聞いた足枷達が、花月の周りに集まりだす。
「俺、花月ちゃんとは、課の仕事以外であんまり会わないからな! 決して嫌われてる訳じゃないぞ。小雪」
「そうだよ、ちゃんと自己紹介してなかったし、足枷の名前なんか知らなくて当然だよ。花月ちゃん、俺の名前は知ってるよね?」
「……斧さんの名前も知りません」
花月が顔を逸らしながら答えるのを見て、ガッカリしている斧の肩を鉄槌が笑顔で叩く。
「足枷も斧もダメだな〜! 自己紹介位しとけよ〜 花月ちゃん、俺はちゃんと自己紹介したよね!」
「…………えっ?」
どうやら、花月は鉄槌が自己紹介した事を覚えていない様子だ………
落ち込む三人は肩を組み合い、円陣を作ると『ファイッ!』と掛け声を掛け、花月の前に並ぶ。
「高等部二年、足枷。江藤孝です」
「同じく、斧。山口勝彦だよ」
「同じく、鉄槌! 中村和!」
「「「覚えて下さい!!!」」」
三人が声を揃え、頭を下げながら自己紹介をしているのを見て、花月も慌てて頭を下げる。三左さんと小雪さんがクスクスと笑い出した時、俺の携帯から音が鳴り出し、着信を知らせる。相手を確認して、ため息を吐くと、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。
「……久しぶりだな?」
『……あっ? 蟹? 僕だけど、もう動けないから迎えに来て。場所は店から五百mの処。君だけが頼りなんだ……』
「………おい、家から三分じゃねーか?」
『……もう限界……それじゃ頼んだよ……(ピッ)』
切られた携帯を見ながら三右さんに声を掛ける。
「三右さん、ちょっと花月お願いします」
「やっぱ、無理やったんか? しゃーないな。こんだけ人もおるし、行ってえーで」
不思議そうに俺を見る花月と、手を振る三右さんに見送られ、捕縛課を出ると、業務棟からゲートへ走り、さっき来たばかりの道を戻り始める。下り坂を駆け下り、大通り近づくにつれ、坂を下る俺の耳に、GWを楽しむ人達の、嬉しそうな笑い声が響いて来た。
◆
◆
携帯を鳶色のベストのポケットに仕舞い。大通りに設置されたベンチに座ると、脹ら脛を軽く揉み、僕は志緒さんを待っていた……
分かってはいたが、こうして痛む脚を庇い、ベンチに座っていると、自分が情けなくなってくる。
僕は先天的に筋肉に異常があり、長時間の運動に筋肉が耐えられない。お医者さんの話しだと、筋肉には瞬発力と持久力の筋肉があって、僕の筋肉には持久力の筋肉が無いそうだ。野菜類などを沢山食べて、ビタミン等を補えば、今ある筋肉でも少しは持久力が付くらしいが、僕は野菜がキライで今まで食べた事が無い。肉オンリーだ。チーターさんなのだ。シマウマさんじゃ無いのだ。ハンバーグも玉ねぎパン粉抜き、挽き肉オンリー。付け合わせのコーンもポテトも皿の外に弾いちゃう奴なのだ。その所為で、初等部の頃に付いたアダ名はウル○ラマン。僕は地球で三分動くと筋肉痛になって要介護人物の役立たずになる。一時間休めば、また動けるけど……そんな僕をバイトや課で雇ってくれる筈もなく、困っていた僕を捕縛課に誘ってくれたのが志緒さん。
僕の大切な人………大切な脚だ!
その志緒さんに最近変な虫が付き始めた。僕に無断で僕の場所を奪う悪い虫に、今日こそ文句を言おうと、学園に向かったのだけど、この通りオーバーヒートしてしまった……
通りを行き交う人々を眺めながらボーッとしていると、突然僕の目の前に何かが落ちて来た! 吃驚して、避けようと脚に力を入れるけど、筋肉が痛たくて、まともに動けない。
「おっ? 出刃。驚かせて悪かったな」
僕の目の前に落ちて来たのは、ショートブーツに黒のズボン。鳶色の袖無しコートのベルトに小型のバッグと短剣を装備し、背中に長剣を背負った男の人………僕の待ち人。志緒さんだった。
「もーっ! 驚かせないで下さいよー! 脚が痛くて回避出来ないんですから!」
僕が文句を言っても志緒さんは、笑顔で『悪い悪い』と言うだけで、全然謝る気が無い。
「急いで来たんだから、文句言うな。ほら」
そう言って僕の背中に長剣のベルトを取り付けると、背中を見せてしゃがみ込む。久しぶりに見る僕の指定席。ニヤける頬を何とか誤魔化し、僕は志緒さんの肩に脚を掛ける。
「……なあ、何で肩車なんだ?」
「だって負んぶだと、いざと言う時、二人共両手使えないですけど、肩車なら四本使えますから。さっさと立って下さい」
「…………」
志緒さんの少し嫌そうな顔も、この視点で街を見るのも久しぶり。嬉しくなってニヤニヤしてしまう。
「さあ、蟹! 出発だ!」
「お前、歩いて行けよ!」
文句を言いつつ、走ってくれる。やっぱり志緒さんは最高だ!
次回 連休(九日目〔中編〕)




