~32 連休(七日目〔後編〕上)
「くぅーっ! 全く何なんですか! アレは!」
「そうだよ! 鶴ちゃん! あんな堂々とした嫌がらせ、初めてだよ!」
「………撲殺したい」
昼食からS&Cブースに帰って来たエリス達は、ブースに入るなり怒りを爆発させていた……
流石に休憩所で暴れだす事は無かったが、その我慢した分、ブースに入ってからは止まる事無く、思いっきり怒りをぶち撒け文句を言っている。
休憩所のテーブルで、エリス達が何とか我慢して昼食を取っていた時も、椅子を軽く蹴られたり肩をぶつけられたり、嫌味を言われたりと、陰湿な割に堂々とやる為、最後の方は俺が三人の後ろに立ち、目を光らせていた。女性に人気のあるS&Cのエプロンを着た店員が護るように近くにいては手が出せないのか、三人に対する嫌がらせは無くなったが、その場で怒りを発散出来なかったエリス達は、ブースに帰ると三人で輪になり、溜まった怒りを吐き出していた。
「三人共、そろそろいいか? 早い処│染み抜きしないと汚れが取れなくなる。甘子、エリス頼むぞ。鶴ちゃん、月良ちゃん作業台に来て」
まだ怒りを発散しきれていない三人だが、渋々│作業台にやって来る。撥水エプロンのお陰で殆ど染みは付いていないが、裾等、僅かに付着した場所を丁寧に染み抜きをする。
「……兄ひぃ、代わっへぇ……」
鶴ちゃんの染み抜き作業をしている俺に、甘子が鼻を押さえながら声を掛けてくる。どうやらエリスの作業中に興奮したらしい……鼻を押さえる甘子に少し呆れながらも新たな鼻血を付けなかった事には評価しよう……
その後は作業も順調に進み、三人の染み抜きが終わると、S&Cブースの入り口で此方の作業を見ていた杏子さん達がブースの中に入り、作業台をテーブル代わりに皆と話し始める。
「へぇ〜S&Cブースこんな感じなんだね? 他より少し広いね?」
「私と杏子が並んだブースは、ちょっと狭かったな?」
「しかし、さっきのアレは何なんだよ! アタシが動けたならぶん殴ってたぞ!」
「……レントさん。大使の貴女に暴れられると此処にいる私達、捕縛課で捕まえないといけませんから止めて下さい」
「……うっ、分かったよ…三左… 」
「三左さん、レントさんの事、知ってるんですか?」
「ええ、一昨日捕縛課に来ましたから、連休明けから捕縛課に配属になります。お願いしますね。蟹」
「……中等部なら、罠や爪がいますよ?」
「三右が決めたのです。花月さんの監視も、このままなら連休明けには終わりますから頼みますよ」
「そう言うことだ。私の事はディトって呼べ。ヨロシクな、志緒先輩」
ニヤリと笑みを見せるディトの隣では困り顔の三左さんが、ため息を吐いている。
「……また変なのが入って来ましたね… 」
「あら、鶴ちゃん。またって、どう言う意味ですか?」
「あら、花月さん。気にしないで下さい。独り言ですよ」
ブースの端で此方を見ていた鶴ちゃんと花月が軽く火花を散らしているが、余り気にしない事にした。作業台では女性陣がワイワイと談笑し始め、俺は染み抜きの道具を片付けながら、たまに杏子さん達に聞かれるミスコンの質問に答えていた。
『只今より、一次審査の結果をモニターで発表致します。各部門、上位三十名の皆様は午後三時より最終審査がありますので、午後二時五十分迄に、出場者控え会場入り口休憩所へお集まり下さい。……繰り返します。只今より一次審査の……』
会場のスピーカーから流れる放送に、ブースの中に僅かに緊張した空気が流れ、女性陣が軽く顔を見合わせると、誰となく、ブースの外へ歩き始める。
「最終審査に通って衣装直したかったら、直ぐにブースに来てくれよ。時間掛かるから」
仕立てブースの入り口を出ようとする女性陣に作業台から声を掛けると、皆一様に笑顔を見せ、手を振ってブースを出て行く。
(……エリスや鶴ちゃん達は、あれだけ嫌がらせされたから、通過は確実だけど、三左さん達はどうかな? 男装部門の楓さんなら良い処まで行きそうだな……)
そんな事を思いながら、ブースの外から響いて来る悲鳴や叫び声に耳を傾ける。落選する人数が圧倒的に多いミスコンだけに、その声はブースからでも十分聞こえる。皆が笑顔で帰って来る事を期待しながら、俺は次の最終審査前の衣装直しの作業準備に取り掛かった。
◆
◆
ミスコンの最終審査開始を目前に、私、佐藤夏樹は二時間程前の一次審査を思い出していた……
志緒から特等米十キロで手に入れたステージ最前列関係者席のチケット。数年前から、私の年一回のお楽しみ。GWのミスコングランプリ……この日の為に生きていると言っても過言では無い。寧ろ私への感謝の為にこの街で開催されている節がある。企画担当の業務課も粋な事をしてくれてるよ。今年のミスコンは参加者が多いらしいけど、私の目に適う参加者がそんなに居るとは思えない。
でも、それだけ人数が居れば、掘り出し物……ダイヤの原石が見つかるかも知れない。例え砂漠にダイヤを落とされても私は見つけて見せる。
そんな意気込みで、私は一次審査を目を皿のようにしてステージを見詰めている。
回転寿司か工場の流れ作業の様にステージを流れては、消えて行く様々な宝石の原石達。中にはゴツゴツした庭石も混ざっていたが、宝石を探す為には土を掘らなくてはならないのだ。原石に比べれば掘り出した土の量が多いのは仕方が無い。新たな原石を見つける喜びに、期待に胸を膨らませ、私はステージを見詰め続けた。
最初に目に止まったのは、金髪ロングヘアーの外国人。スラッとしたあの脚線美は、日本人には真似出来ない。正直、羨ましい……
次に目に止まったのは、昨年グランプリ部門二位の水林さん。モデルタイプの高身長の割に、優しい目元の可愛らしい女性で、ライトブラウンの髪が良く似合う。
そして意外にも、ミスコン初参加の杏子さんや、出場者休憩所の洋食が無料と聞いて出場した翼の姿も見える。杏子さんはガチガチに緊張していて、それが初々しく目に映るし、翼は元が美人なうえに剣術道場の筆頭剣士。歩き姿も綺麗で凛々しかった。
他にも私の琴線に触れるダイヤの原石が何名かいたが、グランプリ部門、最後に現れたアープさんには敵わなかった……
流れる銀髪にワインレッドの瞳。白いワンピースより透き通る様な白い肌。身体の凹凸はそれ程大きくないが、十分、いや、それを遥かに超え、百分に私の目を満足させてくれる。思い出すだけで鼻血が出そうだ。
男装部門の楓さんやテーマ部門の月良ちゃん、鶴ちゃんも、私の心を奮わせる格好良さ、可愛らしさだった。一次審査だけでも天に召されそうだった。
「……夏樹、また鼻血でてるよ……」
「えっ? ごめんごめん。ちょっほ、思ひ出ひはにゃ血……」
私の隣に座る茜から渡されたポケットティッシュを鼻に詰めながら、軽く頭を反らす。毎年、ミスコンには太一と来ていたのだが、一昨日彼女が出来た太一は、『俺には法子さんしか見えない!』等とほざき、茜に代役を押し付けたが、結局法子さんは法務課の仕事で、この会場に来ている。朝にデートを申し込んで断られた太一の顔は見物だった。私の誘いを断るからだ。
「それにしても、最終審査通ったの知ってる人が多いね……エリスは確定だったけど、杏子さんや楓さん、カレンさんもいたよ。月良と鶴ちゃんも選ばれたし……」
「えっ? あの金髪さん、アープさんのメイドのカレンさんだったの?! 」
「……夏樹、何見てたのよ……髪下ろしてたけど、間違いないよ… 」
(……私とした事が脚に目を奪われて顔をよく確認していないとは……でも、綺麗だったな……あの脚……フフッ)
茜とそんな話をしながら、最終審査を待っていると、会場の照明がゆっくりと落ちていき、ステージの上でスポットライトに照らされた司会者が、ミスコンの開始を告げる。
『大変お待たせしました。只今より、ミスコン最終審査を行います。厳しい一次審査を突破し、最終審査に選ばれた各部門三十名の女神達を盛大な拍手でお迎え下さい!』
会場がまばゆい光に照らされると、ステージの上には九十名の女神達が一同に姿を現し、割れんばかりの歓声と拍手が会場に響き渡る。私も茜に止められるまで、力の限り女神達に拍手を送り続けた。
◆
最初に男装部門の審査が開始され、テーマ部門とグランプリ部門の六十名はステージの両袖に姿を消し、スーツや和装に身を包んだ三十名の男装の麗人達が揃い踏む。客席からは男性陣の声援を掻き消す、女性陣の熱烈な桃色の歓声が会場を埋め尽くす。
当然、私の隣の夏樹も、最前列のこの席から立ち上がり、ステージに向かって声を張り上げている。
毎年、太一が夏樹に付き添って来ていたらしいが、その忍耐力には敬意を払う。
正直、一次審査で私はもう、帰りたかった……本当なら愛しい愛しい旦那様の友一と、イベント巡りデートの予定だったのに……結婚後の初めてのGWを二人っきりで過ごしたかったのに、二人でいれたのは最初の2日だけ、神社の仕事やクラスの友達のイベントを手伝ったりして、中々二人の時間を作れなかった。オマケにスピードフラッグでは変なフラッグ引くし、皆が泊まるから普段通りイチャイチャ出来なかったからムカついて、お説教しちゃうし、今日こそ二人で過ごそうとしたのに……まだ、結婚して一月しか経っていないのに、もう少し皆は私達二人に気を使って欲しい。
(……でも、友一優しいから……フフフフッ……これから二人で色々出掛けたり、あんな事や、こんな事とか……もう、ヤダッ! 駄目だよ! 友一ったら……)
「……かね……ちょっと! 茜! 聞いてるの?!」
「えっ? 夏樹? 何か言った?」
「ほら、楓さん出るよ!」
夏樹の声で、ステージを見ると、男装部門は既に終盤に差し掛かっていて、楓さんがステージの中央から最前列に歩いて軽くターンを決めると中央に戻り、司会者の側に立っていた。
最終審査は、一次審査の流れ作業的な審査と違い、出場者が数分間の軽いアピールをしたり、ステージでの司会者の質問に答えたりする形式になっている。どうやら、楓さんは司会者の質問に答える様だ。
『No.26 佐々木楓さんです。それでは、楓さんに質問です。貴女に執拗に言い寄る人がいます。貴女ならどうしますか?』
「ハッキリと断ります。それでも来るならグーで殴ります」
『……次の質問です。貴女に薔薇の花束を持った男性がプロポーズして来ます。貴女ならどうしますか?』
「……殴ります。……わた…」
『どっ、どうもありがとうございましたぁー!』
司会者が慌てて質問を打ち切る。楓さんは続きを言えず納得いかない様子だが、渋々後ろの出場者の列へ戻って行く。
アレでは暴力的な印象しか残らない。たぶん、薔薇アレルギーの事を言おうとしたのだろう。去年、聖が薔薇の花束を渡してぶん殴られたのを思い出す。
観客席では、ある意味男らしい楓さんの態度に女性達から歓声が上がっている。
「楓さーん! 格好いいーよ!」
隣りでも上がっていた………それから残りの数人がダンスを披露したり、質問に答えたりしながら順調に進み、男装部門三十名の紹介が終わると、入れ替わる様に、テーマ部門の緋色と白の巫女装束に包まれた三十名がステージに姿を現す。月良を探すと列の中頃に周りより背の低い二人が並んでいる。
身内は応援するのが氷馬家の家訓だ。夏樹と一緒に二人で声援を送り、手を振ると、鶴ちゃんは笑顔を見せ、月良は真っ赤になって俯いてしまった。私達姉妹の中で一番は大人しい月良には、ミスコンのステージは緊張するのだろう。その緊張を解きほぐす為、私は精一杯の声援を送った。
「月良ーっ! そんな奴らぶっ潰せぇ───っ!」
「何言ってんの! 潰しちゃ駄目よ! 茜!」
「えっ? なんで? その方が早いよ?」
「これは、美の祭典なの! 月良ちゃんも、恥ずかしがってるよ!」
言い争う私達に月良は益々赤くなっていく……どうやら、私の声援が恥ずかしかったようだ。もう少しお淑やかな女性になろう。
愛する旦那様、友一の為に……
◆
「……恥ずかしい」
私は、ぼそっと呟いた……
ステージの上から見える薄暗い客席の最前列では、茜お姉ちゃんと夏樹さんが応援してくれているが、あの応援は運動会ならいいけど、ミスコンでは恥ずかしい……
私の家の家族の応援はお母さんの影響なのか、体育会系だ。茜お姉ちゃんも友一お義兄様と結婚してからは多少、女の子らしくはなったが、家族絡みの応援では男勝りな本性全開だ……
(……もう、恥ずかしいよ……)
◆
私の隣りでは月ちゃんが、真っ赤になって何か呟いていた……
確かにあの応援は恥ずかしいが、家族が一生懸命応援してくれるのは羨ましく思える。春休みにお母さんと、この街に引っ越して来て直ぐに事件に巻き込まれ、志緒さん達捕縛課の皆さんに助けて貰って、色々あったけど、楽しい毎日を過ごしている。月ちゃんとも友達になれたし、捕縛課の人達は面白い人達ばかりだ……
そんな事を考えていると、月ちゃんが司会者に呼ばれ、ステージの前に進む。袖から神楽鈴を取り出すと、鈴を鳴らし舞い始める。神社で何時も練習している月良ちゃんの舞は、とても綺麗で、客席の人達も巫女の舞を静かに見ている。最後に強く鈴が鳴り、月ちゃんがお辞儀をすると、客席から一斉に拍手が鳴り響く。
次はいよいよ私の番たが、正直、遣難い……
あの舞の後では何を遣っても印象は低いだろう。此処は無難に質問に答えて終わらせよう。質問の内容に因っては多少印象に残るだろう……
ステージの前列まで歩き、軽くお辞儀をして司会者の処へ戻ろうと客席を見ると、最前列で手を振る夏樹さんの隣りで、お母さんがカメラ片手に一緒に手を振っていた。
あの席は、関係者に配られる特別席で、夏樹さんはお米と交換して貰ったと言っていた。お母さんにはまだ、そんなご近所の知り合いはいな…………いた……一人だけ……あの二人の隣りに席を取れるお節介な人が……
観客席に手を振り、司会者の隣りへ立つ。
お母さんが見ているなら、格好悪い処は見せたくない。勝ち目が無くても精一杯やってみよう。自信が無くても見てくれる人がいるなら頑張ろう。私は顔を真っ直ぐに観客席のお母さんへ向け、司会者の質問を待つ。
(……全く、余計な事しますね……志緒さん……)
次回 連休(七日目〔後編〕下)




