~31 連休(七日目〔中編〕)
甘子の案内でメイクブースに入った私達三人は、甘子の御得意様の美容師のブースに行く事になった。メイクブースの奥にあるそのブースには〔天使の笑顔〕と書かれたプレートが下げられ、ブースの中では大鐘と同じ、背中に白十字の描かれた赤色のベストに、ジーンズ姿の女性が、ロングヘアーを振り回しながら『チャンチャカ…』と口遊み、体操をしていた……
「あっ、居た居た。麻美さーん!」
甘子が呼び掛けると、体操をしながら振り向いた女性は此方に気付き、暫くボーッとすると、いきなり私に飛び込んで来た。
「きゃぁーーっ!エリスちゃーンガフッ!」
飛び込んで来た女性にカウンター気味に軽く右ストレートをボディに打ち込み、バックステップして拳を構えると、相手はお腹を抱えて笑みを浮かべ、此方を見詰める。
「…しっ…幸せ!エリスちゃんに一発ヤラれちゃった!」
「アハハハ…麻美さん、良かったね〜」
(…何だか嫌な予感しかしない……)
甘子が笑いながら女性の処へ行って、話し掛けている。多少よろめきながら、身体を起こし、麻美と呼ばれた女性は此方を見ると、満面の笑みを浮かべ自己紹介を始める。
「ようこそ、[天使の笑顔]ブースへ!私は奥水学園、大学院二年救護課。阿部麻美。SKC会員です!いやー甘子ちゃん!ありがとー!エリスちゃん来てくれて嬉しいよー!」
甘子に抱き付きながら喜ぶ麻美を見ながら私が呆然としていると、後ろから鶴ちゃんが、小声で話し掛けて来る。
「エリスさん、あの方、どうやら〔SilverKnuckleーCLUB〕のようですね?」
「…なにそれ?」
「エリスさんのファンクラブです。ほら、四月に暴れた学生の件で助けられた学生が作った同好会ですよ…」
そう言えば志緒にそんなのがあると聞いていた事がある。まさか大学院の人まで入っていたとは思わなかった……
「副会長の紹介なら、エリスちゃんは勿論、後ろの巫女ちゃんも気合い入れてやっちゃうよ!」
「…副会長?」
「そうだよ!今まで言わなかったけど私、SKCのNo.2!副会長なんだよエリスさん!」
自信満々に胸を張る甘子に私は呆然としていたが、麻美さんが素早い動きで私達をブースに連れ込み、鏡の前に座らせると、地響きの様な音がし始め、甘子が慌ててブースの外へ駆け出して行く。
「麻美さーん。後お願ーい!」
「任せといてぇー!…さぁーて、忙しいと手ぇ抜いちゃうから、客が増える前にキッチリやっちゃうよ!」
メイクを仕事にしている人が言ってはいけない言葉を言ってるが、月良ちゃんに手際良くナチュラルメイクをする仕事ぶりは腕の良さを感じさせる。二人のメイクを終わらせ、感想を聞く様子は、志緒がお店でやる接客態度と似ていて、相手の事をしっかりと考え、好印象を与える接客だった。月良ちゃんと鶴ちゃんも凄く嬉しそうに麻美と話している。
そして私の後ろに麻美が立ち、髪のセットから始めたのだが……
「……ハア…ハア…コレがエリスちゃんの……ゴクッ。…ハア…綺麗な…銀の髪…ハア…フフフ…」
後ろから聞こえる麻美の声と息遣いが、怖かった……
肩を竦ませる私を、メイクに緊張していると勘違いした麻美が『軽く毛先だけカットするから大丈夫よ。そんなに短くしにいから安心して』と、まともな事を言って来るが、私は違う意味で緊張しているの!貞操の危険で寿命が短くなりそうです!等と思ったが、緊張して言葉にならず。只、コクコクと頷くだけだった……
もう少し、緊張しないで人と話せる様になりたいと切実に思った。
それからメイクを終えた私達は、麻美さんの熱烈な見送りを受け、S&Cブースに戻ろうとしたが、仕立てブースには入り口を塞ぐ様に外まで出場者の長い列が数列並び、ブースに入る事が出来なかった。
「うわぁーっ!これじゃ入れないよ…エリスさん、鶴ちゃんどうしようか?」
「…受付所の側に休憩所があったから、其処のテーブルで休もう」
「そうですね…志緒さんが早めに私達の準備をした理由が分かりました。アレではイベント前に疲れてしまいます」
「あれじゃ、志緒っちは暫く動けないもんね?」
そうして私達は休憩所でイベント開始まで休憩所で休む事にした。出場の受付は始まったばかりだが、着付けや仕立て、メイクブースは人で埋まり、この休憩所もブースの空きを待つ人達で混み始めてきた。
「あっ?こんな処にいたのか?」
声の掛けられた方を向くと、法務課の白い制服に身を包んだ加藤が私達の処へ歩いて来る。
「あっ、法子さん。おはようございます」
「おはよう、月良ちゃん。…アープさん、藤花さん。及川さんや佐藤君は何処だい?視察に来たんだが……」
「ああ、花月さんの監視視察ですね?さっさと志緒さんの監視終わらせて欲しいです」
「…うん」
「仕方無いのさ…夏目との取引だからな。だが、このままなら、連休明けには指定解除になるだろう。それで二人は?」
私達が仕立てブースを指差すと、加藤は大混雑しているブースを見詰め、嫌そうな顔をして此方を見る。
「………彼処なの?」
「仕立てブースの右手前がS&Cのブースです。頑張ってね。法子さん」
手を振る月良に見送られ、加藤は人混みを掻き分け、仕立てブースに突入して行った。
◆
◆
「おい、そこのガキ、その衣装S&C製だな?S&Cのブースは何処だ?」
加藤が人混みに消えるのを見送り、私達はコンテストの話をしながらブースが空くのを待っていると、鶴ちゃんに話し掛けてくる女性がいた。
「何ですか貴女?S&Cブースに御用ですか?」
「ああ、志緒に巫女の衣装頼んでんだよ。知ってるのか?」
「……志緒?もしかして〜昨日、志緒さんに秒殺された依頼人の方ですか〜?」
「あんだと〜ガキ。ブッ殺されてぇーのか?あ〜っ?!」
「あらあら、赤いお猿さんが、何かほざいてますね?お山に帰ったらどうですか?」
「…このガキ!ブッ殺す!」
私は素早く立ち上がると、鶴ちゃんを殴り付けようとする赤髪の女性の腕を掴み取り、静かに見詰める……
「…なっ、何だよ!おま………あっ…ぎっ、銀装エリス…エリス・アープか!」
「銀装?…エリスさん、お知り合いですか?」
「……知らない…それに、今の私は〔銀拳〕よ」
女性は掴まれた手を振り解き、訝しげに私を見る。その顔には微かに見覚えがあった。確か四剣に志緒達がドリアン塗れにされた映像を見せられた時のライダースーツの女だ。髪型が違うが多分ウィッグなのだろう……私の中央学園の字を知っている処をみると、中央学園から来た生徒だ……
「……フン、銀拳ね…アタシも今月からこっちの学園に通う事になった、ディーナ・レントだ。ヨロシク…先輩」
「…ええ」
「レントさん、志緒っちなら、あのブースの右手前に居ますけど…」
「月ちゃん、こんなお猿さんに教える事ないよ…」
「でも、志緒っちはどんなお客さんでも大切にしてるよ?」
「…うっ、確かに……仕方無いです。私が案内します。行きますよ、お猿さん」
「私が行くよ。鶴ちゃんはまだ衣装に慣れてないから、あの人混みじゃ直ぐに着崩れちゃうよ?」
そう言うと月良ちゃんはレントを連れてブースに歩き出す。鶴ちゃんは少しムスッとしていたが、渋々ベンチに座り直すと、私の方をじっと見詰める。
「…あの、エリスにさん……先程あの女の方が、言った〔銀装〕ってなんですか?」
銀装…私の中央学園での捕縛課の字、私の武装の本当の名前。此処に来るまで私が呼ばれた…畏れと、軽蔑の名……
中央学園の事を思い出し、僅かに表情を曇らせた私に気付いたのか、鶴ちゃんは軽く笑みを浮かべ話し掛けてくる。
「別に言いたくなければ、良いですよ。私だってエリスさんに言いたくない事もあります。でも、今は私達の仲間なんですから相談して下さいね」
「…ありがと、鶴ちゃん」
私と一緒に四月から捕縛課に入った同期の少女に笑顔を向ける。
しかし、これではどちらが年上か分からない……次は三右や三左みたいに相談される様になろう。そう思いながら鶴ちゃんとコンテストの話を再開した。
◆
◆
『……以上でミスコンの一次審査を終了致します。グランプリ部門、男装部門、テーマ部門の各部門の結果は昼食後の午後一時に控え会場のモニターに発表致します。各部門上位三十名に選ばれた皆様は午後三時より最終審査を男装部門、テーマ部門、グランプリ部門の順に行います。午後二時五十分迄に出場者控え会場入口休憩所へお集まり下さい。繰り返しお伝え…………』
仕立てブースの一角、S&Cブースの中で、作業台の掃除をしながら一次審査終了のアナウンスを聞いた俺は、糸クズをゴミ箱へ放り投げ、軽くため息を吐く。一次審査中も部門毎に多少時間がズレた為、仕立てブース内は人の列が途切れる事は無かった。それでも一次審査終了間際には仕立てブースに依頼人の姿も無くなり、午後に備えてブース内の整理と掃除をしていた。隣では甘子と花月が縫い針や糸の残数を確認をしている。
「兄貴、加藤さん。昼飯行かない?」
「そうだな…鶴ちゃん達に食事用のエプロン渡さないとな……あっ、甘子。染み抜き準備してくれ。ハンドスチームもケースに入れとけよ」
「はいよ〜」
「志緒、私は他の店長達と食うからお前達で行け。加藤さん、ブーススタッフなら食事は無料だから好きな位食っていいからね」
「ありがとうございます。涼子さん」
俺は撥水加工を施した、コートを反対に着る様な薄手のエプロンを大型ケースから数枚取り出し、バックに詰め、ブースの入口に休憩中の張り紙を貼ると、母さんを残し四人でブースを出て休憩所へ歩いて行く。
予想はしていたが、休憩所には片側五十人が座れるロングテーブルが十列と、六人掛けのテーブル、二人用テーブル等が沢山あるが、出場者で殆ど埋まり、空席は見当たらなかった。
只一カ所、休憩所の飲食店ブースの隅に皿が山脈を築いているテーブルの側を除いては………
「……加藤課長、あの山に行きましょう」
「……何だかデジャヴを感じるな……」
「……そうですね」
加藤課長と花月が遠い目をしながら皿の山を眺めていた……
「おっ?志緒っちーっ!ここ空いてるよー!」
テーブルに近づくと、此方に気付いた月良ちゃんが手を振りながら俺達を呼ぶ。
其処には鶴ちゃんとエリスの他に皿の山を築いた白のワンピース姿の翼と、恐らく翼に対抗してテーブルにダウンしているレントさん。ライトブラウンのワンピースを着た杏子さんと、キリッと黒のスーツを着こなす楓さん。そして意外にもライトブルーのワンピースを着た三左さんの姿があった。
「皆さん出場してたんですか?!」
「うおーっ!皆綺麗だよー!」
「流石に大鐘は来なかったか…」
驚く花月と甘子、加藤課長に、テーブルに座る女性陣は苦笑いを見せている。
「│S&Cブースに来ないから出場しないのかと思ってました」
「私は行こうと言ったんだが、杏子が恥ずかしいから嫌だと言ったのさ」
「ちょっと、楓っ!ちっ、違うよ志緒君!…だってあんなに混んでるなんて思わなかったんだもん……」
ヤレヤレと、からかう感じの楓さんに、杏子さんが赤くなりながら必死に弁明している。その正面で皿の塔を建築中の翼に視線を向けるとミックスフライのランチプレートを嬉しそうに頬張っている。
「わふぁしはえひまえの高級洋ひょく『ガーデン』のご飯が出場ふると食べれると知っひゃから…」
そして、その隣でレントさんがダウンしている姿を花月が見ながら『…前の自分を見ているみたいです』と呟く。最後に三左さんに視線を向けると、コーヒーを飲みながら此方に微笑む。
「明日、合コンがあるので付加価値を付けに来ました」
「……頑張って下さい…」
笑顔で答えるその瞳の奥には獲物を狙う狼の冷徹なオーラが見え、隣のエリスが震えている。
(……あれじゃ、合コンは無理だな…一キロ離れてても獲物が逃げ出すよ……)
とりあえず、エリス達は昼食をまだ取っていない様子なので、持ってきたエプロンを取り出し、着させると、三人は飲食店ブースへ歩いて行った。
「へーっ、志緒君。そんなの持ってきたんだ〜」
「これから必要性が高くなるんですよ。杏子さん。特に、上位陣に入りそうな人達の嫌がらせが毎年何件かあるんです」
「…そんなのあるの?」
「衣装にワザと飲み物零したり色々です。…まぁ、通過儀礼みたいなものですよ。少なくとも一次審査を通過しそうもない人はやられませんよ」
「出場者内の一種のライバル投票みたいなものですね?蟹」
「そんな感じですね。三左さん」
そんな話をしながら暫くすると、昼食のトレーを持ちながら、撥水コートからジュースやコーヒーを滴らせ、顔や胸元にケチャップを付けた不機嫌なエリス達が帰って来る。無言でテーブルに座る三人が拳を握り締め、ぼそりと呟く……
「「「…………殺す…」」」
「「「「「「「………………………」」」」」」」
「……まだ数着ありますから、杏子さん達も着ますか?」
エリス達の無残な姿を目撃したテーブルに居た全員が、俺の言葉に大きく頷いていた……
次回 連休(七日目〔後編〕)




