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銀拳  作者: 月草 イナエ
33/45

~30 連休(七日目〔前編〕)

 

「ふあぁ───っ……眠い…」


 大きな欠伸をして窓から外の景色を眺めると、薄明かりの空に浮かぶ藍色の雲の縁が朝日を浴びて桜色に染まっている。

 首を軽く回し胸を張り、背中の筋肉を解すと振り向いて部屋を見渡す。部屋の半分は様々な種類の布地の入った箱や、組み紐、縫い糸が棚やケースに収められて積み重なり、白いワンピースを着たマネキンが立っている。

 そしてもう半分は綺麗に整理された本棚とベッドが置かれ、ベッドの上には毛布にくるまったエリスの銀の髪が微かに揺れている。

 俺は床に座りベッドに寄り掛かると、足を延ばして睡魔と停戦交渉する。甘子が起こしに来るまでの短い平和になるだろう。

 眠りに就く僅かな時間、昨日の事を思い出す……



 寝付けなかった俺は星でも見ようと窓から夜空を見上げると、エリスから電話が掛かってきた。


『……志緒、ワンピース作って……お願いします』


 突然の要求に俺が理由を尋ねると、ミスコンのメイン、ミスコングランプリに出場を決心したのが、締め切りのギリギリの時間で登録は出来たものの、コンテストの衣装が不足している為、ワンピースは自前で準備して欲しいと受付係に言われたそうだ。それから指定されたイベント用のワンピースを駅東の百貨店や量販店を歩いて探したが、既に業務課が不足した衣装を補充する為、ワンピースを回収した後だった。夜になるまで色々な店を回ったが何処にもワンピースは無く。途方に暮れたエリスは俺の家の前まで来て、電話を掛けてきたのだ………

 それから疲れていたエリスにリビングで軽く食事を取らせ、甘子に着替えを頼み、風呂に入れると、俺は部屋でワンピースを作り始めたのだった…………



「………まったく…最初にこっちに来いよな……」


 頭の上の銀髪を軽く小突いて俺は睡魔の交渉に従いゆっくりと意識を落としていった………




 ……ドアをノックする音が微かに聞こえ、ボーッとする頭で俺が薄目を開けると、俺の目の前に誰かが立っていた…

 頭を少し起こすと、いきなり腹部に何かが飛び乗って来る。


「コレは一体どう言う事ですか!? 折角おはようのホッペちゅーを実行しようと早く来たのに、なんでエリスさんが志緒さんのベッドで寝てるんですか?! 志緒さん!起きて下さい! 起きて! 起きろっ!」


 俺の腹に馬乗りになって襟首を手綱の様に掴んで激しく揺らす鶴ちゃんがいた……


「…苦…しぃ…鶴……ちゃ」


 激しく揺らす鶴ちゃんの肩をポンポン叩き、ようやく揺らすのを止めた鶴ちゃんに事情を話すと、『う〜っ、仕方ないですね〜』と言いながら立ち上がってくれた。

 頭を振られて少しクラクラするが、取り合えずエリスを起こして出掛ける準備をしなくてはならない。

 肩を揺すりながらエリスに呼び掛けると、ボーッとしたエリスの葡萄酒の様な深い紅色の瞳が徐々に焦点を俺と鶴ちゃんに合わせる。そこで意識がはっきりしたのか、俺達を見詰める瞳が見開き、左右に顔を振って俺の部屋だと確認すると勢い良く毛布を引っ張り顔を隠す。


「……みっ、見ないで!」


「見ないでって、言われても……とりあえず起きて準備してくれ。ワンピースは仕上がってるから忘れるなよ」


 毛布から目だけを出して頷くエリスを置いて、鶴ちゃんと一階へ降りて行き、俺は洗面所で顔を洗うとリビングへ入る。

 リビングでは鶴ちゃんと月良ちゃんがソファーに座り、甘子と花月が朝食を作っていた。俺を見た月良ちゃんがニヤニヤしている。


「志緒っち、鶴ちゃんにホッペちゅーされた感想は?」


「…死にそうだったよ……」


「残念ですが、出来ませんでした。志緒さんの部屋には先客が居たので!……フン!」


「……先客?」


 不機嫌な鶴ちゃんに首を傾げる月良ちゃんを見ながら、ため息をいてソファーに座ると、少し顔の赤いエリスと眠そうな母さんがリビングへ入って来る。

 それを見た月良ちゃんが肩をすくめて頭を振っている。


「…まあ、鶴ちゃん……次、頑張ろう…」


 それから俺達は朝食を取り、昨日準備した仕事道具を会場へ持って行く為、近所の八百屋に借りた│CBキャボーと言う二・五m×一・五mのステンレス製の荷台にT型のハンドルと二十cmのタイヤがハンドルの下と後方に二つ付いた小型電気運搬車、簡単に言うと、畳にT型ハンドルと車輪が付いた形の乗り物に道具と鉄巫女を積み込んでいく。


「志緒さん、鉄巫女運んで貰ってすみません」


ついでだから良いよ。それに折角の衣装が潰れちゃうからね。皆、荷物載せたら空いてる所に乗っていいよ」


 ハンドルを握る俺の後ろでは、荷台の鉄巫女の上に甘子が乗り、周囲の安全確認をしてもらい。丈夫な道具ケースに母さんと花月が衣装箱を持って座り、荷台の空きスペースにエリスと巫女装束の月良ちゃん、鶴ちゃんの三人が立っている。


「兄貴、皆乗ったよー発進!」


 見張り役の甘子の合図でゆっくりアクセルを開けて店の前の通りを会場へ向け進み始めた。


 

 大通り第五会場の大型ステージに着いた俺達は、会場の係員に誘導され、会場の裏にある関係者専用入口で入場者チェックを受け、パスカードを貰うと、ミスコン会場の裏舞台。出場者控え会場へ入って行く。

 大型の天幕の中では、まだ出場受付の時間になっていない為、エリス達以外の出場者は見当たらないが、衣装の着付けブースや仕立てブースの入り口には数人の店主や仕立て屋の人影が見える。

 仕立てブースにCBを走らせ、そのまま中に入ると、内部は中央に十分なスペースが設けられ、壁際に、作業台付きの小さなブースがびっしりと並んでいる。その小さなブースには店名の書かれた札が仕切り板に掛けてある。S&Cのブースは、入り口右側の一番手前だったので、端にCBを停めてエリス達を降ろし、俺と甘子は道具を下ろし始める。

 母さんは先に来ていた店主達に、挨拶と情報交換をする為、着付けブースに行き、俺達は道具ケースを開き、ブースの準備を整え始める。


「エリス達は少し早いけど受付を済ませたら、直ぐに戻って来てくれ。客の居ない内に皆の着替えや手直しを終わらせたい。もう少しすると、客が押し寄せて忙しくなるからね」


 俺がそう言うと、早速エリス達は天幕の外にある出場者受付所へ行き、受付を済ませブースへ戻って来る。

 エリスはブースの奥にある簡易更衣室で着替えをし、鶴ちゃんは月良ちゃんに着崩れを直して貰い、互いの髪型を整えていると、更衣室から細身のシンプルな白いワンピース姿のエリスのが現れる。

 光沢を落とした白のワンピースがエリスの銀髪と白い肌を際立たせ、輝いている様に見える。


「うわ〜っ! 鶴ちゃん、何か凄いよ! エリスさん!」


「…くっ! …私も、もう少しすれば…」


「エリスさん! しゃ、写真撮らせてくりゃさい!」


「甘ちゃん! 服に鼻血がつくよ!」


「ん〜っ、余り光沢の出ない布地にして正解だな? エリス、ちょっと立ってろ。ワンピースの裾と肩の所、少し直すぞ……」


 そう言って俺はエリスのワンピースに針を軽く通し、糸で目印を付け、手直しを始める。


「……何か志緒っち、職人モードだね?」


「兄貴ひゃ、いふもだよ? そうにゃないとこれからの大群、捌けないひゃら」


 鼻にティッシュを詰めながら、甘子がもうすぐ押し寄せる出場者の様子を教えている。

 現在時間は午前七時二十分。後、十分もすれば、受付所から出場者が砂糖に群がる蟻のの様に着付けと仕立てブースに雪崩なだれ込んで来る。

 せめてその前に、三人の準備位は整えてあげようと、エリスの補正を終えると、隣のメイクブースに甘子が案内する。


「ハァ〜……今年は全部捌けるかね〜?」


「仕方ないよ……でも、糸とか多く持ってきたし、花月に受付して貰って、三人で頑張るしかないよ……花月、よろしくな」


「分かりました。頑張ります! 志緒さん」


「花月ちゃん、緊張しなくても良いよ。受付の紙に人型が書いてあるから修正箇所に丸付けて、要望を端に書いたら出場者に持たせてこっちに回しな。後はアタシ達に任せりゃ、何とかするよ」


 母さんが花月に受付の説明をしていると、出場者受付所の方から地鳴りの様な音が響き、受付所から大勢の人が此方に向かって走って来る。その音で甘子がメイクブースからS&Cブースへ走り帰って来ると、俺と母さんはゆっくりとブースへ入り、肩を軽く回す。


「花月、そこに居ると巻き込まれるぞ」


 迫り来る出場者に驚き、仕立てブースの入り口から覗いていた花月が俺の声に慌ててS&Cのブースに飛び込んで来る。


「…こっ、怖いです!」


「落ち着け、受付頼むぞ!」


「さぁーて、志緒、甘子。始めるかい?」


 近づく足音を聞きながら、今年のミスコンの開始を実感する。これからブース内の更衣室で着替えた出場者は着付けや仕立て、メイクブースに押し寄せて来る。


(……去年の五割増しなら今年は休憩時間は無さそうだな……)


 軽くため息を吐いて、花月を見ると、もう、一人目の客がやって来ていた。


「志緒さん、裾丈の変更です!」


「此方へどうぞ。用紙をお預かりします」


 営業用のスマイルで客を作業台の側に案内し、用紙を受け取り変更箇所を確認する。


(……膝上10cmに変更っと……)


 裾に素早く縦にハサミを入れスカートの内側に折り込み、しつけ糸で仮止めすると、糸が目立たない様に縫い始め、最後にハンドアイロンで裾をプレスしていく。


如何いかがですか?」


「…うん。良いよ! ありがとね」


 姿見で衣装の確認して貰い、満足気な返事を返す客に頭を下げると、俺に軽く手を振り、次はメイクブースに行くのか、慌ただしくS&Cのブースを出て行く。隣の作業台を見れば母さんがウエストの絞りを甘子と補正している。


「志緒さん、スリーブの補正です」


 花月から直ぐ様、次の依頼が入る。受付の向こうを見れば、既に二十人以上が列を作っていた。花月から用紙を受け取り、次の客を作業台へ案内する。


「お待たせ致しました。此方へどうぞ……」


 客の列は途切れず、俺達が休憩を取れたのはコンテストが始まって一時間が過ぎた頃だった………



 ミスコンも始まり、グランプリの出場者が徐々に会場へ移動すると、仕立てブースも幾分落ち着き、俺達は作業を交代しながら休憩をする事にした。S&Cブースの隅に置かれた小型テーブルでは、仕立て作業を甘子と花月に任せ、俺と母さんが休憩を取っている。

 そして、もう一人。テーブルに突っ伏して加藤課長が休憩を取っていた……



「加藤課長、手伝って頂いて有り難うごさいます」


「…全く、捕縛課は課長が人使い荒いから部下も似るみたいだな。……しかし、昨日視察する予定だったのに行けなかったのは此方のミスだ。……中々、太一君の両親が離してくれなくてな……」


 本当は昨日、花月に対する法務課の視察があった筈なのだが、太一の家が宴会状態になったらしく、抜け出せなかった加藤課長は視察を今日に変更したのだが、此方の余りの忙しさに驚いていた処を無理やり受付を頼み、受付二人に甘子をサポートからフリーに変え、俺達三人がフル活動して何とか客の依頼を捌いたのだった。


「良かったですね。太一を手伝った甲斐があります。後で、太一と店に来て下さい。彼奴あいつとの約束で、加藤課長の服をワンセット作る事になってますから」


「なっ、…本当? そんな事、太一君頼んでたの?」


「今日のバイト代だと思って下さい」


「しかし、このS&Cブースは凄いな……アレだけの人数の依頼をこなすとは……他のブースでは参加者を待たせ過ぎて受付が謝りっ放しだったぞ?」


「今年は出場者が例年の一・五倍だったからですよ。昨日、月良ちゃんにコンテストの受付控えを見せて貰って、慌てて準備したのですが、他の店は知らなかった様ですね……それでも加藤課長の手を借りてなんとかです。本当に有り難うございます」


「礼はいいよ。それで、この後は?」


「一回目の投票で上位三十名が決まったら、ステージでの最終選考があります。その三十名の最終選考前までの衣装直しがこれからの仕立てブースでの作業になります。今度は、結構細かい依頼が多くなるんですよ。優勝が絡んできますからね」


「目の色が変わる訳だ……」


「男装やテーマ部門も同じ感じだ。まあ、今年は出場者が多いから時間係りそうだね? それまではゆっくりしな」


 加藤課長は軽くため息を吐くと、母さんが渡したコーヒーを飲み始め、俺と母さんは席を立ち、甘子達と交代して作業を再開する。ブースにやって来る客の要求を聞きながら、俺は作業に集中していく……



 俺達が、仕立てブースで慌ただしく作業をしている頃、エリス達出場者は、俺達とは違った意味で疲れる時間を過ごしていた………




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