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銀拳  作者: 月草 イナエ
30/45

~27 連休(五日目後編(下))

 太陽の光が西に傾き、夕焼けが雲と空を染め上げる。

 祝勝会の準備が居間と隣の座敷に整い始めた頃、エリス達も神社に着いたらしく、既に到着していた鶴ちゃんと夏樹の、エリス達を出迎える声が玄関から台所に聞こえて来る。

 エリスと花月が台所で春巻きを揚げている俺の隣にやって来ると、武研課での訓練の様子と、レースの感想を話してくれた。


「志緒さん、三位おめでとうございます。今日は[小演]を十mまで伸ばしても制御が出来るようになりました。ロープ位の太さですけれど、火球も三発撃てます!」


「…志緒、今日の花月の監視は異常無しよ。それと、三位おめでとう。でも、志緒は優勝しなくて良かったの?」


 エリスには俺がわざと遅く走っている様に見えたらしい。確かに今回は太一の依頼があったから出場したのであって、特に順位を気にしていなかったのをエリスは気付いたみたいだ。


「ありがとう。今回は参加する事に意義があるって事かな?三位はオマケだよ。それより二人で翼を見張ってくれ。祝勝会の前に料理が無くなると困る。小皿で一つ位なら食べさせて良いぞ」


 そう俺が言うと、二人は笑いながら居間に戻って行った。

 美和姉達と料理を作り終えると、エリス達が座敷に運んでいく。祝勝会のメンバーも大方揃った時、呼び鈴が鳴って台所から廊下に出ると、玄関には千秋課長と、その後に少し隠れるように加藤課長が立っていた。


「志緒さん、遅くなってすみません。法子の準備に手間どいましたので…もう、始まってましたか?」


「お待ちしてましたよ。千秋さん、加藤課長。丁度これからですよ」


 月良ちゃんが居間に通すと、そこにいた全員が少し驚いて、千秋さんの隣の加藤課長をチラッと見ては、嬉しそうな笑顔の太一を交互に見ている。二人は、座敷の奥に座っている秀元おじさんと春美さんの処へ行き、先日の花月の事件の御礼と感謝を伝えている。


「あれは、志緒が依頼してきたから気にしなくていいよ。こっちも娘達の修行になるからね。料理も出来たし、そろそろ始めるから席に着きな」


 春美さんが祝勝会を始めようと動き始めたので、居間にいた全員が座敷のテーブルに集まり出す。秀元おじさんに勧められ、太一がテーブルの中央に座ると、俺は二人分離れて座り、俺の隣に千秋さんと加藤課長を呼ぶと、嬉しそうに俺の隣に千秋さんが座り、太一の隣に緊張気味な加藤課長が座る。それを見た残りの全員が軽く目配せをすると、それぞれに空いている席に座ろうとする。太一の隣に夏樹が座り、俺の隣にエリスが座ろうとして、鶴ちゃんと花月に腕と肩を掴まれる。


「「隣は私です!」」


 三人が互いに見つめ合い、三竦みになっている隙に、美和姉が俺の隣の座布団に滑り込む。


「鶴ちゃんとエリスちゃんは志緒の正面、花月ちゃんは私の隣、早く座らないと、ドンドン志緒から離れるわよ?」


 席を奪われ、悔しそうにしていたエリス達は、美和姉の提案にムスッとしながら三人は互いに頷き、それぞれ席に着く。

 エリス達が美和姉に暴れ出さないかと心配していた俺の肩を美和姉が、ポンポン叩く。


「今日は志緒と太一が主賓なんだから余計な気を使わないでドーンと、座ってなさい」


「美和姉…チームでやったから、友一達も主賓なんだけど?」


「入賞者の方が格上なの!」


 自信満々の笑顔を見せる美和姉を見て、友一と聖が笑いだす。


「志緒、俺達の事は気にするな。そこでは落ち着いて飯が食えないだろう?」


「双一朗こそ、新婚の邪魔するなよ?」


 首を傾げる双一朗と聖を見て、友一が顔を逸らしていた。


「志緒君、早く始めようよ。お腹空いたよ〜」


 鶴ちゃんの隣で空腹に耐えかねた翼が、目の前の大皿の炒飯を小皿に移していた……


「…マズッ、太一!乾杯の挨拶しろ。翼が限界だ!短くて良いぞ!翼、まだ食うな!皆、グラス持って!」


「おぉ!…皆のおかげで、優勝出来た。ありがとう!乾杯!」


 太一の本当に短い乾杯の挨拶に、皆が笑顔でグラスを掲げて「カンパーイ」と、声を合わせる。


 よく冷えたジンジャーエールを喉に流し込み、一息吐いて、何か食べようと箸を持つと、俺の両手が左右から抑えられる。右隣の千秋さんから海苔巻きが、そして、左隣の美和姉が春巻きを持っている。


「志緒さん、あ〜んですわ…」

「志緒、口開けて…」


 左右から近づく海苔巻きと春巻きに微妙なプレッシャーを感じていると、更にテーブルの正面からエリスと鶴ちゃんが腕を目一杯伸ばし、箸に突き刺さった唐揚げが二個、目の前でプルプル震えている。


「…志緒、早く…」

「志緒さん、どうぞ…」


 唐揚げが目に刺さりそうで腰を僅かに引くと、背後に熱を感じ、振り向くと、焦げた海老フライを咥えた火の蛇が退路を断つ。


「温めておきました。どうぞ、志緒さん」


 美和姉の隣で鞘から[小演]を抜いた花月が笑顔を向ける。





 …何故だろう……生きた心地がしない……





 結局、俺は[鉄巫女]の鎖で後ろ手に縛られ、順番に料理を食べさせられている。どう見ても主賓では無く、囚人扱いに近い………

 月良ちゃんに「フォアグラのガチョウみたいです」と言われ、鶴ちゃんは「鎖はトイレの時だけ外してあげます」と、言っていたので、その時に逃げ出そう………



 一時間程過ぎると、美和姉達は満足したのか[鉄巫女]の拘束から俺を解放してくれた。

 トイレに行って、身体を│ほぐしながら居間に入り、座敷を見渡すと、テレビでスピードフラッグの録画番組が始まったらしく、皆がテレビを見始めた。

 しかし、俺の視線はテレビではなく、座敷で祝勝会開始直後から微妙な雰囲気を作っている空間を見詰めていた。



     ◆

     ◆

     ◆ 



 昨日から兄貴、太一の様子が│可笑おかしかった……

 最初はバイキングで酔っ払いに頭を殴られた│所為せいだと思っていたが、洗面所で血の付いたショーツを洗っていたのを目撃して、動揺した……

 頭が真っ白になって家を飛び出し、途方に暮れ、志緒に相談すると、私の勘違いだと分かった。もの凄〜くムカついて家に帰って速攻で太一をぶん殴ったが、油断して逃げられてしまった。

 夜に帰って来たので文句を言おうとしたら「明日の為に早く寝るから邪魔するな!」と言われ、ムカついたのでまた殴った。

 朝に私が目を覚ました時には太一の姿は無く、家の穀物店の手伝いをしながら午前中を過ごしていると、近所のおっちゃんやおばちゃん達が店先を通る度、「太一が、頑張ってたぞ」とか、「予選通過おめでとう」と、声を掛けていく。

 不思議に思って聞いてみると、スピードフラッグに参加しているらしく、午後の本戦に出るようだ。

 急いで本戦のネット中継を見てみるとスタートの前らしく、太一を探すと、選手達がアップをしている側で、しゃがんで円陣を組んでいる馬鹿な奴等がいた……

 顔は見えないが円陣からはみ出る武装と身体の感じで、双一朗と志緒みたいだから友一と聖もいるのだろう……あの五人で企むなら、上位入賞は確実だけど、何を企んでいるのか気になった。

 ネットで入賞の賞品を調べてみると、ペア旅行券と賞金だったが、あのメンバーにペア旅行の必要性は感じられなかった。強いて言うなら、友一が茜にプレゼントするのが一番可能性がある。

 私は携帯を取り出すと、茜に電話してみた。


『…あ、夏樹?どうしたの?』


『…あのさ、スピードフラッグに太一達出てんだけど、何か知ってる?』


『えっ?知らないの?昨日、太一が│神社うちに来て、入賞の賞品欲しいから力貸してくれって、友一に土下座してたよ』


『太一が?!』


『うん。どうせ、志緒達も一緒だろうから、私も友一に旅行券欲しい!って、お願いしちゃった。今、一家で応援中よ!』


『………ヘェ〜』


(一家で応援中って、プレッシャー半端ないな、友一……)


『…イャアァ─────ッ!』


『どうしたの?茜!』


『友一と太一が!!』


 茜の声に中継を見ると、友一が[恋人募集中]のフラッグを背負い、太一が[火鷲神社]のフラッグを背負っていた……

 電話の向こうでは春美さんのとても物騒な声が聞こえる……


『そ、それじゃあ、茜。応援頑張ってね!』


 そう言って私は通話を切ると、中継を眺めながら、太一が旅行券を必要とする│理由わけを考えたが、サッパリ思い付かなかった……

 


 でも、表彰式の中継を見て、聞き間違えようの無い…太一の告白を聞いて…私は、泣いてしまった……

 ……何故泣いたのかも分からない……

…でも、悲しかった……


 それから、太一から電話があって、祝勝会に参加して、太一の隣で笑う、あの人の顔を見て分かった……

…私は、太一を取られたく無かった……

…お兄ちゃんを取られたく無かった……

 双子で生まれた私達、ずっと一緒だったもう一人の自分と、離れたく無かったのだ………



     ◆

     ◆

     ◆





 何時もならエリス達と騒ぎ出す夏樹が、太一と加藤課長を見ながら静かにしているのを見ていた俺は、夏樹にデザートを運ぶ手伝いを頼む振りをして、座敷から夏樹を台所へ連れ出し、椅子に座らせてジュースをテーブルに置くと、夏樹はグラスを両手で持ってグラスの端を指でなぞる。


「…夏樹は、加藤課長が気に入らない?」


「……ちょっと違うかな?…何て言うか、仲の良い友達が引っ越す感じかな?」


「加藤課長じゃなくて太一の方かよ…」


「あれよ、あれ!花婿の母!息子を送り出す心境!」


「まだ、告白の返事も未だなのに送り出すなよ!」


「…その辺は見てれば分かるよ……加藤さんはOKする。…その…私も一応、女だし……」


「まぁ、俺もそう思う…」


 夏樹は軽くグラスを回しながら一口ジュースを飲む。


「……でも、変な感じ…嬉しいけど寂しい。寂しいけど嬉しい…」


「夏樹にも彼氏が出来れば、太一もそんな感じになるさ…アイツはシスコンだからな。│むしろ、相手の男に決闘でも申し込むね!」


「人の兄貴を変態にすんな!」


「い〜や、アイツはシスコンだね」


「何で断定すんだよ!」


「妹に彼氏が出来た時の為に、イギリス旅行のプレゼントを今の内から準備するアホ兄貴…だからかな?」


「イギリス旅行?!」


「…ああ、『│旅行券もので釣って告白が成功しても、そんなのは男らしくない!』だと、それで、旅行券はどうするって言ったら『夏樹の彼氏に叩きつける!』って言ったから、早く叩きつけてもらえよ?」


 それを聞いた夏樹は眉毛を小指でカリカリと│くと、口角を僅かに上げる。


「……ちっ…シスコンかよ」


「嬉しそうだな?」


「…べっ、別に嬉しくなんかないよ!何、変な事言ってんだよ!」


「…さてと、夏樹が元気になったし、デザート運ぶの手伝えよ」


「……クソッ、お節介│じじいめ…」


「…誰が爺だ!」


 


 笑みをこぼす夏樹とプリンを運び、座敷に戻ると、聖が氷馬の女性陣に袋叩きに遭っていた……

 どうやら、聖と氷馬神社のフラッグを背負った女性と聖が闘っていた場面が、テレビに映っていたらしく、俺の姿を見つけた聖が、必死に俺の後ろに隠れる。


「志緒っ!助けて!!双も友一も助けてくれないんだよ〜!」


「…分かったから腰にしがみつくな…聖も配るの手伝えよ」


 聖とプリンを配りながら夏樹を見ると 、加藤課長にプリンを渡しながら笑顔で何かを話している。


「志緒、夏っち、調子戻ったみたいだね〜何話したの?」


「あ〜、シスコン馬鹿の話さ」


「皆、心配してたからね〜」


 聖と話しながらプリンを配り終え、テーブルに着くと千秋さんに小声で話し掛ける。


「千秋さん、加藤課長はまだアレの返事してませんよね?」


「ええ、浮かれてましたから返事は聞かなくても判りますが、ハッキリ言わないと太一さんは不安でしょう?」


「あの感じだと必要無さそうですけど、もう直ぐテレビで表彰式やりますから、その時で良いんじゃないですか?」


「フフッ、今度は逃がしませんわ…」


 そう言って千秋さんは席を立つと、加藤課長の後ろへ移動する。

 テレビでは太一が櫓にフラッグを差した処なので、もう直ぐ表彰式が始まる筈だ。俺は太一を呼び、テレビの右側に立たせると、千秋さんと夏樹が加藤課長をテレビの左側に立たせ、二人は一歩下がって両側に立ち、退路を塞ぐ。

 祝勝会に集まった全員がニヤリとした笑顔を向ける中、俺は太一の肩を軽く叩き、少し離れて座布団に座る。

 テレビでは、首にメダルを掛けた太一と加藤課長が向き合っている。

 太一は軽く頭を掻くと、背筋を伸ばし加藤課長を見詰める。




「法子さん、俺は、佐藤太一は貴女の事が好きです。俺の彼女になって下さい!」



 太一はあの時と同じ、真っ直ぐに加藤課長を見詰め、加藤課長も同様に真っ赤な顔で、太一を見詰める。

 ただ、あの時と違うのは、加藤課長がゆっくりと一歩前に踏み出した事だ。


「……わっ、私は君に謝らなければならない。…は…初めて告白されたので、動揺して逃げてしまった……ごめんなさい!………そっ、それで……あの……その…たっ、太一君!………わっ、私のきゃ、か、かし…彼氏になって下さい!」


 少し不安げな真っ赤な顔の加藤課長に太一はゆっくりと近寄り、手を優しく握ると、「もちろん」と満面の笑みを返していた。





 それから祝勝会は、二人の告白おめでとう会に変わり、今は氷馬の巫女の恋愛成就の舞を茜がお祝いに二人の前で舞っている。

 それを眺めながら双一朗達とグラスを合わせる。


「…何とか上手くいったな?双一朗」


「ああ、これで、依頼は完了したな?」


「はぁ〜レースの後の方が酷い目にあったよ〜」


「…ああ、俺も茜を│なだめるのが大変だった……」


「あとは、賞金の山分けだな?太一の賞金の半分二十五万と志緒の十五万の四十万を俺達四人で分けるが、それで良いか?」


「OK〜」

「いいよ」

「お前の取り分多くないか?…」

「志緒も前半いなかったろ!」


 男達の最後の会合も終わった処に、玄関から誰か入って来る音がする。

 座敷の襖から頭だけ出して廊下を見ると、朝花さんと杏子さん、楓さんが歩いて来る。


「あーっ!ただいまー志緒君!三位おめでとー!月良からメール貰ったけど、占い館七時までだからさ〜杏子達も丁度、店終わったから誘って来たよ〜」


「志緒君〜おめでとう!パン持って来たよ〜」


「杏子が来たのは表彰式のチューが気になったからだよね?」


「ちっ、違うぞぉー!楓!」


 座敷に入った三人は居間のテーブルにお土産を置いて、春美さんに挨拶をしている。


「…志緒?どこに行くの?」


 座敷から出ようとした俺にエリスが話し掛ける。


「ああ、杏子さん達来たから何か作って来るよ」


「……手伝うわ」


 エリスと一緒に台所に歩き始める。楽しい宴はまだまだ続きそうで、もう少し品数を増やしても大丈夫だろう。エリスも片手鍋を持って、何か作ろうとしているし、二品位なら丁度いい。


「…エリス、何作るの?」


「……サニーサイドアップ」


「大人しく座ってろ……」


 少しムッとした顔のエリスを放置して、野菜を切り始める。



 座敷から響く楽しげな笑い声は、夜遅くまで途切れる事は無かった。

 

 

 

 



次回 連休(六日目)

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