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銀拳  作者: 月草 イナエ
24/45

~22 連休(三日目)

 GW三日目、私、加藤法子(ほうこ)は、課長会議でAランク指定対象になった及川花月の監視を視察し、監視業務が正しく行われているか確認する為、監視者、捕縛課佐藤志緒の家を訪れようと朝の商店街を歩いていた。

 まだ午前七時という事もあり、人通りはまばらだが、イベントや屋台の準備をする人達が商店の前に集まって動き出していた。

 昨日の連絡で午前中は、あの女性に人気の有名店S&Cで仕事をし、午後に学園に行くと言っていた。何故、捕縛課の男がS&Cで働いているのか疑問に思ったが、私も一度は入って見たいお店だったので、九時に行くと告げていたのに、楽しみで早く来てしまった……一応、監視の視察だと自分を落ち着かせ、店を目指して歩いて行く。通りを抜け、暫く行くと、落ち着いた雰囲気の木造店舗が見え、店の前を誰かが掃除をしている姿が目に止まる。Yシャツに茶色のパンツ、黒いエプロン姿の男性が此方を見て、頭を下げているので、つられて会釈をして男性に近づいて行くと、笑顔で話し掛けられた。


「司法課課長の加藤法子さんですね。私は捕縛課の佐藤志緒です。本日は御忙しい中、ご苦労様です。随分、お早いですね?」


 驚いて、もう一度男性をよく見ると、確かに何処となく幼さの残る和やかに笑う表情は年下の様に見えるが、全体の雰囲気は年上の様にも感じられ、興味深く見てしまう。

「朝食はまだですか?良ければ御一緒にどうですか?」


 いきなり朝食に誘われ驚いてしまうが、指定対象の及川がいるので断る訳にもいかない。悩んだ末に誘いを受ける事にすると、彼は笑顔で「助かります」と嬉しそうにしている。何が助かるのか分からなかったが、彼の案内で店内を通り、裏庭に出て向かいの家の勝手口へ入って行く。どうやら、この裏庭を挟んで、店と家が繋がっている構造の様だ。勝手口を上がり、キッチンに出ると、エプロン姿の夏目三左が味噌汁を作り、隣では大山文音が、フライパン一杯に目玉焼きを焼いている。私が呆然としていると、彼は「おはようございます」と夏目と大山と挨拶をすると、リビングに行き、そちらでも挨拶をする声が聞こえて来る。


「…何で貴女達が居るのですか?」


「昨日から居たからだよ。法子」


「ええ、あっちにもいますよ」


 味噌汁を味見しながら夏目(妹)がお玉でリビングを差す。恐らく夏目(姉)が居るのだろう、差された方向に進むと、テーブルの周りに置かれたソファーに、胡座(あぐら)をかいて、仮想モニターで新聞を読む夏目(姉)と、優雅にミルクを飲む大鐘が此方を見る。


「おっ、法子来たんか?おはようさん」


「あら、浸食胸が来ましたわ。御一緒にミルクでも如何ですか?」

 行儀の悪い女とムカつく女が、まるで自分の家の様に振る舞っている。どうして此処に他の課長達が居るのかさっぱり分からない……

 私が悩んでいると、リビングに綺麗な銀髪の女と、髪を束ねたスタイルの良い女が入って来る。更に後ろから及川花月に肩を借りて鼻にティッシュを詰めた女が現れる。


「何ですかコレは?」


「ぼーっとしないで座ってよ。浸食」


「早く座って下さい。加藤課長」


 私の横をフライパンを持った大山と鍋を持った夏目(妹)が通過する。二人は手際良くテーブルに朝食を並べ、及川が(よそ)うご飯を夏目達が流れ作業で回して行く。

 立ち尽くす私に、リビングに入って来た彼は席を勧め、私は夏目(姉)と髪を結った女の間に座り、彼は大鐘に引っ張られ、彼女と夏目(姉)の間に腰を下ろす。銀髪女と及川が、大鐘に文句を言って睨んでいるが、夏目(妹)に止められ、ムスッとして、納得いかない様子だ。


「早く食べましょう。お腹が減りました」


 隣の女が行儀悪く、箸を持って催促している。「朝食は大事です」と言っているが、そう言う女に限って、朝食を確り食べない場合が多い。食卓を囲むメンバーも理解しているのか、一瞬、表情が険しくなって視線を交わし合っている。


「…それじゃあ、加藤課長。挨拶をお願いします…」


 彼が笑顔で頼むので、手を合わせて挨拶をする。


「いただきます」


 私は確りと瞳を閉じて、感謝の気持ちを込めてから目を開けると、私の前に置かれていた大皿のサラダが半分消えていた………

 不思議に思ったが、余り気にせず、味噌汁を飲み、オカズを食べようと皿を見ると、大皿にあった大量の目玉焼きが消えていた………

 慌てて、隣の女を見たが、ご飯を勢い良く食べている……反対の夏目(姉)を見ると、小皿に、目玉焼きとソーセージが乗っている……周りを見ても全員が小皿か、ご飯の上に目玉焼きとソーセージが乗っている。


(……いきなり来たから数が足りなかったのかな?)


 気を取り直してソーセージを取ろうと、皿に箸を伸ばすと、其処にはソーセージも、下に敷いてあったレタスも消えていた……


(えっ?…さっきまで、十本以上あったのに………)


 自分がおかしくなったのか?さっきまであった料理が、目を離した瞬間に消えている。周りの誰も料理が消えている事に気付いていない……


「…あっ、あの…オカズが…無いです」


 おかしいのは自分では無い……オカズが消えるなんてある筈無い…勇気を出して、隣の女に聞いてみる。


「オカズ?オカズは食べれば無くなるでしょ?」


「…そっ、そうだよね。食べれば無くなるよね…」


 当たり前の事だ…食べれば無くなる。消えたんじゃない。誰かが食べたから無くなったんだ……

 少し落ち着いてご飯を食べようと茶碗を持つと茶碗の中のご飯が消えていた……


「ご飯が消えたぁ――――――っ!!」



「「「「プフッ…フフフ、アハハハハハハ」」」」


 腰を浮かせて驚く私に、夏目姉妹と大鐘、大山が笑い声を上げる。


「…翼、いい加減にしろよ」


「うっ、うん。お腹減っちゃって…つい」


「いや〜驚いてる法子見るんわ、久しぶりや、アハハハ」


「何時もそれ位、愛嬌が有れば良いですわ…フフフ」


「中々レアだね…アハハハハ」


「フフフッ…目玉焼き焼いて来ますね…」


 …どうやら、隣の女がオカズやご飯を盗み食いしていたらしい……司法課に中等部から配属して課長になってからは、法の管理人としての威厳を見せる為、冷静沈着、厳正な対応を目標に頑張っているのだが、この四人の前だと、どうも調子が狂ってしまう。彼は、翼と呼ばれた隣の盗食女に注意をすると、私に謝罪をする。


「すみません、加藤課長。隣の(バカ)は内臓が胃袋だけなんです」


「ごめんなさい……御返しします…」


 盗食女は茶碗のご飯からソーセージを二本掘り出すと、私の茶碗に置いていく……ご飯の中にまだソーセージが残っているのが見えたが、もう…どうでも良かった……






 S&Cの落ち着いた木造の店内には、スーツやドレス、カジュアルウェア、パンツ、ランジェリー等の服が並べられ、隅の方にはツナギ服まで飾られていた。


 (…オーダーメードのツナギなんて、誰が着るのだろう?)


 朝食を済ませ、店の手伝いをする及川の様子を視察する為に、店内に用意された椅子に座っていたけれど、暫くして物珍しそうに店内を見て回る私に、彼はスーツを仕立てながら話し掛けて来る。


「加藤課長は店に来るの初めてですか?」


「噂は女子の間で聞いていたけど、必要性が無かっただけよ…」


「好きな色は何ですか?」


「若草色かな?」


 彼は、私の近くの棚から若草色の物を選ぶと、試着室へ案内する。


「来店サービスで差し上げますから着てみて下さい」


「…サービスって…貴方の持ってるの下着なんだけど……初めて会った女性に下着を渡す神経を疑うわ……」


「近くにあった若草色はコレだったので…」


「……まあ、噂通りか確かめてみるか…覗いたら指定対象に認定するから離れていて」


 女子の噂では、S&Cの下着は凄く履き心地が良いらしく、一度履くと他の下着が履けなくなるらしい……内心、かなり興味はあった。そんなに違う物なのか?半信半疑だった処に、思わぬ好機到来だ。もし、違うなら叩き返してやればいい。スカートに手を入れて脱いだ下着はポケットに入れ、渡された若草色の下着に脚を通して一気に上げる。


 (………………………………すっ、凄い!………凄く、気持ちいい!気持ちいい下着なんて初めてだ…………肌にフィットと言うか、ピッタリ来るけど、苦しく無いし、肌触りもさっき履いていたのとは雲泥の差!絹と紙ヤスリだ!こんなにも違うの?確かにコレなら、他のなんて、履け無くなるわ………)


 試着室の中で驚いていると、外から彼が声を掛けてくる。


「…どうですか?」


 試着室のカーテンを開き、此方に背を向けてスーツを仕立てる彼の背中を睨みつつ、靴を履く…


「……世界が変わったわ…」


「次回の御来店を楽しみに御待ちしております」


 笑っているのが背中を向けていても理解できた…でも、彼が背中を向けていてくれて助かった……試着室を出る前に鏡で見た自分の顔は、余りの履き心地の良さに興奮して、真っ赤になっていたのだから………





 私は何をやっているのだろう……下着の履き心地に浮かれて、午前中は監視の対象、及川花月を殆ど見ずに、彼が勧めて来る服を次々と試着して楽しんでしまった……司法課に配属され、目立つ服やヒラヒラした服を避け、シンプルな服を選んでいた反動か、彼から渡される華やかな服を着ては、感想を求められ、彼の妹が写真を撮り、段々楽しくなって気付けば十五着も試着してしまった……

 午後は武装研究課へ行く予定だったので、大通りのバイキング会場で昼食を取ってから行く事になり、賑やかな会場は、まだ昼前だが家族連れや、学園の仲間同士、観光客の人達がテーブルを囲み、バイキングを楽しんでいる。

 ホワイトシチューとパンを乗せた皿をテーブルに置くと、午前の視察を思い出し、頭を抱えてため息を吐く。


「加藤課長、体調が悪いのですか?」


「違うわ、ちょっと自己嫌悪になっただけよ…」


「たまには肩の力を抜いて、息抜きも必要ですよ…」


「…美味しい…モグ…ご飯を食べれば…モグモグ…元気に…モグ…なります…モグモグ」


 隣の盗食女は、テーブルに持って来た料理を次々と口へ運び、皿の山を作り始める。彼の隣の銀髪女と及川は、パスタやサンドイッチを食べながら、此方の話しに耳を傾けている。


「…そう言えば、夏目達は何で君の家に居たんだい?今日の視察の対策会議かい?」


「…いえ、甘子…妹が、無理矢理三右さん達を泊めたんです。加藤課長が来るのを伝えていたので、それなら皆で朝食を食べよう…と、……大変でした…」


「…そうか、大変だったな…」


 彼は少し遠い目をしている……あのメンバーでは余程大変だったに違い無い。

 二人でため息を吐いていると、後ろの方から女性の悲鳴が聞こえる。銀髪女が、テーブルに立ち上がり悲鳴が聞こえた方向を見詰めている。


『…志緒、翼、五人位で乱闘してる…剣が3、槍1、盾が1…あの盾…夏樹だわ…』


 耳に付けた通信機で、銀髪女が誰かと話している。正面を見ると、彼と盗食女の姿が消えて、及川だけがいた……


 (あの一瞬で動き出すとは、流石捕縛課だ…)


 彼らが向かった方向へ、私も動き出した。司法課が居れば、現場の状況把握、罪状の判断がやり易くなる筈だ。



    ◆

    ◆





 混み合う人垣をすり抜け、悲鳴の聞こえた方向へ走って行く。


『…志緒、翼、五人位で乱闘してる…剣が3、槍1、盾が1…あの盾…夏樹だわ…』


 エリスから通信が入る。俺と翼なら楽勝だろうが、夏樹がどんな経緯で乱闘に絡んでいるかが問題だ…多分、太一も一緒にいる筈だし……

 人混みを抜けると、乱闘者と野次馬の間は巻き添えを恐れて、広い空間が空いていた。武装を手にした男達が四人、ガラは悪そうで酒に酔っている。夏樹が地面に倒れている人を庇いながら、酔っ払いの攻撃を防いでいた。


『エリス、負傷者一名。一応、救護班呼んでくれ。相手は酔っ払いが四人と夏樹だ。直ぐ片付ける』


 通信を終えて走り寄り、手前の酔っ払いの槍を掴んで腹に拳を打ち込み、気絶させると、酔っ払いに向かって声を上げる。


「捕縛課だ!武装を放して、手を頭に乗せろ!これ以上騒ぐなら容赦しない!」


「おっ、志緒!ナイスタイミング!太一がやられた」


「救護班呼んだから安心しろ」


「なんだオメェー、邪魔すんな!」

「このアマ、ぶっ殺すぞ!」

「格好つけんな!ガキ」


 折角、穏便に済ませ様と思ったが、相手は聞く耳を持たず、此方にフラフラと歩み寄り、俺を囲み始める。


『翼、左の奴頼んだぞ』


『了解』


 俺の周りを三方から剣を持った男達が囲むと、左にいた男が、突然現れた翼に蹴り飛ばされ、正面の男を巻き添えにして地面を転がる。


「…どうする?まだやるか?」


 残っている男に質問すると、倒れる仲間を見て酔いが覚めたのか、青い顔になった男は剣を放して頭に手を置く。


『エリス、鎮圧完了。警備課に連絡入れてくれ』


『…もう、したよ。今、そっち行くから…』


 通信を終え、通信機を外すと、機嫌の悪い顔で男達を見下ろす翼に近寄る。


「一撃終了か…つまらない…」


「翼、俺が二人の予定だったろ?」


「食事を邪魔したサービスよ」


 そう言って、転がっている男達を拘束し始めたので、俺も近くの二人を後ろ手に拘束すると、人垣から現れた加藤課長が太一の処に行って、額から流れた血を、取り出したハンカチで抑えている。

 人垣から、警備課と救護班が現れて、警備課は俺達の傍に来ると一礼して、男達を連行し、状況を確認する為、夏樹に経緯の説明を受けている。救護班は、太一の額を治療しながら、隣にいる加藤課長と怪我の状態を話している。時折、笑顔を見せているので太一の怪我は大した事は無い様だ。

 俺と翼は、太一に近寄り、怪我の具合を確かめながら、話し掛ける。


「よぉ、お前がやられるなんて珍しいな?太一」


「…志緒と翼か?夏樹と飯食ってたら、いきなり後ろから殴られて…面目無い」


「油断したね、太一君。周りの気配を常に把握しないからだ」


「彼は君の知り合いなのか?」


「ええ、今、警備課と話している夏樹と太一は、友人ですよ。どうやら、酔っ払いにいきなり暴行された様ですね…」


「額の傷はそんなに酷くは無いが、頭部だから念の為、救護センターで検査をした方が良いだろう」


「分かりました。翼、夏樹と太一をセンターまで連れて行ってくれ、救護班に頼めば学園まで車で乗せてくれる筈だ」


「うん、了解した。太一君、行くぞ」


「…翼…怪我人なんだから手ぐらい貸せよ…あの、司法課の方ですよね?どうもありがとうございます。ハンカチ、後で返します」


「あげるよ、気にしないでくれ。それでは、そろそろ私達も行こうか?」


 人垣の向こうから、エリスと花月が此方に走って来る。


「……出番無し」


「十分だよ。捕縛課は出番無い方がいいの、さあ、学園行くぞ」


 俺達は、まだ喧騒が収まらない会場を抜け、大通りを学園へ向けて歩き出した。



    ◆

    ◆



 私達四人が捕縛課に到着すると、室内には、朝に会ったメンバーがソファーに座り、お茶を飲んでいた……朝食を食べた時と同様に、代わり映えしない光景にため息を吐きながら、ソファーに座る。


「ご苦労様。法子」


「何だか朝と同じだね、三左」


「私達は午前から学園に来て、さっき昼食を食べに集まったのです。法子、午前の視察はどうでした?」


「楽しかったわ……い、いや、実に有意義な視察だった」


「何したんや?蟹?」


「ファッションショーですよ」


「いや!違うぞ!ちょっと試着しただけだ!」


「証拠写真です」


「あっ!駄目っ!見ないで!」


 彼が三右に渡したデジカメを、取り返そうと手を伸ばすが、三右達が輪になって、デジカメを覗いている……


「…随分、楽しそうやね…」

「…何ですか?このカメラ目線…」

「いいな〜私も着てみたい…」

「…コレを全部試着したのですか?」


 …私を見る四人の目が、とても恐ろしい目になっている……

 命の危険を察知した私は、直ぐ様、彼と及川の腕を掴むと捕縛課を飛び出し、武装研究課に走り出した。


「視察しろや!ボケッ!」

「仕事しなさい!浸食胸!」

「もっと(えぐ)れろ!」

「職権乱用じゃ!ドアホ!」


 後ろの捕縛課の入り口では、三右達が此方に向けて罵声を浴びせる。


「暫く、あの四人には近寄れませんね…」


「君の所為でしょ!」


「…そうですか?」


 私の抗議を彼は(とぼ)けながら答えている。確かに、一、二着で止めておけば良かったのだが、あの肌触りが私を狂わせたのだ……



 武装研究課に到着すると、相変わらず散らかっていて、通路の狭さにうんざりする。奥から現れた木嶋に文句を言い、及川の武装訓練を彼と見学する。

 実際に彼女の武装をこの目で見るのは初めてで、短刀の赤い膜が蛇の姿に変わり、動き出すのをモニター室のガラス越しに、食い入る様に見詰めた。

 自我を持つ武装と聞いていたが、大鐘の持つ、[青鳥]の優しげな雰囲気とは全く違い、獲物を狙う瞳の冷徹さと、炎を纏う獰猛さが混在する雰囲気が感じられる。武装は使用者の経験や内面を現すと言われているが、彼女の内にあの蛇の様な心が在るのだろうか……

 訓練とデータ収集は休憩を挟み、十六時頃まで行われ、彼等とは武研課の入り口で別れた。逃げる様に捕縛課から出て来た為、夏目達に顔を会わせづらいし、司法課に戻って、視察の報告書を書かなくてはならない。

 別れ際、次回の視察は追って連絡すると、彼と電話番号とアドレスを交換して、私は今、司法課の実務室で書類を書いていた。

 しかし、一向に手が動かない。午後の武研課の報告は書き易いのだが、午前の報告を書かないと、午後の報告が書けない……思い悩んだ末に、午前の報告書の部分は、「特に異常は見られない。監視は問題無い」と、書いておいた…



    ◆

    ◆

    ◆

    ◆



 今晩の夕食は、昨日の賑やかさとは打って変わって、落ち着いた雰囲気だった。甘子は、貧血で本調子ではないし、花月は元々、食事中は静かに食べる方なので、俺としては、少し寂しさを感じる。花月は「競争相手がいないので助かります」と、嬉しそうに笑っていたので、今晩もトラップを仕掛ける必要性がありそうだ…

 夕食が終わり、リビングで(くつろ)いでいると、テーブルに置いた携帯が、震え出す。表示された相手は[佐藤太一]だった。


    ◆

    ◆


 救護センターから、夏樹と家に帰って来ると、時刻は十六時になっていた。バイキング会場で酔っ払いに不意打ちを喰らった俺は、志緒達に助けられ、救護センターに運ばれた。

 頭部の検査を受け、帰宅許可が出たので帰ろうとしたのだが、夏樹が、センターに居る救護班(女性)に、片っ端からアタックしていたのを見つけ、止め様と肩を掴んだら、振り向き様に頭突きを喰らい、ぶっ倒れた俺は、二度目の検査を受ける羽目になった。

 夕食まで寝る事にして、部屋の布団に横になると、バイキング会場で出会ったあの人を思い出す……

 気を失って、目を覚ました時、真っ先に飛び込んで来た、心配そうな顔、支える細い腕の暖かさ、笑顔、そして何より、あの肋骨のゴリゴリした感触……


「…パーフェクトだ…」


 額から血を流した俺に、優しくハンカチで止血してくれたあの人……


(…名前も知らないが、志緒は知り合いみたいだったな…)


 ポケットから血の付いた青いハンカチを取り出し、あの人の顔を思い出す。


(……あれっ?このハンカチ…)


 手にしたハンカチを両手で広げてみると、それは、青いハンカチではなく、青い下着だった……




「…返さなくて良かったよな?…」



    ◆

    ◆


 リビングで寛いでいた俺は、太一から掛かって来た電話を受けていた。


『もしもし、志緒。俺だけど……』


『どうした?頭が悪くなったか?』


『…いや、頭は…それより、なんだ…その…』


『…お前らしく無いな?』


『…バイキングで会った、あの司法課の人の事を教えて欲しい…』


『…司法課?ああ、加藤課長か?…ん〜名前は加藤法子、司法課の課長で、高等部三年だ』


『…法子さん……素敵な名前だ…』


『…太一?』


『志緒、俺は遂に見つけた……』


『…何を?』


『ゴリゴリ女神だ!』


『………』



    ◆

    ◆

    ◆

    ◆



 報告書を書き終えた私は、帰りにアプリコットの屋台でホットドッグと、朝食の食パンを買って、大通りの西側にある女子寮に帰って来た。

 住宅街には転校や実家が県外や遠距離の生徒の為に、幾つかの寮や、アパートがあり、私が住んでいる第五女子寮は、二人部屋の寮で、総寮生三十名が、暮らしている。


「椿、ただいま〜ホットドッグと、食パン買って来たよ」


「あっ、法子お帰り〜視察どうだった?」


 ルームメイトで、同じクラスの横手 椿(よこて つばき)が、ベッドに転がり雑誌を眺めていた視線を此方に向けて来る。


「S&Cの試着、楽しかった…」


「えっ?S&C?監視の視察に行ったんじゃ無かったの!」


「監視者が、S&Cの店員なのよ」


「彼処って、家族経営だよ!あの男の人捕縛課なの?知らなかった…」


「会った事あるの?」


「毎週行ってるわよ!初めて行ったアンタが変なの!何時かオーダーメードで一式作って貰うのが夢なのよ〜」


 うっとりする椿を放って置いて、服を着替えていると、椿が私を見て驚いている。


「法子!そのパンツどうしたの!?S&C製じゃない!」


 タンクトップに下着姿の私の腰を掴んで椿が迫って来る。


「椿、やめて!彼に貰ったのよ!サービスだって…」


「そんなサービスする彼氏なんかいないでしょ!」


「うるさい!彼氏じゃないわ!監視者の店員よ!」


「う〜っ、可愛いね、いいな〜私も行けば良かった〜」


「でも、S&Cの下着って凄いね、履き心地が別次元だよ。今までの下着履けなくなるよ…」


「そうでしょ、私も初めて履いた時は脱ぐのが嫌で、二、三日履きっぱなしだったわ…」


「それは椿が、ズボラだからでしょ!」


「アハハハ…法子が相部屋で助かるよ」


 私は、シャワーを浴びようと、バスタオルと一緒に洗濯物を持って洗面所へ向かおうとして、今朝履いていた下着を思い出し、スカートのポケットを探るが見当たら無かった……


(あれ?確かに、入れた筈だけど…着替える時に落としたかな?)


 ベッドの傍に戻り、探して見るが見つからない。隙間や床を探しても見つからなかった……


「法子?そんな格好して挑発してんの?」


 四つん這いになり、ベッドの隙間を覗く私に、椿がホットドッグを食べながら、聞いてくる。


「ちょっと、探してるんだから邪魔しないで!」


「ハンカチなら、机にあるよ。今朝、忘れていったでしょ?」


「…えっ?机?」


 立ち上がり、机に行ってみると、綺麗に畳まれた青いハンカチが、置いてある……

 私は、何時も寝る前に、机の上に朝に着る服を準備するのだが、今朝は視察があった所為で、少しバタバタしていたのをハンカチを見ながら思い出す……………………………………………………………………あっ!ハンカチ!?…



「あ――――――――――っ!!!」


「どうしたの法子!吃驚するじゃない!」


 私の声に驚いた椿が文句を言って来るが、それ処じゃない!


(…あの時だ……あの怪我をした男子の止血をした時……私はポケットから………ハンカチじゃ無くて……脱いだパンツで………止血…………)




「いやあぁぁぁ―――――――――――――――――――っ!!!!」



 夕暮れに染まる住宅街に、私の絶叫が響き渡った…………





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