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銀拳  作者: 月草 イナエ
13/45

~12 目印

 お兄さんに背負われ、私は学園に向け移動していた……

 私は、絶叫マシンとか平気な方ですか?と聞かれ、平気な方ですと、答えたのだが………本当は嫌いだった……私の捻挫の所為(せい)()んぶまでしてくれるお兄さんに気を使い、平気ですと答えただけだった……

 でも、お兄さんが絶叫マシンと言った背中は、今まで乗った事のあるどんな乗り物より、最高の乗り心地で、このままずっと乗っていたかった………

 初めて父親以外の男性に負んぶされ、緊張していたけど、暫くすると不思議な事に気が付く。

 ジャンプの時に多少重力を感じるけど、(ほとん)ど揺れない上に、音がしない。まるで道路の上を滑っている感覚で景色だけが横に流れて行く………

 その内に、道路では無く、塀や、フェンス、屋根の上を走り抜け最短距離のコースを走っている。

 屋根への着地の衝撃すら、鳥が屋根に止まる様に微かな音がするだけ………

 まるで空を飛んでいるみたいで、風を肌に感じながら感動して思わず身体が震えてしまう。


「花月さん、怖い?」


 お兄さんに密着している所為で、震えたのが伝わったのだろう。


「お兄さん!素敵です!感動してます!空を飛んでいるみたいです!」


背中からギュッと抱きしめる様に腕を回すとお兄さんは照れながら笑っている……


「…よっ、喜んで貰えて嬉しいよ…アハハハ…」


 暫くそのままでいると、右の前方から何か飛んで来た……パン?


「今日は早いぞ!志緒くぅ……なんじゃそりゃあぁ―っ!」


「ナイスパス!杏子さん!おは……」


「志緒君!背中に女の子が生えているぞ!美人さんだぁー!!」


 杏子さんと呼ばれたエプロン姿の女性は、私を指差し吃驚している。…あのエプロンは…大通りの人気パン屋さんだ……お知り合いなのかな?まだ何か叫んでいるけど…

 それにしても……もう登り坂の手前まで来たの?


 お兄さんは塀を飛び降り、大通りへ出ると、登り坂を難なく走り始める。後ろには路面電車が商店街の曲がり角から出て来た処だった…お兄さん電車より速いよ……凄いよ!



 お兄さんに背負われながらゲートを通過する。完全に遅刻だったのに八時五分に登園出来てしまった…ゲートを通過する時、管理室から此方を見て携帯で話している人と目が合う。その事をお兄さんに話すと少し元気が無かった……

 結局、中等部のクラスまで負んぶされたまま運ばれてしまった……少し恥ずかしかったが、あの飛んでいる様な感動から地面に降りるのが嫌だった……

 クラスの入り口で降ろされ、武装を返し、昼休みに甘ちゃんとクラスに行く約束をすると、お兄さんは手を振って高等部へ歩いて行った。

 ……あの空飛ぶ感動と、頬にキスマークが付いたままだったので恥ずかしくて余り顔を見れなかった………



    ◆

    ◆

    ◆

    ◆



 俺は花月さんをクラスまで送り、高等部棟を歩いていた。

 何とか遅刻は回避した……俺の所為で遅刻させるのは嫌だったし、それに久しぶりに全力で走ってみたかったからだ。救助トレーニングになるし……

 しかし…柔らかかったな………いや、それより杏子さんと楓さんが問題だな……後で電話で事情を説明しないと、明日のパンは中身が無くなりそうだ………

 そんな事を考えながら歩いていると、クラスに着いたので、ドアを開け、挨拶をしながら、いつも通り机に向かうと、此方を見たクラスメイト達が驚愕の表情で凍り付く。

 それは一瞬でクラス全体に広がり、さっきまで騒がしかったクラスの時間が止まった様だった………

 何が起きたのかさっぱり分からない……男子は憎悪、女子は冷徹な視線を向ける。




……チャララチャラチャラチャララン……ピッ…


 その時間を動かしたのは、双一朗の携帯の着信音だった………


「もしもし……甘子ちゃん?……あぁ、付いてるぞ……うん。……昼休み?………了解した」


 双一朗は電話を切ると、クラスメイトに向けて喋り始める。


「皆!言いたい事は分かるが!その感情は昼休みまで待ってくれ!昼休みを楽しみにしろ!面白いから!」


 それを聞いたクラスメイトは此方を一瞬見てから元の騒がしい空間へ戻って行った…………一体、どうしたんだろう?………



 双一朗の処へ行くと友一と聖が集まってくる。


「なあ、双一朗。一体何があったんだ?」


「ああ、志緒、SSS捕まえただろう。ちょっとお祝いを考えていたのだ。昨日は捕縛課の方でもやったのだろう?なぁー友一?」


「……あぁ…ソウナンダヨ…」


「駄目だよ〜友一、双一朗。志緒に内緒だっただろう〜」 


 三人共、俺の顔を見ながらニヤニヤしている。ちょっと照れながら三人に礼を言って席に着く。


「志緒、昼休みを楽しみにしていろ!」


「…有難う。双一朗。楽しみにしてるよ」


 死角の件はエリスが頑張っていたからで、俺だけの手柄じゃない……エリスも一緒に祝ってやろう…そんな事を考えているとHRの鐘が鳴り、クラスメイトが席に着き始めた。

 俺は少しニヤニヤしながら昼休みを楽しみにして、HRや午前の授業を受けていた。



 そして四時限目終了の鐘が鳴ると、クラスメイトが一斉に動き出す。机を移動して教室の隅に重ねてスペースを作る。

 何時もなら購買にダッシュするメンバーや食堂ヘ行く女子達の一糸乱れぬ動きに俺は呆然と見ている事しかできなかった………

 すると、教室のドアがノックされ、現れたのは鶴ちゃんだった……

 鶴ちゃんは双一朗の処ヘ行き、頭を下げる。


「本日はお招きに預かり、誠に有難うございます。精一杯勤めさせて頂きます。」


「此方こそ、よろしくお願いします」


 ………なんで鶴ちゃんを呼んだんだろう?そう思い、二人の処へ歩いて行こうと立ち上がると、両肩を友一と聖に掴まれる。


「……志緒、スマン!」


「ごめんね〜志緒!」


「……えっ?…」


 二人に肩を掴まれ呆然としていると、前方で何かが落ちる大きな音がした。

 慌ててそっちに視線を向けると……武装、[鉄巫女]の隣に鶴ちゃんが立っていた………………


「志緒さん!御覚悟!解放四番!封鎖十字!」


 鉄巫女から飛び出した鎖が俺の後ろで十字架を(かたど)り四肢と胴体を絡め取る。

 逃げる間も無く、俺の身体は鎖の十字架に貼り付けられる。


「捕縛完了です。志緒さん」


「ちょっと!鶴ちゃん!どうしたんだよ!教室での武装使用は罰則があるのに!」


「志緒!大丈夫だ。業務課に、特殊系武装の実戦使用見学として、許可を受けている。これが書類だ!」


「えっ?……でも、どうして?」


「お前に逃げられない様にする措置だ。仮にもSSS捕縛者。用心に越したことはない!」


「だから!どうして!」


「まぁ、待て。まだ準備が終わってない」


 ニヤニヤ笑う双一朗に苛立ちを覚え、鎖を解こうと藻掻(もが)くが、鎖は一向に外れない。

 すると、今度は教室の入り口に杏子さんと楓さんが台車に箱を載せてやって来た。


「アプリコットでーす。新作パン、御待たせしました。」


「お待ちしてました。此方に置いて下さい」


 杏子さん達が教室の真ん中に並べた机に白いテーブルクロスを敷き、パンを並べ始める。

 ………さっぱり状況が分からない……取りあえず、杏子さんに事情を聞いてみよう……


「あの…杏子さん、どうして此処に?」


 杏子さんは俺の顔ををじ―――っと見詰めてからコートのポケットに封筒を入れ、笑顔で左の頬を摘まむ。


「此方が請求書です。新作パン百五十個。二万五千円になります。有難うございました!」


「えっ?……何故、俺に?……」


 戸惑う俺に背を向けて、クラスメイトに叫ぶ。


「皆!志緒君が御祝いにパン、奢ってくれるぞぉ――!」


「おおぉぉ―――ッ!!!」


 クラスメイトが拳を上げて叫んでいる…………一体どうなってんの?



 混乱してきた俺にはもう、何が何だか分からない。

 周囲を見回すと、エリスと茜がペットボトルを抱えた夏樹と入って来る。


「エリス!茜!助けてくれ!皆変なんだよ!」


 ペットボトルをテーブルに並べたエリスは鏡を持って此方へ来る。


「エリス!皆、変なんだよ!」


「……志緒の方が変よ。だって口が二つ付いてるもの……」


「……口が…二つ?」


 そう言って鏡を俺の前に突き出した。

 じっと鏡を見詰めると………………………………………俺の右頬に淡いピンクのキスマークが付いていた…………


「…えっ?……なっ、なんだこれぇぇ――――ッ!!」


 驚愕の表情の俺に双一朗達が笑いだしている。


「アハハハハハハアァどうやら今まで、気付かなかった様だな!」


「凄いよ〜志緒!そんなの付けて学園来るなんて〜」


「………スマン。志緒。止めようとしたんだが……無理だった…」


「志緒さん!鶴は悲しいです!私もやってみたかったのに!」


「志緒君!今朝の女の子なの!教えてほしいぞ!」


「……誰?」


 皆に責められるが、俺の方が知りたいくらいでさっぱり分からな…………あっ!今朝の女の子?

 一人だけあの色の口紅に心当たりの人物が頭に浮かぶ……


「兄貴―ッ!お待たせ―ッ!王子様連れてきたよー」


 教室に響く大声で甘子が入り口から手を振っている。クラスメイトが注目する中、教室に入って来たのは、妹と淡いピンクの口紅を付けた及川花月だった…………


「兄貴?何やってるの?」


「お兄さん!どうしたんですか?」


 教室の真ん中で磔にされている俺に二人が近づき、顔を見ながら質問するが、それを知りたいのは俺の方だった……


「アッハハハハ!本当にやったんだ!花月ちゃん!」


「だって……甘ちゃんが、チューで起きるって言うから………」


 赤くなりながら答える花月さんと、笑っている妹を見て何となく理解出来た。


「甘子!花月さんに何言ったんだよ!」


「花月ちゃんが、兄貴に話しがあるって言うから、家に呼んだんだよ〜そしたら兄貴、寝てて起きないから、どうしたらいいって聞かれて、チューしたら起きるって教えたの!どうだった!」


「お前、友達、騙すなよ!」


「騙して無いよ!王子様のキスでお姫様が目覚めるのは基本だよ!兄貴こそ、友達に騙されて動けないみたいだけど〜〜双一朗君に相談して正解だったよ!」


 双一朗と甘子は拳を突き合わせ笑っている。


「双一朗!なんで黙ってたんだ!教えろよ!」


「「面白いからに決まってる!(よ!!)」」


 双一朗と甘子は息ピッタリだ………

 クラスメイトも妹の話を聞いて事情を理解したのか笑い出している。

 教室の空気が幾分和らぐのを確認して、鉄巫女を解除してくれる様に鶴ちゃんにお願いする。


「あの……鶴ちゃん。そろそろ鉄巫女…解除してくれませんか?」


「……まだです。花月さんと言われましたか?一つ質問があります。……志緒さんを…どう思いましたか?キスマークを半日も気付かない変態を!」


「俺は変態じゃない!」


「失礼しました。この美少女好きをどう思いましたか?」


「……鶴ちゃん?」


 どうやら俺をクラスから抹殺させたいらしい……

 そんな俺の心境を気にせず、花月さんは緊張しながらも鶴ちゃんの質問に答えようと前に出て、俺を一瞬見てから話し出す。


「……お兄さん…志緒さんは素敵な人です!……」


 クラスメイトが(どよめ)くが、花月さんは気にせず話しを続ける。




「…今朝、早くにお宅にお邪魔して、寝ている志緒さんにチューしちゃいましたけど、私の悩みに嫌な顔をせず、真剣に答えてくれました…」


 ……鎖が一瞬、俺の身体を締め上げる……


「…それに、足を挫いた私に優しく…私…志緒さんに乗って、とても幸せな瞬間を感じる事が出来ました。優しく気遣う志緒さんに身体を委ねて、志緒さんが動く度、まるで空を飛んでいるみたいで…」


 ……鎖がじわじわと、身体を締めつけ始める……


「…嬉しかった…今まで知らなかった体験をさせてくれた……志緒さんは…凄かったです!」


「ぐああああぁぁぁ―――――ッ!!」


 ……鎖の締め上げが強さを増し骨が軋む。余りの激痛に悲鳴を上げる……


「……へぇー…凄かったですか?」


「はい!とっても!」


 少し頬を染めながら花月さんが笑顔で答えると、教室の温度が急激に下がり始めるのを激痛の中で俺は感じた………




「……確定しましたけど……皆さん、最後に何か言っておきたい事はありますか?」


「……ぐっ…確定って…なっ…誤…解だ…ぐあああぁぁぁ―――――ッ!!」


「罪人に発言権はありません!」


「さらばだ!志緒」


「さよなら〜志緒」


「…スマン、志緒」


「明日のパンは墓前に供えるぞ!志緒君」


「あんなのほっといてパン食べよう。友一」


「さよなら。兄貴」


「……無い」


「えっ?皆さん、何故お別れを?私、変な事言いました?」



 この激痛が終わるのなら、もう…どうでも良かった……

 薄れゆく意識の中で俺はそう思った……………










 ……そう……だよね…酷…な……なぁ……ごめ……さ……アハハ……信じて…どう………知らな……あれは……可哀……白い………………あや…り……………

 微かに誰かの話し声が聞こえる。ゆっくりと瞼を上げるとクラスメイトが楽し気にパンを食べている………



「あっ………目を覚ましたぞ!」


「…此処は…どこ…だ?」


「教室ですよ。志緒さん。十分程気絶したんです。」


「あっ!志緒〜生きてたよ〜」


「どうだった?お花畑は見えたか?」


「志緒君!ごめんね〜」


「志緒さん!違うって信じてましたよ!」


「兄貴!大丈夫か?」


「志緒さん、花月です!分かりますか?」


「……志緒…生きてた」


 皆が優しい笑顔を向けている……きっと悪い夢を見ていたんだ………

 皆の処へ行こうと歩き出したが身体が動かない……朦朧とした意識で身体を見ると、鎖が身体に巻き付いていた……… 次第に意識がはっきりしてくる……


「…う…ううっ…なんで、俺、縛られてんだ?」


 身体を動かそうと藻掻き、鎖を軋しませる。


「…覚えてねぇの?」


「……記憶が混乱してるね〜」


「…ククッ…仕方ない!そこの王子様達!誰でも良いから姫様を眠りから覚ましてくれないか?」


 双一朗の言葉で俺の前にいた女性陣の空気が一変し、周りのクラスメイトも、興味津々で此方の様子を(うかが)っている………


「……しっ、仕方ありませんねぇ〜此処は鶴にお任せ下さい!」


「なかなか積極的な娘だな?いいのか?杏子?」


「だっ、駄目だよ―ッ!初等部には刺激が強いよ!大人の私が…」


「私が原因ですから、それに朝はホッペでしたし……」


「「何処にする気なの!!」」



「……志緒。何処がいい?」


「アープさん!志緒にするなら私にして!」


「夏樹〜鼻血出てるよ〜」


「…ククッ…面白い事になってきたな…」



「兄貴…意外とモテるんだな…」



「あいつ、意外と交友関係広いからな…」


「この場合は八方美人だと思うわ。友一」


 誰が王子様役か揉めていた女性陣は、結局クジで決める事にしたらしく輪になってクジを引いている。



「キタ―――ッ!鶴、やりました!」


「ハズレた――ッ!」


「そんな……」


「………」


 どうやら王子様は鶴ちゃんに決まったようだ……クラスメイト的に俺の抹殺確定だ……


「今、行きますよ~志緒さ~ん」


 満面の笑みで此方に歩いてくるのを見ていると、横から延びた手が頬を押さえる。吃驚して顔をそちらに向けると瞳を閉じた翼がいた……………


「…むぐッ!…」


「「「「「……………………………………………………………」」」」」



 教室が物音一つしない静寂に包まれていた………………

 教室内の誰もが俺と翼を見詰めている。



「………ぷはッ。ご馳走様でした」



 翼は俺に向けて手を合わせる。


「……つ…翼ッ!?なっ…何で?」


 唇に残る感触に動揺する俺に、翼が小首を傾げ微笑むと、綺麗な黒髪が肩を流れる。


「志緒君にキスするとパン食べ放題って聞いて来たの……志緒君…食べていい?」


「……翼、そんな嘘…信じるなよ!」


「えっ?本当!嘘なの?」


 真っ赤になりながら少し涙目の翼は周りを見渡す。


「えっ?なんでこんなに人がいるの!恥ずかしい――ッ!」


「…相変わらず食い物の事になると周りが見えないな………お陰で…………死にそうだ!」



 視線を正面に向けると、怒り狂った鶴ちゃんを筆頭に笑顔の杏子さんと花月さん、両腕に[銀拳]を装備したエリスが睨んでいる………………………………………(とて)もじゃないが、鎖で貼り付けられた俺には成す術が無い……

 だが彼女達の視線は俺ではなく、翼に向けられていた。


「………翼、早く行け(逃げろ)!」


 翼はエリス達の方を見ると笑いながら向かって行く……


「分かった…志緒君、安心して。食べ放題が嘘でも彼処(あそこ)のパン、分けて貰って来る!」



「そっちに行くな!」



 ……一分後、俺の右上には鎖に巻かれた翼が吊るされていた………あの連続攻撃は(のち)に、[翼砕(よくさい)]と呼ばれる武装上位術に認定される……




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