~11 迷走
「……って……起き……起きてよ、兄貴…」
ユラユラと身体を揺すられ、ゆっくりと目を開けると妹の甘子がいた。
何時もなら、俺より早く学園へ行く筈の妹が、起こしに来るのは珍しい。
「…どうしたんだ甘子?珍しいな?」
「兄貴、学園遅れるぞ!私は友達との待ち合わせがあるから、今朝はゆっくりなの!」
妹の言葉を聞き、慌ててベッドから跳ね起き、身支度を整えて玄関を飛び出すと、辺りは闇に染まり静寂に包まれている。その闇の中、街灯が点々と輝いている。
………夜だった………腕時計を見ると午前三時だ……………
振り返って玄関を開けると、妹が腹を抱えて笑い転げている………
「アッハハハハハ…ハアァ……おっかしぃ〜お腹が痛いよ〜グハァッ!……おっ…お腹痛い…」
笑い転げる妹にインステップキックをお見舞いし、理由を聞く事にした。
「何か言い残す事はあるか?」
「……エイ…プリルプール?」
「溺死が希望か…?」
「……ごめんなさい。ちょっと早起きして暇だったから悪戯しました。」
「エイプリルフールは三週間前に終わったが、俺も昨日撮ったデジカメのデータに悪戯したくなってきた…消すか?」
「もッ、申し訳ありません!御兄しゃま!」
相変わらず敬語は苦手だが自分の欲には正直な奴だった……
「甘子、次は普通の時間に起こせ。俺は寝る」
妹にデジカメを渡し、部屋へ戻り着替えると一気に疲れが出てベッドへ倒れ込み、眠りに就いた………
「…………お…………って……起き……起きて……下さい。お…兄………」
微かに聞こえてくる声と柔らかな感触に意識が目覚め始める………
「……うる…せえ…ぇ」
どうやらまた甘子が、起こしに来た様だ……また、騙されるのも嫌だなと寝返りをうつと、起こそうと身体を揺する手が肩を滑り、妹の身体が此方に倒れ、微かな悲鳴と共に俺に伸し掛かる。
「痛ッ!」
「グフッ!……痛てぇ」
倒れ込んだ瞬間に俺の背中に膝が叩き込まれ、苦痛を上げる。そのまま覆い被さる妹を毛布ごと剥がし起き上がる。
「おい!甘子!痛いだろ!また変な起こし方するな!」
怒鳴りながら毛布を引き剥がす……………………………………………知らない女の子がベッドに転がっていた………
「…………おはようございます…」
「…………誰?」
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私、及川 花月は迷っていた……
この学園は普通の授業の他に公課修練、商業実技と、言った実務体験を主とした教育カリキュラムが組まれている。年齢制限は無く、自分の能力に合わせ希望する職業を経験出来て、お給料も貰える。
人口の低下から労働力の増加の目的とした制度で、人気の職業では人数制限やある程度の実力重視の職業もあり、必ずしも希望通りにいかないが、学園都市の労働力の六割強を占めている。
私も初等部の時から清掃や販売の商業実技で働いていたが、その内、実力重視の公課修練の仕事をしてみたくなり、中等部二年になった今年、防災課に入る事が出来たのだが…………
「花月ちゃん、何か悩んでんの?」
昼休みの教室の机で頬杖をついて窓の外を眺めていると、隣席の友人に話し掛けられる。
「うん。ちょっと…」
「やっぱし!恋だよね!中二と言ったら恋しかないよ!花月ちゃん、黒髪のロングヘアで胸あるし、スタイル良くて和風美人だから彼氏の一ダース位、簡単だよ!」
友人の声で周りの男子が立ち上がり此方を見ているのが視界に入り、慌てて友人を止める。
「ちっ、違うよ!甘ちゃん!彼氏なんていないよ!その…胸も…」
その声に安堵したのか、男子達は席に着くが此方をチラチラと覗いている…
「なぁーんだ、違うか。何を悩んてたの?」
少しガッカリした様子の友人、佐藤甘子は、中等部から同じクラス、いつも明るく活動的な性格でショートカットの髪が良く似合う。最近は、写真か何かのクラブに入ったらしく男子と輪になって写真を売っている。
「…あのね、四月から防災課に入ったの…でも、この前の火災で出動したけど…全然駄目で、役に立て無かったの……」
「あーっ?あぁ!三日位前のやつね。兄貴も招集されてたなぁ〜」
「えっ?お兄さん防災課なの?」
「違うよ。捕縛課だよ。しかも、銀拳!エリス・アープ様の相棒だよ!羨まし〜い!」
「どんなお兄さんなの?」
「花月ちゃん、七不思議のゴーストランナー知ってる?アレだよ。顔は…まぁまぁかな?裁縫ちょー巧いぞ!あと、悪戯すると引っかかって、直ぐ怒る…」
甘ちゃんは、高等部のお兄さんに、悪戯をして困らせるのが楽しみだと笑っている。仲が良さそうな感じがする。
…捕縛課なら武装の事や、色々相談出来るかもしれない…
「甘ちゃん。お願いがあるんだけど…お兄さんに御聞きしたい事があるの…相談みいな事なんだけど…」
「恋の悩みか!?」
「ちっ、違うよぉー!聞いてみたい事があるの!」
「残念…ちょっと待って、聞いてみるから」
そう言って、携帯を取り出し電話を掛ける。
『あっ、兄貴。今日暇?相談あるの………えっ?花見?遅くなるの?……明日なら大丈夫?うん、わかった。それと、銀拳サンの写真おにゃ願い致しゅましゅ!』
甘ちゃんは変な敬語を話して、電話に頭を下げていた……
「今日、兄貴忙しいみたいだから明日なら良いよって。花月ちゃん、明日の朝、五時に家に来て!朝ご飯作って待ってるから!」
「五時!朝なの?迷惑じゃないかな?夕方の方が……」
「面白いからだよ!」
「えっ?面白い?」
そんな事があり、翌朝、私は五時に甘ちゃんの家を訪れ、朝食をご馳走になっている………
「いやぁ〜ごめんね花月ちゃん。兄貴に悪戯したら怒られちゃった。」
「甘ちゃん、お兄さん可哀想だよ…」
「本当は花月ちゃんに起こして貰って、吃驚する兄貴を見たかったんだ。でも我慢出来なくて自分でやっちゃった。あーっ面白かった。アハハハ」
「でも、それだとすぐに起こすのは可哀想だよ…」
「もうすぐ起きてくるから大丈夫だよ。それじゃあ花月ちゃん、後はよろしくね」
甘ちゃんは鞄を背負い家を出ようとする。
「まっ、待って!甘ちゃん!どうして行くの?」
「えっ?これから朝練だからだよ」
「一緒にいてくれないの?」
「面白いからだよ〜相談があるのは兄貴にでしょ?報告はHRでね。頑張って!」
「あっ、あの………………」
ダイニングで引き留めようとする前に、甘ちゃんは家を飛び出してしまった……どうしよう。
「もうすぐ七時になるし、起こさないと話しも出来ないよ……」
取りあえず、食器を流しに置いて二階へ上がる。甘ちゃんの隣の部屋だと聞いていたので、シオと書かれたプレートのドアをノックするが、返事がない………もう一度ノックしたが、返事がない……ノブを回すと、抵抗も無くドアが開いた。
微かに染料の香りがする部屋の中は対象的で、左側の机の在る方は布地や作りかけの服、デザインのラフが山の様に置かれ、反対側のベッドやクローゼットが置かれている方は綺麗に整理されている。
布地やデザインを眺めて視線をベッドへ向けると、静かに寝息を立てる男性がいた……
あれがお兄さん……かな?ベッドの隣の椅子には鞘に収められた長剣と短剣、バッグが置かれ壁には鳶色のコートが掛けてある。
興味を引かれ、触って見ると冷たい金属の感触と柔らかな鞘の感触が指先に伝わる。
「………う〜…う〜ん……」
ビクッと、寝言に身体が反応して剣が椅子から落ちてしまう。
…まっ、まずは、お兄さんを起こさないと………
肩を揺するが、さっぱり起きない。迷った挙句、携帯を取り出し甘ちゃんに電話を掛ける。
『もしもし…甘ちゃん?お兄さん起きないよ。どうしよう!』
『簡単だよ!寝てる人を起こすのはチューって、相場が決まってるの!さぁ、勇気を出してチューしちゃって!』
『そうなの?』
『そうだよ!』
『……わかった。やってみる!』
『えっ?……冗だ…』
『ブツッ』
携帯をポケットに入れ、ベッドに手を掛け右の頬に口づけるが、起きない………口じゃないと駄目なのかな?……
そう思い、顔を近づけようと足を出すと鞘に躓き、お兄さんの上に伸し掛かってしまった……
「痛ッ!」
「グフッ!……痛てぇ」
私の膝が背中に当たり、お兄さんが苦痛を漏らす。
「おい!甘子!痛いだろ!また変な起こし方するな!」
毛布が上に掛かっているので、どうやら甘ちゃんと私を間違えているらしい……甘ちゃん、一体どんな起こし方をしているのかな?
ベッドの上に転がりながら、そんな事を考えていると、毛布が剥がされる。
「…………おはようございます…」
「…………誰?」
そこには困惑しながら、右の頬にキスマークを付けたお兄さんがベッドの上で吃驚していた…………
◆
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………俺は、死角と闘っていた時より、頭をフル回転させていた………
どうして、女の子が俺のベッドに!しかも、あの丹色のベストの制服は防災課だ!スカートが緑のチェックと言う事は中等部の生徒!甘子の友達か!?美人だな…スタイルも……じゃない!こんなサプライズ………あの悪戯はこれの伏線かよ!………取りあえず何か話そう……
「……あの、甘子の友達ですか?」
「はっ、はい。中等部二年、及川花月と申します。甘ちゃんとはクラスで隣の席です。よろしくお願い致します」
「此方こそ。高等部一年、佐藤志緒です」
ベッドの上で向き合い、正座で挨拶する二人だった……
花月さんにはリビングで待ってもらい、手早く着替え、装備を確認してリビングへ降りていく。
テーブルの上には朝食が準備され、花月さんが座っていた。
「すみません。朝食の準備まで……」
「いいえ、甘ちゃんが準備したのを並べただけです。私は先に頂きましたから…さあ、どうぞ」
礼を言って、朝食を食べながら、今朝の出来事の説明を受ける。やっぱり甘子の仕業だった…友達を朝から呼んで本人が居ないとは花月さんに悪い事をした。
「事情は分かりました。甘子が無理を言ってすみません。それで、俺に聞きたい事とは何ですか?」
「はい。私の武装の事と現場での心構えです」
「武装は学園に行ってから、昼休みにでも甘子と教室に来て下さい。午後の武装修練と合わせて相談に乗ります。しかし、現場での心構えは、防災課の方から聞かされている筈です。」
「……はい。でも、理解出来ません。全ての人を助けるのは当然の事……なぜそうなのでしょう?殺人や悪事をする人を無理に助ける必要は無いと思います」
「難しい質問ですね………花月さんは善人は助けるが、悪人は助けなくてもいい。何故、悪人も助けるのか?と、言う事でいいですか?」
「……はい。概ねその通りです」
「花月さんの悪人の定義は何ですか?」
「人を傷つけた人や、殺人をした事がある人です」
「…身内で殺された方がいるのですか?」
「………はい」
「防災課の活動理念は?」
「都市に住む市民の生命、財産、生活を災害から護る事です」
「それでは満足出来ませんか?」
「……………………………はい」
「花月さんの考え方は昔の俺と似てますね。甘子が俺に任せた理由が分かりました。………そのまま歩き続けると二つの別れ道に行きます。許すか、許さないかです」
「許すか…許さない?」
「あくまで、俺の意見ですけど……」
「…お兄さんは別れ道のどちらへ進んだのですか?」
「多分俺は、許す方へ歩いたと思います……でも一度目の別れ道で、また幾つもの別れ道が目の前に広がっていると思います……」
「…私には………まだわかりません」
「無理に今、答えを出さなくてもいいです。でも……いつか、その答えを出す日は来ます」
「………その日はいつ来るのでしょう…」
「これからの行動が少しずつ前に進むと、俺は信じてます」
「有難うございます。大変、参考になりました。わたしも進んでみます」
話しが大体終わった処で時計を見ると七時四十分だった……
家から学園まで俺の脚で二十分は掛かる。路面電車では今からだと登園前の最終、商店街停車場には余裕で間に合うが、それは高等部の話だ……
「花月さん、中等部の登園時間は八時十分まででしたよね……」
「えっ?……大変!遅刻しそうです!」
「商店街の発車時間は?」
「七時四十五分です!」
家からだと停車場まで走って五分は掛かる。間に合うか………
「急いで走れば間に合います。行きましょう」
席を立って玄関に向かうと、後ろから花月さんが足を軽く庇いながら歩いて来た。
「…あの……さっき、ベッドで足を挫いたみたいで…余り早くは走れません…私に構わず先に行って下さい」
「…花月さん、皆勤賞とか狙ってます?」
「……はい。でも…」
靴を履き、二人で玄関に出てると、鍵を閉め、彼女の腰におれの短剣とバッグのベルトを付け、長剣の鞘を背中からベルトで固定すると、彼女の鞄を持ち、背中を向けしゃがみ込む。
「負んぶして下さい!」
「……えっ?」
「早く!」
彼女が恐る恐る背中に負ぶさると、一気に立ち上がり、走り出した。
「花月さん、絶叫マシンとか平気な方ですか?」
「…平気ですけど?」
「良かった…嫌いじゃなくて……」
それを聞いた志緒は、久しぶりに全力で学園まで走り出した。
花月はその質問の意味をすぐに知る事になる。




