よくよく考えれば強敵
つい先ほどまで鼻血を垂らしたまま間抜け面を晒していた人間。
服がどうのと言いながら鼻を抓むが時すでに遅し。
服は血だらけ。
その上血の香を嗅ぎつけた獣も集まってきた。
人が魔獣とか魔物と呼ぶ、魔力を持った獣型の生き物。
ただの獣より身体能力が高いだけのものや、魔法を使うものなど、その種は様々だ。
どろり、どろりと粘菌のようにその身を引き摺り、現れる白濁のそれ。
スライムと呼ばれるただ喰い、繁殖するしか能のない流動物だ。
「……羽の時点で気付けよ俺。ファンタジー。ファンタジーだ。つか、スライムとか、テンプレすぎだろ」
俺の後ろで奴らを引き付けた餌が余裕で呟いている。
この調子では、俺がいなければ死んでいたな。コイツ。
「人間。死にたくなくば動くな」
「は?死ぬ?や、だってソイツスライムじゃ……」
わらわらと湧く1m弱程のスライム。
その後ろから、木々の間に姿の隠れていた5mほどの親玉が現れた。
「いいか、スライムとは、流動体ゆえに生半可な攻撃が効かず、体のほぼ全てを構成している水分が蒸発しきるまで、延々熱せねばならない生き物だ」
親玉の体内には、消化され、骨を曝した幾人かの人間。
溶けかけたその装備から、戦士、もしくは冒険者であると推察できる。
「大した力を持たぬ人間には厳しかろう」
「うっ……ぐっ……」
吐いた。
どうやらこの人間にとって、スライムに沈むあの血肉はかなりの衝撃だったらしい。
他の勇者も、血を見ては吐き、他を斬っては吐いていた。
精神を病み、気が狂った者、自害した者も多い。
ここを訪れさえしなければ、のうのうと生きていられたものを。
胃酸の香が辺りへ広がる。
吐けるうちに吐いておいたほうがいい。
そう言い笑った勇者は誰だったか。
結果だけ述べよう。
わらわらと湧いた仔スライムも、数人を喰らった親スライムも、皆蒸発し、死んだ。
魔力量の極端に少ない人間ならばいざ知らず、「魔」の世界に住み、常に「魔」と共にある俺に底はない。
人間のように魔力切れの心配などせず、焼却し終了。
からからに干乾び、10cmほどに凝固した白い塊のようなスライムの死骸、そしてあえて焼却せずに残しておいた、溶けかけの遺品があちらこちらに散らばった。
「……」
乾ききった鼻血をこびりつかせ、吐瀉物で口の周りをドロドロにした、酷い顔の人間。
現実を忘れたように、虚ろな眼をしていた。
「顔を洗え。人間」
魔法で水のたっぷり注がれた水桶と、乾いたタオルを出してやる。
「……」
しかし人間はぼんやりと水面に映る己の顔を見るばかり。
いつまでもこの世を儚んでいそうな人間に焦れる。
服装から推察するに、この人間のいた世界では、このような光景など、映画やあって御伽話にある架空のものでしかなかっただろう。
だからといって、いつまで現実逃避をしていたところで、現実は現実。
いい加減受け止めろ。
それを待つほど世界は優しくできていない。
血の香は未だ辺りに広がり、獣を呼ぶ。
呆けていても死ぬだけだ。
「っ!?」
要はいい加減うっとおしい。
さくさく移動し魔物=悪説払拭キャンペーンを遂行したい。
というわけで手早く水桶に人間の頭を突っ込んでみた。
顔は洗えるし、正気に戻るし、一石二鳥だ。
「えほっ!げほっ!げほっ!なにしやがぶっ!」
「拭け」
顔面にタオルを叩きつければ人間は沈黙した。
大人しくノロノロと濡れた顔を拭う。
「……ありがとう」
タオルを下し、俯いた人間が呟いたのが聞こえた。
謎のシリアスもどき。
その場のノリとテンションだけで進めてますんで、ね。
後々物語の矛盾に苦しむことになりそうです。




