第三話 猪は下りてくる(一)
刈り入れの週、元村は別の村になる。
日の出より早く起き、夕飯は立ったまま食い、陰口までもが休暇を取る。陰口には息が要るが、息はぜんぶ鎌のほうに行っているからだ。谷まるごとが、刈った藁と急ぎ足の匂いになる。これは、ほとんど何でも勘定をつけているこの僕が言うのだから確かだが──一年のうちでただ一週、僕が元村を値引きなしで好きになれる週である。誰もがやるべきことをやり、誰が何をやっているかがひと目で見え、僕を変な目で見る暇のある者が、一人もいない。
惜しいのは、刈り入れの前には、必ず寄り合いが来ることだ。
刈り入れの寄り合いは、共有穀倉の軒下で開かれる。前に寄り合い衆、下に村じゅうがぎゅうづめ。決めることは二つ。畑を刈る順番と──こちらが大事なほうだが──刈られた穀物が匂いを放つあいだ、夜の境をどう守るか。牙どもが婚礼の招かれ客みたいに下りてくるのは、まさにその時期だからである。
僕は寄り合いに、計画を持って行った。
前の晩、燭台の明かりで、帳面四ページに、いちばん上等の字で書き上げたやつだ。谷の七つの境に番号を振る。家ごとに、近い境を割り当てる。夜番は二人一組、真夜中に交替。そして最後の列が、僕の自慢だった。──夜番一回につき、共有蔵の穀物一升を払う。少ない。だが、見張りの値打ちが「よくやった」の肩叩きひとつより上になるには、ちょうどの量だ。
なぜなら僕は三週間前、とある栗林にいて、「やってもやらなくても同じ値打ちの仕事」がどうなるかを、この目で見ていたからだ。
◆ ◆ ◆
寄り合いは、いつもの寄り合いの始まり方で始まった。治郎じいさんが席のことで文句を言い、ノブの双子が大人たちの脚に体当たりごっこを仕掛け、五郎は母親に寄りかかって立ったまま眠っていた。年季の入った技である。
寄り合い衆を代表して口を開いたのは、大畑の良平だった。良平は谷でいちばん豊かな百姓で──元村で「豊か」とは、継ぎ当ての色が服の色と同じ、という意味だ──大柄で、穏やかで、働き者で、村じゅうに敬われている。それも、自分で稼いだ敬いだ。ここは、はっきりさせておきたい。良平は馬鹿ではない。怠け者でも、悪人でもない。書き留めておいてほしい。そうであってくれたなら、この話はずっと楽だったのだから。
「刈り入れは、いつもの順で」と良平は言った。「夜番も、いつも通り。みんなで、だ。夜ごと、出られる者が提灯を持って境へ下りる。わしらは一つの村だ。互いに守り合う」
温かい賛同のざわめきが起こった。「わしらは一つの村だ」というのは、元村では乳に浸したパンと同じ働きをする言葉である。あんまり心が休まるので、誰も噛まない。
僕は手を挙げた。
皆さんの考えていることは分かる。栗林のあとで、十年──「わしらを破産させた女の倅」を十年やって、僕が通るたび周囲の声が二段階下がるのを浴び続けたあとで、本当に手を挙げたのか? 挙げたのだ。これについても勘定はつけている。お見せする気はない。同じ石につまずいた回数の勘定で、そろそろ専用の帳面が要りそうだからだ。
「『出られる者が、出られるときに』というのは、当番ではありません」良平が片眉を上げて発言を許したので、僕は言った。「願いごとです。西の境がみんなのものなら、それは誰のものでもない。そして牙が行くのは、誰のものでもない境です」帳面を掲げ、信用が切れる前にと、早口で読んだ。「七つの境、一晩に七組、近い家から割り当て、真夜中に交替、そして夜番一回につき、共有蔵の穀物を一升。名前まで入っています。ここに。あとはただ──」
「──払う?」悪気で言ったのではない。心底の驚きで言ったのだ。そのほうが、たちが悪い。「隣人が隣人を守るのに、銭を払うのかい?」
「布団の代わりに夜露の下で一晩過ごすことに払うんです。それは同じでは──」
「坊主。昔からタダでやってきたことに割く穀物は、村にはないんだよ」
「昔からタダでやってきたことの中身は」ここで白状すると、声が一段階上がった。「三晩目に寝ることです。去年の記録があります。一晩目、境の提灯は十一。二晩目、七つ。五晩目、二つ。去年は、運が良かった」
気まずい沈黙が下りた。子どもの言ったことをどう受け取るか、大人が決めるまでの、あの沈黙だ。そしてその沈黙の中、軒下の奥から、大きくはないが十分な声で、誰かが言った。
「たいしたもんだ。わしらを破産させた女の倅が、刈り入れの守り方をご教授くださるとさ」
誰だかは見えなかった。見ようとはした──首が鳴るほどの速さで振り向いた──が、そこにあったのは二十の閉じた顔だった。どれも犯人ではなく、どれも事情通。元村の陰口が有能なのは、そこだ。陰口は、牙と同じ仕組みで動く。噛んだやつの姿は、決して見えない。
耳が燃えた。片方ずつ、順番まで律儀に、赤くなっていくのが分かった。最悪だったのは、あの台詞ではない。そのあとの沈黙だ。誰も手を叩かなかった。だが、誰も打ち返しもしなかった。台詞は軒下の真ん中に転がったままになった。足をぶつけないよう、みんなが丁寧によけて通る石ころのように。
いや。「誰も」ではなかった。
「──言うた奴は誰じゃ!」治郎じいさんが、四十歳若い男の速さで立ち上がり、杖を馬上槍試合の槍のように振りかざした。「顔を見て言い直せ! この麦穂頭ども! 栗林のときも坊主が先に言うたのに、笑いおって、あとで雁首そろえて葬式面で山を眺めに行きよったろうが! ようし、七の段じゃ、言える奴はおるか! ……おらんだろうが、そういうことじゃ!」
(七の段が弁護のどの部分を受け持っていたのかは、いまだによく分からない。だが突撃中の治郎じいさんを遮ってはいけないのである。)
そしてウメおばさんが、自分の腰掛けから、前掛けの上で両手を握りしめて、僕がこの人から聞いたことのある中でいちばん小さな声で、言った。
「……栗林のことを言い当てたのは、ほんとうだよ」
一瞬──まるまる一瞬、誓ってもいい、心臓二拍ぶんきっちり測った──寄り合いが、考え直すように見えた。
それから良平が咳払いをして、誰もあの子の頭の良さを疑っちゃおらん、栗の勘定には大いに結構、だが刈り入れは大ごとだ、と言い、そして──自分の村を守るのに銭が要るようなら、その村はもうおしまいだ、と言った。この台詞もまた温かいざわめきを呼んだ。響きがきれいだからだ。ここに置いていくので、皆さんが噛んでみてほしい。この村では、噛むのが得手でないことは、もうお分かりのはずだから。そして採決になり、「いつも通り」が勝った。反対、二票。治郎じいさんの杖と、それから、半分の高さまで挙がった前掛けの、ふっくらした手が一つ。その半旗の手は、ウメおばさんに、まる一週間ぶんの視線を稼がせることになった。
僕の四ページの計画は、帳面へ帰った。
カットは穀倉の角で待っていた。「ごめんね」も「あたしは信じるよ」も、そういうときに言うことになっている言葉は、何ひとつ言わなかった。見もせずに、前掛けの三番目のポケットから出した何かを、僕の手に握らせた。干し李だった。しわくちゃで、めっぽう甘い。家までの道々、半分こにして食べた。軒下の話は、しなかった。
言っただろう。僕には、合わない勘定がある。干し李ひと粒が寄り合いまるごとより重いというのは、数学的に言って、醜聞である。




