第九話 決戦前夜1
かつて、鬼と呼ばれた種族があった。
人の悪意、妬み、怒り、それらが寄り集まって生まれた異形の怪物。
人を喰らい、攫い、犯す。
まさに怪物と呼ぶに相応しい悪逆の存在だった。
それは同じ名を冠した神、鬼神が現れたことによって狩る側から狩られる側へと堕ち、やがて数を減らしていった。
時は流れて現代、人と交わった果てに人と変わらぬ姿となった鬼は、人間社会に溶け込む過程で名を鬼から如月へと変化させた。
如月は鬼の血族であるが故に人の悪意に敏感で、それを利用して莫大な富を築いた。
そして、私、如月 黄金は現在、自宅のストレス発散ルームと名付けられた部屋にいた。
吊るされた無数のサンドバッグの内、まだ新しいものを思いっきり殴りつける。
パァン、と乾いた音が鳴ってぐらぐらとサンドバッグが揺れた。
「あー、思い通りにいかないな!」
内心を吐き出しながら何度も思いっきりサンドバッグを殴りつける。
歩ちゃんに披露した推理は正直自分でも穴だらけだと思う、でも軽く調べただけで五人の行方不明者が出ていた。
あの怪人とかいうのと関わりがあるのは確かだろう。
団地が怪しいのも間違いない。
親友に頼られて少しやっつけ気味の推理をしてしまった事は正直否めない。
「まさか、すぐに行くって言うと思わないじゃん!」
バァン、と激しい音がサンドバッグから響いた。
肩で息をしながら壁についた鏡を見る。
普段目を細めて隠している両目が開かれて縦に裂けた瞳孔が見えていた。
如月家の中でも鬼の血を強く引く証、私は自分の目が嫌いだ。
普段、どれだけ血を強く引いているかを競う様な事を言う親戚達も私を特別扱いして遠巻きにする。
幼い頃に指を引きちぎってしまって以来、父は私を避けている。
私は特別じゃない存在になりたかった。
「ダメですね、おかしな方向に思考がズレてます……心が弱ってる証拠ですね」
問題は歩ちゃんと鬼様ですね。
鬼様……鬼神、鬼も人も等しく喰らう暴虐の権化。
実家の文献に残された資料は何度も書き直されたはずなのに、書いた人の恐怖が滲んでいた。
それ程までの存在、幼心に憧れた。
それが、
「友達と一緒に魔法少女やってるって……そもそも、魔法少女ってなんですか!」
勢いに任せてサンドバッグを蹴り上げると穴が空いて中の砂がこぼれ落ちた。
「鬼神も怪人も魔法少女もわからない事だらけです」
鬼神、いつ、どの様に生まれたのかそれら一切が謎に包まれた異端の神。
鬼と呼ばれているが私達とは全く違う存在。
古い文献を漁ってもその強さと恐れ、そして最後は人に封印されたことしかわからなかった。
怪人、ここ数週間で現れて、人を襲う新しい怪異。
出現傾向、強さ、使う力、それら全てが謎に包まれている。
魔法少女……うん。
「どれだけ考えても何もわからなさそうですね!」
誰もいない部屋に私の声が反響した。
鏡に映る自分の姿を見る。
ピッチリとシルエットの出るトレーニングウェアにゴムでまとめた深い藍色の髪。
開かれた赤い目と縦に裂けた瞳孔。
これでは良くない、と目尻を揉んで糸目を作っていく。
「ここから出たら、いつものコガネちゃんですよ!」
勢いよく扉を開けると洗濯物を運ぶ若い成人男性、運転手の睦月と目が合った。
「お疲れ様です」
私が努めて笑顔で頭を下げると睦月は洗濯物を落としそうな勢いでワタワタと慌てて私よりも深く頭を下げた。
「お、お疲れ様ですお嬢様! 昼の件は用意が済んでおります!」
親戚なんだからそんなに畏まらなくていいのに、と内心でため息をついてそれを外に出さない様にお礼を口にする。
シャワーを浴びて部屋着に着替えると無駄に広いダイニングに頼んでおいたインカムが置かれていた。
「これで通信もバッチリですね……」
胸元に抱き寄せる様に手にしたインカムを見て、静かにため息をこぼす。
私の推理には穴がある。
例えば怪人が複数の場所に分かれて潜伏している可能性。
例えば飛行や私達が知らない様な高速移動方法を怪人が有している可能性。
そもそも目撃情報が間違っている可能性。
私の推理はとりあえず、わかりやすい結論を出す為のものでしかない。
「嫌だなぁ……」
思い出されるのは五日前、先輩の死の後に警察署に事情聴取で連れて行かれる歩の顔。
目元は真っ赤に腫れて、いつも元気な表情は暗く曇っていた。
私の予想が当たっていれば先輩の時とは比べ物にならない凄惨な光景が広がっているだろう。
「予想、外れててくれないかな……」
窓から覗く欠けた月にそっと呟いた。




