第八話 一人じゃないなら
指先を合わせたコガネちゃんが、僅かに目が開いてじっとノートパソコンを見つめた。
「……裂け目の場所に心当たりはありますか?」
『アレは結構目立つ。あるとするならば建物の中だろうな……』
鬼様の言葉に、コガネちゃんが建物、と小さく呟いた。
「先輩みたいな犠牲者をこれ以上出さない為にも、コガネちゃんに協力して欲しいの……」
コガネちゃんが困ったように眉尻を下げて私を見た。
何かおかしな事を言っただろうか、と振り返っても何も思い浮かばない。
ここまで来て断られるか、と僅かに身構えるとコガネちゃんが口を開いた。
「ごめんね、歩ちゃん……もう、手遅れかも」
私が困惑していると、突然口角が上がって鬼様がおもしろそうにニヤついているのがわかった。
『ほう? 続けよ』
コガネちゃんはノートパソコンの画面をこちらに向けて説明を開始する。
「歩ちゃんが活動していた約二週間、明らかに多角的かつ複数の目撃情報があるものだけで八件の怪人事件を解決しています」
パソコンには監視カメラっぽい映像や誰かのスマホで撮られたと思われるものを併せて、廃ビルのカラス怪人や学校の怪人化した山田先生など私が戦っているシーンが映し出されていた。
その言葉に私は指を折って今までの戦いを思い出す。
「私が倒したのは全部で十二体だから、四体はネットで広まってないって事?」
『ふむ、このカメラとやらがどういう原理かはわからんが全てを隙間なく見ている訳ではあるまい?』
鬼様の言葉にコガネちゃんが頷く。
「はい、人的、物的被害がなく、人目につかない場所ならばネットにも噂は広まりません……加えてこれら自体がかなり荒唐無稽な類の話なので、相手にされない事も多いです」
確かに、映像の中には明らかに私じゃない人が赤い槍で怪人と戦っているものもある。
AIの生成技術が上がりすぎて偽物も本物っぽく見えるって事だ。
『それで、何が手遅れなのじゃ?』
コガネちゃんが一瞬、暗い顔をしてパソコンを操作する。
「私は少し前からこの事件について調べていました。歩ちゃんが何か危ない事に巻き込まれてると思ったから……それで、これは先輩の件から今日までの五日間の怪人の目撃情報」
表示されたのは怪人の出現数を表す折れ線グラフ。
三日前まで平均四、五件あった目撃情報がピタリと無くなりグラフが地を這っていた。
『ふむ、確かにわしも最近は怪人の気配を感じなかったな……わしは怪人そのものではなく、この世ならざる力を探知しておるから本気で潜伏されればわからんし……』
私が塞ぎ込んでいた五日間、鬼様は一度も怪人の出現を告げなかった。
「なんでそんな大事な事教えてくれないんですか⁉︎」『お主、聞かんかっただろ?』
私達のやり取りを見て、ふぅ、とコガネちゃんが息を漏らす。
眉間に皺を寄せて、軽く額を拭うとパソコンのエンターキーを押した。
先程のグラフに重なるようにもう一つのグラフが表示される。
それは怪人の目撃数とは反比例するように、ここ三日から急激に増えていた。
「これはこの街の行方不明者数の推移です」
チリチリと嫌な感覚が頭の中で火花のように散った。
目の前のグラフのように情報が線で繋がっていく感覚がした。
「見ての通り、わかっている行方不明者数は一週間前まで一日にゼロから一でした。それが三日前から二、三人に増加、昨日では五人に増えています」
コガネちゃんの言葉にぐらりと視界が歪んだ気がした。
『大胆な奴らじゃな……実際はもっとおるじゃろ?』
「え?」
鬼様の言葉に心臓が早鐘を打つ。
そして、コガネちゃんも静かに頷いた。
「一人暮らしの人間、社会的な繋がりが弱い人間、あるいは一世帯丸々。通報する人間がいなければ情報は広まりません」
目の前が真っ赤になっていく。
なんで、私が動けなかったうちにまた、たくさんの人が死んだ。
「歩ちゃん! しっかりして……少し休憩しようか?」
いつの間にか隣に来ていたコガネちゃんに肩を掴まれて正気に戻る。
大丈夫だよ、と笑顔で答えてみせるけど、本当は今にも倒れ伏してしまいたかった。
魔法少女を再開した以上はそんな風に立ち止まってはいられないけれど。
「……歩ちゃん、目を閉じて、口を開けて」
突然、冷たく言い放ったコガネちゃんの言葉に抵抗できず。
口を開けてみせるとガサゴソとビニールの音がして口に何かを放り込まれた。
「ひゃにこれ?」
コロコロと口の中で転がすとミルクっぽい甘い味がした。
「高い飴です。お土産に持ってきてたんですよ」
コガネちゃんの手の中には立派な缶に入れられて個別包装された白い飴が見えた。
「あんまり、根を詰め過ぎるとダメになりますよ」
コガネちゃんは飴の缶で口元を隠すと覗き込むように首を傾げて見せた。
口の中から甘い香りがして、少し落ち着いてきた。
「ありがと……」
『わしの分は?』「今、口の中に入ってるでしょ⁉︎」
飴に手を伸ばそうとする鬼様を止めるとコガネちゃんがクスクス笑った。
「話を戻すと、悪い事ばかりじゃ無いですよ。特に歩ちゃんが戦えるならこれ以上被害が広がらないように行動できます」
そう言ってコガネちゃんはカバンから街の地図を取り出した。
『ほう、今の地図はずいぶん色が多いうえに正確じゃな、一つ欲しいぞ!』「スマホに地図入ってますよ……」
私の言葉になんと、と声を上げた。
「ふふ、紙の地図にもいい所はあるんです……」
そう言ってコガネちゃんはパソコンを見ながら地図に一見不規則に点を書いていく。
『なんじゃコレ?』
「行方不明になった人が最後に目撃された場所です」
コガネちゃんはさらにコンパスを取り出すと、各地の点を中心に円を書き込んでいく。
一見、不規則に見えた地図の点に規則性が見えて来た。
「コガネちゃん、これって!」
『何か、わかったか?』
円を書き終わり、コンパスを閉じるとコガネちゃんが静かに笑う。
「広過ぎると逆にわかりにくくなるのでおよそ二キロ、徒歩三十分の距離で囲みました。どこも重なっていませんが、逆に囲まれている部分は明確になっています」
円に囲まれた中心、この間先輩と一緒に行ったお墓のすぐそばに老朽化で取り壊される予定の団地があった。
『なるほど、人が住んでおらん建物とは、隠れるにはおあつらえ向きな場所じゃな!』
鬼様が笑う中、先輩との事を思い出す。
あの時の怪人は先輩を攫って巣に連れ帰ろうとしていたって事だ。
そんなのは、許せない。
「今すぐ行こう!」
立ち上がった私の眉間目掛けて軽くチョップが飛んできた。
「あイタ!」『何をする!』
額を抑える私にコガネちゃんがうっすらと目を開けて睨んでくる。
「何体敵がいるかもわからない、人がいるのかもわからない、そもそも敵がそこにいるのかも定かではない。そんな状態で準備も無しに飛び込むつもりですか?」
ゴゴゴ、と音が聞こえそうな威圧感を纏わせながら、扉前に仁王立ちのコガネちゃんが立ちはだかった。
「でも! 今行けば助かる人もいるかも!」
はぁ、とため息をついた後、不意にコガネちゃんが私を抱きしめた。
「行くな、とは言いません。少しでも準備しましょう。歩ちゃんが誰かを心配するように私だって歩ちゃんを心配してるんですから……」
そう言って抱きしめる腕に力が込められて――痛い。
「コガネちゃん、痛い! しまってる!」
普段からは考えられない力で締め上げられてる気がする。
これが火事場パワーというやつか。
「今から行っても夕方になります。せめて一日、待ってくれますか?」
「待つ! 待つから! 離して!!」
パッと離された体が地面に座り込む。
『ちょっと痛かったぞ……』
鬼様が睨むと、コガネちゃんがうっすら笑ってごめんなさい、と口にした。
「まずは通信手段ですね、団地の建物は四棟、それぞれ二棟ずつが隣接してそれが更に二つある状態です。どこに怪人が潜んでいるかわからない以上、数回に分けて偵察していきましょう」
パソコンで古い団地の地図を出しながらコガネちゃんが説明する。
「なるほど、つまり建物を調べると……」
私の返事にコガネちゃんがジトっとした視線を向ける。
「はぁ、最有力候補とはいえ外れてる可能性も十分に考えられます。当日は私が外で見張りながら歩ちゃんに中を確認してもらう予定です」
コガネちゃんの説明に再び納得して頷いて見せる。
つまり、私は建物の中を見て回ればいいと、
『まどろっこしいな、本気になれば建物一つぐらい吹き飛ばせるぞ! しばらく戦えなくなるがな!』
「中に人が残ってたらどうするんですか⁉︎」
私が注意するとムー、と鬼様が口を尖らせる。
そんな顔してもダメです。
「危なくなった時用の最後の手段ですね」
とコガネちゃんが笑った。
会議の途中でどこかに電話するコガネちゃんに、どこに電話しているのか尋ねると、
「明日の為に必要なものを揃えておくんです」
とだけ答えた。
そうして、コガネちゃんとの会議は夕方五時にお開きとなった。
「では、明日の朝八時に伺いますので」
そう言い残してコガネちゃんは手を振った。




