第六話 魔法少女であるという事
先輩と仲間になった翌日、私は大変浮かれていた。
昼休み、教室で弁当を食べるコガネちゃんが微妙な表情で私を見ていた。
「意中の先輩とお近づきになったからって朝からずっとニヤケ顔なのはどうにかなりません?」
「エヘヘ〜、そんなことないけどなぁ〜」
私が否定すると眉間の皺がより深くなった。
「はぁ、特別なことにそんなに価値はないですよ……」
プチトマトを食べながらコガネちゃんが告げる。
『歩、怪人じゃ』
鬼様が呟くように小さな声で告げた。
私はコッペパンを口に押し込むと牛乳で流し込んでトイレと告げてコガネちゃんに手を振った。
「鬼様、場所は?」『屋上じゃな』
私は軽い足取りで階段を駆け上がる。
思えば私は忘れていた。
世界は誰に対しても優しくない。
何もかもが上手くいきすぎて、何も考えていなかった。
私がその人と出会ったのは、その場所だった。
昼休み、その人はいつもそこにいた。
今日はよく晴れた日だった。
勢いよく扉を開ける。
「そこまでだ! 怪人!」
周りを見渡してみても誰もいなかった。
「鬼様、誰もいませんが?」
『入り口の裏手側じゃな……』
言われて扉を閉じ、裏手側に回る。
嫌な音がした。
最近よく聞く音だ。
脳裏でチリチリと静電気が走るような感覚がする。
それはまるで、ハンバーグをこねるような、粘性がある水音。
影になった場所に蹲るように座る以前に戦ったものと同じ、カラス怪人。
その手の中には頭の無い男子制服纏った何か、両肩に鉤爪を食い込ませるように掴まれていた。
「…………せんぱい?」
カラス怪人は再びそれに食らいつき、伸びた血管がゴムのようにブチブチと音を立てて千切れた。
『食事中のようなじゃな……』
私の口からなんでもない事のように鬼様の言葉が飛び出す。
サッと血の気が引いて息が荒くなる。
地面に広がっていく血溜まり、まるで引き抜かれたかのように頭から胸周りまでぽっかりと穴の空いた死体。
『テレッテレッテレッテレ、テーレレーレ、テーレレーレ、テーレレーレ』
鬼様が軽快な音楽を口づさみ、私の体が青い光に包まれていく。
鬼様に何度もダメ出ししながら完成させた衣装はあまりにも場違いに思えた。
『どうした歩? 今日はアレ言わんのか?
愛と希望を力に変えてって奴』
呆れたように腰に手を当てて、鬼様がため息をつく。
「あ……あいときぼうを……ちからにかえて……」
突き動かされるように何度も練習した言葉を口に出す。
そして、ガラス玉のような無機質な瞳と目が合った。
カラス怪人はじっとこちらを見つめると大きな嘴を広げてガァと鳴いた。
嘴の中に並んだ鋸のような牙が真っ赤に染まっている。
「ひっ……!」『何を今更ビビっておる…….見てみろ、ご馳走じゃぞ!』
悲鳴とは裏腹に私の口は喜色を含んだ声を漏らす。
腰ダメに構えをとった私の体はまるで自分じゃ無いみたいだ。
一歩、踏み込んだ体が一瞬でカラス怪人に肉薄する。
振り抜いた拳は間に挟まれた翼と羽毛に阻まれて直撃せず。
しかし、クッションとして使われた怪人の翼は半ばから折れ曲がって飛べそうに無いダメージを与えていた。
足元に落とされた死体に視線を向ける。
襟に緑のライン、地面に落ちた割れたスマホにはお兄さんだろうか、家族と笑顔で映る先輩の姿があった。
『勝手に視線を逸らすな』
グッと力が入れられて怪人を見る。
遅れた、先輩、助けないと、どうやって、もう死んでる、怖い、怖い、怖い、死にたくない。
頭の中で考えがまとまらず、体が自分で動かせない。
『いつもより動かしやすいな……そう、力を抜いてくれた方がわしもやりやすい』
そう言って右手を握っては開くを繰り返す。
「鬼様、先輩が……」
『ん? ああ、死んでおるな』
なけなしの気力を振り絞って絞り出した言葉は鬼様のまるで世間話のような言葉にかき消される。
視界が滲む、吐き気がして、今にも倒れそうだ。
『泣くな、歩、前が見にくいだろう』
目元を拭う。その瞬間、ヌルッと舐めるような生暖かい感触が全身を撫でる。
何が起こったのかわからずあたりを見ると景色が赤く歪んで見えた。
『ハハ! いいもん食っとるからか? まさか結界術を使ってくるとはのぉ!』
歪んだ景色に溶けるように床の、壁の、先輩の、輪郭が歪んでいく。
水に角砂糖を入れた時のように端から崩れていく。
だというのに私の体には一切影響が感じられない。
『歩、お前のわがままが役に立ったな! 衣装と体に纏う力のおかげで影響を受けずに済んだ!』
鬼様は軽く怪人の頭上に向かって跳んだ。
振り上げられた足がギロチンのように怪人の頭に振り下ろされる。
咄嗟に頭上に掲げたようとした翼が羽衣に絡め取られ防御できない。
『くたばれ』
直撃したかかと落としはカラス怪人の頭部を踏み潰し、地面に二つ目の赤いシミを作った。
景色がいつもの色に戻っていく。
青い光が周囲を包んで壊れた建物を直していく。
まるで何事も無かったかのように元の姿に戻った屋上に先輩と怪人の死体だけが転がっていた。
『さて、褒美を貰おうかの……』
先輩の遺体に背を向ける鬼様を体に力を入れて止める。
「鬼様……先輩がまだです……」
『あ?』
予想外の言葉だったのか、間の抜けた声を出した鬼様に眉間に皺がよる。
「建物だって直るんだから、人だって直せるでしょ! 私の怪我も、山田先生の怪我も治したんだから! 先輩も治してください!!」
『……やってもいいが、意味ないぞ』
パキパキと逆再生するように青い光包まれた先輩の遺体が見知った形状に戻っていく。
やがて完全に姿を戻した先輩を抱き抱えるように持ち上げた。
眠っているように見える穏やかな表情の先輩は、息をしていなかった。
「なんで……」
『魂が残っておらんかったからな……死んですぐなら大抵なんとかなるんじゃが、神の力は万能ではあっても全能ではない、諦めよ! 運が無かったな』
動けない私を鬼様が何度も呼ぶ声が聞こえた。
まるで、全部遠い世界の出来事みたいだ。
『なぁ、歩……核に逃げられたんじゃが……』
屋上から飛び降りた赤い何かが視界の端に映ってそれでも我慢できずに瞳から涙が溢れてくる。
「わたし……守れなかった……」
『はぁ、今回はおあずけじゃな……』
なんでもないように告げた私の口から出た鬼様の言葉が酷く冷たく聞こえた。
◆
規制線が張られた屋上の入り口、生徒は遠ざけられてそのまま帰宅する事になった。
私は第一発見者として事情聴取を受けたけど、全部わかりませんと答えた。
「私が屋上に着いた時には……先輩は死んでいました」
死因がわからないので私はすぐに釈放された。
警察署の廊下で泣く女性と見覚えがある若い男性とすれ違った。
/
蹲るように頭から布団を被って、テレビをつける。
鳴り続けるスマホの電源を切って、録画していたアニメを流した。
現実は誰に対しても優しくない、アニメだって同じだ。
怪人がいて、魔女がいて、魔獣がいて、悪魔がいる。
それでも希望を信じて前に進む魔法少女が、眩しく見えていたのに。
「私、なに浮かれてたんだろ……?」
テレビの中で魔法少女の一人が敵にやられて死んでしまうシーンが映った。
とても悲しいシーンだ。
でも、私はこのシーンも好きだった。
この後、仲間の一人が魔法少女として戦う決意を固めるから、それでも希望を見るから。
「オェェェエエ」
先輩の死体が頭を過ってゴミ箱に胃の中身をぶちまける。
私ってこんなに弱かったんだな。
『やめるか?』
不意に鬼様が呟いた。
『そっちの方がわしは楽じゃ、土曜日のようにお前が眠ってる間に怪人を喰らい。終わったら起こしてやる』
とても、優しい言葉だった。
土曜日は夕方まで私は何も知らなかった。
そんなふうに、全部から目を逸らして日常に戻れたなら。
誘惑に笑顔を見せかけて、視線がテレビに向かう。
画面の中の魔法少女が私を見ていた。
「魔法少女が諦めたら、誰が世界を救うんですか……? 鬼様が救ってくれますか?」
鬼様が逡巡するように俯いた。
『わしはおやつが無くなるので怪人には残ってくれた方が嬉しいが……』
やっぱり、と僅かに笑みが溢れる。
「私がやります。怪人を全部倒して、世界を平和にします。鬼様も、手伝ってください!」
右手で強く左腕を握る。
立ち上がって見た鏡には呆れたような顔が映っていた。
『仕方が無いの……』
魔法少女は諦めない。
だから絶対に負ける事はない。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
ここまでで一章は終わりとなります。




