第四十三話 生者と死者
歩いていると鬼様が突然立ち止まった。
【鬼様?】
私が話しかけても鬼様は目を見開いて動かない。
『ハッハッハ! 居るかもしれないとは思っておったが、まさか本当に……』
突然笑いはじめた鬼様に怪訝な視線を向けていると少し待っておれ、と言って鬼様が駆け出した。
一歩、二歩、三歩。
地面を蹴る度にまるでコマ送りのように鬼様の身長が縮み、服が綺麗になり、髪が黒くなる。
鬼様が立ち止まると空まで青くなっていつの間にか一人の若い男の人が立っていた。
私はその人に見覚えがあった。
夢に出てきた、青い空を切り取ったような瞳の青年、長寿郎さんと比べて体の色が薄くて、向こうが透けて見えるけど間違いない。
鬼様は自分の胸に手を当てて息を整えると振りかぶって青年の頬を叩いた。
【柵越しでないのは初めてですね、まったく、貴方は貴方の人生を生きろと言ったのに……!】
座敷牢の頃のような丁寧な口調で怒る鬼様はその目に涙を溜めて青年を睨んでいた。
対して青年は叩かれた頬を押さえて笑っている。
【本気だって言っただろ? お前と一緒に外で生きるのが俺の人生だったってことだ】
青年が言うと鬼様の頬に一粒の涙が伝った。
【それで死んでは、元も子もないでしょう……】
青年は鬼様の頬に触れて涙を拭った。
【でも、俺を食べて外に出れたんだろ? 望んだ形じゃ無いけれど、少し夢が叶った】
男の言葉に鬼様はため息をついた。
【確かに、貴方を食べてから外の世界を見てまわりました。
私は、貴方のことを覚えてはいませんでしたが……】
【どうだった?】
青年が尋ねると鬼様が目を閉じて笑った。
【酷く、退屈でした。
海は聞いてたよりも綺麗じゃなかった、ベタベタしますから。
山は獣が襲いかかってくるのうえに道に迷って大変でした。
座敷牢で貴方から聞いた話の方が魅力的でしたね……】
青年は鼻で笑って肩をすくめると一瞬、私の方を見て鬼様に向き直る。
【名前も知らないけれど、お前はお前を、ちゃんと生きろよ……】
【……今の私にはちゃんと愛呼という名前があります、よかったら貴方の名前を教えてくれませんか?】
【空だよ……俺の名前は空だ】
青年が言うと鬼様の姿はくたびれた着物に青い髪にいつの間にか戻っていた。
見渡してみても青年の姿は無く、鬼様はただそこに佇んでいた。
『待たせたな……歩』
鬼様が私を見ると頬に一粒の涙が伝った。
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また歩いていると見慣れた木々や土が増えてきた。
蔵に近づいてきている証拠だろう。
【鬼様、そろそろどうやって外に出るつもりなのか教えてもらってもいいですか?】
私がそう聞くと鬼様の整った眉がピクリと動いた。
『まったく、もうすぐ蔵だというのに少しくらい待てんのか、貴様?』
【十分待った方だと思いますよ、ここまでの数十分は聞かなかったんですから……そういえば、鮎喰さんの話も聞いてません!】
私が言うと鬼様は露骨にため息をついた。
『わかっている。
その件も含めて蔵にお前と話をしたい奴がいる』
鬼様が言い終わったタイミングで丁度木々の隙間から蔵が見えてきた。
目を凝らすと蔵の前に誰か立っている。
また幽霊かと眉を顰めるとその人物には見覚えがあった。
黒い髪、赤い目、おっとりした雰囲気に反して少し押しが強い性格の、私のファン。
【魔法少女様!】
死んだはずの私の友達が蔵の前で私に手を振っていた。
『玲子、結界の維持を頼んで悪かったな……』
【本当ですよ、魔法少女様とハングリーの力の系譜が違いすぎて引き継いでから一歩もここを動けませんでした……】
動揺して立ち尽くしている私を横目に鬼様と鮎喰さんが話をしている。
鬼様が変わると言って一度鮎喰さんの手を触ると、鮎喰さんが重いものを置いたように息を吐いて額を拭う動作をした。
【本当に……鮎喰さんなんですか……?】
私が問いかけると鮎喰さんは困ったように頬を掻いた。
『既に玲子の大部分はクソガキに奪われ、魂の維持すらままならない状態じゃった……』
鮎喰さんが何も言わずにいると、鬼様が鮎喰さんの頭に手を置いて語りはじめた。
【それじゃあここにいる鮎喰さんは……?】
『以前、玲子の父を動かしていた赤蜘蛛を食ったの覚えておるか……? アレに親の意思があるのかはわからんが……もしもあるのだとしたら、相当愛されていたのじゃろうな、それが玲子の欠損を埋めた。
まぁ、魂だけの存在じゃがな……』
【私も不思議なんですけど、レッドが魔法少女様の中で暴れはじめたあたりで意識がはっきりして、伝えようと叫んでたら吐き出されました】
鬼様が言い終わったタイミングで鮎喰さんも事情の説明をはじめた。
【正直何がなんだかさっぱりなんだけど、私は鮎喰さんに会えて喜んでいいのかな……これ?】
私が聞くと鬼様が好きにしろ、と言い残して蔵の中に入っていった。
外には鮎喰さんと私だけが残された。
私と鮎喰さんが見つめ合って、気まずい沈黙が流れた。
ここ一週間、会いたくてどうなったか知りたかったのに目の前に出てこられると緊張で何を言っていいのかわからなかった。
しばらくして鮎喰さんがフッと笑った。
【また、こうして話が出来て嬉しいです。
最後には迷惑をかけてしまったので、会わせる顔が無いと思っていたんですけど……お別れもちゃんと出来ませんでしたから】
私は思わず鮎喰さんに抱きついた。
鮎喰さんがピャッと小さく悲鳴を上げるけど気にせずに腕に込める力を強める。
【ごめんね……私、助けられなくて……】
抱きつかれて慌てた様子だった鮎喰さんは私の言葉を聞いて私の背を撫でた。
【魔法少女様はいつも私を救ってくれてます】
【でも!】
鮎喰さんは体を離した私の口に人差し指を当てた。
【お父さんとお母さんを殺したの、私なんです。
マンションで魔法少女様に殴られるまで意外と意識もありましたし、半分……いいえ、八割くらいは私の意思です。
なのに、魔法少女様は私を抱きしめて……今も私のために泣いてくれてます。
私は幸せです、これ以上ないほどに】
そう言って鮎喰さんは泣く私の頬に触れた。
『盛り上がっとるところ悪いが歩……お前に言わなければならない事がある』
蔵から木簡を手に戻ってきた鬼様が突然、口を出してきた。
【鬼様……空気を読んでください】
私は涙を拭いて文句を言うと鬼様がため息をついた。
『時間もない、端的に説明するからよく聞け』
鬼様が木簡を鳴らすとドンと地面が揺れた。
そのまま鬼様は御神体、愛呼と書かれた木簡を私に突きつけるように向けて続ける。
『落ち着いて聞け、歩……お前は今、死んでおる』
【え?】




