第四十二話 共に歩く
【それで……どこに向かうんですか?】
『結界の中心、御神体のある蔵じゃ……ここまでは跳んで来たが、節約のためにゆっくり、歩いて行くぞ』
小柄な私の歩幅に合わせて鬼様が一歩ずつ歩き始めた。
【そういえば鬼様、私がずっと話しかけてたの聞いてました?】
少し歩いてから私が話を切り出すと鬼様がこちらを向かずに答える。
『ああ、お主が泣きべそかきながら御神体に縋っとるところも余さずみておったわ……』
揶揄われて自分の顔が赤くなるのがわかった。
【見てたなら返事してくださいよ!】
誤魔化すように私が怒ると鬼様が短く笑った。
『玲子の件があったから話しかけにくくてな……お前が諦めそうにないからどうしようかと思っておった』
【そうだ、鮎喰さん……鬼様が殺したって……】
『既に察しておるかもしれんが、玲子はわしが食った。
あの時にはあれ以外の方法が無かったからな……結果だけ見れば失敗じゃったな、わしの力が足りずに腹の中でアレが暴れ始めおった』
鬼様が空を覆う赤い霧を見上げる。
鬼様の結界を破ろうと今も外から圧力をかけ続けているのか壁のようにも見えた。
【鮎喰さんは最後――】
言いかけたところで私の肩に何かがぶつかった。
背後を振り向くと蝶足膳を運ぶ、時代劇でしか見ないような服装に身を包んだおじいちゃんと目が合った。
【うぇ! 何これ⁉︎】
私が驚くとおじいちゃんは会釈をしてそのまま歩いて行ってしばらくして消えてしまった。
『わしが人の思いごと食うせいで、魂がそこらを彷徨っておるのじゃ……まぁ、わしの側なら手出しはしてこん』
『さっきの老人は座敷牢でわしに飯を持ってきた男じゃな……悪人では無かったが、父が村を豊かにしたので思想に心酔しておった』
思い出せば私が見た座敷牢の夢にあのおじいちゃんがいた。
【鬼様……座敷牢のこと覚えてるんですか?】
夢の最後には忘れてるみたいだったのに今は懐かしむように語っているギャップに違和感を覚える。
『吐いたせいかの? 今は昔のことが色々思い出せる。
わしの内側で蠢いておった感情がスッキリ整理された感じじゃな……』
そう言うと、鬼様は私の方を見て穏やかに笑った。
それから鬼様は歩きながらいろんなことを語った。
自分に付きまとってきた千年前の武者達、お腹の子供を庇おうとした妊婦、生贄を差し出して見逃してもらおうとした町人達、いきなり口説いてきた変な男、六十年を一緒に過ごした生贄の男性。
『思えば、わしが人らしい味覚を取り戻したのはそいつと暮らしているうちだったか……のう、長寿郎?』
話しながら鬼様が振り返ると繕ったボロボロの着物を着た白髪の老人が立っていた。
【久しぶりだな……】
老人が口を開くと鬼様が笑顔を深めて顔を覗き込むように身を屈めて近づいた。
『久しいな、長寿郎! わしに食われた感想は?』
いきなりそんなことを言う鬼様に思わず私が絶句してしまう。
頭を抱えていると長寿郎さんがガハハと声を出して笑った。
【死にかけていたので、食われた瞬間は覚えてませんよ……まぁいずれはこうなるかもとは思ってましたが】
長寿郎さんがそう言うと鬼様はつまらなさそうに唇を尖らせた。
『わしはお主が鬼になるかもしれんと期待しとったのじゃがな……』
鬼様の言葉に長寿郎さんは目を細めて私を見た。
【ではこの子は鬼になるのですか?】
突然私の話になって反応に困っていると鬼様が私の頭に手を置いた。
『馬鹿いうな……こやつは魔法少女じゃぞ』
【ちょっと鬼様⁉︎】
初対面の人、しかもおじいちゃんに魔法少女って紹介するか、と焦って鬼様を見ると鬼様はニヤニヤ笑っていた。
長寿郎さんは困惑気味に首を傾げている。
【なんですか、それ?】
『わしにもわからん!』
鬼様はそう言いつつ私の頭を乱暴に撫でる。
【鬼様! 説明したでしょ⁉︎ 魔法少女っていうのは誰かの為に手を伸ばす人です!】
私が説明すると長寿郎さんは興味深そうに自分の顎を撫でた。
【神か仏のような存在ですか?】
『馬鹿言え、神は人を助けん。こやつは神でも仏でもましてや鬼でもない、だからわしにもよくわからん』
そうこう言っているうちに再び地面が揺れた。
『このような奇跡は二度と起こらんじゃろう……名残惜しいが、しばしの別れじゃな』
鬼様がそう言うと長寿郎さんは頷き、軽く頭を下げてから消えてしまった。
『では、また歩くか……』
【鬼様の昔話を聞いたので今度は私が昔話をしましょうか?】
鬼様の手を握って再び歩き始めて、私は覗き込むように鬼様に語りかけた。
『なんじゃ、藪から棒に……?』
【鬼様だけ語るのは不公平かなって思ったので……】
私がそう言うと鬼様は好きにしろ、と答えた。
私は鬼様ほど語ることも多くないけどと話を続ける。
ソフトクリームを初めて食べた時、感動で動けなくなったこと。
コガネちゃんの目をはじめはカラコンだと思ってたこと。
両親の最後の顔を見て後悔したこと。
鬼様は何も言わずに途中で頷きや反応を挟むにとどめた。
話しながら歩いていると一本の川が目の前に流れていた。
『来る途中には見当たらなかったが……さては揺れで地形が変わったか?』
川の水は白く濁っていて。ツンと鼻を突くような匂いがした。
【なんですか、これ?】
『座敷牢で飲んでおったありがたい酒じゃろ……飲めばしばらく動けんうえに酷いと子供を産めなくなる』
【毒じゃないですか⁉︎】
私の言葉に鬼様が嫌そうな顔をして頷いた。
『はぁ、幸い流れは遅いし歩いて渡れるか……歩、背に乗れ』
そう言うと鬼様は屈んで私をおんぶしてから歩き始めた。
『なるべく吸うな、わしの着物に口をつけておけ』
川は浅くて鬼様の足元を濡らす程度だったが、中まで来ると強烈な匂いを感じた。
私は鬼様の服に顔を埋めてやり過ごしていると鬼様が語り始める。
『苦い、甘い、酸っぱい、辛い……人の欲望が溶け込んだ神酒は座敷牢で数少ないわしが味を感じられるものじゃった……その後の儀式は最悪じゃったがな』
そう言うと、鬼様は長くため息をついた。
『お主の先祖に封印された時、判断が鈍って逃げられなかった。
理由がわからずにずっとそのことを後悔にしておったが……今ならわかる。
怖かったんじゃろうな……たくさんの人に囲まれるのが、鬼になってから無防備に無手の人を近づけたことなどなかったからな』
そうして川を渡り切った頃に鬼様は私を背から下ろした。
【今でも怖いですか?】
私が聞くと鬼様はまたため息をついた。
『怖くないわけがなかろう……薄くなっても消えることはない、心の傷とは、過去とはそういうものじゃ……』
言い終わると私と鬼様はまた、手を繋いだ。




