第三十九話 愛と希望と私の魔法少女
一日経っても、コガネちゃんと話ができない。
三日経っても鮎喰さんはどこにもいない。
一週間経っても鬼様は何も言わない。
静かすぎる毎日がただ過ぎていく。
鮎喰さんの住んでいたマンションは大規模失踪事件として報道されて、無人になったマンションには規制線が張られていた。
建物は鬼様が直したんだろう。
あの日戦った沼はどこにも残っていなかった。
団地は解体が終わって更地になっていた。
団地で助けた女性は退院したのか病室が空になっていた。
魔法少女として戦った証拠が少しずつ消えていた。
「今も夢見心地で、鮎喰さんなんて……明日になったら登校してくるんじゃないかって思うんだ」
家の蔵であの日から毎日、家に帰ると鬼様に話しかけている。
鬼様からの返事はない。
「多分これが鬼様とコガネちゃんの狙いなんだよね……鮎喰さんの死を私に背負わせないために……」
返事はない。
「ふざけないでよ! 私はそんなこと頼んでない!」
思いのままに壁を殴りつけて、ジンジンと腕が痛んだ。
「また、来ますから!」
◆
その日は終業式だった。
午前中で学校は終わりで、今日から夏休みだ。
だというのに、私は誰もいなくなった教室で、自分の席から動けずにいた。
コガネちゃんは既に教室にいなくて、一人きりだ。
「渡辺、帰らないのか?」
そうしていると山田先生が私に話しかけてきた。
「ちょっと、夏休みが嫌だなぁって」
曖昧に笑ってみせると先生は私の席の前に椅子を置いて座った。
「お前……そんなに学校好きなタイプじゃないだろ……如月と喧嘩でもしたのか?」
「なんでわかるんですか?」
驚く私に先生は苦笑いを浮かべた。
「それはわかるさ、ずっと一緒にいたのに最近お前達、離れ離れだったからな」
「喧嘩……とかではないんです。ただ、どうすればいいのかわからなくて……」
私の話を、先生は目を瞑って頷きながら聞いていた。
その態度に若干ムッとなりながらも私は話を続ける。
「夏休みになるとコガネちゃんと話をするチャンスがなくなって、このまま話せる機会もなくなって……友達じゃなくなっちゃう気がして、そう思うと夏休みが憂鬱です」
私の話が終わると先生はスマホの画面を見せてきた。
メッセージアプリの友だち一覧だ。
「先生は大人になってから会ってない友達がたくさんいる。でもな……今でも全員友達だと思ってる……話せる話せないは関係ないよ、友人っていうのは結局話したいと思うかどうかだ」
先生はスマホをポケットにしまうと立ち上がって鍵を取り出した。
「そろそろ教室の鍵を閉めたいから教室から出て……話したいと思うなら如月に連絡してみろ、案外相手も話したいと思ってるかもしれないぞ!」
そう言って山田先生は私に外に出るように促した。
/
校舎から出て、スマホを確認する。
先生のアドバイス通りにコガネちゃんに連絡しようとして、二度と話しかけてこないで、と言われたことを思い出した。
「……はぁ」
直接電話するのはやめて校舎前で待ってるとメッセージを送ってみる。
なんだか緊張して変な汗が出てきた。
『陰気くさい顔をしておるなぁ、なにか悪いものでも食ったのか?』
突然私の口が動いて言葉を紡いだ。
「おに……さま?」
目を見開く私の口角が僅かに吊り上がる。
『おう、驚いたか?』
ここしばらくずっと話しかけていたのに、言葉を返してくれなかった鬼様がいつもの調子で話しかけてくる。
私の頬にポロポロと涙が伝った。
「今まで……どごいっでだんでずが! わだじ……毎日、声がげでたのに!」
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしていると鬼様がハンカチで顔を拭った。
『はあ〜酷い顔じゃ……いや、本当は二度と会う予定は無かったんじゃが、ドジを踏んでもうてな』
鬼様の言葉の意味を理解する前にドンッと地面が揺れた。
『歩、よく聞け……祖母は無事じゃ、お前は祖母と一緒に逃げよ』
再びの爆発音と共に、私の家がある山を回遊魚の群れのような赤い雲が呑み込んだ。
「鬼様! 何があったんですか⁉︎」
鬼様は答えない、鬼様の本体、御神体は山にある。
「鬼様に何かあったんだ……」
駆け出そうとした時、私の腕を誰かが掴んだ。
「どこに行くんですか?」
息を切らしたコガネちゃんが強い力で私を掴んでいた。
「家にハングリーが! あそこに鬼様が――」
「行ってどうするんですか! 鬼様はもういない、魔法少女の力はないんですよ!」
叫ぶように放たれた言葉、コガネちゃんの目には僅かに涙が滲んでいた。
私を心配してくれてるのがわかって、思わず少し笑顔になる。
「もう話したくないんじゃなかったの?」
揶揄うように問いかけるとコガネちゃんが腕を掴んだまま俯いた。
「……私から話しかけているのでセーフです……」
力なく放たれた言葉が空気に溶けるように消えていく。
私はコガネちゃんの肩に手を置いて笑いかける。
「大丈夫、鬼様を連れて戻ってくるから!」
私の言葉にコガネちゃんの眉間に皺が寄って目が見開かれる。
「そういうところが馬鹿だって言ってるんです! 死んだらどうするんですか! ……鮎喰さんもいなくなって、歩ちゃんまでいなくなったら私……私は、どうしたらいいんですか?」
今度こそ、それは悲鳴だった。
胸を裂くような言葉の後、コガネちゃんはただ静かに涙を流していた。
私は、そっと私を掴んだ手に手を添える。
「私を信じて……」
そう言った私をコガネちゃんは強く睨んだ。
「私が信じた鮎喰さんは、あんなことになってしまいました。
私はもう大切なものを失いたくない……」
鮎喰さんがどうなったのか、私は知らない。
私が知らなくてもいいようにコガネちゃんと鬼様が守ってくれたからだ。
だからこそ、私は言わなければならない。
だって私の理想は二人が守ってくれたんだから。
「魔法少女を信じてなかったら、お父さんとお母さんが死んだ時、私は部屋から出てこれなかったと思う。
鮎喰さんが私を魔法少女って呼んでくれたから、二人が私を守ってくれたから、だから大丈夫……
だって私は魔法少女だよ! 負けない、めげない、逃げない、そして最後には必ず勝つ! だから愛と希望を信じて!」
「馬鹿ですね……」
コガネちゃんが諦めたように笑った。
「うん、現実ばかり見てると頭おかしくなるからね、たまに馬鹿で、魔法に夢見てるくらいの方が人生楽しいよ!」
私がそこまで言ったところで、コガネちゃんが私の腕を離した。
「私も、馬鹿になってみます。
愛と希望と私の魔法少女を信じます。
だから、後悔させないでくださいね」
コガネちゃんは私を抱きしめると、そっと私から離れた。
強く頷いてから私は家に向かって走り出した。




