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魔法少女オーガブルー  作者: 大熊鹿
第一章
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第四話 社会には楽しい事がいっぱいある

 我が家に祀られている鬼の伝説は今から五百年以上前に遡る。

 当時、都で暴れ回っていた一匹の鬼がいた。

 美しい青い髪に金の目をした女神のような鬼は、やがて神職をしていた私のご先祖様によってその名を刻まれた木簡に封印された。

 それ以来、代々私達の家系が守り受け継いできた。

 もう二度と、美しき鬼神が暴れ出さぬように。


 ◆


『……み、あゆ…、歩!』

「ん……お母さん?」

 周囲を見渡しても誰もいない。

『何を寝ぼけておる、今日は土曜日……約束の日じゃぞ!』

 私の口から鬼様の言葉が飛び出す。

 土曜日ということは、鬼様に体を貸す日だ。

「私のわがままの代わりに土曜日はお休みって話だったよね!」

 確認すると鬼様が機嫌良さそうに頷いた。

 衣装チェンジのお願いの時に割に合わないと言い出したので私から提案したのだ。

『さて、久しぶりに好きに人里を回れるぞ!』

 両手を上げて万歳の姿勢のまま走り出しそうな鬼様を全身に力を込めて止める。

 昨日の山田先生の時に思ったけどこの鬼は好き勝手させたらダメな気がする。

「鬼様、ルールを決めましょう……」

『ほう、るーるとな?』

 そう、昨日だって問い詰めたら『周りに人がいる時に変身解くなと言わなかっただろう』とか言い始める始末だった。

 あの後先輩の口止めするの大変だったし。

 本人は絶対言わないって言ってくれてたけど。

 なるべく明確にルール決めておかないと何するかわからない。

 鏡の前で正座して向き合ってる雰囲気を作る。

「その一、人を食べてはいけません」

『何故じゃ?』

 何故、その言葉に眉がぴくりと動く。

 やっぱりちゃんと言葉にしておいて良かった。

「当たり前じゃ無いですか! なに人の体で食べようとしてるんですか!」


『ちゃんと本体にあるわしの胃袋の方に送られるから、お主の腹を割っても何も出て来んぞ!』


「そういうことじゃ無い! とにかく人を食べるのはダメ絶対!」

 ブー、と鬼様が唇を鳴らす。

 そんな態度でもダメです。

「次です。建物を壊してはいけません」

『寝屋が無ければ困る者もおるものな……誰も住んでおらん建物ならセーフじゃよな?』


「セーフでは無いです!」

 さてはこの鬼様はこの間のカラス怪人のことで味を占めているな、と鏡を見るとめちゃくちゃ不満そうな顔と目が合った。

『納得できん……』

「守らないなら体は貸しません」

 あんなに元気そうだった鬼様がどんどん小さく萎れていく。

 なんだか悪いことしてる気分だ。

『なんじゃ、人里でちょっと暴れようと思っとったのに……』

 全然可哀想じゃなかったね、うん。

「最後に、おばあちゃんの言うことよく聞いて。人に迷惑かけないようにね」

 なるべく優しく微笑むと目にうるうると涙が滲んだ。

 鬼様、ちょっと泣きそうだ。

『何もできんでは無いか……』

 力を抜くと捨てられそうな子犬みたいな表情になる。

 あんなに強いのに良心に訴えかけてくるのやめてほしい。

「今の社会には鬼様の頃よりも楽しい事がいっぱいありますよ、ところで体をかすってどうやるんですか?」

『そうじゃな……眠るように意識を沈めればいいだけじゃ、約束の夕方までは寝かしといてやる』

 鬼様の言葉を聞いて試すように内側に意識を集中させる。

「ルールは守ってくださいね……」

『はぁ、わかった……』

 溶けるように沈んでいく意識の中で確かにそう聞こえた。


 ◆


『さて、どうするかの……』

 歩の意識が沈んで体が自由に動かせるようになる。

 当初の予定、人里の襲撃は出来なくなった訳じゃから。

 とりあえず暇となってしまった。

  腹をぽりぽりと掻きながら、とりあえず下の階に降りると味噌と魚の焼ける匂いが漂ってきた。

「おはよう歩、ご飯できてるから片付けてね」

 歩の祖母が朗らかに告げる。

『わしは今、歩では無いぞ』

 わしの言葉にしばらく考え込むように顎を触ると祖母はそうでしたね、と微妙な顔をした。

「鬼の伝説は知ってますけど実際に目の当たりにすると変な感じですね」

『なんじゃ、お主らが封印したんじゃろ』

 食卓につき、歩の食器の前に手を合わせる。

『いただきます』

 箸を使って端から崩すように魚を口に運んでいく。

 ふと視線を向けると祖母が目を見開いてじっとこちらを見ていた。

『なんじゃ、見られながら食うのは慣れておるが……気分が良いものでは無いぞ』

「いえ、随分と綺麗に食べるのだな、と思いまして」

 わしをなんだと思っておる、と呆れてみせる。

 鬼か。


  白米に魚、汁物。

 贅沢な暮らしをしておるな、骨と皮を皿の端に丸めるように箸で避け、米粒を残さぬように寄せながら口に運ぶ。

 全て食べ終わり、軽く息を吐いてから手を合わせた。

『ごちそうさまでした』

『さて、祖母よ。わしは今日やる事が無いのじゃ、歩にはお前の言うことを聞くように言われておる』

 祖母はしばらく考える所作をすると歩と同じ赤茶色の目でわしに笑いかけた。

「では、歩の真似をしてみるのはどうでしょうか……ひとまずは食器を片付ける所から」


 /


  食べ終わった後、石鹸を使って自ら皿を洗い、蔵から箒を持ってきて境内の掃除。

 悲鳴も憎悪もなし。

『なんと言うか、退屈じゃな……』

 落ち葉が多い季節では無いのでゴミは多くない。

 参道に落ちた石を拾って見た目を整えた後、家に戻った。


『戻ったぞ、次は何をすればよい?』

「それでは一緒に買い物に行きましょうか」

 祖母の言葉に思わず眉を顰める。

『何故、わしが買い物なぞに行かねばならん?』

「歩はよくつい来てくれます」

 んー、と軽く地団駄を踏んで外に出る準備をする。

 約束は約束なのじゃ、破るわけにもいかん。

『買い物なんぞ初めてじゃ、欲しければ奪えばよかろう!』

「では初めての経験ですね」

 皺の寄った笑顔を見せる祖母は人が良さそうに見えて意外と老獪だった。

 

 /


 祖母は背後からついてきて重いものを持つだけでよいと言ってわしをでぱーと、という場所にやって来ていた。

 歩の中から何度か覗いた事があったが、信じられん数の物品が毎日の様に並んでおる。

『祖母よ、アレがほしいんじゃが』

 わしは見慣れた文字の刻印された透明な容器に入った液体を指差した。

「鬼様、歩は未成年ですのでお酒は出せませんよ……」

 睨んでやると口だけ変に歪んで困った表情になった。

『もう言わん!』

「代わりに何か買いますよ」

 祖母が告げるが、そもそも何があるかなどわからん。

「酒も肉もダメなら、何か甘味を」

 祖母は静かに頷くと赤い板を棚から持ってきて籠に入れた。

 どうせ何かなどわからんから特に聞かなかった、食べ物ならなんでも良い。

 どうせみな同じだ。

  商品を物色する祖母から目を離すとふと周囲を何度も見渡す男が目に入った。

 顔に白い紙と黒いガラス板を付けた男は何度か周りを見渡して棚にあった商品を懐にしまった。

『祖母よ、商品を懐にしまうのは構わんのか?』

「ダメですよ、盗んだと思われますから」

 足早に出口まで歩く男を目で追いながら祖母に問うと、その様な答えが返ってきた。

『なるほど、つまり奴は盗人という奴じゃな』

「え? その奴というのはどこ行ったんですか?」

 指を指して見せると慌てた様子で祖母が捕まえといてください、と口にする。

 仕方ないので軽く駆け足で追いついて腕を掴んだ。

「な、なんだよ!」

 男が腕を引っ張るが、その程度でわしを振り解けるはずもない。

『おぬし、盗人じゃな……』

 わしの言葉に一瞬狼狽えて見せるが容姿を見てすぐに態度を変えた。

 わしは今、歩の姿で幼く見えるから舐められておる様じゃ。

 大変気分が悪い。

「は? 証拠あるのかよ!」

『わしが我慢しておるのに……なんじゃその態度は!』

 相手を掴む手に力が入る。

「あだだだ! い! おっ折れる!」

『盗人は腕を切り落とすという、その両手は既に要らんのだよな?』

 このまま引きちぎってやろうとした時、ぽんと頭に手が乗った。

「歩、その辺で勘弁しといてあげなさい」

 振り向くと祖母が店の者を連れて立っていた。

  /


 結局、盗人は店の者に突き出してわしは袋三つ分の荷物を持って帰ってきたのだが。

『何故わしが正座させられておる?』

 帰ってくるなり座る様に言われて椅子に座ると地面に座る様に言われた。

 わし悪いことしておらんぞ。

「私が行かなければあの人をどうしてましたか?」

『腕を千切ってやろうとしていたな、食ってはいかんが舐められっぱなしは面白くもないゆえ』

 発言を聞くと祖母は目を伏せてため息をついた。

「まず、万引き犯……盗人を捕まえたのは偉いです。

 ですが、人に怪我をさせてはいけません」

 祖母の言葉にため息が溢れる。

 罪人に罰を与えることさえ許されんとは、なんとも面倒な世の中になったものよ。

『わかった……!』

 膝を立て、頬杖をつくと視線だけで祖母を見上げる。

 わしの様子にまたしても困った様に笑みを浮かべた。

 そして、袋から赤い板を取り出して包みを取ると茶色い泥の塊の様なものをわしに差し出す。

『なんじゃこれ?』

「チョコレート、今の時代では一般的な甘味です」

 祖母が持ったものにそのまま齧り付き、口に入ったものをネチャネチャと咀嚼する。

『薬か? 独特の風味と焦がした豆のような苦味、それに信じられんくらい甘いな……だが心地の良い範囲に収まっておる』

「お気に召しましたか?」

 口の端についたちょこれーと、を指で拭って舐め取る。

『まぁ、悪くは無い』

 そう告げると祖母は満足そうに頷いた。

 

  /

 

 部屋に戻って寝床に腰掛ける。

 そもそも、わしは食事を必要としない。

 わしが食うのは信仰、思い、祈り、それらに付随する感情そのものだ。

 神社に人が参る限り飢える事は無く、人の肉も感情が乗っているから美味に感じるに過ぎない。

 だが、あの甘味はただ飲まされていただけの酒よりは、

『悪くは無かったな』

 時間は現在夕方の六時、約束の時間だ。

 わしは体の奥、沈んだ歩の意識を引っ張るように集中した。


 ◆

 

「……み、あゆ…、歩! 起きろ、約束の時間じゃ!」

「ふぇ? 鬼様、おはようございます」

 周囲を見渡して外が暗くなっているのを確認する。

 本当にあっという間だった。

『約束通り、ちゃんと人も物も壊しておらんぞ』

「それは偉いですね、鬼様天才!」

 なんだか眉間に皺がよってる。

 褒めたつもりなんだけど。

『おぬし、時々わしを馬鹿にしておるよな……』

「してませんよ、私は極力嘘はつかない主義なので!」


『正体隠しておるのにか?』

 痛いところを突かれて押し黙ると、鬼様がふっと息を吐いた。

『おぬしが言った通り、世の中には楽しい事がいっぱいあるな!』

 鬼様が唐突に視線を横に向ける。

 私の視線には大切に残していたお菓子達、その空箱が置かれていた。

「え、鬼様……中身どうしたんですか?」

『うむ、悪く無かったぞ!』

 鬼様の言葉に思考が付いていかない

「おばあちゃんは止めなかったんですか?」

『気に入ったならどうぞと言っておった』

 呼吸が荒くなって膝から崩れ落ちる。

「鬼様のバカー!」

『ハハハ、お前の悲鳴が一番楽しいぞ!』

 鬼様との言い争いはおばあちゃんが怒鳴り込んでくるまで続いた。

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