第三話 魔法少女やってます
現在予鈴一分前、体育教師が校門を閉じようと手を掛けていた。
「間に合わない!」『わしの出番か?』
確かに鬼様なら校門までの距離は一瞬かもしれないけど、それは目立ちすぎる。
陸上世界記録を出してあだ名が新幹線になってしまう。
この状態からバレないように学校に入るには、
「鬼様! 屋上まで跳べますか⁉︎」
『仕方ないの〜』
グッと足に力を込めると景色が下に向かって吹き飛んでいく。
一階、二階、三階と校舎をあっという間に飛び越えて。
止まらずに校舎もう一個分程上空に放り出された。
「飛びすぎ!」
屋上の真上で上昇は頂点に達して浮遊感と共に体が落下していく。
この速度で落ちたら死ぬ、頭に死の予感が過ってバタバタしていると腰から羽衣がパラシュートのように広がって勢いが落ちた。
「ヘブゥ!」
殺しきれなかった勢いのまま屋上に落下して思わず変な声が漏れた。
「ああ、絶対擦りむいた!」
地面についた膝と手のひらを確認すると薄らと青く光っていた。
『ちゃんと防御しておるぞ、馬鹿め』「馬鹿とはなんですか!」
「なんかスゲェ音したけど、大丈夫か?」
私達が言い争ってると目が合った。
茶色い髪を切り揃えて制服を着崩した男子生徒、制服姿のラインが緑だから三年生、先輩だ。
そして私は今、一人で騒いでた後輩という事になってしまう。
カッ、と湧き上がるように顔が熱くなる。
『何見ておーー』「なんでもないです! コケただけ!」
鬼様の言葉を途中で遮り、傷ひとつない両手を相手に広げて見せる。
「おう、大丈夫ならいいんだが……授業始まるぞ!」
「はい! 親切にどうも、失礼します!」
逃げるように屋上から出る。
顔を覆った手のひらが冷や汗がびっしょり湿っていた。
『なんじゃ、あやつ…….食ってもいいか?』
「良いわけないでしょ! 不良っぽいけどちゃんと心配してくれた良い先輩なんですから!」
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「今日は朝から散々だったよ……」
購買のパンをモソモソと口にして牛乳で流し込む。
「ちゃんと早起きして学校に来れば良いんじゃないですか?」
傍から見たら閉じてるように見える糸目に肩甲骨まで伸びた藍色のストレートヘア、大和撫子を絵に描いたような少女が綺麗な箱に入った弁当を規則正しく口に運ぶ。
「コガネちゃんには言えないんだけど、やるべき事があるの!」
「重そうな荷物持ったおばあちゃんでもいましたか?」
同じクラスの如月 黄金は呆れたようにため息をこぼす。
確かに以前はそれで遅刻したこともある。
「今回は違うの!」
「困った人を見過ごせないのはあゆみちゃんの美徳ですけど、自分の事もちゃんと考えてくださいね」
コガネちゃんの言葉にグッと胸が熱くなる。
それと同時に少しの罪悪感。
私はこんな最高の友人に正体を隠していていいのか、いやよくない。
食事を終えて手を合わせた後、食べ終わった弁当を片付けるコガネちゃんに向き直る。
「コガネちゃん、私実はーー」『歩、怪人じゃ』
「かい……じん……?」
突然私の口から出た言葉にコガネちゃんが首を傾げる。
「なんでもない! ちょっと野暮用ができたから」「ーーあゆみちゃん!!」
そう言って教室を出ようとする私を背後から呼び止めた。
僅かに赤い瞳が隙間からのぞいている。
「何?」
突然大きな声を出したコガネちゃんにクラス全体から視線が集まりつつある。
「ううん、ただ……私は何があってもあゆみちゃん達の味方だから、何かあったら遠慮なく頼ってね……」
大袈裟なことを言う幼馴染にうん、と返事をして廊下を早歩きで駆け抜ける。
『あやつ、なかなかに面白い小娘じゃな……正体を話してもいいんじゃないか、オーガなんちゃらだとな……』
「正義の味方は正体バラさないって相場が決まってるの!」
ふーん、と気のない返事をする鬼様にため息をこぼしながらゾクゾクと変な気配がする方向、中庭を目指した。
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二メートルを超える巨体をゆらゆらと前後に揺らしながらまるで二足歩行の熊の様に中庭を闊歩していた。
「何あれ?」
今までの怪人は動物っぽかったのにアレは肌が歌舞伎役者みたいに白いけどどう見ても人だ。
『虫が人に寄生したんじゃろう』
「アレって人にも寄生するの⁉︎」
私の言葉に鬼様がアリでも見るようにガラスに映った私を見た。
『人と獣に差など無かろう、アレにとってはより良い器じゃ』
色々と納得できないところはあるけれど、放ってはおけない。
「鬼様! 変身するよ!」
『ーーしばし待て……』
「なんで⁉︎」
ニヤニヤと笑う私の顔がガラスに映った。
『幸いにもここには人が山程おるのでな、二、三人くらい食って肥えてくれた方が美味じゃろう』
とんでもない事を言い始めた鬼様の頬、自分の頬を思いっきりビンタする。
『ッ! 何をする!』
「わざわざ怪人に人を襲わせるヒーローがいるか!」
眉間に皺を寄せる私を鬼様が再びガラスに映った姿を睨む。
『勘違いするなよ……わしの力が無くば貴様は戦えんだろう!』
「それを言ったら私の体が無かったら鬼様だって虫食べれないでしょ! 勝手ばっかりするならもう二度と虫食べてあげない!」
ぐっ、と喉から短い声が響いた。
私が本気で抵抗すれば鬼様は私の体を動かせない。
鬼様が私のいう事聞かないなら虫なんて食べてあるものか、と強くガラスに映った自分を睨む。
『はぁ、わかった。致し方なしじゃな……』
気が抜けた言葉と共に全身が青い光に包まれていく。
「鬼様! まだ準備前です!」
『死なせたくないなら早くせよ!』
視線を怪人に向けると渡り廊下を歩く女子生徒の方を見ていたのがわかった。
まずい、と反射的に踏み込んだ左足は地面を抉って、走り出した怪人よりも先にメガネをかけた女子生徒の前に飛び出し、鉤爪を受け止めた。
ゴリッ、と嫌な音が鳴って脂汗が額から噴き出る。
よく見ると怪人の攻撃を受け止めた腕の形が変だ。
完全に折れてる。
「だ……誰なんですか?」
庇った女子生徒、黒髪をおさげにした先輩に努めて笑顔で答える。
魔法少女は常に笑って人々を守るものなのだ。
「……通りすがりの……魔法少女です!!」
私の言葉に反応したように怪人の逆の手が私に迫る。
それは羽衣が絡めとるように防御した。
『力はそこそこじゃが……それだけじゃな』
まるでおもちゃに興味を失った子供のように鬼様が軽く蹴ると怪人はまるでぬいぐるみのように吹き飛び、裏庭の桜に激突した。
上がった土埃の中から血のような赤い眼光がこちらを覗き、地面を震わせるような咆哮が窓ガラスを揺らす。
その隙に腕に光が集まってゴリッと嫌な音を立てて元の形に修繕されていく。
『なあ、あいつは食ってもいいじゃろ? 形は変わっても人の肉じゃ!』
怪人を指差して涎を垂らす鬼様、魔法少女っぽくないからやめてほしい、人だって見てるのだ。
「ダメです! なんとかして助ける為にもまずは行動不能に追い込みますよ、変な怪我させないように!」
涎を拭きながらの答えにちぇっ、と鬼様が不満を漏らす。
それを隙と見たのか怪人は真っ直ぐ、ダンプカーのように肩から突進してきた。
『芸が無いぞ……』
青い光に包まれた右腕は今度は一切の痛痒無く怪人の一撃を受け止めた。
そのまま、鬼様は相手の腕を掴んでボールのように持ち上げるとはるか上空へ放り投げた。
『どの程度なら死なないんじゃろうな……』
「考えずに放り投げたんですか⁉︎」
鬼様の言葉に焦って手をワタワタさせていると羽衣が腰から外れて校舎の壁に張り付き、まるで蜘蛛の巣のように広がった。
『安心しろ、原型を留めるように痛ぶるのは慣れておる』
「痛ぶっちゃダメだから!」
笑う鬼様に注意していると羽衣に絡まるように怪人が落下して拘束された。
怪人は変わらず暴れているが、鬼様の力の結晶である羽衣を振り解けない。
「どうしましょう、とりあえず医者とか……」
私の問いかけに鬼様が首を傾げる。
『そもそもこやつを拘束できるのか? 熊より力があるが、核に体の中を逃げ回られれば厄介じゃし、ここで取ってしまうのが手っ取り早かろう』
羽衣が怪人を拘束したままその顔を私達に近づける。
そして、何も言わないまま鬼様が怪人の口に手を突っ込んだ。
「ぎゃー! 何やってるんですか鬼様!! ヌルヌルするよー!」
『黙れ、今集中しておる。』
体から発せられるオーラが糸のように怪人の体内を巡っていくのがわかる。
その糸が怪人の全身に行き渡り、心臓の横に奇妙な力の塊を感じた。
『見つけたぞ!』
力は追い込み漁のようにその一点に向かって集中していき、やがて丸い玉状に力の塊を包み込んだ。
そして一気に腕が引き抜かれる。
「ヴェェェエエ」
口から手を抜くと怪人が呻き声を上げた。
私達の手に怪人の核が握られ、怪人は血の塊を吐いてる。
「ぎゃー、鬼様! この人死んじゃう!」
『騒ぐな、傷は塞いどるから死にはせん!』
意識が怪人に向いてるうちに私の口に核が放り込まれる。
「ンー!」『ふむ、こやつの血がなかなか良いアクセントじゃ……肉もあればなお良かったが……』
「良く無い!」
文句を言った口からほんのりと鉄の味がした。
核を取り出した怪人はみるみる萎んでいき、普通の人の姿になった。
というか、担任の山田先生だった。
「山田先生、あんなに変わり果てた姿に」
拘束を解いて地面に寝かせると助けた女子生徒が私に近づいてきた。
「後のことはお願いしてもいいですか?」
私が頭を下げると彼女はメガネをかけ直して頷いた。
「あの、お名前を教えていただけますか?」
頬を赤らめる彼女に私は腰に手を当てて指を指す決めポーズをとった。
「私は魔法少女! オーガブルー! 正体は秘密です!!」
そして一気に跳躍すると今度はゆっくり屋上に着地した。
屋上で変身を解いた。
深呼吸をして先程の一連の流れを何度も反芻する。
「きゃー! やった! やりましたよ鬼様!!
これが人の夢、全世界の少女の憧れ! 魔法少女のあるべき姿です!!」
腕をぶんぶん振り回し、シャドーボクシングのように笑顔でパンチを繰り返していると鬼様が呆れたようにため息をついた。
『そうか、歩……ところで、見られておるがそれは良いのか?』「は?」
朝に会った茶髪の先輩と目が合った。
一体どこから、私の思考に応えるように先輩が両手を前に出した。
「ちが……俺は何も見てない!」
『こやつは最初から見ておったぞ!』
鬼様の言葉に血の気が引くと同時に顔が赤くなる。
「ど…………どうも、魔法少女やってます……」




