第三十三話 信じているので
「葉月……そろそろカード返してもらったりとか」
「申し訳ありません、旦那様に頼まれておりますので……」
洗濯物を運ぶ緑色の髪の女性、葉月は困った表情を浮かべて私に答えた。
カードを没収されたのは最近、団地、ドローン、病院と如月家の力を行使しすぎたせいだ。
夏休みには本家に顔を出すようにも言われている。
思い出して不機嫌になっていると葉月が頭を下げて二階に上がっていった。
「はぁ、仕方がないとはいえ、やりすぎましたか……」
実家に帰っても老人連中の機嫌取りをやって、ひたすら婚約の打診を躱すくらいしかやることはないのだから歩ちゃん達と遊びたいのだけど。
そんなことを考えているとスマホが震えた。
画面に表示される名前は歩、現在は十一時、電話をするには遅い時間だけど……何かあったのかと急いで通話に出た。
「歩ちゃん、こんな夜中にどうしたんですか?」
《コガネか……少し話がある》
落ち着いた古風な口調で話す親友の声、鬼様からの呼び出しだった。
「お嬢様、こんな時間にお出かけですか?」
上着を羽織って玄関に向かうと二階から降りてきた葉月と鉢合わせた。
「少し出てきます……」
「こんな時間ですからせめて睦月に送らせてください」
諫めるように告げた葉月を両目を開いて睨みつける。
「ただの暴漢が私を害せる訳ないでしょう」
「そ……れは、そうですが」
しどろもどろに答えるのを見て目を細めて微笑み、私は家を出た。
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私が待ち合わせ場所のコンビニ前に到着した時、歩ちゃんの体を動かした鬼様はラフな部屋着姿で既に待っていた。
「お待たせしました」
『ん? わしも今来たところじゃ』
まるでデートの待ち合わせのような会話をした時、ふと普段は赤茶色をした歩ちゃんの瞳が金色なことに気がつく。
服が冷や汗で肌に張り付く、私の中に流れる鬼の血が警告する。
目の前の存在は容易く私を葬り去れるものだと。
『そう緊張するな……いきなり取って食いはせん』
鬼様に肩を叩かれてピクリと体が跳ねる。
恥ずかしくなって拭うような仕草で髪を後ろに流すと緩い初夏の風が肌を撫でた。
「何か問題でもありましたか?」
私が呼び出された理由を尋ねると、鬼様は少し目を伏せた。
普段、元気な歩ちゃんとは違って落ち着いた仕草はどこか色気のようなものを孕んでいる。
動かす人間が違えばここまで変わって見えるのか、と思わず息を呑んだ。
『歩と話をした。
魔法少女とは誰かの為に手を伸ばす者なんじゃと』
「それは……歩ちゃんらしいですね」
目の前で誰かが傷ついていたら迷わずに走ってしまう。
そんな歩ちゃんだからこそ、私達は友達なんだと思う。
『そうじゃな……だからこそ、わしは歩の理想を守りたいと思う』
鬼様の目が光を反射して光った。
『お主に話したいのは玲子のことじゃ』
鮎喰さんのこと、と言われて文化祭での歩ちゃんを思い出す。
「でも、鮎喰さんは歩ちゃんを傷つけるようなことはしません」
私が言い切ると鬼様は眉を下げた。
『まだ可能性の段階だが……もしもわしの懸念が当たっていたなら玲子の意思は関係ない、だからお主に保険を託すことにする』
鮎喰さんの意思が関係ないというのは、思い当たるのは感覚的な情報共有。それにカラオケで言っていた声……
「ハングリーの意思ですか?」
私の言葉に鬼様はしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
『万一の時はわしが玲子を殺す。
歩には手を出させない……だからわしに代わって、お前が歩を眠らせろ、わしでは歩に抵抗されてしまうからな』
殺す、という言葉を反射的に否定しかけて、すぐに口を噤んだ。
ギリっと強く歯を食いしばり、絞り出すように鬼様に問いかける。
「……それで、本当に歩ちゃんを守ることになるんですか?」
私の言葉に鬼様が苦虫を噛み潰したような顔をした。
『ならん、じゃろうな……だからこそ、わしはこの保険が機能した時、玲子を殺したという事実ごと歩の前から消えるつもりじゃ……そうすれば少しはマシになるじゃろ』
それでも、最後にはなんでもないことのように鬼様は告げた。
既に鬼様の中では結論が出ているのだろう。きっと私が何を言っても結論を曲げることはない……ならば私が言うべきことは一つだけだ。
「わかりました。でも、この保険はきっと使う時は来ませんよ……」
両目を見開いて鬼様を見る。
鬼様の金の瞳と目が合った。
『ほう、理由を述べてみよ』
冷たくすら感じる言葉に私はあえて笑ってみせる。
「私は親友達を信じているので」




