第三十二話 手を伸ばす
五章スタートになりますよろしくお願いします
生まれる前、まだ試験管の中にいた頃から身体を弄られていた。人工子宮の中で育てられた実験体の一人。それが私だ。
真っ赤な目、真っ赤な髪、だから私はレッドと呼ばれていた。
科学者は嫌いだ。
よくわからない薬品は体内に入れると大体苦痛を齎した。
月に一度、彼らの実験に付き合ってボロボロになった体を一ヶ月かけて治していく。
そんな日々でも、私は幸せだった。
だっておにいちゃんとおねえちゃん達がいたから、なのに……全部赤い海の底に沈んでしまった。
私は私がわからない、だからお願い……教えてよ、私はなんのために生まれてきたの。
◆
「ここ数日、怪人の出現はゼロです!」
放課後に私達三人はカラオケに集まっていた。
両手を顔の前に合わせたコガネちゃんが笑顔で告げた。
『ふむ……また潜伏している可能性は無いか?』
鬼様の言葉がマイクを通して部屋に響く、私が歌ってる最中に勝手に声出すのはやめてほしいんだけど。
「ここしばらくパトロールしても見つかりませんでしたし……怪人はもう私以外いないみたいです」
鮎喰さんが頬を掻きながら答えた。
「つまり、世界に平和が訪れたってこと⁉︎」
私の反応に苦笑いしながらコガネちゃんがこちらを向いた。
「そういうことになりますかね? そこのところどうなんですか? 鮎喰さん?」
「ふぇ⁉︎」
話をふられると思ってなかったのか口に三本ポテトを咥えた鮎喰さんがビクッと跳ねた。
モシャモシャとポテトを飲み込んでからコホンと小さく咳払いして鮎喰さんが私達に向き直る。
「えっと……問題ないらしいです? 少なくとも今怪人による被害は起こらないと……」
しどろもどろに答える鮎喰さんに少し不安になってくる。
『根拠は?』
鬼様が少し睨むと鮎喰さんの目が一瞬赤く光って見えた気がした。
「えっと声が聞こえて、怪人いないよーって」
鮎喰さんの言葉にコガネちゃんが額を押さえた。
「信じる信じないは別としてあれ以降怪人による被害も目撃情報もないのは事実です」
『つまり……わしが外にいる理由が無くなったというわけじゃな……』
はぁ、と鬼様がため息をついた。
「え? なんで⁉︎」
『お前……前にも言ったがわしは怪人を食うために外に出てきておるんじゃ、いなくなったなら蔵に戻る』
狼狽えている私を見てコガネちゃんがパン、と手を鳴らした。
「すぐにいなくなるわけじゃないんですよね?」
コガネちゃんの言葉に鬼様が短く笑った。
『歩はどうせ同じ敷地で暮らしておるからな、呼ばれたら出てきてやる』
鬼様はポリポリと頬を掻くとお前らが騒ぐと喧しいからな、と照れ臭そうに呟いた。
「な、なんだぁ……もう、びっくりさせないでくださいよ鬼様!」
私はソファにもたれかかるように腰掛け天井の灯りを見た。
常に一緒ではなくなるけれど、これからも鬼様やみんなと一緒にいられると思うと安心感が溢れてくる。
「本当は祝勝会でも開きたいんですけど……葉月にカード取り上げられてしまったんですよね……」
そう言ってコガネちゃんがため息をついた。
「もうあと一月で夏休みだし、その時にみんなで遊ぼう! 海! 花火! 夏祭り!」
私の提案に鮎喰さんが申し訳なさそうに手を上げた。
「今年の夏は忙しいかもしれません、受験もありますし……引っ越さないといけないので……」
またしても衝撃発言に私は手に持ってたマイクを地面に取り落としてしまった。
コガネちゃんも珍しく目を見開いている。
私達の驚いた顔を見て鮎喰さんが顔の前で手を振った。
「近くに住んでる叔父の家にです! なので遠くに行くわけではないんですよ!」
鮎喰さんの言葉にそうか、と納得する。
これまでは一人で暮らしていたらしいけれど、いつまでもそれで暮らしていけるわけがない。
親戚と連絡をとって叔父さんの家にお世話になることになったらしい。
怪人がいなくなっても怪人に奪われた人達まで戻ってくるわけじゃない。
私が胸に手を当てて、物思いに耽っていると横からコガネちゃんが勢いよく抱きついてきた。
「ちょっ! コガネちゃん⁉︎」
「空気が暗くなってきてましたから、ただのカラオケですけど世界を救った祝勝会です! 元気にいきましょう!」
コガネちゃんがマイクを持って立ち上がって私の手を引いた。
鮎喰さんはいつのまにかマラカスとタンバリンを持って振っている。
いつまでも同じではいられない、でも今くらい楽しくてもいいと思えた。
だって私達はまだ中学生なんだから。
◆
『歩、少し話がある……家に帰ったら蔵まで来い』
カラオケからの帰り道、鬼様が私に話しかけてきた。
「なんですか? 藪から棒に……」
陽が落ちて暗くなり始めた空に向かって問いかける。
『なに、少し昔話をしたくなってな……』
そう言って鬼様は眉間に僅かに皺を寄せた。
/
蔵、この場所には鬼様の本体である御神体が納められている。
「それで、昔話ってなんですか?」
この時期は虫が出るから早く家に入りたいんだけど、と僅かに愚痴をこぼす。
『まぁ、聞け……』
深呼吸をするように鬼様がゆっくりと息を吸い、吐き出した。
『わしがここにおるのは五百年前、お主の先祖がわしに名前を与えたのが始まりじゃった。
それがまた変わった男でな……わしに名前を聞いてきて、答える名前など持っておらなんだから、次会うときまでに考えとけと言ってその場は別れたんじゃ』
鬼様の話は神社に伝わる内容とそんなに変わらなかった。
その後にその男の人は孫に鬼様の名前を書いた木簡を託して、その子が鬼様に名前を渡した。
『愛を呼ぶと書いて、愛呼じゃと……鬼に付けるには些か可愛らしすぎる名前だと思うがな……』
「そうかな……いい名前だと思うけど」
私がそう言うと鬼様は少し黙り込んでからやっぱりあいつの子孫だな、と微笑んだ。
『付けた本人が死んでおるのだから何故こんな名前なのかはわからんがな……礼として血族を喰わないと約束してそのせいで囲まれて封印されてしまったが……だからこそ、お主に出会えたとも言えるがな』
「どうしたんですか? 鬼様、デレデレですね」
私が茶化して見せると鬼様が大きく口を開けて笑った。
『そうじゃな……少し、情が移った。だからこそお前に問う、歩……お前にとって魔法少女とはなんだ?』
鬼様の問いかけに私は考える。
「はじめは憧れでした。
布団の中から見た魔法少女はキラキラしていて、その光を追いかければどこまでも行ける気がした」
そのまま私はいつかのように月に向かって手を伸ばし、言葉を続ける。
「次に理想でした。
鬼様のおかげで憧れに追いつけた気がして、でも現実は優しくなくて私はいつか見た魔法少女をまた追いかけはじめた。
その次は生き方でした。
どうしようもなく八方塞がりだった私を鮎喰さんが魔法少女って呼んでくれました。
魔法少女は愛と希望、でもそれは一つの形じゃなくていいんだと思います。
誰かの為に、誰かの幸せを願って手を伸ばせるならそれがきっと魔法少女です!」
『……そうか』
鬼様の返事を聞いて月に伸ばした手を下ろす。
「怪人がいなくなったので休業ですけどね……」
私が肩をすくめると口角が僅かに上がった。
『お前は……どこまでも手を伸ばせるんじゃな、ならばわしからはもう何もない!』
「ちょっ! 鬼様、結局何だったんです⁉︎」
まるで不貞寝してしまったかのように鬼様が話さなくなってしまったので私は家に入った。
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歩が寝静まったのを確認してわしはスマホを開いた。
使い方は歩を見て既に学んである。
通話履歴から見知った名前をひと押しすると楽器のような音が鳴って向こうから声が聞こえた。
『コガネか……少し話がある』




