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第二十九話 蜘蛛の意図


 気がつくと私は見知らぬ場所にいた。

 

 見渡す限り赤い海が広がる。

 私はその上に、何もない空中に立つように浮かんでいた。


「魔法少女様! コガネさん! 誰か、いませんか⁉︎」

 周囲を見渡して声を上げても誰もいない。

 それどころか怪我も全部治っていた。


「そっか、私死んだんだ……」

 呟いた瞬間、景色が切り替わった。



 

 通学路、見覚えのある道に一人の少女がうずくまっていた。

 赤い髪、赤い目、小学生くらいにも見える彼女はお腹を押さえて地面を見ていた。


 道の向こうから黒髪をおさげに結った少女が歩いてきた。


 私だった。


 目の前の私は少女に向かって手を差し伸べる。


【あなた、いいね……】


 そう呟いて少女が私の手を取った。



 景色が切り替わり、私は家にいた。


 仕事から帰ってきた両親がスーツ姿でどこか落ち着かない様子で椅子に座っていた。


 リビングの扉を開けて私が入ってきた。

 

 背後には赤髪の少女もいる。


【玲子! どこ行ってたんだ⁉︎ 習い事にも行かずに!】


 お父さんが話しかけてくる。

 あの日、私は学校をサボって習い事にも行かなかった。


 その後家に帰って……それから、私は背後の少女と全く同じ動きで顔を上げ、両親に笑いかけた。


【玲子、私達は貴女を責めたいわけじゃないの……ただ理由を――】


 お母さんが優しく問いかけながら私に近づく。


「ダメ!」


 私の制止も虚しく、少女と同じ動きでお母さんの胸を抉り取った。


 母の心臓はまだ体内にあるかの様に数回鼓動して、中の血を吐き出し終わると事実に気づいたかのように鼓動をやめた。

「ああ……」


 そのまま少女と私は何が起こったのか分からず呆然とするお父さんを見た。


「やめて……お願い」

 目を塞いだ私の耳に父の断末魔と私が父と母の心臓を咀嚼する音が聞こえた。



 場面が切り替わり、両親の亡骸が座らされたダイニングテーブルに少女が腰掛けていた。


 そこにご機嫌な様子の私が三人分の朝食を運んできた。


【それでね、昨日魔法少女様と再会したの!――】

 楽しそうに話す私に相槌を打ちながら少女が両親の前に置かれた朝食を頬張っていく。


 朝食を食べ終わった後、お皿が空になっていた事に気づいた私が笑顔で感想を聞くと、少女も笑顔で【美味しかった。】と告げた。


  私が両親をお願いね、と告げて学校に行くと、少女は両親に向き直る。

【このままだとすぐ腐っちゃうなぁ……嫌だよね、大事な人が腐るのは】

 そう言って手をかざすと父の死体がビクッと痙攣するように動いた。


「やめて……お願い……」


【これでよし】

 私の言葉を無視して少女は母にも手をかざす。

 殺虫剤をかけられた虫のように両親の死体がのたうち回ると少しだけ血色が良くなって動きを止めた。

【どうせ腐るけど、長持ちはするでしょ】



 また場面が切り替わる。


 夜、頭を掻きむしりながら私が家に帰ってきた。

【どうしよう、どうしよう、どうしよう】

 取り乱す私とは打って変わって少女は背後で肩をすくめて笑っている。


 電気を付けた私が両親の遺体を見る。

 死体は既に腐り始めており、糞尿を混ぜ合わせたような独特の腐敗臭を漂わせていた。

【なんで私……文化祭に親が来るなんて……これじゃ来るわけが】

 落ち込む私の肩に少女が手を置いた。

【言っちゃったものは仕方がないよ、だからさ……嘘も本当にしちゃえばいいよ!】

 優しくイタズラを思いついたように少女は告げる。


【ハングリー】

 目に涙を溜めた私が両親を指差す。

【なぁに?】

 覗き込むように少女が私の顔を見た。

【これ、動かせる?】

 ニタリと少女が笑った。


【もちろん】




 場面が切り替わる。

 見覚えのない場所だった。


 実験室のような雰囲気が漂う白い壁と天井をした部屋で少女が二個の人形をぶつけ合わせて遊んでいる。

 やがて右手に持っていた黒髪の少女を模した人形を地面に置いて、ネズミの人形を抱き抱えて立ち上がった。


『……残念、貴女には期待してたのに』

 少女は振り返って私を見る。

「貴女は、なんなんですか?」

『ひっどーい、ずっと一緒にいたのに忘れちゃったの? 私だよ、私!』

 少女は戯けたようにクルクルと回ってみせる。


 可愛らしい仕草と裏腹に感じる気味の悪さに眩暈を覚えた。


「あなたなんですか? ハングリー」

 赤蜘蛛を思い浮かべながら少女に問いかけると少女が両手で大きく丸を作って見せた。

『せいかーい、常に核を動かしてたわけじゃないんだけどね……貴女のことは結構見てたよ!』


 何が起こってるのかわからず額に手を当てる。

「一体、なんのために……」

 私が問いかけると少女がネズミの人形を地面に置く、そして抱擁を強請るように両手を私に向かって広げた。

『貴女のことが好きだから』

「す……き……」


『そう! 大好きだよ、死にかけてた核に手を差し伸べてくれたの嬉しかったの!』


 両手を祈るように組んでぴょんぴょん飛び跳ねる少女と軋む床の音に眩暈がした。


「おかしい……だったらなんでお父さんとお母さんを殺したの? ねぇ、なんで⁉︎」


 私の叫びに少女が目を瞬かせる。

『だって、好きなんでしょ? だったら一つになったらいいんじゃない? 核も増えて一石二鳥!』

 人差し指と中指を立ててVサインをする少女の意味がわからなかった。


 足に力が入らなくなって座り込んだ私に目線を合わせるように少女が座った。


『でも残念、ネズミに負けちゃったね……』

 その言葉で現実を思い出す。

「今は……どうなってますか?」

『ん? 時間はあんまり進んでないからまだネズミちゃんは目の前にいるよ、このままなら鬼ちゃん食べて私がこの世界に流れ込むね……ハッピーエンド!』

 少女は親指を立てて笑って見せた。


「止めないと!」

 立ち上がる私に少女がため息をついた。

『どうやって? 消えちゃう前に話をしに来たけど……玲子ちゃん、死んでるんだよ?』

「死んでてもです! だって私にはもう、魔法少女様しかいないんですから! 彼女が消えてしまうなんてそんなの耐えられない!」


 少女は立ち上がるとネズミの人形を手に取った。

『実は私は貴女を生き返らせることができるんだけど……それって私にメリットある?』

 人形で口元を隠して腹話術のように喋る少女の襟首を掴んで引き寄せる。

 少女は私の行動に驚いて目を向いた。

「知りませんよそんなこと! 今すぐ生き返らせなさい!」


『ハハハハ、やっぱり……貴女を選んでよかった』

 少女は愉快そうに笑うと目尻にたまった涙を拭いて私を見た。

『今度からレッドって呼んで、それが私の名前』

 少女は私の顔を両手で掴むとそのまま引き寄せ、私の唇に唇を重ねた。


『これからはずっと一緒だね!』


 ◆


 立ち上がる。


 私の体内に残っていた一匹の赤蜘蛛が根を張って心臓まで到達したのがわかった。


「ん? 何故動ける?」

 振り返った赤ネズミと目が合う。

 頭の中でレッドの声が聞こえた気がした。

「魔法少女様には触れさせない、血も! 肉も! 思いも! 全て私のものだ! あなたなんかに、一片たりとも譲ってやるものか!」

 ぐわりと、燃えるように視界が歪む。

『そうだよ、だって愛してるんだもの、食べたいほどに』

 ジンジンと痛む頭にレッドの声がこだました。

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