第二十八話 赤ネズミ怪人
魔法少女様に背を向け、私は最も大きな気配のする方へ視線を向ける。
コガネさんの立体モデルではちょうど地下通路があった場所、そこから這い出るように鮮やかな赤い毛皮をしたネズミ怪人が這い出してきた。
「フハハハハ、まさかここまで上手くいくとは! 望外の喜びとはこういう事を言うのだろうな!」
ガラガラと濁った声で魔法少女様を笑うその怪人に僅かに苛立ちを覚える。
「汚らしいネズミのくせに、喋るんですね」
「ん?」
挑発してみせると今になって気づいたと言わんばかりにネズミ怪人が赤い瞳をこちらに向けた。
「ふむ、共食いの同胞か……虫や鳥の相手ばかりで我々のような……そう、哺乳類の怪人とは戦ってこなかったとみえる。
毛が生え、子宮から生まれ落ちる生き物が二本足で歩けば、知恵も言葉も手に入ろうというもの……人の専売特許ではないのだよ」
踊るようにくるくると回りながら芝居がかった口調で赤ネズミは語る。
《鮎喰さん、歩ちゃんから敵を引き離してください……回収を試みます》
インカム越しに聞こえてくるコガネさんの言葉に無茶言わないで、と内心悪態をつく。
そのうえでボタンを押して端的に答える。
「善処はしますが、無理をして巻き込まれないでください……魔法少女様が悲しみますから」
「ん? スマートフォンとは異なるようだが、通信機器か? 少々興味があるな、是非譲っていただけるか?」
微妙にズレた口調で話す赤ネズミを睨みつけると戯けるように肩をすくめてみせた。
「本題ではないので諦めるとするか……あの青い女を食えば裂け目も完成する。
そうすれば時間など掃いて捨てるほどできよう」
食う、食べる。
こいつは今、その汚い口で魔法少女様を食べると発言した。
頭の中が沸き立つ感覚と共に怒りのままに赤蜘蛛に呼びかける。
「ハングリー!」
私の言葉に合わせて袖から飛び出した赤蜘蛛が一本の槍となって赤ネズミに飛来する。
俊敏な動きでそれを回避した赤ネズミは顎に手を当てて面白そうにチューと鳴いた。
「ほう、貴様……核を外に出して運用しているのか、確かに力の源である核ならば結界の効果を最大限に活用できる。
だが、それを潰されれば死ぬのだぞ? まったく正気の沙汰とは思えんなぁ」
私が槍を引き戻そうとしたタイミングでパチン、と赤ネズミが指を鳴らした。
ボコリと地面が陥没して私を地下に引き摺り込まんと無数の手が伸びてくる。
気色が悪い笑みを浮かべる赤ネズミと目が合った。
しかし、その表情はすぐに驚嘆の色を帯びた。
体内に張り巡らされた結界は私を空中に押し留める。
焦ったのか、服を引っ張る腕の一つが私の服の端を引きちぎって穴に落ちていく。
「雑魚をいくら束ねても無駄ですよ、貴方もご存知でしょう?」
引き戻した槍を開いた穴に向かって投擲する。
悲鳴のような声がこだましてやがて何も聞こえなくなった。
「ふむ、失礼した。既に君はこちら側のステージに立つ存在のようだ」
赤ネズミは恭しく貴族のような礼をとってみせた。
丁寧な攻め手だが、私の目的は時間を稼ぐことだ。
私は再び赤ネズミ怪人を見る。
先程の貴族のような振る舞いとは打って変わって四足獣のように低い姿勢で舐めるように私を観察している。
「ふむ、先程の攻撃を貴様に使ったのは失策だったな……ここまで効果がないとは思わなかった」
赤ネズミは立ち上がると後方、先程あいつ自身が出てきた通路の方へゆっくり後退りはじめる。
「逃げるのであればお好きにどうぞ……」
私の言葉に赤ネズミが息を吐くように短く笑う。
「これ以上の好機は二度と訪れまい、時間は我らの味方をしないが……やりようはある」
時間を稼ぎ、魔法少女様の治療が終われば逃げられる。
いや、もしも魔法少女様が戦えるのであれば確実にあいつを仕留められる。
魔法少女様の青いオーラを纏う攻撃は空間を破壊する。
結界を主として戦う私達ハングリーにとって天敵と言っていい存在だ。
後ずさる相手に合わせて魔法少女様から遠ざかる為に一歩ずつ前進する。
当然周囲、地下の警戒は怠らない。
お互いを睨むような視線が交差する。
「共食いによって得た力だな、結界の強度が段違いだ。私では貴様の結界を上書きできん……」
周囲の空気が赤みを帯びるが私には一切影響を与えられていない。
赤ネズミにとっては状況確認だったのだろう。
短くため息を吐くとチュー、と大きく鳴いた。
「オヨビデショウカ! ワレラガオウヨ!」
通路から飛び出すように一匹のネズミ怪人が姿を見せた。
それは私を一瞥することなく、赤ネズミに跪いてみせる。
「手詰まりだ。今の我にはアレを突破する事はできない、共食いというのはなかなかに厄介だな」
私を指差しながら敗北宣言にも似た言葉を口にする赤ネズミ怪人を私は警戒する。
ここから必ず何かを仕掛けてくる確信があった。
「故に、我々も真似をするとしよう」
なにか、まずい。
「ハングリー!」
理解するよりも先に行動する。
地面に潜伏させていた赤槍が突き出す様に赤ネズミに迫る。
「甘いわ!」
赤ネズミの避けざまに放たれた蹴りによって赤槍が弾き飛ばされた。
「ガハッ!」
瞬間、胸に息苦しさを覚える。
心臓を直接殴られたような不快感に胸を抑えて顔を顰める。
「全ての個体に告ぐ、その命を我に捧げよ」
結界が赤く揺らめいた。
赤ネズミの言葉に部下と思われる怪人は頷くように頭を下げ、短く返事をした。
次の瞬間、まるで炎天下のアイスのようにネズミ怪人が溶けて消えていく。
「仲間を……食べてる」
溶けて消えたネズミ怪人の力が赤ネズミに流れているのがわかった。
それだけではない、この団地に残っていた全ての怪人からその命を吸い取っている。
その毛並みは赤みを増して煌めき、まるで宝石を布にしたような幻想的な美しさを纏っていた。
肉体は一回り大きくなり、筋肉質な成人男性を思わせる。
やがて全ての変化が終わった時、赤ネズミ怪人は狩人のような獰猛な笑みを私に向けた。
「何を驚いている。我々は元々一つなのだ。
喰らい合い、やがて一つになるのは定めである。
さぁ、狂った同胞よ、貴様も一つになる時だ!」
一瞬、音もなく肉薄した赤ネズミが私の腹に重い拳を叩き込む。
「ゴブッ!」
内臓が破裂したのか、口から噴水のように血が吹き出す。
「素晴らしいな、共食いというのは! 今の私は肉弾戦でも赤アリに匹敵するだろう!」
地面に膝をついて動けない私に向かって赤ネズミが嬉々として語った。
《鮎喰さん、もうすぐそちらに着きます》
インカムからコガネさんの声が聞こえた。
「……き……ちゃ、ダメ……です」
地面に手をついてなけなしの声を絞り出す。
「ん? その通信機器か、まだ仲間がいるのか?」
赤ネズミを睨みつけると面白そうに私を見下していた。
そのまま、まるでサッカーボールでも蹴るように大きく振りかぶって、赤ネズミが私を蹴ろうとする。
赤槍を敵の背後から向かわせているが、間に合わない。
私は体内に張っていた結界を赤ネズミが蹴ろうとしている私の頭部の前に展開する。
結界を圧縮、強度を極限まで高めて空間への侵入禁止を付与する。
敵の結界から体を守っていた結界まで解除したせいで、肌が溶け、爛れていくのを感じる。
赤ネズミの脚は結界に阻まれ空を蹴った。
「ヌッ! 器用なものだな、出力の差を密度でカバーするとは、だがそれまでだ!」
今度は胴体を狙う、脇腹を薙ぐような蹴り。
だけど、赤槍が間に合う。
赤ネズミの背後から音もなく迫った槍は、そのまま赤ネズミの頭部に……刺さらなかった。
相手の結界が私の槍を阻んでいる。
そして槍の操作で反応の遅れた私の左側に赤ネズミの蹴りが叩き込まれた。
結界を戻してかろうじて切断を免れた体はゴロゴロと転がり、建物の残骸にぶつかって止まった。
背骨が折れたのか、下半身に力が入らない。
蹴りをまともに受けた左腕は千切れてどこかに飛んでいってしまった。
それでも残った右手で這うように赤ネズミの方に体を向ける。
「何故、まだ自分が生きているかわかるか?」
問いかけた赤ネズミの手には槍から姿を戻した赤蜘蛛がキューキューと鳴きもがいていた。
「核とは我々ハングリーにとって捕食機関であり力の源、そして命そのものだ。貴様がそこまで肉体を損壊しながらもかろうじて生きていられるのは核が無事だからに他ならない」
言い終わるとネズミは大きく口を開けて私の赤蜘蛛をその中に放り込んだ。
ぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼し、飲み込む。
糸が切れたような感覚だった。
全身から力が抜けて、私の体が端から死へ向かっている。
今、私の命が確かに失われた。
「さらばだ」
背中を向ける赤ネズミに伸ばそうとした腕はそのまま吸い込まれる様に地面に落ちた。




