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第二十七話 人を助けるのが魔法少女

第二十七話 人を助けるのが魔法少女

「敵影なし」

 ぐるりと周囲を見渡してから、インカムに向かって少し格好つけて告げる。

 所々の壁に穴が開いて、家具も置かれていないけれど、それ以外は一見普通の家だ。

『敵地に乗り込んだのに、全然敵が押し寄せて来ぬではないか……』

 私の印象を肯定するように鬼様が呟いた。

《……おかしいですね、以前は三階に突入した瞬間に攻撃されたのに》

 インカムの向こうでコガネちゃんが首を傾げるのを幻視した。

『……玲子! そっちはどうなっておる?』

《うぇ⁉︎ あ、こっちも異常なしです!》

 鬼様が問いかけると鮎喰さんが素っ頓狂な叫びを上げた。

「え、寝てた?」

《いえ、寝ていたわけではなくて……耳元から魔法少女様の声が……》

 こっちまで恥ずかしくなってくる恥じらいを感じさせる声がインカム越しに聞こえる。

「うーん、仕方ないし……ちょっと奥まで行ってみようか」

「…………けて」

 インカムに向かって提案した瞬間、消え入りそうな声が遠くで聞こえた。


「っ!」

《歩ちゃん? 何かありましたか?》《魔法少女様?》

 突然声を上げた私に二人が反応する。

 けれど、私はそれどころじゃなかった。

「今、助けてって聞こえた!」

 二人が何かを言い出すよりも先に私は声がした方へ走り出す。

《待ってください! しばらく怪人の出入りは無いはずですし、声を上げられるほどの生存者がいるはずが……》

「そんなのわからないでしょ!」


《もう! 鮎喰さん、歩ちゃんの方に向かって、今すぐに!》《はい!》

 コガネちゃんと鮎喰さんのやりとりを尻目に走った私の耳には今度ははっきりと助けを求める声が聞こえた。

 視線の先、茶色い布を上から被った小柄な人型が視線の先に見えていた。

『罠かもしれん……警戒しろ』

 鬼様の言葉に反応するように背後の羽衣が二本浮かび上がる。

 私は頷いて、その子に向かって跪くように、ゆっくり歩み寄った。

「もう大丈夫です。助けに来ました」

「ありがとう、怖かった。もう大丈夫」

 うわごとのように呟きながら抱きついてきたその子供と、目が合った。


 灰色の毛皮に覆われた長い鼻を持つ顔、黄ばんだ歯、血に濡れたような赤い目。

 おおよそ人らしい要素が見当たらないその顔が、腐ったような吐息が顔にかかる距離まで近づいた。

「ありがとう、おねえちゃん」

 生気を感じさせないガラガラの声がそう告げた。

「っ!」

 跳び退こうと足に力を入れた瞬間、バキッと床が割れて足が空を蹴った。

 床が次々とひび割れて体が空中に投げ出される。

『ちぃっ!』

 三階に留まろうと鬼様が羽衣を伸ばした。

 しかし、それは床から生えるように伸びた無数の腕に掴まれて阻まれる。

 体が重い。

 そのまま抜けた床に吸い込まれるように、私の体は一気に一階まで落下した。

 

「ガハッ!」

 床に叩きつけられた体から空気が吐き出される。

 体が異様に重たい、天井の穴から差し込む光は僅かに赤みを帯びて見えた。

『結界……』

 どういう理屈かはわからないけれど何かデバフのようなものを受けているらしい。


 でも、私は今それどころじゃなかった。


 目、目、目、目、目、目。


 私を覗き込む真っ赤な瞳が落下の衝撃で動けない私に群がってくる。


 そのまま衣服を、髪を、腕を、脚を、羽衣を。


 飛び乗るように掴むその腕に万力の様な力が込められた。


 ゴリッ、メキッ、ブチッ


 全身の至る所から嫌な音が響いて私の体を解体しようとする。

「っ〜!!」

 痛い、痛い、痛い、痛い。


 焼ける様な痛みに額に脂汗が滲む。

 涙が出て、断続的な痛みに声にならない悲鳴を上げた。


  全身から力が抜ける。

 羽衣が動かない、普段ならすぐに行動するはずの鬼様が何もしてくれない。


 赤ハチ怪人に腹を貫かれた時と同じ、明確な死の気配が私を襲う。

 無数の手が、私を蹂躙していく。


【ひどいことしないで……】


 ふと、頭の片隅で少女の声が聞こえた。

『わしに! 触れるなぁー!!』

 全身から電気が溢れる様に薄暗かった室内を青く染める。

 それは細胞一つ一つを焼く様な激痛と共に周囲のネズミ怪人達を焼き払っていく。


 空間がひび割れはじめた視界の向こう、天井の穴からこちらを覗き込む鮎喰さんが見えた。

「逃げて!!」『消し飛べ!!』


 鮎喰さんが上空に飛び退いた直後、青い光が清廉な気配と暴力を撒き散らして建物が吸い込まれるように空間に消えた。


 建物が無くなって青空が見えた。

 風が剥き出しになった建物の床と私の体を撫でる。


 かろうじて動く首と腹筋を使ってよじるように体を確認する。

 右腕は雑巾のように捻じ曲げられ、左足は半ばから千切れ、もはや皮しか繋がっていない。

 左腕は肩から皮膚を突き破って骨が見えている。

 右足は……見たくなかった。

 逆に折れ曲がって足の裏が見えていた。


「大丈夫ですか⁉︎ 怪我が! 足も⁉︎」

 飛んできた鮎喰さんが私を抱き上げようとして躊躇した。

 確かに動かせそうには見えないよね。

《歩ちゃん! 無事ですか⁉︎ 動けますか⁉︎》

『おお……すまんな、動けるようになるまで時間がかかる』

 珍しく落ち込んだ様子の鬼様に口元を歪めて笑って見せた。

 そんな笑顔を見て鮎喰さんが目に涙を溜めた。


 瞬間、空が赤く染まる。


「魔法少女様はここで傷の治療を……私が時間を稼ぎます」

 遠ざかる鮎喰さんの背中を見ながら私の意識は途切れていく。

 動かない体に沈むように意識が保てない。

『しばらく寝ておれ……治療はなんとかする』

 鬼様の声に引きずられるように私は意識を手放した。

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