第二十四話 それでいいんだ
私は傘を差してGPSが示す方向に走った。
歩ちゃんは敵を倒したと言っていたのに、叫び声が聞こえてから応答がない。
嫌な予感を振り払って雨の中を駆けた。
歩ちゃんはすぐに見つかった。
フリフリの魔法少女衣装、晴天の空のような青い髪、そんな少女が雨の中、道の端に座り込んでいた。
「歩ちゃん!」
駆け寄って顔を確認する、呆然と生気を感じさせない金の瞳と目が合った。
「何があったんですか?」
なだめるように、努めて平静に問いかけた私に歩ちゃんが一枚の免許証を差し出した。
それを見ただけで全部わかってしまった。
そばに二つの遺体が転がっていた。
倒した怪人のものだと思っていた。
それは――鮎喰さんの両親だった。
「鬼様……いますか?」
私は歩ちゃんの肩を掴んで、中にいる鬼様に語りかける。
『いるぞ……』
鬼様が返事をしたのを確認して手に持っていた傘を差し出した。
「後のことは任せて、歩ちゃんを家に帰してあげてください」
鬼様はしばらく逡巡した後、短くわかった、と答えてくれた。
「コガネちゃん……?」
かろうじて私の名前を呼んだ歩ちゃんの体を確認する。
大きな怪我は無さそうだった。
怪人の死体は時間が経つと泥になって消える。
倒されてからおそらく十分程度、ギリギリだけど間に合う。
算段をつけてからスマホの通話画面を開く、相手は鮎喰さんだ。
《もしもし? コガネさんですか?》
コールしてすぐにスマホのスピーカーから声が聞こえた。
「落ち着いて聞いてください、鮎喰さんの両親が怪人になって歩ちゃんに倒されました。時間が無いのですぐに来てください」
《そうですか……魔法少女様はどうしてますか?》
呑気な返事に苛立ちを覚える、それと同時に何となく感じていた違和感が一気に明るみになった気がした。
「歩ちゃんはショックを受けていたので帰らせました、それよりーー」
《そうですか、遺体は適当に処理していただいて結構です。私は先に魔法少女様のお見舞いに行きたいので》
切れた通話画面を見て確信に変わる。
これは、茶番だ。
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まず、鮎喰さんの両親はいつ寄生された。
今までの怪人は人を食べても直接、人に核を寄生させることは無かった。
つまり、怪人に襲われて寄生された訳ではない。
二体の核が同時に寄生したのか、その可能性は低いと私は見ている。
何故なら鮎喰さんが家にいる。
彼女は近場の怪人を探知できる。
怪人が倒されたのは彼女の家と学校の中間地点、ならば彼女の両親が通った道はおそらく通学路と同じだろう。
ならばその存在に気がつかないのは不自然だ。
そして最後にあの態度、親が死んだというのに取り乱す様子さえない。
私は文化祭が終わった後、睦月に鮎喰さんの両親の持ち物を預けて歩ちゃんの家に向かった。
家の者である葉月に鮎喰さんの父親の勤め先に連絡させた。
鮎喰博は二週間前から出勤していない。
二週間前、鮎喰さんが怪人になった時期と重なる。
つまり、彼女の両親はその時点で死んだか、怪人になっていた。
どうして今になってこんな事をしたのか、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、彼女が歩ちゃんを傷つけた事だ。
考えながら歩ちゃんの家に駆けつけた時、ちょうど鮎喰さんが家から出て来る所だった。
「……歩ちゃんはどうしてますか?」
鮎喰さんに向かって問いかけると彼女は平坦な表情で私を見た。
「泣き疲れたのか、落ち着いて眠ってしまいました」
まるで他人事のような彼女の言葉に苛立ちが募り、握った傘の柄がミシリと音を立てた。
私の様子を察したのか、彼女の袖と襟からそれぞれ一匹ずつ赤蜘蛛が這い出してきた。
「二匹しかいないんですね……」
私の言葉に鮎喰さんが眉間に皺を寄せた。
「ええ、一匹いなくなってしまいました。魔法少女様に食べられてしまったので……」
「っ! 鮎喰玲子!!」
その一言だけで全てがつながった。
確信を得た私は鮎喰さんに掴みかかった。
一切抵抗せず私に襟を掴まれた鮎喰さんがそのまま私を見ていた。
「私の目を見て答えなさい、鮎喰玲子! あなたは何故両親を学校に向かわせた!」
私の言葉に鮎喰さんは一切表情を変えずに答える。
「魔法少女様に驚いて欲しかったので、そろそろ腐ってきてましたから……少し有効活用しようかなって」
目を見た。
言葉を聞いて、目を見開き、ただ静かに諦めにも似た感情が胸を締め付けた。
「なんで……なんで、あなたは一切の悪意も害意も持たずにそんなことが言えるんですか!!」
私の言葉に鮎喰さんは逡巡するように目を伏せた。
「よく、わからないんです。
私は魔法少女様に嘘をつきたく無かった。
ここまで魔法少女様が傷つくなんて――
私……私はおかしいんでしょうか?
私は、いなくなった方がいいんでしょうか?」
その様子が昔の自分と重なって見えた。
親は私を避けていた。
多くの人は表面で褒め称えつつも私を恐れていた。
【私、おかしいのかな?
生まれない方が良かったのかな】
だからこそ、自分が何者なのか知りたくて家の書庫を読み漁り、鬼神の伝承と出会った。
襟首を掴んでいた腕の力が抜ける。
鮎喰さんは許せない、でも……いなくなればいいと突き放して、本当にそれでいいのだろうか。
私は静かに、けれど力強く鮎喰さんを抱きしめた。
抵抗は無かった。
ただ、何が起こったのかわからなかったのか、困惑した鮎喰さんの声だけが雨の中で聞こえた。
「鮎喰さん……歩ちゃんは大切ですか?」
私の言葉に顔を赤くした鮎喰さんが私を見た。
「え? はい、魔法少女様は私の生きる理由で――」
「なら、大丈夫です!」
「ええ⁉︎」
抱きしめていた鮎喰さんを離して、そのまま両手をとる。
困惑した鮎喰さんの髪に歩ちゃんがプレゼントしたリボンが見える。
「歩ちゃんは普通の子です。
普通に優しくて、普通に傷ついて、普通に魔法少女に憧れてます。
だから、歩ちゃんが嫌がることはやらないでください……それができるなら、あなたはまだ大丈夫です」
私の言葉を聞いて、力が抜けたのか鮎喰さんが雨でぬかるんだ地面に座り込んだ。
「そっか……そっかぁ、それでいいんだ」
表情を変えないまま涙を流す鮎喰さんの腕を引っ張る。
勢いで立ち上がった姿を見て、私は鮎喰さんを信じてみることにした。
「これからもよろしくお願いします。先輩」
一度手を離して改めて差し出した右手に鮎喰さんの手が重なった。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
これにて三章終わりとなります。




