第二十三話 魔法少女様
【信号待ちの列に……】【居眠り運転のトラック】
【運送会社の勤務形態が……】
【不幸な事故だった】
大人達は口々に私の親のことを語った。
止める祖母の言う事も聞かずに最後にどうしても両親に会いたくて、ほんの一目だけ合わせてもらった。
誰かわからなかった。
縫い合わせてかろうじて人型を保ったその塊に優しかった父の面影はなく。
厳しかった母の顔は半分潰れ、残った顔まで苦痛を訴えている様に歪んでいた。
私は酷く後悔した。
どうして綺麗な思い出のまま終わらせられなかったんだろう。
事故を起こした男は罪に問われたが決して重い罰は科されなかった。
一度だけ、男を見た事がある。
男は頭を丸めて酷く後悔した表情を浮かべていた。
でも、その目を見た瞬間にわかってしまった。
不幸な事故、どうしようもなかった、自分は悪くない。
そんな、言い訳が聞こえた気がした。
男は何も考えていなかった。
◆
「私、最低だ……」
通信を切った後、すぐに現場に駆けつけたコガネちゃんへ後を頼んで逃げる様に潜り込んだベッドの上で私は今日の出来事を何度も思い返していた。
私がその場から動けずにいるとコガネちゃんが後始末を引き受けてくれた。
その後は鬼様が体を動かして、半ば無理やり家まで連れて帰ってくれた。
私だけが現実から逃げていた。
私は怪人と戦って、もっとやり方はあったはずなのに。
あんな、元の形も分からない様な最悪な倒し方をした。
「私、何も考えてなかった……」
私が、一番なりたくなかった存在だ。
そして、怖くなった。
「私は一体、鮎喰さんになんて言えばいい?」
鬼様は答えない。
部屋にはただ暗闇と静寂があるだけだった。
逃げたい、消えたい。
どこか遠くに、そんな思いでテレビを付けてお気に入りのアニメを再生する。
魔法少女は私の希望だった。
私も魔法少女なんだと思えれば震える足でも前に進めた。
画面の向こうで魔法少女が立ち上がる。
感動的な言葉が、心に響く音楽が、いつも夢をくれた世界が、頭に入らず頭蓋を滑っていく。
「ああ、面白くないなぁ……」
もう、疲れたな。
まるでお父さんとお母さんが死んだ頃に戻ったみたいだ。
テレビの電源を消して布団に潜り込む。
このまま目を閉じて、目を覚ましたら全部夢になってたらいいのにーー
文化祭の当日、快晴の空、蓮夜先輩が屋上でサボってて、私はコガネちゃんと鮎喰さんの演奏を聞いて。
鮎喰さんは親に褒められて、家に帰ったらお父さんとお母さんとおばあちゃんが私におかえりと言う。
そんな、都合のいい今日があったら良かったのに。
言葉にならず漏れた息が嗚咽となって部屋に染み込んでいく。
ああ、本当に……なんでこんなことになっちゃったんだろう。
布団にくるまって時折、湧き上がる後悔から首筋を掻きむしり涙と嗚咽をこぼす。
どれ程の時間こうしていただろうか、雨雲に遮られた暗い空のせいでよく分からない。
コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「……」
目を閉じてじっとしていると誰かが入ってきた音が聞こえた。
「……誰?」
自分でも信じられない程攻撃的な冷たい声だ。
今は誰にも会いたくなかった。
這う様に体を起こして部屋に入ってきた相手を睨みつけようとして、信じられないものが視界に飛び込んできた。
「鮎喰さん……」
「はい……私です」
いつもの声で鮎喰さんが私に笑いかけていた。
「なんでここに……」
「お祖母さまが入れてくれましたよ……それと演奏の感想を聞きたかったので」
あまりにいつも通りの言葉に、鮎喰さんは両親の事を知らないんじゃないか、と考えてしまう。
そんなはずが無い、ここにいると言う事はコガネちゃんに全部聞いてるはずだ。
きっと私に気を使ってくれてるんだろう。
こんな私に。
「ごめんね、こんな感じで……幻滅した? こんなの魔法少女らしく無いよね……」
私の言葉に鮎喰さんの唇が噛み締める様に歪んだ。
鬼様は起きているはずなのに、何も言い出さない。
空気を読むならいつもみたいに体を貸せって言ってくれればいいのに……
今なら一週間でも一ヶ月でも体を貸したい気分だ。
「私のお父さんとお母さん、魔法少女様が倒したそうですね……」
ピクリと体が震えた。
緊張で手のひらから冷や汗が溢れる。
そんな私を優しく見つめる鮎喰さんを見て、私の内側に暗い炎が灯った。
優しくされたくなかった。
軽蔑して、蔑んで、いっそ殴ってくれればいい。
そうすれば、少しでも内側のドロドロが軽くなる気がした。
「最低でしょ……? 私、鮎喰さんのお父さんとお母さんをこの手で壊した。
時間をかければ核だけを狙えたと思う、なのに!
私は早く倒すためにぐちゃぐちゃにした。
こんなの、魔法少女失格だ……」
あえて、強い言葉を使った。
視線を下に向ける。
今、鮎喰さんはどんな顔をしているのか、怖くて見れなかった。
「私は魔法少女様に言わないといけない事があります……」
ゆっくりとした足取りで鮎喰さんが私に近づく。
しばらくして、温かい感触が私の頭を包み込んだ。
顔を上げると鮎喰さんは優しく、私を抱きしめていた。
「ありがとう……私はまた、あなたに助けられました。」
鮎喰さんが何を言っているのか分からなくて目を瞬かせた。
「私、何もーー」
「お父さんとお母さんを眠らせてくれました。
おかげで、誰も傷つけずに済みました。
全部あなたのおかげです。
ありがとう……また、私を救ってくれて」
メガネ越しに真っ赤な瞳と目が合った。
「違う、違うの……あの時、私は、早く学校に戻りたかった。
救うとか助けるとか二の次で……ただ、邪魔だから倒して、攻撃して、壊して。
そんなの、魔法少女じゃないーー」
私の言葉にポンポンと背中が叩かれる。
一定のリズムが心を落ち着かせていく。
私が落ち着いたのを見て、鮎喰さんが再び口を開いた。
「私、アニメってあまり見ないんです。
私の中の魔法少女はあなただけ、強くて、優しくて、自由で……
そんな、歩だけなんです。
あなたは私を救って、両親を眠らせてくれました。
だから……そんな顔しないでください。
これからも魔法少女でいてください。
私はずっとあなたの味方です」
涙が溢れて止まらなかった。
辛くて、苦しくて、鮎喰さんだって本当はもっと辛いはずなのに。
声を上げて泣く私が泣き止むまで鮎喰さんは私の頭を撫で続けた。
やがて、泣き疲れて意識が遠くなる視界の向こうで二匹の赤い蜘蛛がキュー、と鳴いた。




