第二十一話 遊園地
電車に揺られること数十分。私達は目的の遊園地に到着した。
入り口で渡された地図を見ながらどこから周るか話し合っていた。
『悲鳴が聞こえてくるんじゃが……新手の拷問か?』
鬼様がジェットコースターの方を見て呟く。
「鬼様、アレはジェットコースターって言って、えっと……恐怖を楽しむ乗り物です」
『……そうか、自ら進んで恐ろしい目に遭おうとは、変な奴が多いな……』
ジェットコースターを眺める鬼様の言葉に哀れみが混ざっている。
「とりあえずジェットコースターから回りましょうか、待ち時間もありますし……」
コガネちゃんが言うと鬼様が体をのけぞらせた。
『乗るのか? アレに?』
「遊園地の定番ですからね、私は乗りますよ!」
私の言葉にピクッと体が震えた。
『歩、お主は愚かだとは思っておったが……』
「鬼様、怖いんですか?」
私の言葉に一瞬体の動きが止まると、ニヤッと好戦的に口角が持ち上がった。
『ほぅ、安い挑発だが……のってやる、そもそも見たところわしの方が早いし余裕じゃな!』
「鮎喰さんは絶叫系平気ですか?」
コガネちゃんの言葉に大丈夫です、と鮎喰さんが答え、鬼様が私の体を動かして、コガネちゃんと鮎喰さんの手を引いて走り出した。
『バ……バカな、このわしの足がすくんでおるじゃと?』
ジェットコースターから降りると、意外な事に大絶叫していた鬼様が、フラフラと生まれたての子鹿のように座席から這い出した。
「鬼様が誰よりも叫んでたもんね、自分の口から叫び声が出てるのに自分は冷静って変な気分……」
鬼様が叫んでるとなんだか冷静になった。
普段鬼様の速度に慣れてるのもあるかもしれない。
「特にバック走行の時がすごかったですね、やっぱり自分で体動かすのとは違うんでしょうか?」
「大丈夫ですか? 魔法少女様……」
フラフラなのは鬼様なので歩けなくは無いんだけど、重心がブレて足がもつれそうになる私を、鮎喰さんが支えてくれた。
「私は大丈夫だよ、でも普通にあゆみって呼んでね……」
私の提案に鮎喰さんが困ったように笑った。
『も……もう一度じゃ!』
変な事言ったかな、と鮎喰さんの顔を眺めてると復活した鬼様がグッと拳を握りしめた。
「乗るたびに並ばないといけないので、また後にしましょう、鬼様も他の乗り物も試してみてください」
両手を顔の前で合わせてコガネちゃんが微笑んだ。
ーーメリーゴーランドーー
『これ何か意味あるのか?』
鬼様の言葉に少し考え込む。
「馬に乗ってる気分になれる、とか?」
『馬に乗れば良いのではないか?』
鬼様の言葉にムム、とまた考え込まされる。
「馬を飼うにも走らせるにも場所が足りませんよ!」
私達の疑問に背後で別の馬に乗ったコガネちゃんが答えた。
鮎喰さんは写真が撮りたいから、と外からこちらにスマホを向けている。
一緒に乗れば良かったのに。
『そういうものか……』
ーーバンジージャンプーー
バンジータワーの上から下を見た鮎喰さんが顔を青くして付き添いで一緒に登った私たちを見た。
「やっぱりやめときません?」
『ここまで来て怖気づくな!』
私達の前には職員さんに命綱をつけられてもう飛び降りるだけの鮎喰さん。
「高い所は慣れてるんじゃ無いんですか?」
下を見るとコガネちゃんが下から手を振っている。
私はともかく鮎喰さんは飛行できるから高い所無理なのは意外だ。
「私は高い所に立ってるというか……落ちるのとは違くないですか⁉︎」
言い争っていると職員さんがカウントをはじめた。
「いきますよ! 3、2、1、バンジー!」
掛け声に押されるようにタワーから一歩踏み出した鮎喰さんの叫び声が遠のき、ゴムの力で上に跳ね上げられた鮎喰さんの悲鳴が近づく。
『ははは、情け無いのぉ!』
「鬼様だってジェットコースターでは同じだったよ……」
◆
バンジーの後、まだ足に力が入らない私をコガネさんに任せて魔法少女様は再びジェットコースターの列に並んでいった。
色々と乗り物に乗ったけれど、こんな風に遊んだのは両親以外とは初めてでとても新鮮だった。
「お水買ってきましたよ!」
そう言って飲み物を差し出すコガネさんにお礼を告げてペットボトルに口をつけた。
魔法少女様の方をチラリと確認すると列の中でスマホに耳を当てて何か言ってる。
周りに人がいない時に鬼様と話をする時にはそうしているらしい。
視線をコガネさんに移すと開かれた赤い目と視線がぶつかった。
「……実は、鮎喰さんとは一度、話をしておきたかったんです。ここではなんですから、観覧車に乗りませんか? 歩ちゃんには内緒で」
そう言って、観覧車を指差した。
/
夕方が近くなり、長くなった影を横目に私達はゴンドラに乗り込んだ。
互いに対面に座った私達の視線がぶつかる。
ゴンドラの扉が閉められ、動き出したのを見計らって、私から話しかけた。
「それで、話というのはなんでしょう?」
私が問うとコガネさんはまず先に、と頭を下げた。
「ここ数日、貴女の事を調べさせていただきました。プライベートに踏み入った事を謝罪しておきます」
それを聞いて眉がピクリと動いた。
私について調べた。
両親について調べられたなら少し面倒だ。
「何かありましたか?」
頭を上げたコガネさんが話し始めるよりも先に私の方から聞いてみる。
コガネさんは両手の指先を顔の前で合わせ、静かに微笑んだ。
「まず、学校での様子です。
貴女は亡くなった深月蓮夜先輩と仲が良かったそうですね……」
以前、部活仲間にも聞かれた内容だ。
この程度なら問題ない。
「確かに、蓮夜君とは幼馴染でしたけど、彼の事は乗り越えました……」
「本当に?」
澱みなく答えた私にコガネさんが詰めるように問いかけた。
「何が言いたいんですか?」
「……山田先生は怪人になってる間の事を夢を見ていたようだったと言っているそうです。貴女は怪人になってから何も変化を感じませんか? 本当に幼馴染の死を悲しみましたか?」
言われて少し振り返る。
私は、蓮夜君のあの少し疑り深くて人がいい幼馴染の死を悲しんだか。
あれ、どうだっただろうか。
私って結構泣き虫だったはずなのに、ここ最近取り返しがつかない事ばかりなのに。
「泣いてない……」
私の言葉を遮るように赤蜘蛛達がキュー、と鳴いた。
コガネさんが服の袖から這い出した赤蜘蛛に目を向けた。
「そもそも、なんで貴女はその蜘蛛を助けたんですか?」
私が助けた理由。
「魔法少女様に助けられて……その姿を見て、なんて自由な人だろうって思ったんです。
私は両親にとても愛されていました、少なくとも私はそう感じていた。
でも、その愛情がどうしようもなく重たく感じて、息苦しくて……私はあの日、はじめて学校をサボりました。
そして、この子に出会った。」
嫌だな、両親の事は絶対に魔法少女様には知られたくない。
この子は私の中に土足で入って来ようとしている。
服の袖から三匹の赤蜘蛛達がキューキューと鳴きながら這い出てくる。
まるで私の感情を読み取っているようだ。
ああ、いっその事……骨も残さず食べてしまおうか……
「蜘蛛、三匹に増えたんですね……」
コガネさんの言葉に私はハッと意識を取り戻した。
私、今何を考えてたんだろう。
明確に過去の自分との乖離を感じて、僅かに焦った。
こんな時、以前の自分だったら。
「最近よく食べてるからでしょうか? いつの間にか増えてたんです」
不意に、甲高い機械音がコガネさんの鞄からゴンドラに響いた。
「歩ちゃんからですね……」
表示された名前を確認してコガネさんが微笑んだ。
そのまま通話ボタンを押してスピーカーをオンにする。
《もしもし、今どこ? ジェットコースターから降りたらみんないないし、なんなら降りる前から見当たらなかったんだけど! 新手のいじめ⁉︎》
スマホの向こうから不満気な魔法少女様の声が聞こえてきた。
「あ……いや……」
「鮎喰さんと観覧車に乗ってます。歩ちゃんが見えますよ〜」
私が言い淀んでいるとコガネさんが答えて窓の向こうに手を振っていた。
見れば上を向いた魔法少女様が腕を振り上げてる。
《いつの間に仲良くなってるの!》
「私達にだって仲良くなる権利はありますよ!」
そう言ってコガネさんは通話を終わらせた。
そのまま私に向き直る。
「さっきの話ですけど、誰にだって言いたくない事はあります。お詫びと言ってはなんですが……」
そう言ってコガネさんは人差し指と親指で押さえつけるように自分の目を開いてみせた。
「瞳孔が……爬虫類みたい」
縦に裂けて見えるそれをみせてからふふっ、コガネさんが小さく微笑んだ。
「カラコンです」
「は?」
意味あり気に見せてきたのにカラコン、あんまりな言葉につい魔の抜けた声が口から出た。
「ふふ、歩ちゃんにはそう言われました。
まったく、人が本気で気にしてたのに……」
そう言った表情には諦めたような笑顔が浮かんでいた。
「本物なんですか?」
「本物ですよ、歩ちゃんにも言ってない秘密です」
コガネさんはそう言って唇の前に指を立ててみせた。
「あの……どうして急に……」
「私、目を合わせて話をすれば相手が悪意を持ってるかどうか、なんとなく分かるんです」
そう言われて少し緊張してしまう。
赤蜘蛛達も揃って私の服の影に隠れてしまった。
「どうでしたか?」
「……試すような事をしてごめんなさい、貴女からは一切悪意を感じませんでした。感じたのは僅かな動揺くらいです」
そう言って再び頭を下げた。
こういう時、以前の私なら。
「気にしないでください、疑いが晴れて良かったです」
コガネさんが頭を上げたタイミングで微笑んで見せると、釣られたようにコガネさんも微笑む。
「言いたくない事があるならそれでもいいんです。でも、困った事があったらいつでも言ってください。
私達はもう、仲間なんですから」
観覧車を降りると夕日が地面をオレンジ色に染めていた。
「遅い……」
「観覧車は急いでくれませんからね」
頬を膨らませた魔法少女様にコガネさんが笑いかけた。
「時間も丁度いいので帰りましょうか……」
コガネさんの言葉に私ははいと頷く。
すると魔法少女様が焦ったようにちょっと待って、と告げて鞄から包装された包みを取り出した。
「これはなんですか?」
「これはね、鮎喰さんへのプレゼント! 仲間になった祝いと団地のお礼!」
ニコニコと魔法少女様が押し付けるように私にプレゼントを渡してくる。
「う、受け取れませんよ!」
そう、私は魔法少女様に助けられたからこうしてここにいるのであって、お礼をするのはむしろこっちの方ーー。
「受け取って欲しいな……私ね、あの時は実はすっごく怖かったの……無理して叫んでもうダメかもって思った時。
鮎喰さんが助けてくれた。
だから、ありがとう……私を助けてくれて」
じんと胸が熱くなるのを感じた。
そこまで言われて受け取らない訳にはいかない。
目尻に涙が浮かんで私もちゃんと泣けることに少し驚きつつお礼を口にする。
魔法少女様はうんうんと頷いて私の手を取り、顔付近まで持ち上げた。
「これからは仲間として一緒に戦って欲しい。
魔法少女は愛と希望だから!
三人で支え合って頑張っていこう!」
魔法少女様が私の左手を離してコガネさんに片手を向ける。
「はぁ、何か企んでるなぁ、とは思ってましたけどそれですか……中身はなんですか?」
手を取ったコガネさんの言葉に魔法少女様がニコニコと髪留めのリボン、と答えた。
『これならば文化祭とやらにもつけられると選んでおったな……』
魔法少女様の相棒、鬼様が告げる。
嬉しい、すごくすごく、でも。
この感情は普通のものなのか。
こんな時、以前の私なら。
「ありがとうございます。みんなが応援してくれてると思うと演奏にも力が入ります。文化祭には両親も来てくれるので、これを付けて気合い入れます!」
…………あれ。私、今なんて言った?




