第二十話 ファッションショー
布団の中から手を伸ばして、鐘を鳴らす時計の音を止めた。
近くに置かれたメガネを掛けてから布団の中で軽く伸びをする。
赤蜘蛛が体を這って少しくすぐったい。
今日は魔法少女様とコガネさんと一緒に遊びに行く日だ。
いつも通り朝食を用意しようとしてパンを三枚取り出す。
両親の前のテーブルには一匹ずつ赤蜘蛛が乗っていた。
「もう、ダメかもしれませんね……」
取り出しかけたパンを二枚戻して、一枚だけ焼き、卵とベーコンをフライパンで焼いていく。
出来上がった朝食を両親のいるダイニングを避けてリビングで食べる。
なんだか少し物足りない気もするけれど、最近お腹がいっぱいにならないのでこのくらいで丁度いい。
食べ終わった後の食器を流し台に運んで水につけておく。
「帰って来たら、コレどうするか考えとかないとなぁ」
ダイニングに視線を向けると二匹の赤蜘蛛がぴょんと私の方に跳んできた。
「うぇ〜、どうしたの? お留守番飽きちゃった?」
カサカサと私の体を這い回る赤蜘蛛達に笑いかけると右に二匹左に一匹止まった。
「もうお留守番の意味ないし、今日はみんなも来る?」
キュー、と両肩に乗った蜘蛛が鳴いた。
ふふっ、と笑ってから三匹まとめて襟元に滑り込ませた。
「それじゃあ、行こうか!」
準備を済ませて私は家を出た。
◆
午前八時十分、駅前広場。
私達は揃いも揃って、集合時間より早く来ていた。
「コガネちゃん、電車の時間まであと何分?」
「まだ五十分もあります」
コガネちゃんが腕時計を確認する向こうで鮎喰さんが困ったように笑った。
『お主ら、どんだけ今日を楽しみにしておったんじゃ?』
鬼様の言葉にむむっと口を尖らせる。
「はは、どうやって時間潰しましょうか?」
頬を掻いたコガネちゃんが集合場所の駅周辺を見渡した。
周りにあるのは喫茶店と服屋くらいだ。
「みんな朝ごはん食べて来たよね……」
喫茶店を見つめてため息をつく、店先の看板には名物だとナポリタンが掲げられていた。
「私はいくらでも入りますよ!」
鮎喰さんが何故か胸を張っている。
どこからかキュー、と鳴き声が聞こえたので赤蜘蛛も一緒に来てるみたいだ。
「無理しなくてもいいんですよ、ブランチにも早い時間ですから……服屋にでも入ってみますか?」
「そうだね、喫茶店はまた今度一緒に来よう!」
私の提案に鮎喰さんがコクコク頷いている。
仕草がいちいち小動物みたいで可愛らしい。
『何というか、こんな感じの犬おるよな……』
鬼様の言葉に一瞬、鮎喰さんの後ろに尻尾を幻視した。
確かに似合いそうだ。
「服屋に入ったはいいけど、私ってあんまり服に頓着しないんだよなぁ」
現在もジーンズと白いシャツ姿でおばあちゃんが服を選んでくれてる。
「私も似たような感じです、お母さんが買って来てくれてたので」
鮎喰さんは上下黒で統一され、襟元に入った白いラインが、どこかセーラー服を思わせた。
コガネちゃんは白のワンピースだ。
『誰一人としてこだわっとる奴おらんな』
鬼様が言うと背後から肩を掴み、そのまま耳元に顔を寄せられた。
「鬼様、聞き捨てなりませんね……私がワンピースを着てるのは、コレが似合うからであって決して適当なわけではありません!」
コガネちゃんが捲し立てるように耳元で囁いた。
「ひっ!」
吐息が当たってゾクゾクと背筋に悪寒が走る。
「全く、二人とも素材はいいのですからもっと真面目に服を選ぶべきです。私が最高の一着をコーディネートして差し上げましょう」
逃れようとした私の襟首を掴んでコガネちゃんがノリノリで告げた。
テンションがおかしいし、力が強い。
「自分で歩くから引っ張るのやめて!」『玲子、こいつ止めろ!』
鬼様の言葉に鮎喰さんが口に手を当てて右往左往していると、コガネちゃんがガッと腕を掴んだ。
「ふふ、店内に入った時から二人に似合いそうな服に目をつけてたんですよ……歩ちゃんの次は鮎喰さんの番ですから……」
私達は揃って短く悲鳴を上げた。
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黒と赤を基調にしたいわゆるパンクファッション。足は大胆に出ているのにそれ以外は妙に防御力が高そうで分厚いベルトが何本も巻かれている。
そんな私が試着室から出るとコガネちゃんは満足そうに腕を組んで頷いていた。
「似合ってますよ、時間があればもう少し着せ替えて遊びーーんんっ! もう少し色々選んであげたいですけど鮎喰さんの時間が無くなりますからね」
「コガネちゃん、今遊ぶって言った?」
ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする、とじっとコガネちゃんを見つめる。
「あの……私は別に選んで貰わなくても」
おずおずと手を上げた鮎喰さんにコガネちゃんがカゴに入った服を手渡した。
『先に選んどったんじゃな……』
「今から探すと時間なくなりますから、歩ちゃんの服を見繕う時に選んどきましたよ!」
グッと顔を近づけるコガネちゃんの圧に負けて鮎喰さんはカゴを持って試着室に入っていった。
『ところで足についとるこのベルト、とかいう紐は意味あるのか?』
「オシャレですよ」
澱みなく答えたコガネちゃんに鬼様が首を傾げた。
待つこと数分、試着室のカーテンが開くとフリル多めのロリータ風ファッションに身を包んだ鮎喰さんが顔を赤くしながら立っていた。
「え、似合ってる。めちゃくちゃ可愛い!」
飛び跳ねるように私が両手を取ると鮎喰さんが顔がさらに赤くなった。
「あの……私、派手な服は得意じゃなくて……」
恥ずかしそうにモジモジと服の裾を触る鮎喰さんになんだか悪い事してる気分になってくる。
「スタイルいいから何着ても似合いますね……」
コガネちゃんは自分の胸に手を当て、鮎喰さんの胸元と見比べている。
うん、格差社会を感じるけど歳を考えれば私たちの方が普通だよ。
『歩の魔法少女衣装と似とるな……よし、今度からそれ着て戦え! 着替える時間があればさすがにわしの方がはやい!』
内心で考えながらうんうん頷いていると鬼様が口を開いた。
「鬼様、さすがにそれは……」
コガネちゃんが困惑気味に一歩後ずさった。
「それで被害が出たらどうするんですか!」『その時はその時じゃろ』
もう、と頬を膨らませてみせる。
「あの、もう着替えていいですか……?」
カーテンの端に隠れて鮎喰さんが告げた。
「誰も買わないんですか? 一着ぐらいならプレゼントしますよ?」
そう言って分厚い財布を持ち出したコガネちゃんにさっきのお返し、と背後から抱きつく。
「あんまりそういう事はしない方がいいよ、お金関係は拗れやすいからねーー」
言った私にコガネちゃんが少し目を開けてジロッと私を見た。
怒ったかな、と少し身構えるとコガネちゃんがはぁ、とため息をついた。
「わかってますよ……歩ちゃん達は特別です」
そう言いつつも納得したのか財布をカバンに入れた。
「それに一着丸々だと高すぎるし、コガネちゃんは最近色々やってくれてるでしょ?」
抱きつく腕に力を込めるともう、と呆れたようにコガネちゃんが笑う。
不意にレジの前で立ち止まる鮎喰さんが視界に入った。
鮎喰さんはすぐに視線をこちらに向けてお待たせしました、と歩いてくる。
「……ごめん、トイレ行ってくるから先に行ってて」
コガネちゃんから手を離して店の外に出るように促すとわかりました、とコガネちゃんが頷いた。
私はそのままレジ前に歩いて行くと、髪留め用の青いリボンが目に入った。
『トイレには行かんのか?』
「ちょっと、鮎喰さんにプレゼントを……」
リボンを手に取って会計に向かうと鬼様が微妙な表情をした。
『金銭関係は拗れるんじゃなかったのか?』
「助けてもらったお礼だよ!」
五百円、刺繍が可愛かったから少し高めだけど仲間になった記念も兼ねれば安い方だ。
プレゼント用に包んでもらって、私は二人を追いかけて店を出た。




