第十七話 救われた人 救われない人
布団の中から手を伸ばし、鐘を鳴らす時計の音を止めた。
それから、近くに置かれたメガネを掛けてから布団の中で軽く伸びをする。
それが、私――鮎喰 玲子の朝のルーティーンだ。
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トースターでパンを焼きながら、フライパンで卵とベーコンを炒める。
焼き上がったトーストの上にベーコンとスクランブルエッグを乗せて、カロリーハーフのマヨネーズを上からかけた。
それを三つ、私とお母さんとお父さんの分を用意し、家族の待つ食卓に並べる。
「それでね、昨日魔法少女様と再開したの! 他のハングリーと戦ってるとそのうち会えるかなって思ってたけど、やっぱり正解だった!」
何気ない会話を両親に話しながら、私は朝食に手をつける。
「でもその後、連絡先を交換してすぐにお別れになっちゃって……逃げたハングリーを追わないといけなかったし、この子もお腹すかせてたから……」
千切ったパンの耳をテーブルの上の赤蜘蛛に与える。
一度、私に寄生したハングリー。
私の武器であり心臓、そして今は私の家族だ。
ふと目をやると両親の前に置かれた皿は空になっていた。
「ふふ、美味しかった?」
両親に笑いかけるとスマホが震えた。
魔法少女様とコガネ、という後輩とで作ったメッセージアプリのグループに連絡が入っていた。
「……今日は遅くなるかも、魔法少女様が放課後に会いたいんだって……」
私は傍に置いていたカバンを手に取って玄関へ向かった。
赤蜘蛛は私の体を這うように移動すると、服の下、胸の谷間に収まった。
「貴方はそこ好きだねぇ〜」
私の言葉にキューと鳴き声が聞こえて思わず笑ってしまう。
玄関から廊下を見ると、二匹の赤い蜘蛛がこちらを見ていた。
「お父さんとお母さんをお願いね」
そう言い残して私は家を出発した。
◆
病院の廊下、先に受付で話を済ませていたけれど消毒液の匂いに緊張してしまう。
「歩ちゃん、検査お疲れさまです!」
学校終わりにコガネちゃんに付き添われて病院にやってきていた。
「大袈裟だよ……検査でも何も出なかったんでしょ?」『わしが治しておるのだから当然だがな!』
私の言葉に追随するように鬼様が得意気に告げた。
「未知の毒なんですから万全を期すに越したことはありません!」
昼休みに団地での戦いのあらましを説明していたらあっという間に病院の予約をとって検査に連れてこられてしまった。
ファミレスで予定していた鮎喰さんとの待ち合わせも少し後ろ倒しになってしまった。
コガネちゃんが時計を確認する。
「今は六時十五分。待ち合わせは七時なのでまだ少し時間がありますね……」
待ち合わせのファミレスまではゆっくり歩いても二十分くらいの距離だ。
「そういえば、昨日助けた女の人ってこの病院にいるんだよね? 会えたりしない?」
私の言葉にコガネちゃんがピタリと動きを止める。
「……私の名前を出せば会えますけど、やめた方がいいと思いますよ」
その言葉に首を傾げると、コガネちゃんが眉尻を下げて困ったように告げた。
「実は彼女、記憶喪失なんです……」
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コガネちゃんに付き添われて、私は病室の扉に手を掛けた。
ベッドに腰掛けた女性はこちらを意に介さずただ夕日を眺めていた。
一歩、踏み出そうとした私の腕を掴んでコガネちゃんが止める。
やっぱりやめといた方が、と顔が語っていた。
私は首を横に振り、そのまま女性の傍まで進んだ。
私の方に振り向いた女性に対して私は努めて冷静に腕を前に揃えてお辞儀をした。
「はじめまして、倒れている貴女を見つけた者です」
「……」
顔を上げた時、夕日の影になった女性の目は濁って見えた。
一秒、二秒、三秒待っても、反応はない。
「歩ちゃん……」
コガネちゃんは強くは言わないけれど、もう出ようという空気を発していた。
でも、私はどうしても聞きたいことがあった。
「スーツ姿の男性に、心当たりはありませんか?」
私の言葉にピクリと女性の肩が震えた。
「貴女を助けて欲しいと、頼まれたんです」
思い出すのは団地で、自分の皮膚が爛れているのに最後まで女性を案じていた男性。
女性の呼吸が早くなる。
何か、思い出してる。
あんな最後だったのに、助かって欲しいと願われた人があの男の人を覚えてないなんて。
そんな悲しいことがあっていいはずがない。
「あの日、団地で――」『そこまでじゃ!』
突然、鬼様が女性の目を覆った。
私の右手、女性の目元に当てられたそれには青い光が集まっていて。
やがて女性は昏倒するようにベッドに横になった。
「鬼様⁉︎」
『眠らせただけだ。それよりも歩、お前はあの女の魂を砕くつもりか?』
静かになった病室に鬼様の言葉が染み込んだ。
「何言ってるんですか? 鬼様……?」
振り向くとコガネちゃんも眉間に皺を寄せて、私を責めているようだった。
『魂とは記憶、意志、感情で形成されており、人が生きるには魂が不可欠じゃ……この女は弱った意志と感情を守る為に記憶を封じておる。そんな状態で無理に記憶を呼び起こせば……どうなると思う』
眠る女性の横顔に罅が入る様子を幻視する。
「歩ちゃん、私達は中学生なんです。
あの場から助け出せただけでも十分にやるべき事はやりました。後は、医者と警察に任せましょう……」
優しく私の肩に手を置いてコガネちゃんが告げた。
夕日で赤く染まる女性の横顔を一目見て、私は病室を後にした。
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私達がファミレスに入ると奥の席で黒縁メガネを掛けた少女が立ち上がった。
「こっちです!」
大きな声で私達を呼ぶ少女、鮎喰さんについ、苦笑いが溢れる。
「待たせてしまいましたか?」
コガネちゃんが問いかけながら鮎喰さんに笑いかけると今来たところです、とベタな言葉が返ってきた。
鮎喰さんは私達二人の顔を首を振って見比べて、私の顔をじっと見つめた。
「え? 顔に何か付いてる?」
「いえ、そういう訳では無いんですけど……あの、失礼ですけど、魔法少女様であられますか?」
緊張からか、変な言葉遣いで顔を赤くする鮎喰さんがもじもじと私に問いかけてきた。
「そうだよ、変身すると髪も目も色が変わるからわからないかもだけど――」
鮎喰さんは言い終わる前に私の手をとって真っ赤な瞳をキラキラと輝かせて私に笑顔を向けた。
「やっぱり! ありがとうございます、私……貴女に助けられた時からファンなんです! サインください!」
興奮して大声を上げる鮎喰さんの横で店員がコホン、とわざとらしく咳をして水を並べた。
去っていく店員にコガネちゃんがお騒がせしました、と声をかけてる。
「えっと、改めまして……同じ中学校に通ってます。二年二組の渡辺 歩です」『わしは鬼じゃ、気軽に鬼様と呼んで良いぞ』
私と鬼様が続けて自己紹介すると鮎喰さんが笑顔を固めて首を傾げた。
「後輩だったんですね、通りで小柄だと思いました。ところで、鬼ってなんですか?」
その様子にコガネちゃんがふふっ、と笑う。
「歩ちゃんは鬼の神様の力を借りて変身してるんです。口調が違う時には鬼様が喋ってると思ってください」
『ややこしくてすまんの!』
コガネちゃんの補足に鬼様が笑った。
「私は歩ちゃんと同じクラスの如月 黄金です。私は魔法少女ではないですよ!」
謎の補足を入れながらコガネちゃんも続けて自己紹介した。
それを見て、鮎喰さんがスッと佇まいを直した。
「改めまして、私は鮎喰 玲子です。三年四組、今は時々怪人退治をやってます」
自己紹介をすると軽く頭を下げた。
鮎喰さんが顔を上げると服の襟から赤い蜘蛛が這い出てきて鮎喰さんの肩で止まった。
「この子はハングリー、私の相棒です」
赤蜘蛛が答えるようにキュー、と鳴いた。
「え? 可愛い、撫でてもいいですか?」
どうぞ、と鮎喰さんが答えたのを見て手を伸ばそうとするコガネちゃんの手を鬼様が掴んだ。
『これは怪人の核じゃな……どこで手に入れた?』
「鬼様、ちょっと痛いです」
鬼様が手を離し、コガネちゃんは掴まれていた腕を摩ってから膝に戻した。
鬼様の鋭い視線を向けられた赤蜘蛛が逃げるように鮎喰さんの服の下に退避する。
「えっと……まず、どこで拾ったか、なのですが道端で弱ってるところを拾いました。大体一週間くらい前ですね――」
「え? そんな捨て猫感覚で拾えるものなの⁉︎」
鮎喰さんの言葉に思わず反応が口に出て、コガネちゃんに脇腹を突かれる。
別に茶化した訳じゃないんだけど。
私たちのやりとりを見て鮎喰さんは少し困ったように笑った。
「……話を戻すと、その時私はこの子に寄生されて怪人になったんです」
それを聞いてカチッと、何かが切り替わる音が聞こえた気がした。
団地の光景と一週間前の屋上、蓮夜先輩の死が脳内で重なる。
『つまり、お主は怪人という事か?』
鬼様の問いに鮎喰さんがモジモジと指先を絡めるような仕草をする。
「そう……なりますね、でも無関係な人を傷つけたりとかはしてません! 誓ってもいいです」
ピンポン、と機械音が店内に響いた。
見ればコガネちゃんがテーブルの呼び鈴を鳴らしてる。
「ここで話していても結論は出ませんし、とりあえず何か食べましょう……私はそもそも危害が無ければ怪人だろうと関係ないと思いますし、助けてもらいましたからね……ひとまず仲良くしましょう」
コガネちゃんはそう言うと紙のメニューを広げた。
『そうじゃな、ここで責めても仕方ないか……』「うちの鬼様がすいません」
そう言って私と鬼様が頭を下げた。
「いえ、怪人退治をしてる魔法少女様からすれば当然の反応なので」
パタパタと両手を目の前で振って焦っているうちに店員がテーブルにやって来た。
「ご注文をどうぞ」
と注文端末を開いている。
鬼様がフン、と鼻を鳴らしてメニューを開いた。
四種類のハンバーグが乗ったページを店員に見せて、
『このページの肉全部』
と注文した。
「そんな注文する人初めて見ましたよ」
店員は鬼様の注文に困惑しながらも、端末を操作した。
私達に続けてコガネちゃんがドリア、鮎喰さんがミックスグリルを頼んだ。
テーブルに乗せられたデミグラスハンバーグ、大根おろしの乗ったハンバーグ、チーズインハンバーグ、ケチャップソースハンバーグ。
「全部同じじゃないですか?」『全然違うじゃろ!』
私達の言い争いに鮎喰さんが微妙な表情をしてる。
「自分で言って、自分で否定してる……」
珍しく普通の反応をされてつい顔が熱くなってくる。
「鬼様! 変に思われたじゃないですか!」『お主が黙っとれば良いだろ! 学校では黙ってやっとるんだから今くらい好きに話させろ!』
ぐぬぬ、と言葉を詰まらせているとドリンクバーからコガネちゃんが戻ってきた。
「いつもの事なので、気にするだけ無駄ですよ、はい鮎喰先輩のぶん」
そう言って飲み物を全員に渡した。




