第十五話 魔法少女は負けない
軽く浮いていた身体がべちゃりと音を立てて血溜まりに落下する。
全身が痛くて指を動かすのも辛い、でも立ち上がらないと、と自分を鼓舞して上体を持ち上げる。
私の腹には胴体を失った赤ハチ怪人の腕が刺さったままだった。
顔を顰めて手を伸ばすと途中でピタリと動きが止まる。
鬼様が止めてるんだ。
『抜いたら失血が酷くなる、一旦そのままにしとけ……』
先程と打って変わって優しい声が私の口から漏れた。
「おに……さま、勝ちましたね……」
衣装はボロボロ、至る所が破れて色も薄く灰色だ。
羽衣も残っていない、腹の傷は鬼様が少しずつ治してるのか傷口に青い光が集まっていた。
それでも見渡せば女性が青いオーラに包まれているのが見えた。
約束を守ってさっきの攻撃が当たらないようにしてくれたんだ。
そう思うと自然と笑顔になった。
『歩、改めて言おう……諦めよ』
「え……?」
何を言ってるのか分からなかった。
敵は全部倒したはずなのに。
「一体、何をですか……鬼様?」
『今の攻撃はこの建物にしか及んでおらん、南西の建物や北側の二棟にはまだ怪人がおる。そやつらがここまで来たら終わりじゃ……そうなる前に、手を打つ必要がある』
鬼様が私の体を動かして這うように女性の元まで移動する。
鬼様が何を言っているのか分からなくて、私はただ、呆然としていた。
女性の元まで辿り着く、女性は息をしていた。
時折、呻き声を漏らしているが確かに生きている。
『……この女を喰う』「っ! なんで、ですか……鬼様!」
伸ばしかけた左手を右手で掴んで止める。
私の態度に鬼様も引こうとせず左手に力が入る。
『いいか、よく聞け……さっきの攻撃のせいでわしの本体との繋がりが不安定になっておる。わしらは今、まともに戦うことも傷を治すこともできん。
こやつを食えばお主の体で直接、神力を作り出せる。
そうすれば、本来のわしに近い力を出す事すら可能になる』
「い……やです。それだけは絶対に!」
体に力が入ってボタボタと血が地面に落ちて広がる。
鬼様が軽く息を吐く。
『歩……お前が全てを背負う必要は無い、眠っておれ』
優しい言葉が逆に痛い。
それほどまでに本気なんだと伝わってくる。
それでも、
「魔法少女は愛と希望なんです。だから絶対に罪のない人は殺したらダメです……そんな、そんなのは……魔法少女じゃない……」
急に左手から力が抜ける。
わかってくれたのか、と頬が緩んだ瞬間。
パチンッ、と大きい音が鳴るほどの勢いで頬を叩かれた。
『人は死ぬ、呆気なく簡単に。わしらが死ねばこの女はどうなる? 死ぬじゃろう、この女を食えばわしらは生き残る。一人死ぬか、全員死ぬかという話なのじゃ……嫌なら目を背けておれ!』
グラグラ視界が揺れる。
頬を叩かれた事よりもどうしようもないと告げられた事の方がずっと痛かった。
それでも、と私は抵抗する。
「そんな事、わかってるよ! でも鬼様が言ったんでしょ……目を背けるなって! こんなのは嫌だ! 私は……魔法少女は負けないんだからぁ!」
ポロポロと涙が頬を濡らす。
悲鳴にも似た叫びが、団地中に響き渡り、静寂が戻ってくる。
『チッ! 時間切れじゃな……』
全身から力が抜ける。
顔を上げた私の目の前にアリ怪人が迫ってきていた。
せめて倒れてる女の人だけでも守ろうと覆い被さり処刑を待つように目を瞑った。
「ハングリー!」
叫び声と一緒に風を切る音が聞こえた。
恐る恐る目を開けると目の前でアリ怪人が一本の赤い槍に貫かれて動かなくなっていた。
『なんじゃ、これは?』「赤い槍?」
私達が呆然としていると槍は浮き上がり、次々とやってくる怪人の胸を貫いていく。
「はい、魔法少女様は負けません……だって、私達がいますから」
空に視線を向けると黒いスカートと上着を翼のように風に靡かせる少女が空中に立っていた。
「貴方は……」
私の言葉に少女はゆっくりと着地して笑顔を見せる。
長い髪をおさげで纏めて、縁の黒い眼鏡をかけた。
素朴な印象を与える少女は倒れた私に手を差し伸べる。
「お忘れですか? 中学校で貴方に助けて貰った者です。魔法少女様」
頭の中でパズルのように記憶が繋がっていく。
「山田先生が怪人になった時の……!」
私の言葉に少女は笑顔で頷く。
「歩ちゃん!」
呆然としていた私にコガネちゃんが声をかけてきた。
『なんでここにおるんじゃ、お前』
「えへへ、心配で来ちゃいました」
少しおどけて見せるコガネちゃんはよく見ると右足を庇うような歩き方をしている。
「コガネちゃん、怪我……してるの?」
私の言葉にコガネちゃんはギュッと唇を噛む。
「自分を見てから言ってください……本当に、無事でよかった」
コガネちゃんは足を引き摺りながら私に近づき、傷口に触れないように優しく私を抱きしめた。
コガネちゃんの後ろで少女は満足そうに再び頷くと怪人が残った南西の建物を見た。
「後は任せて休んでいてください」
「待って……貴方名前は?」
駆け出そうとした少女に声をかける。
「鮎喰 玲子、貴女の味方です」
鮎喰さんは振り返るとそう言って笑ったのだった。




