第十四話 鬼神
数十分前
団地から徒歩十五分程の距離にある駐車場、もしも戦いになっても影響が無く、万が一の時には歩が逃げてこられる距離という事で選んだ場所だ。
私、如月 黄金はノートパソコンでネット上に転がる情報を精査しながらインカム越しに歩ちゃんの声を聞いていた。
《とりあえず他の部屋も回ってみようか……》
歩ちゃんが口にした瞬間、窓の外、団地の上空に影が見えた。
目を細めてじっくり確認する。
赤い人型、小柄なそれに追随するように大量の怪人の群れが隊列を組んで空へ上がった。
「っ! 歩ちゃん! 歩ちゃん! 空に敵が!」
クリアだった通信にノイズが走りやがてプツンと音が消えた。
「睦月さんはここで待機! エンジンはかけておいてください」
「お嬢様⁉︎」
放り投げるようにノートパソコンを脇に置いて車から飛び出した私の視線の先、空が歪む。
「あれが噂の結界ですか……」
やっぱり睦月は連れて行けない、この護符は流石に車までは守ってくれないだろう。
まるで赤い霧の様に団地全体を包んだ結界によって中の様子が確認できなくなる。
データでは怪人は明らかに隠れて行動している様に見えた。
いきなりこんな行動に出るなんて想定外だ。
「歩ちゃん、どうか無事でいて……」
地面を蹴る私の足に力が籠もった。
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結界は団地の敷地を囲む様にドーム状に張られていた。
赤い霧が壁の様に広がって中がどうなっているかはわからない。
「ふぅー、中に入ったら歩ちゃんと合流して一緒に逃げる……」
深く息を吐いて改めて目標を確認する。
資料に残る鬼神の伝説が本物なら、このくらいどうにかなるはずだ。
だから私の役割は迎えに行く、それだけ。
霧に触れるとピリッと電気が走った様な痛みが触れた箇所を襲った。
しかしそれはすぐに消える、ポケットの護符から青い光が全身を覆っていた。
歩ちゃんから貰ったお守りだ。
「今、行きます!」
意を決して結界の中に飛び込んだ。
結界内部は空に無数の怪人が飛び交っていた。
そのどれもが黄色と黒の警戒色の縞模様。
「蜂……ですか?」
その中に一体、赤と黒の体を持つ他のハチ怪人よりも小柄な個体が見えた。
赤いハチ怪人は他のハチ怪人に指示を出す様に南東の建物を指差している。
赤ハチ怪人は最後、チラリと身を屈める私を見ると軽く指を差した。
「気づかれましたか!」
赤ハチ怪人が南東の建物の方へ消えると同時に隊列の中から一体が私の方へ飛んできていた。
空中に止まったハチ怪人が私に向かって腹の先、親指大の穴が開いたそれを私に向ける。
首筋にバチバチと嫌な予感が走って咄嗟に転がる様に横に跳んだ。
先程まで私がいた場所に無数の針がアスファルトを貫通して突き刺さっていた。
奇跡、今避けられたのは間違いなく偶然と幸運だった。
体感では、弾速は拳銃と同じか、それ以上。
人間の反応速度では放たれてからの回避は間に合わない。
歩ちゃんはどこにいるのか、と思考を巡らせた時、パァンと断続的な破裂音が南東の建物から聞こえてくる。
「あっちですか……」
私は一瞬フェイントをかけてから一気に走り始める。
視線は敵から外さずにわずかな予兆も見逃さない様、両目を見開いて警戒する。
私に向けられた発射口が一瞬ピクリと震えた気がした。
「ひ〜!!」
全力で跳んだ背後に無数の針が飛来する。
転がる様に立ち上がって再び走り出した。
逃げ回る私に業を煮やしたのか、羽音を響かせながら両手を広げて一気に接近してくる。
「調子に乗らないでください!」
背後から迫るハチ怪人に飛び上がって蹴りを叩き込む。
パキッと、音がした。
「いっ⁉︎」
サンドバッグを破壊する蹴りに怪人はびくともしない。
対して私は足の骨から嫌な感触が伝わってきた。
怪人の腕が空中で死に体になった私の足を掴む。
「ぅ……ぐぅぅう!」
ヒビの入った足から痛みが走って額に脂汗が滲んだ。
宙吊りにされた私の頭に針の発射口が向けられる。
これは、終わりましたか。
諦めに近い感情が頭に過ぎる。
私が死んだら歩ちゃんは泣きそうですね、両親は鼻で笑いそうです。
葉月と睦月は残念がりますかね。
せっかく、次期当主の付き人になれたのに、って
走馬灯の様に過去の情景が思い浮かぶ。
歩ちゃんに近づいたのは鬼神の伝説を知ったからでした。
鬼神と比べて私はとても無力で、きっと私を特別じゃない存在にしてくれると思ったから。
どうにかして御神体を盗み出せないかな、と。
【コガネちゃんの目って変わってるね……】
偶然、目を見開いた時に歩ちゃんに言われた言葉だ。
私は自分の目が嫌いだった。
縦に裂けた瞳孔は、鬼の血を濃く継ぐ証。
私を特別だと示すもの。
【怖いですか?】
誰もが怖かった。
きみ悪がった。
だから、この問いは確認でしかなかった。
【なんで? かっこいいじゃん、カラコン! でも学校ではやめた方がいいと思うよ……】
思わず笑ってしまった。
ああ、この子と一緒なら私は特別じゃない。
「あぁぁぁああああ!!」
雄叫びをあげて針を、体を反らして腹筋の要領で回避する。
私の足を掴んだ腕にしがみつき、そのまま噛み付いた。
「私は、死にません! 私が死ぬ時は鬼様に美味しくいただかれるって決めてますから!!」
我ながら意味不明な事を大声で叫びながらなんとか拘束から逃れようとする。
わかりきっていた事だが、拘束が緩む事はない。
掴んだものとは逆の腕が私の頭に迫る。
「ハングリー!」
声が聞こえて、赤い線が視界に過ぎる。
私に迫っていた腕は胴体から切り離されて冗談みたいに空中でクルクルと回っていた。
二回、三回、四回。
赤い線が通るたびに怪人の体に穴が空いて掴まれていた体が支えを失い浮遊感を感じた。
すぐに体が柔らかい感触に包まれる。
黒い服装に身を包んだ少女、おさげにメガネと地味な容姿の彼女は八重歯を見せて笑った。
「ごめんなさい、結界の力を感じてすぐ来たのですが……遅くなりました」
「あなたは誰ですか?」
私の言葉に頬を赤く染めて少女は笑う。
「鮎喰 玲子、通りすがりの正義の味方です」
◆
赤ハチ怪人が私に肉薄して私を守ろうとした羽衣ごと、私の腹部を貫いた。
『あゆみ……!』
吐き出す様に鬼様の言葉が口から飛び出す。
「っ……ぁあ!」
赤ハチ怪人の腕を掴む、甲殻が傷口を削って焼かれる様な痛みが走る。
視界の端で最後の羽衣が消える。
短く息を吐き、相手を睨もうとして喉の奥から生温い感触が迫り上がってきた。
「ゴフッ!」
噴水の様に赤い液体が口から吹き出された。
力が抜けていく。
傷口以外の場所が急速に冷え込んでいく気がした。
『ハハ……』
不意に声が出た。
赤ハチ怪人は腹に腕を突き刺したまま、飛行して私を掲げる。
それに反応する様に周囲の怪人が針の射出口を私に向けた。
「……お……にさ……ま、ごめ――」『舐めておるなぁ』
冷たい、今までからは考えられないほど冷たい声が口から溢れた。
鬼様の本体から無理やり流し込まれたオーラが、体に収まりきらず溢れてくる。
全身が燃える様に熱い。
まるで電子レンジに入れられた様に全身の細胞が沸騰していく。
『貴様ら、この程度で鬼神を殺せると、本気で思っとるのか!』
解き放たれたオーラは周囲を一瞬で呑み込み、神聖な青い光が暴力的に空間を侵食しガラスの様に崩していく。
「おに……さま」『消し飛べ』
その言葉を最後に、吸い込まれる様に建物が消えてなくなった。
残されたのは背後の女性と傷だらけで衣装も半分消え掛かった私、そして腹に刺さったままの持ち主を失った赤ハチの腕だけだった。




