第十二話 食糧庫
「なに……これ」
南東棟の一階は地獄だった。
その部屋の壁は主要な柱を除いてくり抜かれ、一つの巨大な空間になっていた。
至る所に山の様に纏められた原型を留めない肉塊と、その肉塊を作る途中なのか至る所が削られ、不自然な形に歪んだ人型。
地面に血溜まりを作る吊るされた首なし死体。
吐き気を催す光景に目を逸らしたくなる。
『食糧庫、あるいは食事処かの? 壁まで飛び散らせて、行儀がなってないと見える』
僅かに怒りを孕んだ声で鬼様が呟く様に口にした。
窓から離れる様に移動した私の足に何かがぶつかる。
女性もののカバンだ。
ここにいる、誰かのものだろう。
この人達にも人生があって、笑って、泣いて、怒って。
それを、こんなモノみたいに。
『気にするな、とは言わんが先にやるべき事があるじゃろう?』
ハッと意識を取り戻して周囲を見渡す。
まだ敵は追ってきていない。
「ぅ……うぁ……」
拳を握って気合を入れていると不意に呻き声が聞こえた。
視線を向けると食糧庫の窓側の隅にスーツ姿の男の人が転がっていた。
「生きてる! 大丈夫ですか――」
駆け寄って確認すると男の人は皮膚が爛れ落ちて所々から赤い筋肉が覗いていた。
ひっくり返すと瞼のない目と視線がぶつかる。
よく見れば左手は無く、両足は人形の様に左右に折れ曲がっていた。
私が抱き上げると彼は掠れる様な声で私に話しかける。
「ひ……と、な……の…か?」
途切れ途切れに声を上げる男性の姿に喉が詰まる。
「大丈夫です、助けに来ました!」
努めて笑顔で彼に話しかけると彼は身を捩って周囲を確認し、震える指で窓とは逆側の隅を指差した。
「わ……、か……のじょ……を」
指差す先には彼と同じ様に転がされた女性が見えた。
「鬼様、この人治せますか――」
瞬間、ゾワっと背筋を撫でる様な悪寒が襲った。
手、手、手、手。
窓一面を張り付く様に埋め尽くすそれが目に入った。
「あ……」
私が何か言う前にガラスが粉々に砕けてハチ怪人の群れが一気に侵入してくる。
『ッ!』
羽衣は男性の腕を掴んで引き寄せようとする。
しかし、怪人が抱き寄せる様に男性の腰を掴んだ。
ミシミシと嫌な感触が羽衣から伝わってくる。
『歩、諦めよ……』
羽衣が男性の腕から離れる。
群れに飲み込まれた男性がまるで粘土細工の様に歪められ、物言わぬ肉塊へ変貌した。
「っ! 鬼様、後ろの人を!」
背後に跳びながら独楽の様に羽衣を振る。
羽衣に弾き飛ばされた怪人は何体かの怪人を巻き込みながら左右に吹き飛ばされる。
女性の側に着地してそのまま抱き抱える。
その人はあまりにも軽かった。
視線を向けると女性は膝から下が無かった。
「息はあります……」『治療は後回しじゃ、先にこの場を切り抜け――』
その時、怪人達が私達を包囲する十数体を除いて一斉にあるものへ群がっていた。
先程、目の前で潰された男性の遺体、それを取り合う様に貪っていた。
「っ!」
叫びそうになるのを唇を噛んで堪える。
『なるほど、そうやって増えるのか……』
鬼様の言葉を聞いてよく見ると怪人達の背中からポコポコと赤い、拳大の蜘蛛のようなものが湧き出していた。
「お前達は! 人の命をなんだと思ってるんだ!」
私の絞り出す様な叫びは肉を貪る音にかき消される。
ふぅ、と息を吐き女性に視線を向けた。
薄く青い光に包まれている、鬼様が守ってくれているのだ。
割れ物を扱う様に女性を地面に置いて、庇う様に前に出る。
『羽衣の方に集中する。体の方はお前が動かせ……合わせてやる』
そういうと、腰から伸びた羽衣が二本、四本、八本と増える。
私は頭の中で鬼様の動きを思い出しながらゆっくりと、腰溜めに構えた。
『いざとなったらその女、置いて逃げるからな!』「大丈夫です。魔法少女は最後は必ず勝つので!」
恐怖を噛み殺す様に歯を見せて笑った。




