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第十一話 怪人の巣

 目を覚まして、ご飯を食べて、入念に歯を磨く。

 動きやすい服装に着替えて玄関で待っていると、昨日とは打って変わって機能的な黒いズボンに飾り気のない長袖と帽子を身につけたコガネちゃんが家にやってきた。

 きっちり朝の八時だ。

「待ちましたか?」

 少し茶化した様子のコガネちゃんに全然、と短く答えてキーホルダーを差し出す。

 暗闇だと薄ら光ってたけど明るい場所では全く気にならない。

「これは?」

 首を傾げるコガネちゃんに私は得意げに笑ってみせる。

「鬼様特製のお守り!」『護符じゃな、これを持っておけばお前とお前が身につけているものくらいは奴らの結界から護れるはずじゃ』

 興味深そうに覗き込み、観察した後手にとってみせた。

「ありがとうございます、私からもこれを……」

 コガネちゃんはそう言って耳につけるイヤホンの様なものを差し出した。

 ドラマとかでよく見る奴だ。

「コレってどう使うの?」

 早速耳につけてみせる私にコガネちゃんが笑う。

「設定は先に済ませてあります。歩ちゃんは基本的に付けとくだけで大丈夫ですよ、収音、録音に加えてGPSまで付いた優れものです」

「めっちゃ高そう!」

 両手の指先を合わせる様に手を前に揃えたコガネちゃんがふふふ、と笑う。

「高いので、大事に扱ってくださいね」

 コガネちゃんの威圧感がある笑顔につい苦笑いが溢れる。

『そろそろ行かぬか?』

 鬼様の言葉に頷いて私達は家を出発した。

 

 /


 魔法少女姿で団地の前に立つ私の耳にインカムから声が響いた。

《インカムの調子はどうですか?》

 通話よりもクリアな音声に誰にでもなく親指を立ててみせる。

「感度良好!」

  コガネちゃんは少し離れた場所で車から私のサポートをしてくれることになった。

《作戦をおさらいしておきますね、今回は南西にある一棟を探索、あくまで偵察なので異変を見つけたら撤退。余裕があれば南東の建物も探索する、という流れですね》

 今回の予定をおさらいするコガネちゃんにうん、と返事をする。

『一体二体程度なら速攻で倒して探索を続行しても良いしな……』

 鬼様の言葉にインカムの向こうから笑い声が聞こえた。

《その判断はそちらにお任せします》

  うん、と返事をした後に予定通り南西の建物へ足を踏み入れる。

 なんとなく一階に視線を向けた時、肩がブルリと震えた。

「二階から見るのでもいい?」

《後で全部見る予定なので現場に任せます》

 コガネちゃんにお礼を言ってから、階段を登ってすぐ近くの扉に手を掛ける。

「開かない……」

《当然と言えば当然ですね、どうしましょうか……一旦許可をもらって仕切り直した方が……》

 扉に手を掛けたまま、私たちが話し合っているとバキッ、と手元から音が聞こえた。

『開いたぞ!』

「開けたんでしょ⁉︎」

 鍵ごと折れ曲がった扉が目の前にあった。

《…………許可は後で取っておきます。鬼様は建物直せるんでしたよね? 後で直してください》

 なんだか頭を抱える姿が見える声がインカムから聞こえてきた。

「ごめんね、ウチの鬼様が……」『直すのもわしなんじゃし別に構わんじゃろ』

 鬼様の言葉にインカムからため息が聞こえてきた。

  気を取り直して、扉を開けるとふわっと埃っぽい空気が頬を撫でた。

 積もった埃がフローリングを薄く灰色に覆っていた。

 足を踏み入れると埃が舞って独特のカビ臭い香りが廊下に充満する。

 顔を顰めつつ、廊下の先、地図だとダイニングになっていた部屋の扉に手を掛ける。

「びっくり系とかはちょっと苦手なんだけど……」『つべこべ言ってないで扉を開けよ!』

 鬼様がバンッ、と勢いよく扉を開けた。

 

「……誰もいないね」


  家具が一切置かれていない、ガランとした部屋が視線の先に広がっている。

「え〜、空振り? ここまで来て何も無かったらどうしよう……」

《その可能性も考えての調査ですから、何もなければ一個、可能性を潰せます》

 何故か少し弾む様な声がインカムから聞こえた。

『……少し、変じゃな』

 私たちのやりとりを無視して鬼様がフローリングに触れる。

「鬼様?」

《何かありましたか?》

 少しして、鬼様が廊下を振り返る。

『床に塵が積もっておらん……』

 

 私の足跡が残っている廊下に対してダイニングには足跡が残っていなかった。

「コレって!」

《風が通っているか、あるいは、何かがいたという事ですね……》

 

  ダイニングに重い空気が流れる。

「とりあえず他の部屋も回ってみようか……」

 他の部屋、見取り図ではクローゼットがある部屋の扉に手を掛けた瞬間。

 

 景色がぐらりと歪んだ。

《…………ん? あ……ちゃん! そ……きが!》

 クリアだった通信にノイズが走り、やがてプツンと音が消えた。

 生暖かい空気、それは以前も経験した。

 カラス怪人の結界と同じ……

『歩、力を抜け……』

  突然、天井が崩れて瓦礫が降り注ぐ。

 それをかき分けるように、二つの黒い腕が私に掴み掛かってくる。

 一歩、背後に下がった鬼様が逆に腕を掴んで地面に叩きつける。

 キチキチと硬いものを擦るような音が目の前の怪人から聞こえてきた。

 甲虫のような硬質な殻に身を包み、二つの触覚とカチカチと顎を鳴らす怪人。

「アリ怪人!」

 相手が立ち上がるよりも先にオーラを纏った足が頭を粉砕する。

『他愛無いが……この程度では終わらんか』

 視線の先、真っ黒な塊に見えるほどの怪人が上の階から私達を見ていた。

「うそ……」

 背中に冷たい汗が伝った。

「逃げますよ! 鬼様!」

 すぐに廊下に走り出そうとして床が崩れる。

 這い出るように次々アリ怪人の腕が伸びてきた。

『上も下も敵だらけじゃな!』

 鬼様が背後に飛んでそのまま隣の部屋へ壁をぶち破る。

 それに反応した敵が流れるように穴を超えて部屋が真っ黒に染まった。

 十数体もの敵が、飛びかかる様に私に手を伸ばしてくる。

  背後に跳びつつ左右上下、まるでフェンスの様に羽衣を敵との間に配置する。

 私達を飲み込もうとする黒い群れが羽衣に触れた。

 それはまるでピアノ線に突っ込んだかのように、群れの先頭から切り裂かれていく

「なんでもありですね、この羽衣は!」

『かなり万能ではあるな、だが! この空間では切り離した羽衣が維持できん!』

 見れば羽衣は端から滲む様に溶け出し、やがて群れを抑えられなくなってくる。

「どうしよう!」

 背後には壁、目の前には迫ってくる大量のアリ怪人。

『逃げるぞ!』

 体にオーラを纏った鬼様がまるでタックルするかの様に真っ直ぐ背後の壁を破り進む。

「ち……力技!」

  いくつも壁を破る途中で横から伸びてくる手を払いのけながらひたすら真っ直ぐ進む。

『チッ!』

 いくつもの壁を超えて、足にグッと一際強い力を込める。

 最後の壁を突き破り、二階の高さから跳ぶ。

 結界に覆われた赤い空が見えた。

『油断するな!』

 ホッと息を吐こうとした瞬間、視界の中に黄色と黒の警戒色が過った。

「え?」

 銃口の様な黒い穴が私に向けられる。

 無数の羽音が、ノイズの様に空気を震わせる。

 空を覆い尽くさんばかりの人型のハチの群れがその腹部を私達に向けていた。

『待ち伏せか!』

 ハチ怪人達の腹部から機関銃の様に発射された大量の針が私を串刺しにしようと迫る。

「ひっ!」

 小さく悲鳴をあげた私を守る様に羽衣が壁となって針を受け止める。

 僅かに貫通した無数の針の先端が私に向けられていた。

『予想以上の軍勢、ここら一帯が奴らの巣か!』

 今尚降り注ぎ続ける針から逃げる様に南東の建物の影へ逃げ込んだ。

「鬼様、逃げられません!」

 敵が空を飛ぶなら逃げるのは難しい、コガネちゃんの所まで逃げれば敵を連れていく事になりかねない。

『本来の体ならこの程度一瞬なのじゃが……仕方があるまい

 奴らとて巣をわざわざ崩したくも無いじゃろう、一旦建物に入るぞ!』

 近くの窓に穴を開ける。

 異臭立ち込める南東の建物に転がる様に滑り込んだ。

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