リリアのそばには
リリアの部屋の窓のカーテンがシャッと開かれ、清々しい朝の光が差し込む。
「リリア様、朝ですよ」
「ミリー……。お願い。もう少し、寝かせて」
「だめです。本日は久しぶりのご家族での朝食ですから」
ミリーは窓辺からベッドに、せかせかと歩み寄ってくる。
「ふん。どうせお父様やお母様は、私がいなくても気にしないもの」
「そんなことございませんよ。お忙しくされていますが、今も食堂でお待ちになっています」
「でも、行っても近況を根掘り葉掘り聞かれるだけで、尋問を受けてるみたいなんだもん。それに、私にはリアがいてくれればいいから」
そう言って、リリアはベッドの中で頬を膨らませている。
「そうは言っても、行かなくてはいけません。ほら、起きてください」
しばらく押し問答を続けていたが、最後には強引に布団を剥がされていた。
急かされるように支度を終えるリリア。
「ねぇ、そう言えば両親にはリアを見せたことなかったよね? ミリー、リアを連れていってもいいと思う?」
リリアは鏡越しにミリーに尋ねた。
「大丈夫だと思いますよ。リア様のことはご存知ですし」
花瓶に新しい花を生けつつ、答えている。
(リリアのご両親、気になりますわ!)
私は毛繕いを始めた。
「リア、いくよ!」
(準備がまだですわーー!!)
ジタバタと足を動かしたが、リリアに捕まった。
食堂に向かうにつれ、リリアの足取りは重くなっていく。
その瞳には緊張が浮かんでいた。
ついに食堂の扉の前に辿り着く。
しかし、中に人のいる気配は全く感じられない。
(……本当にここですの?)
扉が開くと、赤いテーブルがドンと中央に置かれているのが見えた。
よく見ると、奥の方に誰かが座っている。
近づいていくと、赤髪で深緑色の落ち着いた雰囲気の男性が上座に座っているのが見えた。
その斜め前に、青髪に黒色の苛烈そうな切れ長の女性が座っている。
二人とも料理の乗っていない皿をただ眺めている。
(なんなんですの!?この凍りついた空気は?)
リリアは慣れた様子で、椅子に座る。
「お父様、お母様、ご機嫌よう」
「ああ。」
「ええ。」
リリアの方を見ようともしない。
(ええー、久しぶりの娘に対してそれだけですの!?我が家では信じられませんわ)
ふと、脳裏に家族との思い出が蘇る。
我が家では食堂にいくだけで、
「レイラーー! 今日も世界一かわいい! 天使!! 辛かったらすぐ言うんだよ? 何とかしてあげるから」
「そうよレイラちゃん。ママとパパはいつでも味方だからね。なんでも言っていいわよ」
と言ってくれる両親がいた。
(……今思うと、いきすぎているようですわ?)
「失礼致します」
料理が届く。
石像のようだった両親がようやく動き出した。
(生きていたのですわね)
私はミリーにもらったおやつを食べながら、こっそり様子を伺う。
しかし一言も発さず、食器を動かす音が部屋に響き渡るだけだった。
「ところでリリア、最近勉学は順調かい?」
重かった口が開かれた。
「順調ですわ、お父様」
「……そうか」
父親の動かしていたナイフが一瞬止まるが、また何事もなく動かし始めた。
「リリア、刺繍は上達しましたの?」
「この前、我が家のモチーフである薔薇の刺繍を完成させて、褒めていただきました、お母様」
「……そう」
母親はチラリとリリアの方を見たが、料理に釘付けなリリアの様子を見て、僅かに肩を落としている。
いつの間にかデザートに差し掛かっていた。
「そう言えばリリア。犬を飼いはじめたようですね。ただでさえ成績が思わしくないのに、犬なんて飼う余裕がありますの?」
母親の目が僅かに輝く。
「ご心配なく、お母様。私、最近成績が良くなったと褒められることが多くなりましたの」
「ですがこの前、急に屋敷の使用人に頭を下げて回ったと聞きましたわ。それで何か悩み……」
「これまでの行いを反省しましたの。これからは一層精進してまいりますわ」
「……そう」
母親は心なしか覇気がなくなっていた。
しかし、プリンと格闘しているリリアには伝わっていない。
(違いますわリリア! あれはとても伝わりにくいけれど、心配しているんですわ!)
リリアは満足げに最後の一口を食べる。
「では、失礼しますわ」
「ああ」
「ええ」
2人とも明らかに沈んだ声だった。
(なぜリリアがあんな話し方だったのか、今ならわかりますわ)
部屋に帰るまでのリリアの雰囲気は、いつもよりもピリピリしていた。
「はぁ、疲れた。いつもあんな感じなんだもの。きっと私のことなんて、出来損ないだと思っているんでしょうね」
(違いますわリリア! あれは間違いなくリリアを気にかけていますわ!)
「わん! わん!」
「どうしたの? もしかして、心配してくれてるの?
——ありがとう。でももういいんだ。
それにしても、リアってなんか犬っぽくないような? なんか反応のタイミングがよくて、人間の言葉がわかってそうなんだよね」
(ギクッ! ……リリア鋭いですわ)
「って、そんなわけないか。ちょっと疲れすぎてるのかも。今日はなんかやたら眠いんだよね。ミリーが迎えにくるまでもう一眠りしちゃおうっと」
リリアは慣れた手つきで私を撫でる。
(危なかったですわ。リリア、いつからそんなに鋭くなりましたの?)
「本当に、リアがいてくれてよかった。前だったら、両親に会った日はもっと成果を出さないとって落ち込んでたのよ」
いつもより、笑顔に疲れが滲んでいた。
(リリアには、今では私以外の味方もたくさんいますわ!)
「わん!」
「そうだって? ふふっ。わかってるじゃない」
リリアはゆっくりと撫でていた手を離した。
そして再びベッドに潜り込んだ。
静かな呼吸が部屋に響き始めた。
しばらくして、ミリーが部屋に来た。
「リリア様、もうすぐ授業ですよ。
……またお眠りになっている。
リリア様! 起きてください」
ミリーがリリアに呼びかける。
いつもなら、うーんとぐずり始める。
しかし今日のリリアは一向に返事をしない。
異変を感じ取ったのか、ミリーはリリアのおでこに手を当てる。
「まずい。医者を呼ばなくては」
慌てて部屋を出ていく。
(そんなはずありませんわ。今日の朝まで普通の体温でしたし、具合の悪そうな様子なんて、一切ありませんでしたもの)
私は急いでベッドに飛び乗り、リリアの側に近寄る。
苦しそうな様子はない。
恐る恐るおでこにフニフニした手を押し当てる。
……焼けるように熱かった。
(人の体温ってこんなに上がりますの!? このままでは死んでしまいますわ!! リリア、起きてくださいまし!!)
リリアの頬をバシバシと叩く。
しかし返ってくるのは、ドクドクと脈打つ熱い肌の感覚だけだった。
私の鳴き声が、辺りに虚しくこだまする。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、リリアのご両親との朝食のお話でした。
一見すると冷たく見えるご両親ですが、実は不器用ながらもリリアを心配していることが伝わっていたでしょうか。
そして、最後には思わぬ展開に……。
リアはリリアを助けることができるのでしょうか。
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次回は9月19日21:30に更新予定です。
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